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天の聖女  作者: みど里
15/59

13 殿下の様子が……?

 翌朝。城の侍女と女性の護衛騎士が客間に迎えにきた。私――聖女アリス――は内密に要人が待つ謁見の間に案内される。


 両陛下、第一王子殿下、限られた側近たち、そして大公殿下。

 彼らの前に私は聖女アリスとして現れ、幻術を解きジェシカであると証明し存在を認知してもらった。

 聖女については情報規制をかけていたらしく、聖女選定の儀において失敗した事は世間には知られていない。続報を待って待機している教会関係者、候補生たち、その講師たちには、あの後聖女は見つかった、との報せをしたようだ。

 王家の動きが迅速というか……先手を取られている気しかしない。


 その後。その場で大公殿下から直々に治療の礼と過去の謝罪の言葉をいただいた。礼はともかく謝罪はいらないのだが――陛下は大公に咎めるような呆れたような、王妃様はしれっと素知らぬ顔をして。

 私は彼の今の立ち位置を瞬時に理解し、素直に謝罪を受ける。

 それを差し引いても、私が治療したというだけでこんなに態度が軟化するものだろうか? まあ、思うところがあっても前ほど露骨に絡まれる事もないだろうと、私は少しだけ安堵した。

 それよりも、王妃様と殿下の我関せずなお顔がそっくりすぎて感動すら覚えた程だった。


 姿を元に戻し、こっそりと裏口前でエスタと共に帰還用の馬車に乗り込む際。

「もう帰るのか」

 名残惜しそうな殿下にやたら引き止められた。

「はい。わたくしは屋敷から出ていない、とファルシ家の使用人に口裏を合わせて貰っていますので」

 家令のオーステッドを始め、執事のナディもトーマの為とはいえ主を騙している事に変わりはない。彼らにこれ以上負担をかける訳にもいかない。私は出来るだけ早く、悟られないように屋敷に戻る必要があるのだ。

「次は明日、だな」

 明日。今後の打ち合わせのため、聖女の公務等の説明を受けるため、私はまたアリスとして城に上がる。

「はい。では……」

 挨拶をしようとすると、殿下はおもむろに私の手を優しく握った。真顔で。

 私が何か返そうとする前に、殿下はゆっくりと……私の手を離し、重い足取りで城へ引き返していった。

(え、握手……なの? 今のは)


 何だか釈然としないままファルシ邸に帰還した私。

 どっと疲れが襲ってきて、地下部屋で泥のように眠ってしまい、その日の夕飯時分にようやく起きたのだった。


 夕食は、さっぱりとした魚介のパスタ、スープ、緑が目に爽やかなサラダ。

 私が食べ始めた時、壁際で待機していたエスタが僅かだがほっと息を吐いたのは見逃さなかった。もしかして、城で具合が悪そうだった私を気遣ったメニューを提案してくれたのかもしれない。後でお礼を言っておこう。

 何だかんだ食欲はある私は大分、図太い。


 そのままエスタを連れオーステッド、執事のナディの協力者二人を交えて大まかな説明をした。私に与えられた地下の一室で、公表される予定の聖女アリスのお披露目だ。

「これが聖女アリス。この姿の時に会う事もあるかもしれないわね。だけど、絶対に私……ジェシカとの繋がりを悟らせないように」

「畏まりました」

 エスタとナディは絶句していたが、さすがに家令のオーステッドは目を見開いたのみで、冷静に対応してくれた。

「本当に……奥様、あなたが聖女なのですね」

 さすがに年季が入っている。

「ええ。ちょっとした手違いで私自身は落第してしまったけれど、選定の儀を受けていなくても聖女は聖女。その力が失くなる訳でもないわ。現に殿下に目を付けられてしまったし」


 そして姿を戻し、全員を着席させてトーマについて語った。

 もちろんあの悲惨なエンディングをそのまま語る事はせずに、簡単に。ロミの本性に気付いたトーマが、失望して自棄にならないよう気を配ってほしいのだと。

 裏切られ愛が壊れたからといってそんな末路にはならないだろう。なんて軽く考えられないのがこの使用人たちだ。

 主を裏切ったヒロインを襲い死亡させる程に、トーマを想っている彼ら。更に聖女()の預言めいた言葉が後押しをする。


「……確かに先代奥方……トーマ様の母君はそのロミというご令嬢と似たような性質のお方でした」

 まあ話を聞く限りロミよりは同情の余地はありそうだ。

 なんせ政略結婚をさせられ、お互い愛も尊厳も無い生活だったそうだから。こればかりは片方が頑張ってもどうにもならないのではないか。

「本当はトーマ様がロミさんを気に掛ける前に何とかしたかったのだけど……彼女はどうにも、ね。うちの執事もやられたし」

 さすがのヒロインだ。(そら)の聖女の主人公なだけある。攻略対象者に留まらず、若い講師たちもその手腕で次々と落としていったのだ。


 それに関連して気にかかる事もある。

 攻略対象者の一人、候補生講師のオズワルド先生だ。歳は28。黒縁眼鏡の温和な顔付きだがどこか陰のある人。

 ロミは当然そんな先生にも粉をかけていたが、彼はヒロインの信奉者にはならなかった。彼の攻略フラグは候補生の成績如何(いかん)で判断されるのだから、当然といえば当然なのだが。

 ただ彼はジェシカの味方でもなかった筈だ。

 殿下から聞いた話によると、オズワルド先生は私の落第に最後まで反対していたそうだ。本来外部に漏らす事のない成績を殿下に見せ、私は潔白なのではないかと持ちかけてきたらしい。

 それを聞いて、彼の現在の立場は悪くなっていないだろうかと、それだけが心配になった。殿下がフォローを入れてくれているだろう事に期待するしかない。


 などと思考の海に沈んでいた私だが、ナディの言葉に引き戻される。

「旦那様ですが、最近またクラエンタール嬢と会っているようです」

 私の事があってから、オーステッドの指示でナディはロミの身辺調査をしたらしい。今まで何もしていなかったのかと若干呆れもしたが、それだけトーマの自主性を信じていたのだろうと思う。

 それにしても。まだ教会に在があるはずの候補生(ロミ)。教会で待機している状態であるというのに未だ男性を侍らせているのだろうか。

 そこに、わざわざ会いに行っている、と。

 ハーレムを望む人というのは性別に関係なく、誰か一人でも手放したくないし、更に加えたいという願望があるらしい。彼女は愛は無くともトーマを手放す気はないだろう。

 複数の人を同じくらい真に愛せる人もいるだろう。ロミがそんな令嬢であれば……もしかしたらトーマは救われたかもしれない。


「私には理解できません……旦那様を批判する訳ではないのですが、男性というのはあのように自分以外の同性に囲まれている女性を愛せるものなのですか?」

 エスタが俯き嘆く。

「囲っている男たち本人にはその意識はないのだろう。いかにその女性を自分に振り向かせるか、という事で頭が占められている状態ではないだろうか」

 オーステッドが多角的な分析をする。それに関しては男女逆でも言える事だ。

 不自然な逆ハーレムについては、私にしてみればヒロイン補正。の一言で片がついてしまう。

「彼女がトーマ様を傍に求めているんでしょう。彼にしてみれば当然断る理由もない。問題なのは……どこまでの関係なのか、という事なのだけど」

 私はナディを見た。

「幸いな事に旦那様とは……まだ深い関係ではないようです」

 ナディは言いにくそうに報告した。その言い方だと、つまり。

「他の方とは、つまり、そういう関係もある、と……?」

 エスタは信じられないと言うように口を押さえる。その反応は当然だ。聖女候補生として教会で勉強している令嬢の行為とは思えない。個人の自由という問題ではなく、節度の話だ。

「……時間の問題ね」

 私の呟きに、三人は神妙に押し黙る。


 未だに交流があるのなら徐々に好感度は上がり続けているだろう。

 私に義理立てなんてするはずもないし、今後本気で彼女に迫られたらトーマに断れるとは思えない。

「しかし旦那様はそういう事はしっかり管理している筈です。クラエンタール嬢と出会う前も、付き合いは少なくはありませんでしたので」

 ナディの言い分は分かる。

 トーマは、自身の生い立ち故に子供ができる事に敏感なのだろう。

「問題は彼の方じゃなく、ロミさんの方よ。もしトーマ様と関係を持った後で彼女が妊娠でもしたら……」

 他の男の血を引く子だと判れば、彼はロミを疑う。トーマの子だとしても、ファルシ家への籍の問題などがある。

 もうすでに私が正式に妻として存在しているのに、である。修羅場間違い無しな上にトーマの評判が地に落ちるのは避けられない。

「……詰んでるわね」


 一番の理想は、トーマが傷付かずにロミから離れる事。真に愛し愛される相手と出会う事。そして幸せな家庭を築く事。そうしたら用無しとなった私と離縁して、私も正式に聖女に専念できる。

 まあ……それが難しいのは、あのエンディングを見ている私だから分かる事だ。トーマは繊細すぎる。そこがいいところでもあるが。

 まずは、ロミを失っても彼を本気で心配する人たちは周りに沢山いるという事に、気付かせないといけない。

「とにかく、彼の本当の支えになれるのは貴方たちだけなんだから。しっかり彼と一緒にいて」

「奥様は……旦那様と心を通わせてはくださらないのですか?」

 エスタはそう言うが。

「彼にとって私はロミを苛める悪女という立場でなければならないの。これから先もずっとね。それが崩れてしまったら彼はロミを……自身に芽生えた愛を疑う。心が壊れてしまう。それだけは駄目なの。私が聖女だと知られるのも絶対に」

 もう一つ希望があるとしたら、トーマがどんなロミでも愛せるのなら問題はないのではなかろうか。例え彼女の中で一番でなくとも、他の囲っている男と同等でも、同じくらいの愛を返してもらえなくとも。

 無実の他人を陥れて愉悦に浸るような少女でも。

 結果的にトーマが幸せになれないのなら意味がないのだが。


 結局、現状の確認だけで具体的なこれからの未来像は上がらなかった。

 しかし私の動向は決まっている。王城に即座に転移できるように、秘密の一室を与えられたのだ。そこと、この地下部屋を周りに悟らせず行き来するのが、当面の行動だ。

「さしあたっては三日後。私はアリスとして殿下と共に教会に行くわ……確実にロミさんには絡まれるでしょうけれど」

 まったく、辟易する。

「王家が見つけた聖女のお披露目ですね。旦那様もおっしゃっていました。それで、その日も。クラエンタール嬢に付き添う、と」

 実質はファルシ家当主として、殿下の友人としての参加だろう。ナディは私に気を遣っているのか若干言いにくそう。


 心配で心配でしょうがないのは確かだが、トーマに対して身を焦がすような恋い焦がれるような気持ちは無いのだ。萌える、という感情は残っているのだが。

 多分、これは今の私がプレイヤー(ロミ)ではなくてライバル(ジェシカ)だからなのだと思う。結ばれるのならプレイヤー……ヒロインでなければ、と心の何処かで拘っているのかもしれない。


 気を遣わせないように私は何気なく振る舞う。

「さて、彼らは私……聖女アリスをどう見るのかしらね。さすがに表立って敵視される事はないだろうけれど覚悟しておかないとね」

 だが地位的にも一番の脅威であった大公が、彼女から離れたのは大きい。生死の境を彷徨った彼には悪いが。



 翌日。私は部屋にあった衝立を利用した。

 その奥で隠れるようにしてアリスとなり、エスタに見送られながら城に転移をすると――。


「え?」

 城の聖女専用執務室。その来客用ソファにベルディウス殿下がすでに足を組んで座っていた。

「……ん、ああ、来たか」

 若干目を伏せていた殿下は私の姿を認め、立ち上がり……まるで当然のように。

「一度ジェシカに戻ってくれ」

 私はつい普通に幻術を解く。どうして素直に言う事を聞いているのか。

「殿下、どうやらお待たせしてしまったようで、申し訳……」

「いや、時間通りだ」

 壁に掛けられた時計を見るが……予定の時間よりも30分は早い。そんな私の行動を見て言いたい事を察したのか。

「本当に気にするな。私も少し……静かに考えたい事があった、それだけだ」

 そしてまた私の手を取り。

「会いたかった」

「ま、またそのような――え?」

 またしれっと何でもないような顔をしているのかと思いきや、殿下は。眉を寄せ、妙に切なげな目をして私を見下ろしている。

「私もお会いしたく……いえ、いえ……昨日お会いしたばかりですわ、殿下」

「ああ。毎日会いたいと、そう言っている」

 有り得ない事であるのに、今ようやく自分の心臓が動き出したような感覚に襲われた。血が巡るのが分かる程の動悸のせいで。

 今まで、自然に動いていた心臓が急に激しく動き出したから。


 なんて、顔をしているのだろう。そんなまるで極限まで愛おしいものを見るような目をして。

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