接触2
冷静こそ最強。それが私の剣の道だ。平常心をもって相手の動きを読み、ただ緩みを待つ。攻撃を避け、隙を狙い急所を突くためには、常に冷静さが必要である。いついかなる時も冷静さに重きを置いてきた私だからこそ、このような状況下でも平静を保つことができるのだ。そう、例え突然目の前にヒロイン(仮)が現れたとしても、私は決して揺らぎなど見せない。全てはたゆまぬ鍛練のおかげである。
「ケガはないかしら?」
余裕を見せるために背中は丸めない。優雅に腰を屈め、しなやかに腕を伸ばす。それだけで周囲からため息が出る美しさが出せるのだ、私は。
だから絶対に知られてはいけない。この裾の広がったロングスカートの中に隠れた足がカクカク震えていることを。鍛練が足りないぞ、私の膝よ──って、レイビー、イリス。見るな。足を凝視するな。せめて横目で、いやとりあえず瞬きをしろ怖いわ。
そしてそこの転がっている美少女よ!ポカンとしてないで、とっとと私の手をとりなさい!この態勢、膝にクるのよ!差し出す手の先に座っている少女からは、恐怖の色は感じられない。が、動く気配もない。まるで何かを待っているかのように、私の手を取ることはなかった。
……じれったいわね。引き上げようと腕を掴もうとした瞬間、
「!!」
腰のあたりがぐいと引かれる感覚がした。
「レイビー!?」
突然の行動に驚きはしたものの、彼が腰を抱き寄せ支えてくれたおかげで、足への負担が激減したことに気付く。エスコートしているように見せているため、これなら私の膝が崩れ落ちる心配もなく、且つ美と美の絡みに拝み倒しそうな勢いで叫び見つめる生徒もいる。ナイスアシストだ。
「姫様は小鹿のマネが好きだね」
「好きではないけど、タスカリマシタ」
「お守りいたしますよマイプリンセス♪」
くさ。助けてもらった手前、その言葉は飲み込んでおいた。
「そこのあなた」
気付けば視界にはイリスの背中が広がり、美少女の姿はそれによって遮られている。なぜ仁王立ちをしているのか。背中の反り具合から、完全に見下ろしていることは見て取れた。
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?姫様が手を差しのべてくださっているというのに感謝も挨拶もなく、さらにはその慈悲の手を無下にするなんて、さぞ階級の高いお嬢様なのでしょう。ティスニー国随一の公爵家のご令嬢であり、そしてシルベニア国第一王子、ロイ殿下の婚約者でもあるマナリエル様より
も。ぜひご挨拶をさせていただきたいですわ」
「あっ……わたし……」
か細く柔らかな声が聞こえたが、イリスは返事など求めていないとでも言いたげに、さらに音量を上げた。
「あぁ、そういえば最近、どこぞの男爵が養子を迎えたと言いましたわね。確か……ザニラエル、と言ったかしら。まぁ小さな小さな男爵家、姫様にかかれば没落まで一瞬ですわね。さて、あなたはどこの貴族のご令嬢かしら?」
「…………」
イリスよ……お前は完全に悪役令嬢の取り巻きだな。見事だ。鼻を鳴らし振り向き、そして誇らしげに私に親指を立てる。はい、これでもう周囲の人間は【私がイリスに言わせた】と解釈するわけですね。これが明日には生徒間で知れ渡るということですね。今度は何かな?私がムチを振り回し、美少女に叩きつけたくらいまで内容が変わるかな?
これで配役は決まったようなもんですね馬鹿野郎。あぁ、さようなら我が青春。
「そんな……ひどいっ……」
泣くなー、泣くな美少女ー!私は手を差し伸べたからね!皆さん見ましたよね!?と言いたげに周囲を見るが、男子生徒は美少女の涙に完全に同情している。これだから女の涙はめんどくさい。
「チッ、くs「はいはーい。今はやめときましょうね」
「モガッ!」
レイビーが私の口を押さえる。
「この状況でもし周りの奴らに聞かれたら、姫様本当に立場悪くなるよ」
「モッゲ!(だって!)ムァガーメッガンンメムミムマモミ! (私めっちゃ親切にしたのに!)」
「分かってますよ。姫様は全然悪くない。でも、必ずしも事実通りには捉えてくれないのが人間でしょ?」
「オンオンアマンワイミミームガマムイ(今回は完全にイリスが悪い)」
「まぁそうですけどね、今は大人しくしといてください」
「……ファンタ(あんた)。ファンデママミモムーフォコガマガムモ(何で私の言うことが分かるの)」
「愛ですよ」
「ピポ(きも)」
「ま、俺達の大事な姫様に悪意を持って見てくる奴がいたら、その目玉くり貫いてやりますから安心してくださいね」
レイビーの声がワントーン低くなる。怖いわ。吐いたため息は、塞いだ手の隙間から溢れた。
空気が変わる。
「どうしたの?」
その凜とした声は、誰もが平伏したくなるような。その神々しい姿は、誰もが崇めたくなるような。圧倒的な王者の存在感をもつ男。
「モイ……(ロイ……)」
ちょっと。カッコつかないじゃない。口を塞ぐ忌々しい手を払いのければ、降参とでも言いたげに両手をあげるレイビー。
ロイは状況を判断するために周囲を見渡し、そして座り込んでいる美少女に気付き、近付いた。
「大丈夫?ケガはないかな」
「あっ、はい。大丈夫です」
スマートに手を伸ばすロイ。そして美少女は吸 い込まれるようにその手に重ね、優雅に立ち上がった。私もさっき手を差し伸べましたけどね。
「泣いているね、何かあったの?」
美少女の頬に伝う涙を、ロイは優しく拭う。そして美少女は、悲しげに睫を伏せた。
「あの……さっきマナリエル様にぶつかってしまって。そしたら……身分の低い男爵家の養子だと侮辱されました……っ!」
………は?
「あいつ殺していい?」
「ダメ」
すかさずレイビーとイリスの腕を引く。引き止めたものの、私も大分混乱しているが。周囲も息を飲むのが分かった。
だって私、そんなこと一言も言っていない。しかし、イリスは私の友達だ。彼女だけを悪者にするつもりはない。
ロイと視線が合う。
「マナリエル、彼女が言っていることは本当なのかな」
「ええ、まぁ概ねそうですわね」
はい確定中の確定ー。やっぱり私はこの役回りになるわけね。ここはそこの美少女とロイが出会うシーンであるわけですね。
「それは違いますわ」
周囲の人混みから、強く響く声が聞こえた。皆が声の主を探すものだから、視線の先が発言者だと分かる。
漆黒の闇。ビジュアルバンドが歌詞に使いそうなこの言葉を、実際に思い浮かぶことがあるとは。彼女ほどこの言葉が似合う女性はいないであろう。真っ黒よりさらに深い黒髪をした彼女は、周囲から浴びる視線を気にも止めることなく私達に近付いた。
「シルベニアの若き太陽。突然のご無礼失礼致しました。私はサネルの一族、シャルロッタ・スラスターと申します。発言をお許し願えますか?」
「シャルロッタ、ここでは皆平等に生徒だ。もちろん構わないよ」
ロイの柔らかな許しに、また深く頭を下げるシャルロッタ。頭を上げ、私と美少女をそれぞれ一瞥した。
「先ほどマナリエル様は侮辱の発言をお認めになりましたが、それは間違いでございます。マナリエル様は侮辱などしておりませんし、そちらの方が倒れられた際にはすぐに助けようと手を差し伸べておりました」
「そんなこと!」
否定しようとする美少女は、シャルロッタの鋭い視線に口を噤む。
「あなたは……ザニラエル男爵家の養子となった、アイーシャさんですわね。あなたより遥かに高貴なマナリエル様に対するマナーのなさは、ロイ殿下の【学園内では皆平等】という慈悲深い御配慮に感謝し、今回は不問といたします。しかし、なぜ嘘をつくのです」
「…………」
ド正論に、言葉を探すも見つからなかった様子の美少女、いや、アイーシャ。今度は彼女が周囲からの視線を集めることとなる。
「皆様も見ていたはずです。これはショーではありません。ただの傍観者となるおつもりですか」
その発言に、目が覚めたようにパチンと空気が変わった。
「私、見ました!マナリエル様はすぐにその子を助けようとしていました!」
「俺も見ました!マナリエル様は侮辱なんてしていません!」
「言ったのは私でーす」
「お前は謝りなさいよ」
周囲の声に混ざるようにイリスが挙手し、軽く諌めるようにポカンと頭を叩くレイビー。
「ま、言い方はあれだけど、俺達の大事な姫様の慈悲を無下にしたのはそっちだ。こいつが怒る気持ちも分かってやってよ」
いつもケンカを吹っ掛けるようなことばかり言っているが、こういう時はきちんとロイに対応するあたり、やはりレイビーには理性と知性がある。いや、別にイリスにそれがないと言っているわけではないが。
イリスはきっと謝らないだろう。けれど、低い身分を侮辱していいはずがない。どのような理由があろうとも。
仕方がないか。諦めと少しの勇気を込め、軽く息を吸吐いた。
「私の友人が失礼な発言をしたこと、お詫びいたします」
努めて刺激のないよう言葉を選ぶ。アイーシャの表情は俯いて読み取れないが、握った拳は強く、両肩は小刻みに震えていた。
「あの……」
「……失礼します」
アイーシャは顔を上げることのないまま私に背中を向け、その場を走り去っていった。触れようと伸ばした手は、また空振りとなって静かにおろした。
「姫様、あいつが?」
レイビーが問いかける。
「うん、多分そうだと思う。アイーシャ・ラザニア、あの子がヒロインよ」
「ラザニエルですよ、姫様。本人の前で言わなくて良かったですね」
「ザニラエルだよ、二人とも」
ロイが間に入る。……カタカナの名前が苦手とはいえ、名前を間違えるのは失礼だよね。でもザニラエル、ザニラエル……難しい。
「あ、シャルロッタさんにお礼言わなきゃ!」
そうだ。先ほどの黒髪の美女。彼女がいなければ私が完全に悪者になっていただろう。ロイが私を断罪するなんて想像がつかないが、ヒロインが関わると何が起こるか分からない。彼女が発言するまで、周囲の生徒は私がアイーシャを侮辱した、と思っていた。恐れ、軽蔑、負の視線をひしひしと感じたのだ。事の流れを直接自分達の目で見ていたのに、だ。
多分、アイーシャは魅了の魔法を使っていたのだろう。魔法の知識も経験も浅い私がなぜ分かるのかと問われれば、それはもう感覚としか言えない。あとはヒロインあるあるとでも言いましょうか。私が全属性を使えるからか、彼女より魔力が高いからか理由は分からないが、私には効果がなかったようだ。彼女から漂っていた甘い空気が多分それだろう。
「シャルロッタ様」
恐る恐る声をかけ振り向いた彼女は、白い肌に長い黒髪、そして目尻の上がったキレイな黒目。懐かしく感じないのは、顔立ちが彫刻のようにハッキリしているからかもしれない。
彼女が発言した瞬間、魅了の効果がパンと消えた感覚がした。きっと、彼女が何かをしてくれたのだろうし、彼女がいなければ、ヒロインにとっては最高の出会いイベントとなっていたかもしれない。やはりシャルロッタは恩人だ。感謝の意を伝えようと口を開くが、シャルロッタはそれを遮るように腰を低くして礼をとった。
「私に様はいりません、マナリエル様」
いやいや、あなたも言ってますやん、マナリエル様って。
そんな台詞は、顔を上げた彼女の表情を見た瞬間に喉元を通りすぎることなく消えた。




