覚醒1
「まず初めに、来るのが遅くなってしまって申し訳ありませんでした。わたくし、知りませんでしたの。人間がこのような儀式を行っているだなんて」
知っていたらすぐに帰りましたのに…と眉を下げて項垂れるフゥちゃん。反省したように耳を下げて落ち込む前世の姿と重なり、無意識に頭を撫でてやった。
「私が頼み事をしたんだから、むしろありがとうだよ、フゥちゃん。ソウシに手紙は渡せられたかな?」
「はい!ソウシ様はマナ様の予想通り、マナ様のお屋敷にいらっしゃいましたわ!お父様とお母様、アルバート様もみなさんお元気でした!それでね、わたくし、お菓子をいただきましたの。それでね、ソウシ様がしばらく遊んでいけばいいと、仰って、くださってね……」
責められると思ったのか、フゥちゃんの声は段々と小さくなり、居心地悪そうに体を捩らせている。もちろん、責めるつもりなんて全くない。ソウシが我が物顔で家への滞在を勧めるのは些か癪に触るが、外の世界を見てほしいのに真っ直ぐ帰って来てしまうフゥちゃんを引き留めてくれたのは、よくやったと褒めよう。
怒っていないことを伝えるためにも、撫でる手をさらに優しくする。
「フゥちゃんが楽しく過ごせたなら、私はそれだけでとっても嬉しいよ」
「マナ様……」
「と、いうことで。続き教えてくれる?」
もっと可愛がってあげたいところだが、二人の世界に入り浸っている場合ではない。会場の全ての目がこちらを向いているのだから。
「そうでしたわ!マナ様、この儀式は精霊にその姿を見せ、気に入られれば加護を受ける。そういうものでしたわね?そして、マナ様にはどの精霊も加護を与えなかった、と」
「うん、そうだよ」
フゥちゃんが相手だと、つい子供へ接するような態度になってしまうな。自然と分かりやすく、ゆっくりと、視線を合わせてしまう。
「それは当然のことですわ」
「え、当然?」
「マナリエルさん!さっきから何をしているのですか?早くそこから降りてきてください!」
話に割って入るように、アイーシャが叫ぶ。苛ついていることを隠すこともせず、いや、隠す余裕もないほど急いているのだろう。私を引きずり下ろしたくてたまらない、そんな様子が全身から伝わる。
「あなた、先程から無礼にも程がありますわ。わたくしのご主人様は、あなたが気安く話しかけられるような存在ではありません」
幼く愛らしい少女には似つかわしくない表情で、フゥちゃんはアイーシャを見下ろす。アイーシャも負けじと下からなのに見下ろすという技を見せた。あれどうやってるんだろう。
「知らないんですか?この学園の中では貴族の身分は関係ありません。公爵家の令嬢だろうと、男爵家の令嬢だろうと、実力が全て!私はさっき、中級精霊と契約を交わしたんですよ」
そう言って得意気に肩に乗った猫もどきを見せつける。猫に似た精霊も得意気な様子で肩から降り、光の粒を散らしたと思えば少女の姿に形を変えた。フランス人形のような愛らしいフゥちゃんとは違う。つり上がった目に黒目の細い瞳、勝ち気な笑みから見え隠れする八重歯。小生意気な少女は、猫のような可愛らしさだ。幼いフゥちゃんより年上──私達の方が年齢が近いであろう猫少女は、私ではなくフゥちゃんを見る。
「あんた、精霊だろう?」
その一言で、会場は少しだけザワついた。少しだけ、というのは言葉の綾ではなく、ある程度の魔力を持つ者は纏う魔力の波動で人間ではないと気付いている。実際に魔法の知識が浅い私でも、高い魔力のおかげか人間と精霊の違いは分かる。今驚いた顔をしている者は、自身の魔力の低さを露見しているようなものだ。ちなみに、アイーシャも目を丸くして驚愕している。
「……だったら何ですの」
フゥちゃんの声には感情が込められていない。まるで興味がないとでも言いたげだ。そんな様子に気付いていないのか、中級精霊の少女は得意気に語りだした。
「精霊なら分かるだろう。精霊は見た目の年齢がそのまま精霊のランクだ。見たところ、あんたはアタシよりも大分幼い。同じ中級精霊でも格が違うんだよ、格が!」
「そうなのね!それならこの学園では私を敬うべきですよ、マナリエルさん!公爵令嬢だからと偉そうにするのは間違いです!」
アイーシャが嬉々として叫ぶ。いつ私が偉そうにしたのだろうか。この人は威厳と威圧の違いも分からないのだろう。とうに説明する気も失せているし、もはや返事をすることすら面倒である。
「精霊は姿形に囚われることなく、自由を愛します。他の者と比べることなどしません。けれどあなたは上下関係をハッキリさせたいのですね。まるで人間の真似事ですわ」
「下の者は上に従うべきだね。ここではあんたのご主人より、アイーシャの方が格上だ。口の聞き方に気を付けな」
フゥちゃんは無表情のまま二人を眺め、少し迷う仕草をしたあと、「ふむ」と納得したかのように軽く頷いた。
「分かりましたわ。あなた方がそこまで格に重きを置くというのなら、ここでハッキリさせましょう」
「なにをよ」
アイーシャが睨みを強める。
「マナ様、少しだけお力お借りしますわね」
「え?」
何を、と聞く前にフゥちゃんは目を閉じた。するとその体が光り、直視できずに反射的に顔を反らす。
「フゥちゃん!?」
呼んでみても返事はなく、ゆっくりと光が消えていくのを見守るしかなかった。ようやく眩しさが落ち着きフゥちゃんを見ると、その姿に今度は私が驚愕することになる。会場のザワつきも、先程とは比べ物にならないほど大きい。
白い布は体にゆるく巻き付き、最低限の箇所を隠している。そこから伸びる細い腕、柔らかそうなもも、溢れそうな胸、浮かぶように纏うベールはまるで羽衣のようで、まさに女神そのものだ。先程までフゥちゃんがいた場所には、今は見えそうで見えない、とてつもなく際どいエロスな女神が立っていた。
「え、フゥちゃん?」
まさかと思いつつ呼んでみる。
「はぁい♥️マナ様♥️」
あ、フゥちゃんだ。声に幼さは消えたものの、間違いなく彼女であると確信できる返事だ。




