16 聖女、動く
選定の間に戻ると大分人が減っていた。ヒロイン、その取り巻きたち。大公殿下。一部の候補生たち。
今代の選定の儀を仕切る司祭が、彼らは事情聴取のために教会本部へ送られた事を教えてくれた。私たちは残りの人たちの挨拶を受け、予想よりも早く聖女お披露目兼、婚約発表の場を締める事となってしまったのだ。
残った候補生を壇上から眺めながら、殿下が聖女アリスを窺う。
「どうする? この中から聖女の侍女を選ぶか?」
そうだ。城に滞在してくれる侍女が一人は欲しいところ。エスタはファルシ家のメイドなので無理だ。実家からも選ぶ気はしない。
聖女の侍女か。王族と接する機会が多いため、礼儀作法を備えているのはもちろんの事、事務仕事にも見識があり優秀。
そして、私が長く聖女を務める上で侍女も合わせて若い方が望ましい。でもそうなると事務仕事に慣れていなくてもいいか、と思い直す。これから一緒に覚えていけばいいのだから。
更に私の事情を話しても問題ないと思える人物、か。
ひとり、気になっていた侍女を思い出す。候補生時代、あのヒロインの側に仕えていた若い侍女がいた。
一見しては目立たないが、知的な顔立ち。栗色の髪、目。ロミの素行に度々苦言を呈していたり、しっかり者で常識人という印象の侍女。
いつからか姿を見なくなった。ロミの周りに男性が集まり始めた頃? もう少し後?
何だか胸騒ぎがする。
「殿下……。わたし、至急調べる事ができました。現地解散にしましょう」
私のただならぬ雰囲気を感じ取ってくれたのか、殿下も神妙に同意してくれた。
「単独で動くのは感心しない。何をしようとしているのかくらいは教えておいてほしいが」
私は少し迷ったが、ロミの侍女について話した。嫌な予感がする、というのも付け加えて。
「そのままクラエンタール家に戻っていればいいんですけど……」
「嫌な予感、か。分かった。私は城で待機するが何かあればすぐに報せるんだ。絶対に、自分で動こうとするな。いいな?」
「はい」
妙にくどいくらいに注意、心配してくれる殿下に私は素直に頷いておく。
「奥様、おかえりなさいませ」
衝立の向こうから顔を覗かせたのは、モップを持ったエスタ。私はブレスレットを外し幻術を解く。
「ただいま。少し調べたい事があるの。さしあたっては文を書きたいのだけど、便箋を貰えるかしら」
小さな白い机には羽ペンとインクが備え付けてあり、手紙はここで書けそうだ。
「畏まりました。すぐにお持ちします」
部屋の掃除中だったエスタは、しかしすぐに動いてくれた。彼女の仕事は私の身の周りの世話、部屋の掃除……を装った私の監視。……を装った私、聖女の移動の補佐。
私がずっとこの部屋に引きこもっているように見せてくれている。
エスタが持ってきたレターセットからシンプルなものを選んで、便箋にペンを走らせる。
宛先は……。
少し独特な手段で文を出し、そろそろ日が落ちる頃。エスタが地下部屋に一通の封筒を持って現れ、私は読みかけの本に栞を挟んで彼女を迎える。
「奥様。届きました」
差し出されたのは、確かに私が同封した折り返し用の封筒。宛名には、『ジェシカ・ファルシ様』。
彼――オズワルド先生は気付いてくれた。アリスと名乗っても、実際に手紙を出したのは私であると。
「ありがとう、エスタ」
彼女は礼をして、壁際に控えた。
ペーパーナイフで封を切り中を検める。便箋の書き出しは、まず私の状況を気遣う言葉。そして筆跡ですぐに私だと気付いた事。それらが端的に書かれていた。思った通り先生は私を案じていた。
私の成績が良かったからなのか、攻略対象者であっても彼は随分私に親身に接し、現状を心配してくれたのだ。
先んじて、心配はいらないと手紙に書いておいてよかった。私も先生がその日に手紙を返信できるくらいの状況であることに安堵した。
直接先生に届かなければ私に帰ってくるように術を組んだ、安否確認のための手紙でもあったのだから。
そして手紙を読み進めていくと、私が先生に頼んで調べてもらった事項が。
「リター・コンポート……やっぱり」
リター。
ロミ・クラエンタールの侍女であり、ゲーム、天の聖女における主人公ロミの侍女。そして、サポートを務めたキャラ。ゲームではメッセージウィンドウの台詞だけで立ち絵等の姿は無かったために、今の今まで彼女がそうだとは知らなかった。
ゲームの中でも優秀で、侍女として、物語中の貴族のマナーや常識を最初にチュートリアルとして教えてくれる。
主な仕事は、攻略対象者の好感度を大まかに教えてくれる事。候補生であるヒロインが彼らと直接会えない時、橋渡しとなり手紙を届けてくれたり、二人で会える段取りを整えてくれたりする事。
そんな彼女は今ロミの傍にはいない。
オズワルド先生の文によると、ある時期からクラエンタール家へ帰還していると記してある。私の記憶では現在のロミの取り巻き、その最後の一人が加わった時期と重なる。……あの集団の中で、ロミに苦言を呈する事がどのような結果になるか。
嫌な予感が強くなっていく。
考えすぎならそれでいい。とにかく彼女の安否を一刻も早く確認しなくては。
「……そうだわ」
思い出した。
今、私が直接会話できて、真実を教えてくれそうな人がいるではないか。私の心情はこの際、無視。我慢するしかない。
あの人に宛て新しい便箋に、ロミの侍女の行方を知らないか。という記述を。ふっ、と一瞬考え、もう一枚新しい便箋を取り出す。そこにはあの人と直接会って侍女について聞きたい旨を記した。
最初の一枚はあの人に。もう一枚は進捗を知らせる意味でも、ベルディウス殿下に。
二つの封筒にそれぞれ宛名を書き、二つ同時に殿下の元へ転移させた。
あの人は、まだ教会本部にいるだろうか。気が急くが待つしかない。
翌日、お勤めのため定時に登城した聖女アリスを待っていたのは、ベルディウス殿下と大公殿下のお二人だった。




