賑やかな朝2
ザワザワ。
周囲のざわめきが聞こえる。誰もが決して騒いでいるわけではない。小さな囁き声さえ、人数が増えればこうも響くものか。
紳士淑女たるもの、あまりコソコソと人の噂話をするのは品のある行動とは言えないだろう。が、今は仕方がないのかもしれない。
何と言っても、ティスニーの公爵令嬢である私が、シルベニアの第一王子を連れて歩いているのだから。立場を考えれば、私がロイの後ろを歩くべきであり、それがマナーだ。それなのに、ロイが私の半歩後ろを歩いている。
百歩譲って、メルモルト公爵が王族と同等の立場にある点や、婚約者だからという点から、ロイの後ろを歩かないことは許されるとしよう。けれど、いくら王族に近いとはいえ公爵家、さらに婚約者といえど女であるという点において、せめて隣に立つのが道理だろう。
ロイがいる位置は、完全にボディーガードの立ち位置だ。そしてロイと対称の位置は、レイビーがいる。何度もいうが、レイビーはかなりイケメンだ。ロイの溢れんばかりの目映さとはまた違う、魅惑的な色気を兼ね備えたイケメンだ。
そう、私はそんなイケメン2人をボディーガードとして引き連れて歩いているような状態である。
さらにその後ろには、フゥちゃんがテクテクとついてきて──可愛いなちくしょう、何で制服着てるのか突っ込みたいけど可愛いからもういいや──そしてナディアを先頭に、メイドが数名ついてきている。あれ、付き添いは一人じゃなかったっけ?
そしてその後ろに、除け者にされたとスネているイリス、これまたなぜいるのか分からない副会長のクイラックス。
これもあえて言おう。 イリスもレイビーと双子なだけあり、魅惑的な色気を兼ね備えている。クイラックスの知性溢れる美貌はもちろん、私の専属メイドはみんな美女だ。よくまぁこれだけ美しいメイドを揃えたものだと感心するほど……むしろ私より品があるんじゃないか?どっかのご令嬢じゃないよね?
「大名行列みたいね」
思わずぽつりと呟いた。しかも、もれなく全員が美形という豪華絢爛の。
「だいみょうぎょうれつ?なんだそれ」
レイビーが質問をする。そうよね、この時代にはないものだろう。
「そうね、説明が難しいけど……ある程度の立場ある者が、仕事
や任務で部下を引き連れて移動する時に行列ができますよ、って感じかしら?」
「おー、じゃぁ姫様がその偉い大名ってやつだな!」
「それを言うなら、ロイの方が大名になるわね」
そう言って振り向けば、キョトンとした顔のロイがいた。目を少し丸くしたあと、優しく微笑む。
「私はマナリエルとは対等でいたいと思っているよ」
いやいや、王子と対等は無理だろ。ロイの隣で、レイビーが鼻を鳴らした。
「対等だってさ、偉そうに。俺は姫様の下で大満足、むしろ光栄極まりないね。姫様のために生き、姫様のために死ぬのが本望。姫様の命令ならどんなことも聞くぜ。対等だなんて、よくそんな烏滸がましいことが言えるな」
「烏滸がましいのはあなたよ、レイビー」
これ以上バチバチと火花を散らされても面倒だ。ここは一つピシャリと止めておこう。
「レイビー、殿下はこの国シルベニアの王太子、つまり次期国王であらせられるのです。対等に張り合おうとすることは無礼にあたる。慎みなさい」
「あれ?姫様何かキャラ変わってない?」
「外面」
これには、小声で素早くポツリと答える。
「なるほど」
面白そうに口角を上げるレイビー。そりゃそうだろう。これだけの人の先頭に立っておいて品のない発言は避けたい。メルモルト公爵の品位を保つためにも、そしてロイの婚約者としてシルベニアのイメージを守るためにも、気を付けなければとは思っている。どこまでやれるかは全く自信がないけど。
「では、姫様。クラスまでご案内させてくださいませ」
レイビーが恭しく膝を折り、そっと私の手を取った。すると、すぐにロイが私の腰を抱き寄せる。
「いや、マナリエルは私が連れていこう。君は入学したてでまだ詳しくはないだろう」
レイビーの眉がぴくりと揺れる。
「ご心配には及びません。昨日イリスと共に全て把握しておきましたので」
「ほう」
なんでまた睨み合うのよ!この二人相性悪いのかしら?これじゃ乙女ゲームじゃなくてバトルゲームになりそうだわ。早いところヒロインを見つけて、恋愛モードに持っていかなきゃ!
そしてこういうゴタゴタ面倒なことはヒロインに任せて、私は魔法を学びまくるのよ!
まずはこの場を何とかしたい。
「クイラックス!」
あ、しまった呼び捨てにしちゃった。様とか副会長とかつけるべきだったな。
「なんだ」
いや注意してよ!あんな呼び方で普通に来られると、なんか私がクイラックスまで従わせてるみたいじゃない!
ほら!周囲の目!興味や羨望の視線に加えて、恐怖の視線まで刺さる!「副会長まで手中に……」とか聞こえてますから!
もういいや。めんどくさい。
「私、授業へ参ります。ロイは会長の業務があるのでしょう?お二人とも、もう大丈夫ですわ。クイラックス、お仕事へお戻りくださいませ」
「ああ、そうさせてもらおう。行きますよ、会長」
クイラックスが私の本音を察知し、そそくさとロイを連れて去っていった。その後ろ姿に舌を出していたレイビーとイリス、しっかり見えたからな。
「まるで犬猿の仲だわ」
ただため息しか出てこなかった。