会議1
重要な話をするため、レイビーとイリスには席を外してもらった。まぁ多分どこかで私を見てるだろうとは思うけど。
「マナはやっぱりその制服になったんだな」
似合ってる、とソウシが笑う。
カルヴィナータ学園生徒会本部。
シンボルである白い制服は全生徒の憧れであり、これを身に纏うことは卒業後の成功を約束されたようなものである。
「ま、お前らなんか何色の服着てようが将来安泰だわ」
ソウシのボヤキに否定するように首を横に振る。
「そんなことはないわ、ソウシ。もしかしたらロイが女に現を抜かして愚王に成り下がるってルートも考えられるわよ」
「それは否定できないな」
間髪入れずにロイが同意する。
え?待って、現を抜かしかねない相手が現れたの!?あれからアイーシャと接点は持ってないはず……はっ!まさかヒロインはアイーシとは別にいる?アイーシャとの恋を阻止すればいいんじゃないの!?思わずロイの肩を掴んだ。
「ちょっと、いい人ができたなら先に婚約破棄してよ?浮気された挙げ句、悪女に仕立て上げられるなんて絶対イヤだからね!勝手に真実の愛を見つけて突然断罪なんてさせないわよ!」
「あははははは。まだ言ってるんだね、それ」
「兄さんも苦労するな」
どうしてソウシが頭を抱えるのか。この様子なら、今はまだ相手はいないのだろう。ほっと胸を撫で下ろす。
「まぁいいわ。そんなことより、ソウシも入学したら、きっと生徒会に呼ばれるわよ」
ソウシの実力は一緒に稽古をしていた私が一番分かっている。恐らく剣術ならすでに学園トップクラスだろう。知能が少し心配だが、私が入れたなら恐らくそこまで重視されていないだろう。魔力も先程感じた限りだと、まだまだ潜在能力がありそうだ。
「俺?俺は入らねーよ」
「なんで」
「その制服着たら将来安泰なんだろ?だったらそれを目指して努力してきた奴が手にするべきだからな」
まぁ俺は第二王子として、のんびり優雅に暮らす将来が決まってるしな!なんて鼻高々に笑うソウシ。
「……ソウシ、あんた昔からそうね。欲がなくて、すぐ人に譲っちゃう。良く言えば優しい、悪く言えば逃げ腰、つまりクソ甘いわ 」
「女の子がクソって言うなっつってんだろ」
「その熊しか寄ってこねぇよってくらい甘い優しさも、私が鍛えてあげた技術も、上に立つからこそ活きることってあるのよ」
ソウシには、例えば隣の子に自分のお菓子を譲るんじゃなくて、大量にお菓子を用意してみんなに配れるような人になって欲しい。それができる子だと信じられるのは、姉馬鹿なのかしら。
「俺が誰かにしてやれることなんて、せいぜい席譲るくらいだよ」
「ソウシ……このやろう……」
「そんな切な気に囁くワードじゃないからな?それ」
何気ない会話を三人でポツポツと話していると、ノック音が響く。そして先程と同じように、返事を待たずに扉が開く。改めて言うが、決してエンダー学園長を軽んじているわけではない。決して。
「失礼します。会長、お呼びですか」
入ってきたのはクイラックスだ。セリフと同時にメガネをくいっと上げる姿が地味に癪に障る。
しつこいようだが、我々は決してエンダー学園長を軽んじているわけではない。この部屋が誰の部屋なのか、会長に呼ばれた嬉しさで頭がいっぱいのクイラックスが認識できていないだけだ。フクロウのようにホ?て顔をしているマンドリルが視界に入ったところで、誰がこの由緒正しい学園の創設者だと認識できようか。
「あぁ、来てくれてありがとう。ソウシ、紹介するよ。彼は副会長のクイラックス。ルルティコ辺境伯のご子息だ」
「初めまして、兄がいつもお世話になっています」
「お会いできて光栄です、殿下」
恭しい挨拶も済ませ、早速本題へ入る。今日は話さなければいけないことが多いのだ。
カチャ。一人一人にコーヒーが出される。
クイラックスよ、視線も送らずに片手で砂糖を断ってるけど、その人エンダー学園長だからね。学園長もペコリと頭下げて退室するんじゃないよ。ごゆっくりじゃないよ、ここはあんたの部屋だよ。
パタリと静かに扉が閉まる音を皮切りに、議論が始まった。ロイが口を開く。
「まずは入学時期の統一について。これはソウシが15歳未満での魔力解放が可能であることを証明してくれた。よってこの件は確定事項として進めていきたい。マナリエル、フゥ様は何か言っていたかい?」
「フゥちゃんは自分の代わりに、ガーデンが役目を果たすって言ってたわ。ガーデンはフゥちゃんの一部のようなものだから、常に繋がっているみたい。だから今までと同じようにガーデンへ行けば、魔力は解放される。ただ、ガーデンへ解放する条件をハッキリさせないと、フゥちゃんが判断に困ってしまうわ。で、その件についてフゥちゃんと話してみたんだけど、いいかしら?」
「もちろん。教えてくれ」
「まず、今までは年齢制限があったから、みんな15歳になってからガーデンを目指したわ。けどその制限がなくなると、それこそ善悪の区別も分からない幼い子供が来てしまった時、その子に魔力があるのに解放せずに帰すのか、その判断をフゥちゃんに頼るのは責任を押し付ける形になってしまう。その子自身も、魔力があるのになかったんだと誤解してしまう」
私を見る視線の全てが頷く。
「そしてここが一番重要だと思うんだけど、フゥちゃんは全ての魔力を解放する役目を司っているの。つまり、魔力を解放するには早いとか、闇に近い魔力を持っているとか、そういう判断をさせることは不可能なの。それこそどのような犯罪者だろうと、魔力があればフゥちゃんは解放する。私は、それを人間の都合で変えてはいけないと思う」
それをしてしまえば、人間が魔法を支配する形になってしまう。魔法はあくまで世界のものであり、人間はその恩恵を受けているに過ぎない。それは絶対に忘れてはいけない。だから──。
「だからね、シルベニア国の王家にガーデンの管理を任せたいわ」
「え、私達に?」
ロイの問いに、今度は私が頷く。
「ええ。ロイ達にガーデンを管理して欲しいというのが、フゥちゃんの願いよ」
矛盾しているようだが、フゥちゃんが魔力を解放するという役目に人間が介入しないために、尚且つガーデンに入れるかどうかの判断やその責任をフゥちゃんに押しつけないために、どうしても人間の管理が必要になる。
そもそも年齢制限を解除するのではなく、1年間で15歳に達する者をまとめて入学させるための施行なのだ。そのために年に一度ガーデンの開放期間を設け、その間に対象者だけがガーデンに入ることができるようにする。
「解放される前の人間に魔力があるかどうかなんて、ましてや属性なんて人間には判断できないわ。それがちょうど良いのよ」
「なるほどな。我々はただ対象者のみを通せばいいだけってことか」
納得したクイラックスの、クイッと上げたメガネが光る。
「ええそうよクイラックスそのメガネサイズ合ってないんじゃない?ガーデンが一人ずつ入学対象の年かを確認するのは無理があるわ。だからちゃんとこっちで対象者だけを送って、ガーデンは魔力があるかどうかだけを判断すればいい。それが一番効率的だと思うわ」
「ん?いま、一瞬貶された気が……」
クイラックスの呟きは、ロイの咳払いが消した。そしてそのまま私に笑顔を向ける。やばいやばい。私も誤魔化すようにコーヒーを飲んだ。
「まぁ魔法のことはシルベニアがやるべきだろう。でもなんで王家が取り仕切るんだ?そういう管轄を作ればいいだろう」
ソウシが問いかける。
「もちろんそれは作る必要があるわ。ただし、王直属の部隊をね。王家が直接行っていることに意味があるのよ」
どういうことだ?と頭を傾けるソウシ。
「いい?魔力解放のためにガーデンに訪れるのはシルベニアの民だけではないのよ。こうして学園で入学規定を変更したとしても、それを全世界へ広めなければならない。国民へ広めるには国王が発するのが一番。そして国王を動かすには国王じゃないと。王家が動かなければ何十年もかかってしまうわ。それに、ガーデンの管理権を王家以外が所有するのは危険よ。さすがに魔法大国であるシルベニアの王家からガーデンを奪おうとはしないでしょう」
なるほど、ソウシが呟いた。
……ぶっちゃけ、色々細かく説明すればするほど私も混乱してくる。フゥちゃんと話した時も、バーっと集めてババーンと解放して、なんかモチャっとするところはシルベニアの王家が動けばいい感じじゃない?くらいしか話していないのだ。こうして話しながら自分の思考を整理している。
あとはロイが上手くまとめてくれるだろう。そんな期待を込めてロイを見つめると、彼は瞬きを何回か繰り返し、その後優しい苦笑が返ってきた。彼の困ったような笑顔、実は嫌いじゃない。
「この件は私から国王に説明するよ。マナリエルの言う通り、魔法に関する重要なことだ。国が動いた方がいい。施行期間など詳細はこちらに任せてもらって構わないかな?」
「ええ、構わないわ。あ、それとガーデンは空間魔法で存在しているから、場所を移動させることは簡単みたい。指定してくれればそこにガーデンを発生させられるから、都合の良い場所も決めてもらえると助かるわ」
分かった、とロイが返事をした。
時間はかかるだろうが、まずはこれで年度ごとに同時入学させることは可能になるだろう。教師陣も各生徒の進度を把握しやすくなり、学年ごとのカリキュラムが組みやすくなるはずだ。
「よし、この件はひとまずこれくらいでいいだろう。次に光属性のアイーシャについて話し合いたいと思う」
ロイの発言で頬が強ばる。次の議題の方が気が重いんだよなぁ。




