とある失敗者の発覚
令嬢を城の地下に軟禁してから数日後。
その事を知った聖女が妙に怯えを見せ、令嬢をどこか遠くへ。と、すがりついてまで訴えてくる事が気になった。
絶対に会いに行ってはならない、と俺を引きとめる聖女。
そんなにも恐ろしいのか。それなら自分で何とかすればいいだろうに、聖女なのだから。などと思いながら、俺は令嬢の様子を見に地下へ降り、そこで――。
「何を……している」
目の前の光景に、俺はそう陳腐に問いかける事しか出来なかった。
床に手足を投げ出し、力なく横たわる件の令嬢。
その美しい顔には青痣。
細い指はあらぬ方向に折れ曲がり。
男たちが力いっぱい引き抜いたのか、彼女の物と思われる黒髪が何本か床に散らばっていた。
服はきっちりと着ている事から性的暴行は行われていないようだが、それでもこれはやりすぎだ。
「何をしていると聞いている」
俺が詰め寄ったのは、三人の男たち。
神官、魔術師、講師。聖女の代表的な信奉者だ。
「お嬢、様……」
俺の後ろについてきていた令嬢の執事が、茫然と呟くのが耳に入る。更にその後ろから、慌てて駆けてくる足音が聞こえ。
「っ! これは……?」
学友であった騎士が驚愕と呟く。
「お前ら、何やってんだ!? ここまでやられる程の事なんか……してねえだろうがっ!?」
騎士の怒号が地下室に響く。
俺は湧き上がるやるせない感情に促され、動かない令嬢へ近寄る。
屈み、そっと体を抱えようとすると。
「っ、ぁあっ!」
目を見開いた令嬢の悲鳴が辺りを裂いた。見えないが腕も折れているようだ。
「済まない……。痛む、だろうな。すぐに治療させる」
細心の注意を払って令嬢を抱え上げようとした時、後ろから執事の地の這う様な声がした。
曰く、令嬢は聖女となるために生きてきたのだと。
父を、使用人を、周りの目を。関心を。自分を見てほしくて、自分の存在を認めてほしくて、幼い頃から聖女だけを目指して他を犠牲にしてきた。と執事は語る。
「なあ。ここまでされるような事をしたのか? お嬢様は。あんたらみたいに、大勢の男をけしかけて聖女をこんな風に暴行した事実でもあんのか……? やってない事を報復だとしてやりかえすあんたらは……神かなんかか!?」
涙を湛えた目に殺意をみなぎらせ、今にも男たちにとびかかりそうな執事。後ろから執事の肩を押さえ茫然としながらも留めている騎士。
「王家が責任をもって監視している者に無断で過剰暴行を加えたとして、お前たちには罰が下されるだろう。事情を聴かせてもらう」
俺が静かにそう言うと、男たちは狼狽えた。
何故そこで焦るのか理解できない。承知の上で制裁をしたかったのかと思ったが、ただ何も考えていなかっただけのようだ。この行為がまるで正当で正義だと思っている。
騎士が上擦った声で恐る恐る執事に何か問うている。
ここから先を聞くには、我々の罪があらわになるかもしれない覚悟がいるだろう。騎士もそれを分かっていて聞いている。
「旦那様の命令で……お嬢様にずっとついていた俺は、知ってる。お嬢様は世間で言われてるような聖女への苛めなんて、してない!」
聖女に対して嫉妬があったのは確かだと言う。
だからこそ令嬢は、そんな感情を持った事に後ろめたさを感じ、自らの罰だとして被せられた冤罪を否定する事すらしなかった。
「……お嬢様は、そんな噂が上がった事すら侯爵家に泥を塗るからって言って……旦那様に自分を切り捨てるように……っ」
何かがぶつかる音に目を向けると、騎士がよろけて背後の扉に背をぶつけた音だというのが分かった。尋常じゃないくらいに顔色が悪い。青を通り越して土気色だ。
「じゃあ……侯爵は、無実を、知っていた……?」
声も掠れて、途切れ途切れになっている。
「……当然だ。旦那様とうちの使用人たち全員が……お嬢様の潔白を知ってる。信じてる」
まだどこか幼い魔術師が騎士に向かって、聖女への疑心を詰っている。
だが、名指しされた騎士はもう茫然として、男たちを異様な目で見るのみだ。今にも舌を噛んで死にそうな程の雰囲気を感じさせる。
確かに今までは騎士も聖女を庇っていた。
しかし奴は、こんな風に女性に手を上げるなど出来ない性質だ。たとえ悪人でも。憎い相手でも。
「そもそも……おかしいと思わないのか? お嬢様は取り巻きすら作らず常に一人で。聖女はお前たちを侍らせて……そんな状態でどうやってお嬢様が聖女を苛めるっていうんだよ……そんなに大事ならもっと聖女に護衛でもつけてりゃよかっただろうがっ! そうすればお嬢様の潔白も証明できたのに!」
俺も加害者だ。
目が、脳が曇っていた。聖女が聖女であると『確信』していたがために。聖女の言動が真実であるとして思い込んだ。
見たくない自分を見ているようで――この令嬢を一方的に嫌っていた。ただ、それだけで。
目を、逸らしていた。
前を見続ける強い目をした令嬢は、こんなにも弱弱しかったか? いつから、こんなに――虚ろな目をするようになっていた? 何もかも諦めたような、曇った目を。
講師が、膝を付き地面に額をつけ涙声で何やら嘆いている。聖女が言ったから。聖女が怯えていたから。聖女に願われたから――聖女が。聖女が。
――ああ――そうか――これは、聖女の、指示か。
そう思い至ったその時。
『失敗だ。聖女となる者を見誤った』
そんな声が脳内に響いた。
少女のような、それでいてどこか威厳のある声。選定の儀で聞いた声と、同じ。
更に。
「あ、これ……そらの、聖女……? 攻略……の、王子……?」
俺が抱えていた令嬢が俺を見上げ、目を見開きそんな事を呟いた。
「そういう、事……ですの、思、出す……遅い……あ、トー……様」
その曇った黒曜石の瞳に……確かな光が宿る。
――その美しさに射抜かれ、心臓が、震えた。息が、とまる。
途切れ途切れの言葉の意味を考える前に、俺は。
「っ、ぐ……」
突然の激しい頭痛に口から苦悶の声が漏れた。俺は令嬢を抱え蹲ったまま、だんだんと締め付けが強くなる頭を抱え、脂汗がじわじわと浮かんでくるのがわかる。
「が……っあ……!」
頭が見えない力で潰されるようだった。
遠ざかる意識、霞む視界。
騎士の発狂したような叫びの中、目の前には今までに見た光景、経験した事の全てが遡るように映像として流れて行った。
これが噂に聞く、死ぬ間際に今までの経験が見えるという現象か。と、痛みから逃れたいがためにあらぬ事を考え――。
そこで俺の意識は途切れた。




