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天の聖女  作者: みど里
13/59

11 目覚めたら王城~トーマルートBAD.EDとは

 目を開けると、飛び込んできた見慣れない景色に一瞬戸惑った。

 そう言えば王城に召喚されて……。そこまで思い出した時、身を起こしてみる。


「あ、奥様! お体はどうですか」

 部屋にいたエスタが枕元まで駆け寄ってきて、ワゴンの水差しから注いだ水を差し出してくる。

 それを受け取り、一口。一息吐いて現状の確認をする。

「ここは王城よね? あれからどれくらい経ったの?」


 エスタが言うには。

 どうやら私は倒れたようだ。その後すぐに大公は目を覚まし、今のところ特に体に異常はないそう。今は治療後数時間程経っている。状況を聞くまでもなく壁掛け時計盤を見て理解した。

 そして。

「屋敷のオーステッド様に報せを出しました。殿下方のご厚意もあり今日は王城に宿泊します、と」

 私は頷く。

 しかし、とんでもない依頼だった。あんなに……なった人を見たのは初めてで。ああ、もう思い出したくないし、しばらくは……肉料理はいい。あと生果も。

 遠くの壁を見てぼーっとしていると。

「奥様が目覚められたと、王子殿下に報告してまいります」

 コップを片付けたエスタが私に一礼して部屋を出て行こうとする。私は慌てて。

「あ、待って。それが済んだら貴女も休んでいいわよ」

 彼女は返事をして部屋を出て行った。

 若干ホッとしていたように見えたが無理もない。私の側仕え、付き添いとはいえ、思わぬ召喚で城に宿泊、(いち)メイドにしてみれば珍しい出来事の連続だったのだから。



 それから、足早にやってきた殿下をソファに誘い、私はその向かいに座る。

「もう起き上がっても大丈夫なのか」

 まるで私を見透かすようにじっと見てくる。

「御心配をお掛けしました。そもそも一時的に疲労が襲ってきただけですので、もうすっかり良くなりましたわ」

 夜中にわざわざ呼ぶのも申し訳ないとも思ったが、どうせ執務中だから私が目覚めたらすぐにでも呼ぶように。と、エスタに命じていたようだ。

「実はな、明日にでも叔父上……大公が君に面会を求めているが、どうする?」

 私は咄嗟に返事が出来ない。


 彼、シュバルツ大公はあのヒロイン・ロミの信奉者。当然候補生時代に私は彼に散々凄まれたものだ。

 身に覚えのない悪意を向けられ、どうして彼に好印象を抱けるというのだろうか。

「……命令、でしょうか?」

「いや。ただ感謝を伝えたいだけだろう。他意はない。断ってもいいぞ。そもそも今回のこの事態が非公認の出来事だ」

 本当だろうか。できれば会いたくはない。

「断った瞬間に首が飛ばされたりしませんかしら?」

「随分だな」

 殿下は何故か笑っている。皮肉な笑みでもなく、苦笑でもなく。普通に、笑んでいるのだ。

 ベルディウス王子。というキャラクターの立ち絵、スチル。そのどれにもこんな普通の微笑は描かれていなかった。

 思わず見惚れそうになって、咄嗟におどけて誤魔化す。

「申し訳ありません。わたくしにとって、彼……彼らはそういう存在なのです。小娘ひとりを集団で取り囲み、口汚く理不尽に罵るような男性。ただただ恐怖の対象でしかありませんわ」

 殿下は深く息を吐き、背もたれに体を預ける。随分気を抜いているようだ。

「それは……致し方あるまい。随分と深い業を背負ってしまったようだな、彼らは。ならば当然謝罪の文も品もいらない、と?」

「ええ、結構ですわ。今後一切、わたくしに私的に関わらずにいてくださると助かります」

 しかし、これだけは言っておかねばならない。

「ただ、今回の治療の後遺症などがあればすぐにでも報せを。いくら聖女の治療とはいえ、人知を超えた力を取り除いたのですから。今後何も起こらないという保証は出来ません」

 それとこれとは話は別、だ。

「ああ。助かる」


 一瞬、会話が途切れ静寂が部屋を包む。

「それで、結論は出たのか?」

 殿下の色の無いと思っていた双眸が熱を持ち私を貫く。一体何の話かと、私は殿下を凝視してしまった。

「……ファルシ邸で話をしただろう。トーマと離縁し聖女として王家に嫁ぐのか。聖女の虚像を作り、ジェシカという人物はそのままに王家に嫁ぐのか」

 結局聖女が王家に嫁ぐのは避けられないのか。

 まあ、何やら王家の云々が関わっているらしいのでしょうがないのかもしれない。

「君とトーマにどのような事情があるのかは知らんが……私としては君そのものに嫁いできて欲しい、というのが本音だ」

 殿下の様子から、先延ばしには出来ないらしい事が分かる。


 腹を据えて話し合いをした方がいいのだろうか。トーマの事。彼が辿るだろう結末について。



 ライバル・ジェシカの聖女候補落第イベントは、騎士トーマの好感度が一定以上で起こる。

 正確には、隠しを除く全6人の攻略対象者の内、トーマ除く3人の好感度が80%以上。トーマの好感度が50%以上、80%未満で起こるのだ。

 これ以外のルートでは、ジェシカが落第からのトーマに嫁ぐ。という展開は一切ない。独自のイベントになる。

 つまり、私のこの現状。『トーマ貧乏くじイベント』が起こっているという事は、その条件を満たしてしまっているのだ。


 トーマ推しであった私が一番危惧しているのがキャラ別のエンディング。

 トーマはトゥルーが1つ。グッドが2つ。バッドが4つ。そのバッドエンディングの一つが、丁度今の条件と被ってしまうのだ。

 今のロミはどう見てもトーマが本命ではない。だがゲームでは不可能な逆ハーレムを築いている状況で、彼女に好意を抱いている彼らの全てのルートに入ってしまっている。

 それを踏まえて、私が落第した時点でトーマはバッド以下が確定。そして彼のバッドエンディングのひとつ、『虚像の愛』。


 ロミが清廉な少女だと思っていたトーマは、実はそうではない事に気付く。

 他の男と……しかも、二人以上の攻略対象者と別々に密接な愛を育んでいたのを偶然見てしまうのだ。

 更に。

「ジェシカ様と結婚なんて……トーマ君、可哀相……」

 という会話を聞いてしまう。

 ロミの為にと自分で決めた事とはいえ、この言葉は彼の心に僅かなヒビを入れ、後に砕けてしまう原因となる。


 その第一の要因が、ファルシ邸で軟禁状態にあったジェシカの自害。

 彼女は物心ついた頃から侯爵家としての矜持のため、聖女となるため、研鑽を積み重ねてきた。

 絶対に聖女にならなければ自分の存在意義はない。父も使用人たちも自分という存在を認めない。聖女になれば周りは自分を見てくれる。

 そんな強迫観念に囚われ生きてきたといってもいい。

 そしてジェシカはロミの存在に恐怖し、嫉妬し、過ちを犯す。

 全てが終わった時、彼女にはもう何も残されてはいなかった。与えられた質素な一室で、彼女はナイフで喉を一突きし――。

 そんなジェシカの心情をトーマが知るのは、ノースクライン家の執事・サッシュの好感度が低い時のみだが、事情を聞かずともトーマはジェシカの自害にショックを受ける。


 死を賜るほどの罪ではなかった。

 そこまで深く考えずに、ロミへの制裁を危惧し見張るためだけに婚姻を結んだ筈だった。と。まだ成人もしていない少女の自害を受け、彼は非情にはなりきれなかったのだ。


 ライバルの死を伝え聞いたロミは、その無知で無垢な純真さでトーマを責める。

 何故目を離したのか。自分の妻なのに。彼女の支えになってはあげなかったのか。そんな言葉の刃でトーマの心を確実に攻撃していった。

 憎みながらも愛を欲した自らの亡くなった母親。彼女とロミが彼の中で重なった瞬間、彼は壊れた。

 この愛は虚像だった。所詮他人の愛など偽物。と。


 彼は朦朧とする意識の中、ロミを襲う。

 しかし好感度の高い攻略対象者にロミは守られ、トーマは高所から転落。一生残る障害を負う結果となってしまう。

 心は壊れ、寝たきりになりながらも彼は、聖女を傷物にしようとしたとして重罪人となる。碌な世話も治療もされないまま、無意識に母とロミの名を呟きながら牢獄の中で息絶える。

 ヒロインの聖女ロミはその後、謎の集団――裏話ではファルシ家の使用人たち――に襲われ、暴行の末殺される。というモノローグでバッドエンド。

 これが彼の『虚像の愛』。


 ちなみに、サッシュからジェシカについて聞いていた場合のみ、似た境遇に同調したのか、トーマが最期に呟く名前にジェシカが加わる。

 というのは閑話休題。


 攻略対象者のエンディング全てで、トーマのこの『虚像の愛』だけはやたらハードな描写だったのだ。年齢制限はこのエンディングのせいで上がった、と言われる位に。

 制作陣はトーマ嫌い。などと揶揄されたり、いや、逆に愛があるからこそ力の入れようが違う。などと憶測が飛び交ったものだ。

 愛があってあんな悲惨なエンディングになるか? と私などは思うのだが。そういう性癖もあるのだろう。


 当然私は自害などするつもりはない。

 そもそも私が聖女である限り、万が一彼がロミを襲ったとしてもあれ程の重罪にはならない。

 だがロミは原作のヒロインそのままの彼女ではない。何故かは分からないが、彼女は他人を陥れ、男を意図的に侍らせているような少女なのだ。そんなロミの本性をトーマに知られる訳にはいかない。

 現時点で失意に陥ったトーマがどうなるのか、確信が持てないのだ。あんな悲惨な結末になどさせない。


 トーマが彼女を愛するまではそれでもよかったが、どうしても攻略対象者の一部はロミに惹かれていってしまった。

 強制力というものが働いたのか、もしや聖女の資質を持つロミが妙な力を放っているのか、特定は出来なかった。

 純粋に彼女自身の魅力が男性を惹きつけたのだろう。



 黙り込んだ私を視線で窺う殿下。彼にとってもトーマは大事な友人。希望的観測だが、私の話に同調してくれるのではと、話をしてみる事にした。

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