終演
「さて。皆さん、お顔をお上げになって」
フゥちゃんからの呼び掛けに、視線を落としていた全ての者が彼女を見上げた。その様子をゆっくり見渡し、そして優しく微笑む。
「わたくしは、人間を──皆さんを愛しています」
その声は柔らかく、その笑みは慈愛に満ち、見上げる者の表情も自然と緩んでいく。
「直接お会いはしませんでしたけれども、ガーデンに来られた皆さんのことは覚えていますよ。あなたも、あなたも──あなたもね」
入学したての生徒はもちろん、老齢の教師にも視線を送るフゥちゃん。
そうか。魔法使いは皆、マザーであるフゥちゃんから魔力解放の儀を受けているのだ。そしてフゥちゃんは、それらを全て覚えているという。つまり、魔法使いは全員知っていると言うことになるのか?改めて彼女の偉大さを知った。
……今さらだが、ペットと紹介するのはやめた方が良いのかもしれない。
「アイーシャ。あなたのことももちろん覚えていますよ。珍しい光の子。その力で世界を優しく照らしてくれることを期待していましたが……今はあなたの魔力を解放したことを少し後悔しています」
悲しげに眉を下げるフゥちゃんに、アイーシャはどう反応すればいいのか迷っているようだ。この人を本気で怒らせたら魔力を閉ざされてしまう。けれどこの人に媚を売るということは、即ちマナリエルより低い位置に下がるということ。恐らくそのような思考を巡らせているのだろう。
その思考はフゥちゃんにも伝わっているようで、呆れたように息を一つ吐いた。
「あなたはまだ何か勘違いをしているようですわね」
「勘違い?」
「ええ、そうですわ。お伝えしたはずですわよ。マナ様と比較するなど烏滸がましい、と」
その語気の強さに、アイーシャは訝しげに目を細めた。
「いいでしょう、ここでハッキリさせましょう」
フゥちゃんはパンッ!と両手を合わせ、向きを変えて私を見た。
「マナ様、精霊は波長の合う者に引き寄せられます。光属性のアイーシャに光の精霊であるビスタが引き寄せられたように、恐らく小さな精霊達も、自分と同じ属性の生徒に興味を持ち、儀式の際に近付いていたのでしょう」
「なるほど……でも私には誰も近付いて来なかったよ?」
「当然ですわ。マナ様は聖獣王なのですから」
【聖獣王】という言葉に、会場が大きく騒ぎ始める。属性検査の時に起こった件は余計な騒動を生み出すだけのような気がして、信頼のおける人物にしか話していないし、その場にいた者も含めて広めるようなことはしなかっただろう。たった今、学園内の全ての者に知れ渡ったけれど。アイーシャも目を丸くしてこちらを凝視している。
周囲の様子に満足したのか、フゥちゃんは嬉々として話を続けた。ないけれど、尻尾がぶんぶん揺れているのが見えそうだ。
「精霊は自由を愛します。下級だからとか、中級だからとかは関係なく、皆平等に生活していますわ。中にはビスタのような精霊もいますが、基本的には力の強い者が弱い者を従わせようとすることは少ないです」
とても得意気に語るので、邪魔をしないように頷くだけにしておく。
「けれど聖獣は別です。聖獣は自然の源であり、精霊にとっては絶対的存在なのです。聖獣の力は精霊の生命力に直結しています。自由な精霊も、どれほど奔放な精霊でさえ、聖獣には従います。そして、マナ様。あなた様はその王なのです」
お、おう。なんてギャグのような相づちを打ちそうになり、咄嗟に息を止めた。喉元まで出かかった言葉は唾液と共に奥へ流す。これがまたいい感じに神妙な雰囲気をキープできた。
「精霊はあなたが王だと理解しています。許可なく周囲を飛び回るような不躾なことはできるはずがありませんわ」
なるほど。精霊が来なかったのは、私が好かれなかったのではないのか。それを知れただけでも安心した上に、全校生徒の目の前で断言してくれたことで、正直スカッとした。
私、精霊に嫌われてたわけじゃありませんからー!不合格?そんなわけないだろー!なんて叫びたい気分だ。しないけど。
「もし精霊が来ないことでマナ様に不利益が生じるのなら、呼べばいいのですよ」
「呼ぶ?精霊を?」
どうやって、と尋ねれば、そのまま口にすれば良いのですよ♥️なんてフワフワした笑顔でフワフワしたアドバイスをくれた。このままでは示しがつかないし、やれるだけやってみよう。
「精霊さん、近くに来て」
コソッと囁いてみたその瞬間、会場のそこかしこから小さな光の粒が溢れんばかりに発生し、私の周囲を埋め尽くした。この会場だけでもこんなに精霊がいたのかと、ただ驚くばかりである。会場が一気に目映いほどの明るさになった。
眩しすぎて凝視できないが、恐らく私を取り囲んでいるのは下級精霊なのだろう。可愛らしい小さな笑みがちらほら見えた。中級と見られる精霊は、人間と同じように床に膝をつけ敬意を示している様子だ。ビスタはもうそれを越え、頭まで床につけている。
「も、申し訳ありませんでした。まさか聖獣王だったなんて。そんな気配、分からなかった……」
ビスタはそう言い、ただ震えている。
「口を慎め。分からないのはお前がまだ生まれて日が浅い精霊だからだ。あの方から溢れる圧倒的なオーラは間違えようがない」
「聖獣王様。仲間が無礼な態度をとったこと、大変申し訳ございません。彼女はまだ誕生したばかりの精霊でして、オーラの感知能力が低いのです。どうか、お許しくださいませ」
ビスタを牽制するように彼女の両サイドに座る精霊達は、震えてばかりのビスタの代わりに許しを請うため頭を下げた。
「どうします?マナ様。どのような判断をくだしても構いませんのよ」
どのような、と言われても……やっちまいます?みたいな目をされても……そもそも私自身聖獣王の自覚などないし、他者より上であることをアピールして快感を得るタイプでもない。そして小生意気な子供に目くじらを立てるほど幼い心でもない。
「許すも何も、私は何とも思ってないの。ビスタ、まだ生まれたばかりなのに契約したい人に出会えてすごいわね、おめでとう」
主人を選ぶセンスはないけどね、とは言わず。感知能力が低いと言っていたし、きっと同じ属性に引き寄せられた結果なのだろう。いや、二人は性質が似ているようだから、そうとも言い切れないが。
「あ、ありがとうございます!」
先程の勝ち気な目はどこへやら、ビスタは感極まった表情で見上げ、また頭を下げた。
「わたくしのマナ様、お優しいですわ。大好きです♥️」
隣にも同じように感極まっている子がいる。そして役目は終えたと感じたのか、フゥちゃんは私の頬へキスをし、いつもの姿へと戻った。
「さぁ、これでマナ様への無礼きわまりない疑惑が晴れましたわ!精霊さんたち、ありがとうございました。どうぞお戻りください♪」
フゥちゃんがそう伝えると、集まってきた精霊は笑顔で手を振りながら次々と自然の中へ帰っていき、初めの厳かな空間へ戻った。
「マナ様、わたくしのお役目はここまでですわ。このあとは人間の世界のこと。悔しいですが、人間同士に関してはわたくしよりも頼りになるマナ様の王子様にお任せいたします」
王子様。そう言われて浮かぶのは一人しかいない。だって本当にそういう立場だし。反射的にそちらを見れば、彼はすでに階段の下にいた。
「おいで、私の愛しいお姫様」
そう言って、ロイは私に手を差し伸べる。婚約破棄を目論んでいる身としては認めたくないが、それがとても心地よいと感じた。
立ち上がり、一歩ずつ階段を下りていく。そしてロイの手に自身の手を重ねると、キュ、と軽く握られた感覚がした。それだけなのに、まるで全身を抱き締められたかのような、思わず涙が出そうになるほどの安心感が得られる。
「よく頑張ったね。あとは私に任せてくれるかい?」
こんなにも瞳だけで愛を伝えてくれる人がいるだろうか。
「うん、お願い」
よほど寄りかかりたかったのだろう、自身から出た甘えた声に驚きと恥ずかしさが込み上げる。仰せのままに、と微笑み、手の甲に口付けをするロイ。
ああ、もう大丈夫だと、心から思えた。




