幕間:とあるメイドの失態
私を見下すその冷たい目は、憎からず思っていた人……同僚の執事のもの。
「オーステッド様の判断だ。お前のような、家人に敬意を払えない使用人を雇い続けるのは困難。しかもそれを外部の……よりによって王城の者に知られた失態は看過できない」
あの令嬢を召喚しに来た城の魔術師様が、ファルシ家に抗議の手紙を出したのだそうだ。王の使者を不快にさせた事に対して。
柔軟な対応をされた夫人の顔を立てて表立っては不問にするが、誠意を見せろ、と。
故に、解雇。
しかも手当などない。ただ、実家の子爵家にトンボ帰りを余儀なくされた。
「俺たちだって人間だ。よからぬ感情を抱く事もある。だが、それを隠し仕えている家の為に尽くすのが俺たちの立場。それが契約。それを破ったからには首を切られても文句は言えない」
膝から崩れ落ちた私を見る複数の、同僚、上司、後輩の目。
これは見せしめだ。
あの令嬢に対して陰で文句を言っていた同僚たち。迎え入れた際、あからさまに舌打ちをしてみせていた執事。みんなに対しての警告だ。
「さあ、さっさと立て。荷物をまとめて帰れ」
「まっ、待ってください! どうか、許して……! 契約違反で首になったなんて家に知られたら……!」
「俺に許してほしい、と?」
私は何度も、精いっぱい頷いた。だが、それは状況を悪化させる結果となった。
「お前は俺にも何かしたのか?」
「え……あ……」
「お前が謝罪を向けるべき相手は俺なのか?」
「あ……い、いえ……」
喉がつかえて何も言えなくなった蒼白な私を庇ってくれるのか、比較的仲のいい同僚メイドが一歩前に出た。
「口を挟んでしまいますが……あの令嬢への対応は、旦那様が率先して行われているではありませんか。地下室を宛がうなど……」
「その旦那様が直接使用人たちに、奥様に対してぞんざいな扱いをしろ。と命を下したのか? 俺は聞いてないが」
そんな命令は無い、はず……。
「い、いえ……それは」
「確かに旦那様は奥様にいい感情は抱いてないが、あからさまに表情に出したり、暴言を吐いたり、手を上げたりなどはしていない。お前の主張はてんで論外だ」
まるで初耳だと、同僚たちは俯いた。
「……何か勘違いしてないか? お前たちはどれだけ偉いんだ?」
心底軽蔑した色を湛えた目を周りに向ける執事、ナディ。
「旦那様が嫌っているから、だから自分たちも倣ってもいいと。どのような思惑があれど奥方として迎え入れた侯爵家の令嬢を、たかが使用人の感情ひとつで蔑ろにしてもいいと。そんなに偉い立場か? 俺たちは」
俯いていた数人が顔を上げて蒼白になる。
そうだ。あの令嬢は……侯爵家の。でも、彼女は侯爵家を……追い出されたのではないのか? 落第した娘を、侯爵様は……これ幸いとファルシ家に押しやっただけじゃないのか?
「どうしても感情を優先させたいなら……首を切られる覚悟の上で行動しろ」
もう何も反論できなくなった私たちを一瞥し、まるで何かを覚悟したかのような強い表情のナディは静かに部屋を出て行った。




