芽吹く前に【episodeクイラックス】
息が止まるかと思った。
制服の上からでも分かる滑らかな体。そこから伸びる腕は細く、白く、けれど女性特有の柔らかさを感じる。プラチナブロンドの豊かな髪はまさに神々しく、魔方陣の中に立つあの女は、女神でも召喚したのかと思うほど眩い姿をしていた。だが、あの瞳がそうではないと告げる。そう、瞳だ。深い紅をしていた。女神のように万物を温かく包みそうな女は、瞳だけは強烈な熱を帯びていた。決して否定をしているわけではない。あの姿をどう言葉で表せばよいのか──その術を私は持ち合わせていない。
「美しいだろう、私の婚約者は」
気が付けば、隣を歩く会長が楽しそうに微笑んでいた。
そうだ、あの女は会長の婚約者。このお方は我が国の第一王子、つまり次期国王なのだ。私はこのお方をこの上なく敬愛している。もはや崇拝と言っても過言ではない。会長─いや、ロイ様のためならば、この命など惜しくはない。ロイ様もいずれ、国を共に守るパートナーが必要となる。次期王妃としてロイ様に相応しい女──果たしてそのような者がいるのか疑問だが、最低でも王族出身でなければと思っていた。
そう、思っていたのだ。
けれどあの女を見た瞬間、今までの価値観が砕かれたような気持ちになった。あの女がロイ様の隣に並んだ姿を想像するが、嘘でも不釣り合いと言えない。
「会長、あの女は何者ですか」
「前にも言っただろう。メルモルト公爵のご令嬢だよ」
「メルモルト?公爵出身とは聞いていましたが、メルモルトとは」
「あれ?言ってなかったかな」
随分あっけらかんとされているが、なるほど、メルモルトだったのか。メルモルト公爵といえば、カルティア家のリリー様が嫁がれた家。ティスニー国内の公爵家の中では一番王族に近い、もしくはほとんど王族と同等の立場にあるとさえ言われるほどの権力を持っている。シルベニアに貴族制度はないものの、世界中の公爵家と比べても、地位・実力共に抜きん出ているだろう。
「確かに、メルモルト公爵家のご息女であり、カルティアの血を継ぐ者となれば、婚約者として申し分ない立場にございましょう」
「聖獣が現れた」
「!!」
ロイ様が発したのは一言だけ。たったそれだけが、私を身震いさせた。ロイ様もこれについては楽観している様子はないようで、先程より声のトーンが低くなり、表情も固い。属性検査で聖獣が現れたことは初めてではない。初めてではないが、何百年に一度あるかないかの出来事だ。つまり、属性検査で聖獣が現れることがあるという事実は、教科書で学ぶだけの伝説のような話なのだ。そして聖獣が現れたことが何を意味するのか、この学園で知らない者はいないだろう。
「しかも、彼女にはすでに契約している精霊がいる」
「精霊と契約!?」
「それも、大精霊のマザーだ」
もはや何に驚けばいいのか、どの部分に突っ込めばいいのかすら分からないほど、情報理解が追い付かない。ロイ様が私を驚かせようと嘘をついているのかと疑ってしまうほどだ。無論、このお方がそのようなことをしないことは承知しているが、だからこそ驚かずにはいられない。
精霊と直接契約を結ぶ者は決して多くはない。契約できる条件が相性なのか、魔力量なのか、単純に気に入られるのか、それすらも解明されていない。聖獣が現れたことと比べれば、精霊との契約はそこまで驚く内容ではない。だが、契約を結んだ者が入学前の生徒であることと、ましてや相手が大精霊であることは聞いたことがない。前代未聞だ。そもそも、マザーは魔力の解放を司る大精霊だ。そのような者と契約などできるものなのか
「本当に、一体何者なんですか、彼女は……」
開いた口が塞がらないとはこのことなのかと、身をもって知った。
「だから、私の婚約者、マナリエルだよ」
やたらと婚約者という部分を強調してくる。
「心配なさらずとも、ここまで聞かされて只の一般生徒とは言いません」
「そういう意味で強めたんじゃないんだけどな」
「どういう意味です」
「いや、何でもないよ」
肩をすくめ、ロイ様は少し歩くスピードを速めた。もうこの話はお仕舞いだと言わんばかりに。私はそれについて歩いた。
それにしても、リリー様の娘がロイ様の婚約者。正式な場で宣言していないものの、あの方が黙っていないだろう。そして今は、あの方のご息女も学園に在籍している。何事もなく、とはいかないだろう。なるべくなら、これ以上ロイ様の負担にならぬよう祈るばかりだ。こういったことは、女だけで済ませてほしい。まぁ、そういうわけにもいかないのだろうと、静かにため息を吐いた。
今まで以上に忙しくなりそうだ。




