深夜の来訪1
チュン、チュン。
チュン、チュンチュン。
「ん……もう朝?」
こんなテンプレートな音と共に目が覚めるなんて、まさにファンタジー。いや、現実なんだけどね。
閉じようとする瞼を懸命に開き、気だるい体をゆっくり持ち上げる。そこで気付いた。いつも起こしてくれるナディアの声がない。
「あれ、ナディア…………って、当たり前よね」
思わず一人呟く。
そりゃそうだ。ナディアはいつも決まった時間、または然るべき時間に起こしてくれる。今はどう考えたって然るべき時間ではない。
周囲を見回すとまだ薄暗く、ひんやりとした空気の静けさがある。早朝ですらない。新聞配達員もオネンネしてる時間だわ。
チュン。
なのになぜ、鳥の声が聞こえるのか。枕元に用意していたガウンを羽織り、声のする窓辺へ向かう。冷たい空気が足元を撫でた。
閉じてあるカーテンに触れ、一瞬躊躇う。開けるのか?開けたら私の睡眠時間が削られることなんて分かりきっている。面倒臭いことこの上なし。
いいんじゃない?開けなくても。この声の正体はもう分かっている。なら開けなくていいんじゃない?いいよね?
「ガァァォ!!」
「うるさい近所迷惑だこのヤロウ!こっち来い!」
シャッ!バタン!
突然のライオンの声に、思わずカーテンを勢いよく開け、そのまま窓を開けて犯人を引きずりこんだ。あぁ、部屋へ入れてしまった。
「いてて……はは、姫様すげーバカ力」
「レイビー、あんたねぇ……」
バカアホマヌケだとか、夜中にレディーの部屋に来るなだとか、そもそも女子寮は男子禁制だとか、色んな言葉が脳内を駆け巡るけど、とりあえずは……
「鳴きマネうまいね」
「俺にできないことはないよ?」
「猫」
「ニャーオ」
「馬」
「ヒヒーン」
「似てるを越えてもはや本物!」
マネというレベルではない。もう本物がそこにいるかのような出来映えだ。え、なんでそんな上手いの?
「姫様を守るために必要な能力は備わってるんですよ」
私の表情を察して答えてくれたレイビー。私を守るために生まれたという彼は木から生まれ、どう見ても人間なのに人間とは少し違う存在。……ダメだ、どう見ても人間だから実感が沸かない。
「私を守るためっていうなら、私の健康と美容を守るために睡眠時間を奪うのやめてくんない?私寝不足無理なの、イライラする。なんなん、今何時よ」
「今ですか?多分23時くらいですかね」
「寝てから2時間しか経ってないじゃん」
「え、むしろ姫様21時に寝たんすか?子供かよ」
レイビーはケラケラと笑った。こいつ……バカにしやがって。寝る子は育つんだぞ。ゴールデンタイムは寝てないといけないんだぞ。
「で、こんな時間にわざわざ来て、何の用なのよ」
「え?何も?」
は?何の用事もないのにこんな時間に起こされてんの?私。
「命狙ってる奴が忍び込んで来るとかじゃなくて?」
「いやいや、姫様を狙うやつはそんなもんじゃないって」
「さりげなく怖いな」
「ただ、姫様の顔が見たくてね」
そう言って微笑むレイビー。月明かりに照らされたその笑みはとても神秘的で、なるほど人間とは思えない妖しい美しさがある。
ダークネイビーの髪は闇夜の境を曖昧にし、けれど金色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめる。
「ふふ、猫みたい」
思わず手を伸ばした。レイビーの頬に触れると、手にすり寄るように顔を傾けてくる。ゴロゴロと喉が鳴ったように感じたのは、猫のマネをしているのか、自然と出たものなのかは分からない。けれど甘えられているようで、好きなようにさせておくことにした。長子の性なのだろう、甘えられると放っておけないのは。
レイビーの髪や頬を撫でていると、ふと気付いたことがある。
先ほどのライオンの鳴きマネや、私の怒鳴り声、窓を勢いよく閉める音など、この時間の静けさを考えれば誰かしら気付かないのだろうか。この寮に誰が住んでいるのかは分からないけど。
「ねぇ、これだけ騒いで大丈夫なのかしら」
急に不安が押し寄せる。さっきこのヤロウとか言っちゃったけど、聞かれてないのかしら。
「大丈夫ですよ、結界張ってますから」
「……は?」
結界?結界っていうと、バリア的なやつ?
「今この部屋は完全なる防音です。俺や姫様がどれだけ騒いでも誰も気付きませんよ」
「じゃぁライオンの声とかは?窓の外にいたけど」
「ちゃんとそこも結界張ってからやってますよ」
そう言いながら、レイビーは私の掌に口付けをした。
「天才じゃん」
「そりゃもう、二人の時間を邪魔されたくありませんから」
「ん?」
手首を優しく引かれたかと思えば、金色の瞳が目の前に。レイビーは両手で私の頬を包み、なぜか目の前で凝視している。ずっと、ただ何をするでもなく、凝視。
「あ、あの……レイビー?」
何をしたいのか……私の顔を至近距離で穴が開くほど見たあと、きつく抱きしめてきた。
レイビーは私の首もとで大きく息を吸い、また大きく吐いた。いや、くすぐったいって。思わず身を捩ると、抱きしめる力が強くなる。
「はぁ、姫様だ」
「姫ではないと思うけど。てか首もとで喋んないでよ、くすぐったい」
「いや、あなたは俺の唯一の大切なお姫様だよ」
「あなただけの姫ではありませんわ」
「え?」
パリン!
どこから声が聞こえたかと思えば、空間にヒビが生じ、勢いよく割れた。いや、景色は何も変わらないから、本当に割れたのか分かんないんだけど。
だけど、ヒビ割れた先に一人の女の子が立っていたのだから、恐らく結界というものが破壊されたのだろう。その女の子は──フゥちゃんだった。
「うわ、そういえば姫様ってやべぇボディーガードがいるんだった」
私を腕の中に収めたまま、レイビーは若干の冷や汗を見せた。
「フゥちゃん!?何でこんなところに」
「どんなに離れていても、わたくし、マナ様の気配は常に追っていますの。その気配が突然消えたんですもの。駆けつけるのは当然ですわ。とりあえずマナ様をお離しなさい羨ましい」
「イヤだ、って言ったら?」
「消させていただきます」
二人に熱い火花が散る。
深夜23時。いや、まだ深夜とすら呼べない23時。さようなら私の大切な睡眠時間。




