12 キャラメイク難航中~聖女誕生
私は殿下へ、トーマの認識について確認した。
「殿下はトーマ様がロミさんを好いているのはご存じで?」
「ああ。今日……もう昨日か。奴と話をした時に何となく、な」
随分遅くないか。
まあ、鈍感キャラなら気付いた時点で褒められるべきだろうか。
「実は、彼のロミさんへの愛はとても計り知れない程に重いのです。母君が亡くなられてから誰かを真剣に愛せなかった彼が育んだ、本物の愛」
風向きが変わってきたと察した殿下は、目を細めた。
「その愛を疑った時……彼の心は壊れてしまいます」
「成程な。それを知っているのは、君の聖女の力が成せる業、か?」
「はい。予知夢、というよりは、未来視とでもいいましょうか」
とにかく、先の展開を知っているという事を殿下に分かってもらう。聖女の力。の一言で説明できるのは助かる。
「とても悲惨な末路です。ご友人である殿下に語るのは憚られる程に。しかし、わたくしが視た彼の結末までの過程が随分と変わってきているのも事実です」
さすがにゲームのルート説明は出来ないが。
「君がそこまでトーマに入れ込むのは何か理由が?」
これも嘘半分、本音半分くらいの説明でいいだろう。
「実は、何故かこの未来をわたくしは幼い頃から視ていたのです。要は感情移入でしょうか。とても彼の境遇が……自分と似通っていて」
「トーマとの離縁を望まないのは、君が聖女であると知られる事でクラエンタール嬢の虚構が剥がれてしまう事を恐れている、という事で合っているか?」
なんと理解の早い。さすが殿下だ。
「その通りですわ。わたくしでは彼を幸せには出来ませんが、せめて不幸にはさせるつもりはありません」
殿下は腕を組み、じっと思考しだしたようだ。
私はさっきまで寝ていたからいいが、殿下はこんな夜更けまで起きていて大丈夫なんだろうか。執務があると言っていたが、それを続けなくてもいいのだろうか。
そんな思いを込めてじっと見ていたが、殿下は身動ぎもせずに目を伏せている。まさか寝ているなんて事は。
「君の事情は理解した」
あ、起きていたようだ。
「それで表向きはファルシ邸に引きこもってジェシカ・ファルシとして。裏では別人のように見せた聖女となり顔を晒すのだな」
「それを王家の方々が認めてくだされば、の提案です」
「いいだろう」
あまりにもあっさりとした受け入れに、驚く。
「え、よいのですか? 陛下には……?」
「父には君の提案は端的にだが話してある。現在君はまだ正式に聖女ではない。にも拘わらず、無条件で叔父上を治療して貰った事に対しての、陛下からの褒美だ。君の望む通りの条件を受け入れよう、とな」
なんだかあっさりと事が運んで、呆気にとられた。
「そもそも君の落第という議論を踏まえ、最終決定を下したのは王家だからな」
私や世間に負い目がある、という事なのだろう。
それにしてもこんな突拍子もない希望を聞いてくれるくらいに……王家にとって聖女という存在は重大なのだろうか。
私は座ったままだが、深くお辞儀をした。言い知れないほどの感謝の意を込めて。
姿見鏡の前に立つのは幻術で変化した私。
鏡に映るのは……やはりどの角度から見ても私だ。
「あの、殿下。これではわたくしにしかなりませんわ……」
「そうは言うがな」
ふざけているのかと思ったが、殿下は割と真剣なようだ。二人並んで鏡に映っているが殿下は腕組みをしてじっと私を見下ろしている。
「ええと、では、もう一度。今度はもう少し違う要素を組み込んでくださいませ」
「ああ。善処する」
善処もなにも。
殿下の好みの女性像を聞いているのだが。伴侶として迎え入れるのなら、折角だし好みの女性を、と思ったのに。
「ええと、では。髪型、髪質……髪の色はどのように?」
「髪は君くらいの真っ直ぐで癖のない、黒く長い髪が好ましいな。私と並び立ち遠くからでも映える」
一応殿下の言う通りに幻術を反映させてみる。……一寸も変わっていない。
「で、では……体型は。殿下もお年頃でありましょう? 詳細に好ましい部位をお好きに設定できるのですよ?」
殿下はじっと私の体を見ている。
「殿下、あまりそのように見られては……」
思わず顔が引きつる。
「ああ、そうだな。済まない」
すると殿下は鏡の中の私を観察し始めた。まあ、直接見られるよりは……いいか。
これは私をからかっているのか。素で真剣に取り組んでいるのか。天然なのか。本気でわからない。
「……思ったのだが、体型など変化させずともいいのではないか?」
「そうでしょうか……」
そんな事はないと思うが。せめて身長くらいは変えた方がよさそうではある。だが、殿下の言う通りにする。
「では、体型はこのままで」
髪、体型と聖女キャラメイクが終わったというのに、鏡に映る仮聖女は100%ジェシカ・ノースクラインだ。
「……では、顔の造形はいかが致しましょう」
「目は意志の強そうで聡明な……君くらいのはっきりとした目尻が好ましい。鼻はすっと通っていて、君くらいあまり主張しない方がいい。口は君の」
「分かりました。殿下。聖女の姿はわたくしの独断と偏見で決定いたします」
これでは埒が明かない。
殿下の返事を聞く前に、私は聖女らしい聖女を幻術で作り出した。横の殿下は押し黙るが特に反論はないようだ。
出来上がったのは、ふわふわウェーブの長く透き通るような紅色の髪。
目はぱっちりと丸く、大きく。その瞳は宝石のような澄んだ空の色。
形の良い小顔に、口角の上がった蕾のような小さな唇。
白い修道服の下は豊満な胸部。反面華奢な腰、小柄な体型。
鏡に映る自分は渾身の自信作だ。
「どうです、殿下。まるで聖女の中の聖女ですわ」
しかし私の高揚とは裏腹に、殿下はあまり納得していないようだ。
「この髪色は無しだ。却下」
「え、何故……あ」
そうか、赤色はヒロインの色だ。
「ロミさんと似た色が駄目なのですか?」
「ああ。駄目だ」
苦虫を噛みつぶしたようなお顔をされた。そんなに嫌なのか。
私は、光を受けて輝く銀色にその色を変えた。
神聖な乙女っぽいじゃないか、と、また自画自賛をする。だが殿下は。
「顔付きが子供すぎる。まるで伴侶ではなく妹と並んでいるようだ」
殿下に妹君はいないが。
だが確かに、鏡に並んで映る二人を見ると殿下の言う事も分からなくもない。
殿下の希望を取り入れ、少し顔付きを大人っぽくしてみる。うん、悪くないのでは?
「どうです?殿下と並び立っても不自然ではないと思いますが」
鏡の中には笑顔の銀髪ふわふわ美少女。その横にはやはりどこか納得いっていない顔の殿下。
さすがにここまでくれば、殿下の好みの女性というのがどういうのかが分かってきた。
「殿下。これは聖女がわたくしである、と周りに悟らせないようにするための幻影です。人前でだけの姿ですので……」
「そうだったな。ならば多少妥協するか」
しれっと答える殿下。この完璧な美少女聖女を前に妥協とは……。まあ、いい。人の好みも千差万別だ。
よし、次。
「では、名前はいかが致しましょうか」
「……ジェシー、では駄目か」
「それではわたくしになってしまいます……」
駄目だこれは。やはり名前も私が考えなくては。
「では、アリス、と。この姿の時はそうお呼びくださいませ」
わかった、と頷く殿下。
そして、声も少し変えた。素の私よりも高い声に聞こえるよう幻術に組み込む。
「もう完全に別人だな。一体どういう原理なんだ」
殿下も心底不思議そうにアリスを見る。
「細かい説明は省きますが……視覚、聴覚経由で、間違った情報を見た人の脳に与えているのです」
「ああ、何となく理屈は理解した。これが幻術というものか」
そして明け方、この姿で陛下に御目通りするらしい。
と言っても大々的にではなく、密かに。限られた人物の前で、聖女アリスがジェシカであるという確認のために。
「陛下たちには改めて私が事情を説明しておこう。もちろんトーマの事は伏せて、だ」
「お願いします」
私は脳内で独自の記憶容量を作り出す。そこにこの聖女アリスの幻術情報を記憶して、次に術をかける際すぐに情報を取り出せるようにしておく。
そして術を解いてジェシカに戻る。
「ああ」
殿下が急に納得したような声を出し、腕を組んだ状態のまま私を見ている。
「どうかなさいまして?」
「いや、やはりこちらの方がいいと思っただけだ」
しれっと発言する殿下に面食らうが、本来ベルディウス王子はこういうキャラだった。好感度が高くても無表情で、褒め殺し、愛を囁くような。
何故か目の前の殿下はあまりゲームそのままの性格とは言い難い人なのだが。
「ありがとう、ございます……」
先程の微笑を思い出してしまって面映ゆい。
そんな私の心中などお構いなしといった感じで、殿下は何ともスマートに私の手を取り……指を優しく撫で出した。
一体、これは。
「あの」
「明日は早い。もう休むといいだろう」
殿下は何も無かったかのようにして、またもしれっとした顔で客間を退室して行った。
「なんだったの……」
分からない。殿下が分からない。
私は考えるのをやめ、ベッドにのろのろと歩み寄った。こういう時は寝てしまうに限る、と。
触れられた手や指がやたら熱を持っていた。




