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石油

作者: 三沢ケイ

 薄暗い王宮の奥深く、大魔術師デミスターは古来より伝わる大魔術に挑んでいた。

 魔法陣の周囲に置かれた蝋燭が揺らぎ、石の壁をゆらゆらと照らし出す。その前に立つデミスターが呪文を詠唱すると、魔法陣が光り輝きはじめ、すぐにパーンと弾けるような音が鳴り響く。その刹那、目も開けていられないような強烈な閃光が周囲を覆った。


「成功か!」


 部屋の片隅で様子を見守っていた男が興奮した様子で駆け寄ってくる。しかし、徐々に光を失う魔法陣を見つめていた表情からはすぐに喜色が消えた。


「いないではないかっ」

「いいえ、儀式は正常に成功しております。この世界のどこかにはいるはずです」

「この世界のどこかだと!?」

「場所は指定されておりません(ゆえ)


 男の顔がさっと青ざめる。対するデミスターは役目は果たしたとばかりの澄まし顔だ。

 男の依頼でデミスターが試したのは、【召喚の術】だ。巨額の富をもたらす金の卵を召喚するために、大魔術師を探し出し、これまでに油田一つ分に匹敵する金を積んだ。誰かに横取りされる前に、絶対に見つけ出さねばならない。


「探せ! 探すのだ!!」


 男の絶叫が、仄暗い地下室に響き渡った。



***


 照り付けるのは灼熱の日差し、肌を撫でるのは湿気混じりの熱風。見渡す限りの大海原。中東の夏は女性には決して優しくない。


「オネーサン、コレヤスイヨ」


 二週間ぶりの補給船。物資を運び終えた船員の片言の日本語に、同僚の田宮さんと歩きながら会話していた私は足を止めた。男の片手には手の形をしたシルバーアクセサリーがぶら下がっている。どうやら、小遣い稼ぎに私にお土産を売ろうとしているらしい。あと少しで私が日本に帰ることを知っているのかもしれない。


「これ、ハムサ?」


 ハムサとは、この地方に伝わる邪眼から身を守るお守りの一種だ。手のひらに目が描かれた独特のデザインをしている。


「ソウ。デモ、コレトクベツ」

「どう特別なの?」

「コレ、トクベツ」


 男は首をかしげて同じ言葉を繰り返す。どうやら、これしか日本語を覚えていないらしい。差し出されたハムサはブレスレットになっており、銀細工の中に青い石がぐるりと一周するように付いていた。


「いくら?」

「ワンハンドレッドディナール」

「ディスカウントプリーズ」

「ノー。コレ、トクベツ」


 百ディナールといえば、この辺りで言えば破格だ。男はオウムのように「コレ、トクベツ」を繰り返している。


「どうしようかな……」


 特別、特別と繰り返されると本当に特別な気がしてくる。心なしか青い石が魅惑的に輝いているような。洋上生活が続いているせいで、おしゃれなんて無頓着になっていた。


「よし、買った!」


 海外の僻地への赴任手当で懐も温かいし、特に使う当てもないし、これ位のプチ贅沢は許されるだろう。お金と交換でそれを受け取る。男は今度は田宮さんに別のアクセサリーを売ろうと、「コレ、オクサマ、ニアウネ」と繰り返している。いったいこの片言の日本語、誰が教えたんだろう。

 ハムサは腕に着けると少しの重みと、フワッと空気が変わるような不思議な感覚がした。


「可愛い……」


 灼熱の太陽の地に来ても日本から持参した大量の日焼け止めを欠かさないため、今も肌だけは自慢の美白を保っている。白い肌に、銀色と藍色がよく映える。ここの想い出にいい買い物したな、と私は口許を綻ばせた。


 私、新島(にいじま)結依(ゆい)は大手プラントメーカーに勤める二十七歳の若きエンジニアだ。今担当しているのは中東の石油掘削用プラットホームの建設で、洋上生活をしている。既にこの海域にはいくつかのプラットホームが建設されており、油井(ゆせい)が掘られている。


 目の前に高くそびえる洋上石油プラットフォームは先日、無事に石油層まで到達したばかりだ。高さは五十メートルほどあり、高層ビルに匹敵するほどだ。

 そこからは太い筒状のものが海面へと伸びている。ついこの間まではこれの先端にはビットと呼ばれるドリルを付け、高速回転しながら地中を掘り進めていた。今は自噴し出した石油を回収するためのパイプラインが挿入され、周囲には石油を回収するためのパイプライン、ボイラー、ろ過装置、発電用タービンなどが配置され轟音が鳴り響いていた。


「コレ、ヤスイネ」

「うーん」

「オクサマ、ニアウネ」

「うーん」


 田宮さんはいつまでも男性と話し込んでいる。


「先に巡回してますね」


 私は一人で先に行こうと、いつものようにプラットホームの階段を登りかけた。そのとき、不意に足元がカタカタと細かく揺れた。


「地震?」


 そう思った直後、強烈な閃光。眩しさで目が開けていられなくて、咄嗟に目を閉じた。地面がぐわんと揺れ、プラットホームの手すりに掴まり身を伏せる。キーンと耳鳴りがして思わず両耳を塞いだ。



 



 揺れが収まって目を開けたとき、すぐに頭に過ったのは天然ガス爆発だった。石油掘削では多くの場合、石油と共に天然ガスが噴出する。それらの天然ガスはパイプラインを通して回収され、エネルギーとして利用される。日本で家庭用のガスといえば独特の嫌な臭いがするが、あれば後からわざと臭いを付けたもので元々の天然ガスは無色無臭だ。そして天然ガスは、ある一定の比率で空気が混合された状態で点火すると爆発する。だから、気付かないうちにどこかパイプラインに亀裂ができていて、そこから漏洩したガスに着火したのかと思ったのだ。


「どうしようっ!」

 

 大惨事かと青ざめた私はすぐに立ち上がって周囲を見渡す。そして、目を(しばたた)かせた。


「え……?」


 そこにはあり得ない景色が広がっていた。大海原にいたはずなのに、周囲に広がるのはどこまでも続くのは黄土色の世界だった。砂漠……だろうか。


「今の大地震で海面隆起したの!?」


 冷静に考えればそんなわけがないが、混乱すると人間あり得ないことも納得してしまう。プラットフォームの端まで駆け寄り、私はその光景を見つめながら立ち尽くした。



***



「ニージマユィ様、用意出来ました」

「はい。ありがとうねー」


 我が愛しのプラットホームに異常がないか点検を終えた私は、声を掛けてくれた女性、ケイリーンにお礼を言う。並々と盛られたお料理は今日もとっても美味しそう。食事を運んでくれたケイリーンはにこりと微笑んでお辞儀をした。


「美味しい」

「そうだろう? 俺のところに来れば、毎日好きなだけこの料理が食べられるぞ」


 テーブルの向かいに座る眉目秀麗な男──アルフラダはどうだと言いたげにこちらを窺い見る。


「うーん。美味しい料理はたまに食べるからこそそのありがたみがわかるのよね」


 毎日フランス料理のフルコース食べてたら飽きるじゃない? それと一緒ですよ。

 それを聞いたアルフラダは今日もいい返事が貰えずに眉をひそめる。


「ユィは本当に変わっている。金もいらない、宝石もいらない、旨い料理もたまにでよい。これまで出会った女は皆これで落ちたのだがな」

「私、普通の女じゃないから」

「ますます落としがいがあるな」


 にやりと笑うアルフラダを、私はじろりと睨む。アルフラダは私の視線など気が付かぬふりをしてにこりと微笑んだ。


 アルフラダは、私がこの摩可不思議な世界に来て最初に出会った人間だ。この辺り一体を治める石油王らしい。

 あの日、茫然自失で一面の砂漠を眺めていた私は、不意に背後から話しかけられてびくりと肩を揺らした。


「おい。ここでなにをしている?」


 背後を振り返ると、そこにいたのはまだ若い男だった。砂漠の地方でよく見る、クーフィーヤという白い布を頭から被っていた。肌は少し浅黒く、こちらを見つめる瞳は黒曜石のような不思議な輝きがあった。


「なにって、石油採掘ですけど?」


 私は咄嗟に答える。プラント業界ではまだ私のような女性技術者はほとんどいない。私は自分がこのプラットホームの一員であることを示すように、はっきりとそう言った。男の眉がピクリと動く。


「石油? ここで石油は出ない」

「出ますよ。ほら」


 私は只今絶賛採掘中の原油を貯蔵したタンクを指差す。真っ黒な液体は不純物が混じっているものの、紛れもない原油だ。

 石油掘削の際、必ず現れるのが「ここで石油は採れない」と主張する地元有力者だ。この男もその類いに違いないとすぐにピンときた。男は連れの部下らしき男に顎で合図すると、その男が棒に石油を少しだけ付ける。男が手をかざした次の瞬間、棒の先が激しく燃えだした。


「驚いたな……」


 男の表情に驚愕の色が浮かぶ。

 いやいや、待ってくれ。驚いたのはこっちだよ。いつの間にマッチ擦ったの? 全く見えなかったんですけど。


 しかし、そんなことよりそれを見て瞬時に閃いた。この男は地元の有力者なのだから、これはチャンス! 悲しきかな、骨の髄まで染み付いたサラリーマン根性。息を吸うがごとく自然に胸ポケットに手が伸びる。


「私、こういうものです」


 この機会を逃すまいと、すかさず名刺を差し出す。この男、若いのに突然人様のプラットフォームに訪れてこの態度のでかさは相当な大物に違いない。ここはわが社の高い技術力を売り込んで、次なるプロジェクトへと繋げようではないか。

 名刺は両面刷りで、表は日本語、裏は英語で書かれている。英語面を上にして渡すと、それを受け取った男は怪訝な表情を浮かべてそれを裏返し、また表に戻した。


「これはなんだ?」

「名刺ですけど? 私の名前と身分が書いてあります」


 なんだこの人。こんなに流暢に日本語を喋れるくせに、文字は英語も日本語も読めないのかしら。珍しいな。


「名前と身分? 俺はラジーラの石油王、アルフラダだ」


 私はそれを聞き、片眉を上げる。

 ほほう。この男、自ら石油王を名乗るか。

 よく日本の若い子は勘違いしているが、『石油王』という王様はいない。石油王というのは石油で巨額の富を手に入れた金持ちを指す言葉だ。つまり、この男は「俺は石油で一儲けしたラジーラ出身のアルフルダだ」と自己紹介したわけである。ラジーラなんて地域は知らないけど、このアラビアンジョークには乗ってやらねばならぬ。


「私は二ホンの石油採掘王のニイジマユイです」

「二ホンの石油掘削王のニージマユィ?」


 男の瞳はさらに見開いた。

 

 それからというもの、アルフラダは毎日のようにこの石油プラットホームを訪ねてきた。この世界にはない石油掘削の技術と、見慣れない機械に興味を覚えたようで、しきりとその話を聞きたがる。私にとっても慣れないこの世界のことを教えてくれるアルフラダは貴重な存在だ。こうして美味しい食べ物を持ってきてくれるし。


「この前の話だが、ユィの世界では石油を精製してから使用しているのだったな?」

「そう。蒸留精製っていって、沸点の違いで成分を分解するの。精製されたものはそれぞれで使い道が違うわ。例えば──」


 この世界は、私の見立てでは二百年ほど技術レベルが劣っている。石油も、井戸堀りの要領で手堀りしているのであまり深くまでは掘れないし、精製技術は言わずもがな。

 静かに私の話を聞いていたアルフラダがじっとこちらを見つめているのに気付き、私は首をかしげる。


「なに?」

「ユィの世界では、みな女も石油を掘るのか」

「掘らないよ。日本中でも、プラントエンジニアの女の子は数えるほどしかいないんじゃないかな」


 私は手を振る。私の会社でも、女性プラントエンジニアは殆どいなかった。女性の社会進出が叫ばれて久しいが、未だにこの業界は男社会だ。


「ユィは変わってるんだな」


 アルフラダは楽しげに笑った。まぁ、そのコメントを否定する気はない。



***



 とある宮殿の奥深く、一人の男が地団駄を踏んでいた。


「いない、いない、いない! どこにもいないではないか!」


 油田一つ分の大金を叩いたにも関わらず、肝心の金の卵が見つからない。それでは大損だ。


「まだ見つからんのか!」


 男に睨み据えられた部下の魔術師は、難しい顔をして首を左右に振る。


「探索の魔法で探しているのですが、靄がかかったように見えません。恐らく、何らかの魔法よけの魔道具を身に着けている可能性があります」

「魔法よけの魔道具?」

「はい」


 と、そのとき扉がばたんと開き、別の部下が転がり込んできた。


「ナシール様、見つかりました」

「見つかった?」

「新たな油田です! ラジーラの手前の空白地に見たこともないような不思議な油井ができあがっているそうです」

「油田?」


 よもや金の卵が見つかったのかと思いきや、油田と知り、男はがっかりした。しかし、すぐに待てよ、と思い直す。その新たな油田を手に入れればまた一儲けだ。デミスターに支払った分くらいは取り返せる可能性が高い。


「よし、その油田と油井は我らのものだ。すぐに奪取しに向かえ!」


 男は声高々に宣言した。


***


 その日の昼食後。美味しいご飯に舌鼓を打った私はのんびりとプラットフォームの機器のマニュアルを読み返していた。そこに、ずいっと花が差し出される。


「ニージマユィ。そろそろ観念しろ。俺の嫁にこい」


 まるで挨拶をするように発せられた言葉に、私は笑顔を浮かべる。アルフルダはその笑顔を見て、相好を崩した。


「やっと観念したか」


 おおよそ十代とは思えぬ色香を放ちながらこちら伸びてくるアルフラダの手をふいっとよける。アルフルダは避けられた手に握られた花を見つめ、それならばと違う花を瞬時で出した。そう、なにを隠そう魔法である。


「絶っ対に嫌」


 私の言葉に、アルフラダの穏やかな弧を描いていた口許が一瞬で強ばる。


「なぜだ。金は十分に払うし、贅沢もさせてやる」

「金ならあるもの。石油があるから」


 この石油掘削プラットホームはここで回収された天然ガスを燃料としたガスタービンによる発電で稼働し、今も自給自足で順調に石油掘削を行っている。そして、この世界で石油が高価であることはすでにわかっている。


「俺ほどいい男もいないぞ? 金と権力と度量の深さがある。しかも見た目もいい」


 それを自分で言うか。なまじ間違っていないだけに腹立たしい。自分の領地のすぐ脇にある空白地のこの石油プラットホームを強奪せずに私の好きにさせているアルフルダは、確かに度量の大きな男なのだろう。でも……、と、私はアルフルダをはジロリと見る。


「ふうん? アルフルダはまだ十九歳だよね?」

「そうだ」

「ハーレムには何人奥さんがいるんだっけ?」

「二十九人だ。皆、よりすぐりの美人だぞ。安心しろ、ニージマユィも綺麗だ」


 十代の分際で嫁が二十九人ですよ。聞きましたか皆さん! 嫁が二十九人! 毎日回転させても次に会うのは一ヶ月後ですよーー!!


「ないな」

「なぜ?」

「この世界では普通なことも、私の世界では普通じゃない」

「なにが普通ではない?」


 言いたいことは腐るほどある。


 まずもって、私の世界で石油王はあり得ない。しかも、石油成金ではなくて正真正銘領地まで持った石油王だ。うん、あり得ない。


 次に、魔法もあり得ない。この摩訶不思議な世界には魔法がある。私、新島由衣は生粋の理系人間である。魔法などあるわけがない、科学の力で謎を解明してやろうと何度もアルフルダに目の前で物を出させたが、とうとうわからなかった。だから、きっと魔法だ。腹立たしいが、魔法と認めざるを得ない。


 そして、十九歳の分際で嫁二十九人はあり得ない。十九歳じゃなくてもあり得ない。私が十九歳の時? 同じ大学の彼氏と一対一の極めて健全なお付き合いをしていましたよ。それが一対二十九人? バカも休み休みに言いやがれ。


 その後も続く私の愚痴を静かに聞いていたアルフルダは、俄かに眉間に皺を寄せた。


「ここで女一人で過ごすのは危険だ」

「それはそうなんだけど……」


 私は言葉にぐっと詰まった。


「──アルフラダの奥さんは幸せだとは思うよ。けど、私は遠慮しとく」

「なぜ? 俺はユィが欲しいと思っている。ユィとなら、どれだけ話しても飽きない。嫁にこい」

「やなこった。ハーレムに閉じ籠る人生なんてまっぴらごめん」

「ならば、どうすればユィは俺のものになる?」

「さぁ、どうすればいいでしょう?」


 私のおどけた返事にアルフラダの眉間の皺が深くなる。

 結局、私はアルフルダの言葉を真剣に受け取ろうとしていないのだ。

 今は物珍しい女でも、徐々に物珍しさはなくなる。この世界にはない知識も、いつかは全てを伝え終える。そのとき、アルフルダは変わらず私よりも八歳若くて、沢山の美しい妻に囲まれ、金と権力も持っている。


 その黒曜石のような瞳から避げるように顔を背けると、カタカタとテーブルが小刻みに揺れた。アルフルダがハッとしたように宙を睨む。


「誰か来た」

「え?」


 慌てて外に出ると、遥か遠く、いつもアルフルダが来るのとは真逆の方向から砂煙が上がるのが見えた。次の瞬間、ドーンと衝撃のようなものを感じてプラットフォーム全体が揺れる。


「きゃあ!」

「ユィ!」


 咄嗟に身を伏せる私を、アルフルダが庇うように抱き寄せる。


「スデットの連中だ。応戦しろ」


 アルフルダが叫ぶと、アルフルダの部下たちが一斉にプラットフォームの端に立ち、砂煙の方角へ魔法の弾を発射した。



***



 ちょうどその頃、ステッドの王宮ではまたしても男が大魔術師デミスターを呼び出していた。金の卵が魔よけの護符を持っているようで探せないと訴えると、デミスターは眉間にしわを寄せて腕を組む。


「金の卵を探してくれ!」

「それは困りましたね。魔よけの護符があっては私でも探すのは不可能です。一旦元の世界に戻し、また再召喚するのがよいかと」

「できるのか!?」

「相応のお代は頂きます」


 男はぐっと言葉に詰まったが、すぐに思い直す。もうすぐ空白地の新たな油田が手に入るはずだから、金ならなんとかなる。


「よし、金は払おう。今度こそ頼んだぞ!」

「お任せください」


 デミスターはにやりと笑った。


***


 魔法団による攻撃はなかなか収まらない。アルフルダの部下たちが応戦してくれていたが、まだまだかかりそうだ。


「ねえ、ところでスデットってなに? あの人たちのこと? なんでこんなことするの?」

「ラジーラと敵対する石油王の国だ。空白地に石油が出たから、奪取しにきたのだろう」


 空白地に石油? それってもしかしてこの石油プラットフォームのこと?

 この石油プラットフォームを強奪しようとしている?


「やだ!」


 プラントエンジニアにとって、自身が設計に関わったプラントは我が子同然だ。プロジェクト立ち上げから完成までは年単位を費やす。訳が分からない人の手に渡るなんて、絶対に御免だ。それに、こんな攻撃、奪取以前にプラットフォーム自体が壊れて使い物にならなくなってしまう。


「やめて!」


 アルフルダの腕から飛び出した私は、こちらを攻撃してくる奴らに向かって走り出す。


「ユィ! 戻れ! 危ない!!」


 焦ったような叫び声が聞こえるのと同時に閃光が走り、足元が激しく揺れた。弾みで倒れた私はプラットフォームの端から体が滑り落ち、片手だけで吊るされるような格好になった。体を支えるのは左手だけ。左手にいつも付けているハムサが目に入る。魔よけなら私を守ってくれ!

 下を見ると砂漠が広がっているのが見えた。高さは十五メーターくらいある。落ちたらただでは済まないだろう。 


「ユィ! 手を!」


 アルフルダがプラットフォームの隙間から体を乗り出し、必死に手を伸ばす。私も必死で右手を伸ばした。あと少し、あと少し、が届かない。再び轟音が響き、揺られた弾みにプラットフォームの端に僅かに掛かっていた手がするりと抜けた。


「ユィ!!」

 

 落ちてゆく私を見つめるアルフルダの目が驚愕で見開く。あ、ヤバい。これ、死んだな。

 散々世話になったことだし、最後くらい、なんか気の利いた言葉をあの若者に……。


「男だったら、たった一人を宇宙一幸せにして見せやがれー!!」


 全くトンデモナイ別れの言葉だった。

 


***



 アルフラダは落下してゆくユィを呆然と見つめた。

 ついさっきまで目の前で軽口を叩いていたのに、その手は届きそうなところでするりと抜け落ちた。


「ユィ!!」


 必死の叫びも虚しく華奢な体が遠ざかる。その刹那、ユィの大きな黒目はこぼれ落ちんばかりに見開かれた。


「男だったら、たった一人を宇宙一幸せにして見せやがれー!!」


 叫び声と共に、眩い光が放たれてユィの体が包まれる。あまりの眩しさに咄嗟に目を閉じるのと同時に、足元が無くなったような浮遊感と、砂の地面に叩きつけられる衝撃。恐る恐る開けるとそこには一面の砂の世界が広がっていた。


「嘘だろ? ……消えた?」


 そこには、まるで城のような不思議な建造物も、先に落ちたはずのユィもなかった。ただ広がるのは、一面の砂漠。


 異世界から来たみたいだとは本人からは聞いてはいた。いくら魔法でもあんな一瞬にして転移することは不可能だ。となると、考えられるのは失われた古代魔術だ。異世界から召喚する術があると聞いたことがある。


 別の世界から突如現れ、また消えたということは元の世界に戻ったのだろうか。だが、いずれにせよ、調べればまた呼び戻す方法もあるはずだ。


「待ってろよ、ユィ」


 驚くような知識を持ち、風変わりで飽きない女。今まで出会ったどの女より強く惹き付けられた。必ず再度この世界に呼び戻し、次こそはものにする。


 アルフラダは人知れず口の端を上げた。



***


 

「に……まさん、にい……さん! 新島さん!!」

「え?」

「大丈夫?」


 名前を呼ばれ、私はハッとした。顔を上げると、アクセサリーを手に握った田宮さんが心配そうにこちらを見つめている。


「あれ? アルフルダは?」

「アルフルダってなに? 立ち眩みでもおこした?」

「──いえ……」

「そう? ならよかった」


 田宮さんはホッとした表情を見せると、手に持っていたアクセサリーを私に見せるように上げる。


「結局買っちゃったよー。奥さん喜んでくれるかな」


 私は自分の左腕を無意識に右手で触れる。先ほど購入したハムサがカシャンと鳴った。


「……夢?」


 妙にリアルなのに、なんともヘンテコな夢だった。魔法の使えるアラビアンな世界に迷い込み、自称石油王に求婚されるなんて。しかも、最後は敵国の攻撃にまであうフルコースだ。

 毎日のように見たアルフルダの熱の籠った視線を思い出し、夢だったことがちょっと残念、なんて思ってしまう。


「さあさあ、点検に行こうか」

「そうですね」


 私はうーんと腕を伸ばし、田宮さんと共に歩き出す。


「さてと、今日も頑張りますか!」


 階段から外を見ると、どこまでも続く大海原が見える。

 いやー、本当にリアルな夢だった。


 僅かこの数週間後、またしてもあの世界に迷い込むなんて、時間軸が違うのかアルフルダが大人の魅力駄々洩れの同年代になっているなんて、しかもハーレムを解散して猛烈な求愛行動にでるなんて、この時の私はまだ知る由もなかったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラがはっきりしていて、読みやすかったです。 大人の色気ダバダバなアル様かこいい。。。(幻覚) 続きを楽しみにしてますー [一言] 異界訪問譚で、「現実世界に帰ってきて、また異界に行く」…
[一言] 続きが読みたいです! 同年代の、大人の色気だだ漏れのアルフラダが読みたい!
[一言] いつか、つ、続きを〜 T^T
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