18 歪みによる弊害による歪み
リターを正式に侍女として城に迎え入れた。
そして当然ジェシカがアリスである事、私の現状を暴露した。お互いに負い目があったために、しばらく謝罪の応酬という不毛な状態になってしまった。
きりが無いのでお互いもう謝罪は無し! と、ようやく落ちがついたところで、彼女に聖女の侍女としての仕事説明に移ったのだった。
リターは王城勤めになる訳だけど、私は普段はファルシ邸にいる。
けれど彼女はこれからの聖女の公務の手続きや、人脈との間を取り持つための書簡作成等、かなり忙しくなる。侍女兼秘書という扱いだ。
しかし当面の予定を組んだ後、彼女は充実したように笑んだ。
そんな中、一日一度はアリスとして登城する私の耳にあまり喜ばしくない話が入り込んでくる。ファルシ邸の執事ナディが慌てて地下部屋に持ってきた話だ。
「最近、クラエンタール嬢がよからぬ噂を吹聴しているそうです」
「またなの……」
ナディに次いで入室してきたエスタは、トーマから私の普段の動向について聞かれたと教えてくれた。
今から地下部屋にトーマがやってくるそうだ。私がここに来た時以来だとぼんやり思う。もう少し顔を見せてくれてもいいのに。
「また私に関する事なのね。それでトーマ様は私に確認するために?」
「はい。今お帰りになられて真っ直ぐにこちらに向かっています」
「私はどうしようかしら……とりあえず恍けてみましょうか」
相談する時間もない。ただ、トーマがロミに疑心を抱くような事があってはならない。それだけは注意が必要だ。
エスタもナディも気遣わしげにしていたから、私は大丈夫だと頷いて安心させた。彼らはトーマと共に再度ここに来るために部屋を出て行く。
ナディとエスタを伴ってやってきたトーマ。サッシュはいない。オーステッドが上手く配慮してくれたのだろうか。
顔を見たのは神殿での聖女お披露目以来だが、どこか憔悴しているように見える。それはそうか。教会本部で事情聴取のために色々聞かれたのだろうから。
「ようこそいらっしゃいました、旦那様。お疲れのようですが何かありましたの?」
皮肉を感じさせないように、何も知らないように。
「はぁ、知らぬは本人ばかりなり、って奴だな……いや、何でもないよ」
人好きのする笑顔だというのに言葉には棘が混じる。そして彼は一瞬表情を消し、じっと私を見る。
「君の美しさは陰らないね。苦労もなさそうで羨ましいよ」
軽薄な笑顔に戻り嫌味をぶつけられる。
……これって、わざと私の感情を逆なでさせようとしている? 普通はこんな露骨な嫌味を面と向かって言うような人ではない。いくら嫌いな相手といえども。私が悪女だという確かな安心感が欲しいのだろうか。
どうしよう。彼の挑発に乗って癇癪でも起こそうか。そんな迷いを抱いた一瞬の間にトーマは続ける。
「ところでうちの使用人を一人、解雇させたそうだね。あまり勝手な事をされると困るんだよねぇ」
「使用人……?」
まったく心当たりが無くて素で質問してしまった。私が関わりのある使用人はエスタとナディ、あとオーステッドくらいだが。
「申し訳ありません。一体何の事だか」
「ああ、そうか。あくまでもシラを切るんだね」
「旦那様。横から失礼致します」
まだ追撃しようとしたトーマを、ナディが遮った。
「直近解雇したあのメイドの事をおっしゃっているのであれば、あれはただの契約違反です」
「契約……違反」
その言葉に、はっとしたように何かに気付いたトーマ。そう言えば神殿で殿下にいろいろ言われていた。あんなに意気消沈していたのに。
「そして使者殿に無礼を働いたが故の解雇です」
「使者? 何の話だ?」
トーマは初耳のようで、ナディに向き直った。
「詳細はオーステッド様にお尋ねください。我々は、正式な契約に則りメイドを解雇したにすぎません。人事は旦那様がオーステッド様にお任せしている筈です」
使者とは城から来た魔術師の事か。確かに、私を召喚しに来た、というのも根本から疑問に思われるかもしれない。
ナディは説明という言い訳をオーステッドに丸投げしたようだ。
「……しかし、確かにジェシカのせいで解雇されたのだと……」
「それはまさか、解雇された側の言い分だけを信じているのではありませんよね……?」
怪訝な表情を見せたナディに沈黙するトーマ。気まずそうな顔で、もうこちらを見なくなった。
「旦那様。そのメイドが直接旦那様に物申したのですか? それとも伝聞でしょうか?」
何だか私はすっかり蚊帳の外になってしまった。そもそも、メイドが解雇されたなんて私も初耳だ。
「それは、ロミが言ってたんだよ。うちの使用人が路頭に迷ってるから可哀相だって……ロミが事情を聴いて……」
「……わかりました。ではメイドに直接解雇を告げた私、奥様を部屋から出していないと証言するこのエスタ。そして、解雇の最終判断を下したオーステッド様に旦那様直々に罰をお与えください」
絶句するトーマ。
まあそうなるだろう。今回ばかりはロミを信じるという事はこういう結果になってしまう。
ロミがファルシ家の使用人を陥れる結果となった事を、トーマは認めてしまうのか。それともロミを、愛を信じるのか。
私がメイドを解雇したのだと言い張れば全てが丸く収まるが、それだとオーステッドをはじめ聖女に協力してくれている使用人が嘘を吐いたと責められる。……いや、私が地位を持ち出して言いなりにさせた、と匂わせれば恐らくトーマは信じる。人は迷った時、楽な方、考えなくてもいい方へ無意識に逃れるものだ。
そもそもが真実を歪めているから、捩じれに捩じれてしまっている。トーマが真実を知る事なく、この歪みを自然に見せるには。
「……もういいですわ。面倒臭い」
完全に悪役に徹しようと決めた私は、押し殺したような声色を作る。
トーマ、そして言い合っていたナディ、不安な表情のエスタが揃って私を見た。
「確かにその……もう顔も覚えていないけれど。そのメイドが気に入らなくて、オーステッドに解雇させたのはわたくしですわ」
顔を歪めて私を見るトーマの背後では、驚愕の表情をするナディとエスタ。
(折角協力してくれたのに、ごめんなさいね)
心の中で謝っておく。
そういえばこうして確かな言葉で罪を認めたのは初めてだった、と今どうでもいい事を思う。
「それで? 旦那様はそれだけをおっしゃりにいらしたの? 妻であるわたくしに会いに来てくださったのではないの?」
「いや。それだけじゃない。あんたは聖女様を唆してロミの生家である伯爵家を脅したそうじゃないか」
え。
「……えっと。そう、聖女様を」
――吃驚した。さすがにこれは無理だ。言葉が出てこない。
ロミは一体どういうつもりで嘘を吐いているのだろうか。こんなものは、聖女とクラエンタール家の聴取を行えばあっさりと裏がとれるというのに。一体何の目的でそんな嘘を?
それとも、虚言癖というものなのだろうか。
いや、伯爵を脅したのは脅したのか。それは正しい。
「……そうですわ。確かに伯爵を脅しました」
リターの身に何かあったら分かってるよね? って、聖女アリスとして忠告はした。嘘はついていない。
若干『ドヤ顔』を作ってそう言い放つと、トーマが見ていないのを良い事に後ろの二人は戸惑ったような呆れたような顔をした。
「何でそこまでする? 何でロミをそこまで目の敵にするんだ……」
トーマは私に憎しみを向けるというよりは、呆れるように目を伏せた。もう彼女に関わるなとでも言いたげだ。
口を開こうとした私に新たな神託がおりた。聖女としての天からのそれじゃなく、ただの思いつきだが。頭の上に電球が見えるあれだ。
「……仕方がありませんわ。ロミさんが悪いんですのよ」
だって、この嘘はかなり信憑性があるのではないだろうか。
「彼女が……殿下に近づくから」
良い事を思いついた、と私はほくそ笑んだ。それが上手い具合に悪い顔になっていたようだ。
「やっとロミさんが離れたと思ったのに、今度は聖女。お二人が潰し合ってくれるかと思っていたのに……とんだ役立たずでしたわ」
意外なようでトーマは一瞬目を見開く。
「あんた、殿下を……それなら、大公を色気で誑かしロミから引き離して、伯爵を脅すための駒にしたってのは……」
あ、それは駄目だ。私は口ごもる。
今までの一使用人云々とは訳が違う。私を貶めているようで、その悪意は大公へとそのまま向かう事になるだろう。
ロミはその事に気付いていないのだろうか? そしてそれを信じて言葉にしてしまったトーマも……。
「旦那様。それだけは言ってはなりませんわ」
私の今までとは違う強い口調に一瞬トーマは戸惑った。
「当主という立場の貴方が……間接的に、王族である大公殿下を批判する言動をしてはなりません。不敬ですわ。攻撃するのならわたくしだけになさって」
そもそもがロミに心酔して半ば狂っていた大公だ。今度は別の小娘に狂って奇行を繰り返している、などと遠回しに吹聴するような真似をしてはならない。前例がある故に妙に真実味がある。
大公が、王家が。今度こそ黙っていない。
思わず口を閉じたトーマに私はまた悪い顔をして笑ってみせる。
「それ以外の事ならば全てわたくしの仕業ですわ。候補生時代彼女をいびり倒したのも、聖女を唆してロミさんとの共倒れを狙ったのも……全ては殿下に近づく虫を払っただけに過ぎませんわ」
「……もういい。やっぱりあんたをここで見張るのは正解だった」
いや、見張れていないから私は自由に聖女をやれているのだが。
トーマは踵を返しおもむろに扉を開け――。
退室するのかと思ったその行動は、どうやら外に控えていた彼らを入室させるためのものであったようだ。
ぞろぞろと雁首そろえてやってきたのは、ロミの信奉者たち。当然大公はいない。何故かデイヴィット神官も。
私の元執事サッシュ。教会仕えの魔術師ハクス。
そして、隙の無い所作の褐色の青年――彼は。
隠しキャラその3・イザーク。
イザークを見た瞬間、背筋を冷たい汗が伝った。
ヒロインは大公含めた隠しキャラを少なくとも二人、落としていたのか。『天の聖女』の記憶がないのなら、とんでもない手腕と言わざるを得ない。
正に傾国。
だが、彼とのフラグを立てた? そんな事がこの現状可能なのか? ……全くの想定外だった。
「……ナディ、エスタ。お前たちは出てろ。大丈夫だ。お前たちには罰を与えないから」
トーマが私を見たまま後ろに控える二人に退室を促すが、当然二人はそうとは見せないまでも明らかに戸惑っている。それはそうだろう。この状況、どう見ても私の身に危険が迫っているのだから。
だが私は自分の身は自分で守れる。
むしろこの事を殿下に早く報せるため、この場から逃げ出す好機でもある。何とか二人を安心させたいところだが。
そうだ。
まだ人には使った事のない、あの方法を試してみようか。私はちらりと二人に目線をやり、目が合った事を確認してから。
(ナディ、エスタ。声を出しては駄目よ)
攻略対象者たちから見えない角度で、彼らは目を見開いた。
(大丈夫。この声は貴方たちだけに聞こえている、筈よ)
トーマたちを窺うと口々に私を罵倒しているのみで、この声に気付いている様子はない。ほっと密かに息を吐く。
これは、いわゆるテレパシー。原理としては直接脳内に話しかけている訳じゃないのだけど、割愛。こちらの声を伝える事しか出来ないが、この場は効果的だ。
(これから何があっても私は大丈夫だから。彼らを欺いてそのまま王城に避難するわ。心配しないで)
二人は顔を引き締め、僅かに頷いた。よし。通じた。
私を本格的に拘束しようと動く褐色肌の隠しキャラ、イザーク。彼だけは油断できない。
隙の無い足取りで近づく彼から一歩、後ずさり、私はナイフを取り出す。もちろん実際にはそんな物は持っていない。そう見せているだけだ。
イザークはその細く鋭利な目を警戒させる。
「……それ一本でオレたちを何とかできると思うのか」
まるで感情の伴わない声色で私にすら全く隙を見せないイザーク。
「わたくしはジェシカ・ノースクライン。貴方たち如きがわたくしに触れられると思わないでちょうだい」
言いながら、私はナイフの刃を自らに向け、両手で柄を握る。喉元へ切っ先を合わせ――。
私が出来る最大の笑みを作ってみせる。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
その切っ先を、喉元へ突き刺した。




