表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の聖女  作者: みど里
22/59

17 聖女、侍女を訪問して口説く

 人払いされたベルディウス殿下の執務室。教会から帰還した大公殿下と、付き添いの殿下と共にソファに座る。


 そこで語られたリター・コンポートへの仕打ちに絶句する。

「なんて……事を」

「……叔父上。これは流石に私も擁護できない」

「しかも! わたくしが言い出すまで……忘れていたですって!?」

 思わず立ち上がり、すぐにでもクラエンタール伯爵家へ伺いの手紙を出そうとするが。

「……君から文を貰った時に侍女への報せは既に送った。侍女を迎える予定だった辺境伯にも、この話はなかった事にと書状を出した。全て俺が責を負う」

「当然ですわ!」

 不敬などという言葉も、俯き頭を抱える大公への配慮も、今の私には無かった。


 信じられない。

 私を苛めの首謀者だと信じたように、侍女にいびられている。というロミの泣き言を信じて侍女を引き離し、あまつさえ伯爵に一方的な認識だけを伝えて。

 扱いに困るのと個人的な制裁のために、彼女を年の離れた貴族の元へ嫁がせよう、などと画策して。

 しかもあろう事か、それを今まで忘れていたなんて。


「直接見たのですか? その侍女の所業を。貴方ご自身の目と耳で」

「……いや」

「さすがにわたくしもこの件に関しての真偽は分かりかねますが……」

 見えないところでの二人の動向など把握していないのは当然だが、今更ロミの言う事を信じろなど私には無理だ。

「まあ虚言だろうな。ジェシカを陥れた時点で信用など塵ほども無い」

 吐き捨てる殿下。


「すぐにでも伯爵邸へ行きます。……嫌な予感が的中してしまったわ」

 言いながら、またも殿下に外されたブレスレットをつけて、聖女アリスになる。

「俺も同行す……君が嫌な気持ちになるのは分かるが」

 思わず大公に向けて露骨に顔を歪めてしまった。反省。

「元凶の俺が説明すれば上手く事が運ぶだろう。それに……直接謝罪もしたい」

「……それで済まない事は理解しておられますわね? 今頃彼女が伯爵邸でどんな扱いを受けているのか想像に容易いですわ」

 思わずアリスの姿でジェシカのように凄んでしまった。


 大公に当たってしまったが、本当は私も彼を責める立場にない。

 恐らく、彼女の姿が見えなくなった時点で私は動けた筈だ。気を遣ってさえいれば、助けられたのではないか。

「あまり思い詰めるな」

 殿下は何故私の思考が読めるのだろうか。私は目を逸らす。

「後悔しているだけです」

 そう、気にしていなかったから。今までは自分の守備範囲外に置いていた存在だったから。

「では、行こう。ベルディウス。聖女の護衛のために騎士を二人程借りるぞ」

 大公が扉を開け私をいざなう。

「どうぞ。……そうだ、帰ってきたら聖女の護衛騎士も選抜しなければな。気を付けて行って来い」

「はい。行ってまいります」

 殿下に見送られ、女性の護衛騎士を伴って大公と共に城門まで向かう。


 目立たないよう簡素な馬車に乗り込み、私たちはクラエンタール伯爵家へ出発した。

 道中、大公殿下は取り調べの内容を手短に教えてくれた。私の冤罪については言及しないでいてくれたらしい。

 本当に王家は私の希望を優先してくれるようだ。今の私にはありがたいが、やはり王家にとっての聖女という存在がどういう物なのか気にはなる。



 玄関ホールで来客を出迎えた侍女・リターが驚きに目を見開いたのは、一瞬。

 鋭い目で大公殿下を射抜いた彼女を、私聖女アリスは真正面からじっと観察した。その目、表情に非難の色は見えるものの、仄暗い負の感情は宿ってはいない。まだ、輝きは失ってはいない。

 だが最後に見た記憶よりずっと痩せていて顔色も悪い。


「伯爵。突然の訪問願いの受理、感謝する。……こちらがベルディウス殿下の婚約者。聖女アリス殿だ」

 拙い礼をした私を周囲のどよめきが包む。

 リターに、ロミの父である伯爵。その背後に控えている数人の使用人たちの驚きは当然だ。まさか聖女が直接訪問するとは思うまい。

「初めまして、アリスです。あ、別室に移動はしません。すぐに終わりますから」

 私はわざと明るい声で使用人たちの動きを遮り、リターの前に歩み出た。そして本題を切り出す。

「リター・コンポート。わたしの専属侍女になってほしいの」

「……お断りします」


 返ってきたのは意外な言葉だった。使用人たちは怪訝な顔で、中には顔を歪める者もいた。

「リター! 何を言う!? 聖女様……我が屋敷には他にも優秀な侍女がおります。そこからお選びに」

「いいえ。リターがいいわ」

 伯爵の言葉を遮って、言い切った。

 なんせシミュレーションゲームのサポートキャラ、規格外に優秀なのだ。候補生時代に僅かにだが直に見た感想でもある。

「……私を買ってくださり、ありがとうございます。しかし……今度はどのような仕打ちをしようと言うのですか? これ以上私にどのような私刑をお与えになるのですか?」

 彼女が睨んだのは、大公殿下。


……しまった。肝心の彼女の誤解を解いておかなければ。

「済まない」

 彼女の前に出た大公は、なんと、頭を下げ謝罪の形を取った。驚愕に目を見開き少し引いているリター。

「伯爵。以前、俺が訴えたリター・コンポートの素行は……全てでたらめだ」

「な、なんですと……!?」

 真っ青になる伯爵。声を引きつらせて大公とリター、そして私を見る使用人たち。

「言い訳にしかならないが……あの時の俺は狂っていた。ロミ嬢の言葉のみを信じ、事情を聴かず彼女が悪だと決めつけた。ロミ嬢に心酔する男たちで取り囲み……一方的に詰った。とても恐ろしかっただろう。本当に、済まない事をした」

「で、では……リターはロミを、その、いびり、手を上げていた訳ではない、と……」

「ああ。リター・コンポートは、侍女として、ロミの候補生としての振る舞いを正しい視点から注意していただけだ。俺や殿下といった王族への気安い態度に、苦言を呈していただけだ」

「そ、そんな……。大公! あんまりですぞ! 私どもは、貴方が言うのだからと、信じて……信じざるを得なかったのですぞ!」

「本当に済まなかった。縁談先には俺の方から断りを入れておいた。しわ寄せは全て俺に来る。そちらには何の非もない」


 私は茫然とするリターの手を取り懇願した。

「と、まあこんな感じで、通りすがりの犬に噛まれたと思って……大公様の所業はすっぱり忘れてしまいましょう! あなたには、わたしの侍女になるためにお城に上がってほしいの」

「聖女様……」


「無理強いでも、命令でもないの。色んな柵を失くして、ただ聖女の侍女として働きたいか、働きたくないか。それだけを考えて返事をちょうだい。

私は、貴女が欲しい」


 茫然としていたリターが、力強い目に変わる。

「はい……。聖女様のお傍で働きとうございます……!」

「や、やった! ありがとうリター!」

 リターの手を握ったまま、万歳して喜んだ。のは一瞬。つい妙なはしゃぎ方をしてしまったと、恐る恐る手をおろし、咳払いで誤魔化す。

「え、とにかく、決断してくれてありがとう。わたしは聖女やるのは初めてだから色々失敗もあると思う。リターみたいなしっかりした侍女がついていてくれたら安心よ」

「あの、聖女やるのは誰でも初めてなのではないかと……」

「そう、それそれ。今みたいにばしっと正論で突っ込んでね」

 私は胸をなでおろした。

 辛い目にも合っただろう。だけど、手遅れになる前に保護できたのは不幸中の幸いだ。


「では、伯爵。侍女の所属は王城に移させてもらう。近日中に契約書等、必要書類を俺の元へ提出してくれ」

「はっ、畏まりました……」

 未だ茫然としながらもしっかり答えた伯爵と、話についていけない使用人たち。そんな彼らを横目で見ながら私は再度リターの手をとる。

「じゃあ、リター。わたしは一足先に城に帰るわ。荷造りとか挨拶とか、しなければならないことが終わったら……その時は聖女付きの侍女として、城に来てね」

「はい。承知しました」

 綺麗な礼をしたリターに満足して微笑んでみせた。

 そして、それまでにリターに反感を持たない人がいないとも限らない懸念を解消しておこう。

「伯爵様」

 突然呼ばれた彼は、僅かに肩を跳ねさせる。

「は、何でございましょう、聖女様」

「リターがまだここに所在がある間、心身共に害されるような事があれば……お分かりですね」

 愛らしい少女の笑顔でそう脅しをかけておく。


 ふむ、と私は彼らの蒼白な様子を見て、リターの様子も窺う。彼らを見るリターには何の怨恨もなさそうではあるが。

「リター。何か言いたい事は?」

 私がそう尋ねると。

「はい。……旦那様」

 リターが一歩進み彼らの前に出る。

 顔色の悪いクラエンタール伯爵は眉を下げ黙って頷いた。その背後にいる何人かの使用人は、身を震わせて立っているのがやっとという面持ち。

「侍女として召し抱えくださり……伯爵様には感謝しか御座いません。今までありがとうございました」

 ゆっくりと、深く礼をするリター。

 伯爵は目を見張り、その後、顔を手で覆った。

「リター……すまなかった」


 リターは頭を上げ私に向き直った。これでいい、という事なのだろう。

 使用人たちの様子から、リターがここでどれだけ冷遇されてきたかも何となく分かるのだが。なんとまあ……。

 茫然とするやら恐縮するやらの彼らの事はこれで終わり。リターがそう決めたのなら、罰も褒賞もない。彼らもある意味騙された側なのだと自分を納得させた。


 次は、リターに真実を語る事だ。

 これは彼女が城に上がってからでいい。重大な秘密だがリターなら大丈夫だろう。問題は、心情的に受け入れてもらえるのかどうか、だ。

 曲りなりにもリターは元々ロミの侍女だった。

 ライバルである私、ジェシカをどう思っていたのかが未知数だからだ。もうこうなったら逃がすつもりはないけど。


 複雑な表情を押し込めて自らの主たちを見るリターの耳元で囁く。

「リター。あなたが正式に聖女付き侍女になった時、聖女に関する重大な秘密を打ち明けるわ。今はまだ話せない事よ」

「はい。……あの、不躾ではありますが、どうしても気になっている事があるのです」

 私は頷いて、続きを促した。そしたら。

「……ロミ様が目の敵にしていらした、ノースクライン様は今どうして」

「わー!」

 私は咄嗟にリターの口を押さえて、耳元で囁く。

「その事も含めての秘密よ。今は説明できないの」

「そうでしたか。でも、どうしても……後悔が襲うのです。あの方は潔白です。私はそれを証言できた筈なのです」

 小声で話し合う私たちを今は、周りは気にしていないようだ。

「大丈夫。大丈夫だから。心配しないで」

 安心させるように笑ってみせた。この様子なら、私、ジェシカに対して悪感情を抱いてはいない。

「それに、きっと声を上げてなくてよかったわ。もしそうなったら、今よりずっとあなたは……もっと酷い目にあってた可能性が高いもの。ジェシカもあなたがそうなる事を望んでない」

 もしそんな事になっていたら……言い知れない悪寒が背中を伝った。可能性が高い? いや、確実に彼らはロミの敵を――。

「……やはり、あの方はとても崇高なご令嬢です」

 はっとして、何とも言えない気分になり何だかむず痒く、後ろめたい。崇高と謂われる程の精神など持ち合わせていない。


 しかし、紆余曲折あれど私はリターを侍女として迎え入れる事ができた。

 仲良く垣根なしに接していけたらいいと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ