自動課金
不適合、精霊に好かれない、祝福がない──様々な言葉が聞こえてくる。下級精霊すら近付いてこないということは、こんなにも哀れみの視線を浴びるようなことなのだろうか。魔法とは無縁の生活をしてきた私としては、自分の置かれた状況がいまいち理解できない。が、恐らくシルベニア出身であろう生徒達は、皆顔が青ざめている。それが妙な焦りを与えた。
落ち着け。大丈夫だ。私に狼狽える姿は似合わない。深く吸い込んだ酸素をゆっくり吐き出し、悠然と立ち上がる。心を鎮めるのは得意だ。
不思議とアイーシャの煽りに対しては冷静でいられる自分がいる。彼女からの敵意は周囲のそれと違い、理由が明確だからだ。これが画面越しのシーンなら、もうコントローラーを握りつぶしてソウシに八つ当たりでもしていただろう、なんて思い馳せる余裕すらある。──と、いうよりは、アイーシャ以上に気になって仕方がない人達がいるから、という方が大きいかもしれない。
命令しておいたとはいえ、レイビーとイリスは怒りを越えて殺意がだだ漏れである。近くにいた生徒に至っては、そのオーラにあてられ失神している者もいる。平然と隣に立てているロイが異常なのか。あの二人にいつ限界が来るのか、普段は忠実とはいえ、どこまで命令に従ってくれるのか、正直なところ未知である。そんな二人に気を取られ、アイーシャの勝ち誇った顔なんて悠長に眺めていられない。むしろ他の生徒に見られる前にその顔は戻しておいた方がいいと思うのだが。どうにもこのヒロインは抜けているというか、色々足りない子のようだ。
頼むから飛び出てくるなよ、とヒヤヒヤしながらレイビーとイリスを見つめれていると、アイーシャは不服そうに眉間のシワを深くさせた。仕方がないことを理解してほしい。あの二人が一歩動く度に、あなたは死へと一歩近付いているのだから。いくら面倒でイライラさせられるとはいえ、排除したいほど目障りとはいえ、命を奪っていい理由にはならない。
「可哀想なマナリエルさん。大丈夫ですよ。魔法を使えない一般人はたくさんいます。私はこの光の魔力で、聖女として世界を平和に導くので、あなたは一般人として静かに暮らしてくださいね」
……やっぱりちょっと黙らせたいな。これではどっちが悪役なのか分からない。
さて、どうしようか。
どうにかしてこの場を鎮め、できれば私のイメージも回復できる方法を模索していると、ふいに私の周りに柔らかな風が吹いた。それは本当にささやかで、恐らく私以外の人は気付いていない程度である。けれど、私には風の中で確かに聞こえた声があった。
【自動課金を発動します】
「ただいまですわ~!!」
小さなアナウンスのような声が聞こえたかと思ったら、次は可愛らしい声が響いた。あまりにも突然の大きな声に反射的に振り返る。そこには、フゥちゃんがいた。
「マナ様マナ様、無事にソウシ様にお手紙を渡してきましたよ♥️ご両親様もアルバート様も皆様お元気でした!それでね、わたくしお菓子をいただいてね、食べながらたくさんお話できましたわ♥️……て、あら?これはどういった状況ですの?」
一頻り話したあと、ふと周囲の様子の違和感に気付いたフゥちゃんは、きょとんと大きな瞳をさらに丸くさせた。キョロキョロと可愛らしく見渡し、殺気立ったレイビーとイリスを見つける。二人はチャンスだと言わんばかりに、フゥちゃんにジェスチャーをしているようだ。「アイツを!消せ!」やめなさい。
それを理解したのかは分からないが、次にフゥちゃんはアイーシャを見た。突然現れた謎の少女に、アイーシャは一瞬たじろぐ姿を見せたものの、すぐに怯えるように体を震わせ、潤んだ瞳を演出した。
「あなたは誰ですか?ここは関係者以外立ち入り禁止のはずです…私、怖い」
私には副音声で「部外者はひっこんでろ!」と聞こえた気がした。
「アイーシャ!大丈夫かい?僕が守ってあげるからね!」
「アイーシャを傷付けるやつは俺が許さない!」
アイーシャの声に反応し、駆けつけた男子生徒達が彼女を守るように壁となった。契約を交わしたであろう猫のような精霊も、力を貸しているのだろうか。以前より魅了の力が強まっているようだ。それを見たフゥちゃんは目を細める。
「魅了の魔法ですわね。なかなかお上手ですわ。けれど、今はいりませんの」
そう言ってフゥちゃんが指を振ると、パチンと空気が弾かれたような感覚になった。以前キャロラインがしたように、アイーシャの魅了の魔法を消したのだろう。その証拠に、我に返った男子生徒達は首を傾げながらアイーシャから離れていく。
「そんな……なんで……」
「あなた、アイーシャ・ザニラエルですわね」
「!!どうして私の名前を」
「それくらい分かりますわ。光の魔力は珍しいですもの」
やはり私は特別なのだと、アイーシャの口角がわずかに上がったのが見えた。
「わたくしが聞きたいのは、なぜわたくしのご主人様が、晒し者のような状態になっているのか、ということです」
フゥちゃんの声からは苛立ちが滲んでいる。一人で階段に立たされ、いじめられているように見えたのだろう。
「違うの、フゥちゃん。これは披露目の儀といってね──」
勘違いさせたままなのは可哀想だと、フゥちゃんに披露目の儀について説明をした。フンフンと鼻を鳴らしながら大人しく聞いてくれている。
「なるほど。人間はそのようなことをして妖精と対面していたのですね。面白いですわ!」
瞳をキラキラさせながら両手を合わせるフゥちゃん。可愛い。
「でもね、私は妖精には好かれなかったみたい。誰も近寄って来てくれなかったんだ」
改めて口に出すと惨めな気持ちになり、私は静かに床を見つめた。アイーシャが今どんな顔をしているかなんて、見なくても分かる。
「マナリエル様は、何か勘違いなさっていますわ」
「え?」
顔を上げると、今度はフゥちゃんは得意気に笑ってみせた。




