門番3
ポッポ先生とくだらない会話しかしていなかった気がする。結局何だったんだ、あのおっさん。分かったことと言えば、彼が学園の番犬で、見た目以上に若いおっさんで、どうやら本当に凄腕の剣士だということ。そんな風に見えなかったけどなぁ。
シビルレマウス。両親であるスタンレイとリリーより1,2歳ほど年上で、学園を上位ランクで卒業した。けれどその後数年間は行方知れず。表に名が知れ始めた頃には、もう裏社会で有名な掃除屋となっていた。らしい。
あれ、分かったこと結構あるね。
「んー、なんでスナイパーになったんだろう」
「スイーパーね」
「そんな感じ。学園で上位ランクってすごいんでしょ?よく分かんないけど」
ナディアに問いかけると、一瞬戸惑った様子を見せ周囲を軽く見回した。ナディアは外ではものすごく立場に拘る。特に学園は様々な生徒が見ているため、使用人である自分が発言してもいいのか─しかも王子の前で─迷っているんだろう。そんなの気にしなくていいのに。ていうか、そんな体裁いらん。そう言わんばかりにじっと見つめていると、小さく躊躇いを見せながらもやがて口を開いた。
「そう、ですね……。卒業試験では飛び抜けて優秀な成績を収められたと伺っております」
「あれ?でもここって誕生日が来たら随時入学だよね?卒業はみんなでするの?」
「いえ。普通に15歳の誕生日と共に入学し、18歳の誕生日と共に卒業しますが……」
ふむ。やっぱりこの世界の教育システムは違うんだね。薄々分かってはいたことだけど、不思議そうに見上げてくるナディアに確信する。
私にとって─もちろんソウシにとってもだけど─普通は『4月始まり3月終わり』だ。誕生日が来た人から学年が上がるって言うことは、先輩が同級生になったり、同級生が後輩になったりするってことだよね。一見平等のようだけど、これに違和感を覚えるのは、私が前世を思い出してしまっているからだろうか。この世界の人達は、不便と感じないのかな。
「なんか…やりにくくないのかな」
「ん?どうしたの?」
ポツリと呟いた疑問の声は、ロイが拾った。
誕生日が来た人から入学すると、学びのスタートがそれぞれ変わってしまうということ。先輩が同級生になったり、同級生が先輩に、または後輩になったりと、縦のバランスが曖昧になってしまうこと。さらには、その後の進路にどのような選択肢があるのかイマイチ分からないけど、一斉に就職活動ができないということ。様々な疑問点を含めて、前世での学校システムとの違いを分かる範囲で、そして私なりの言葉で伝えた。
「ごめん、説明下手だからこれで伝わるのか分かんないけど」
「いや──」
そう言ったまま、ロイは口を噤んだ。真剣な顔で何やら思案している様子だったけど、しばらくしてこちらに顔を向けた時には、いつもの優しい笑みに戻っていた。
「教えてくれてありがとう、マナリエル。とても参考になったよ」
「ううん、役に立てたならよかった」
こういう時、転生した人はみんな思うんだろうな。もっと知識を広く、そして深く探求しておけばよかった、って。
改めて、自分がいかに前世で流れるように生きていたのかを実感する。自国の政治、金融の流れ、社会の仕組み──自分が生きている環境で変化していくもの、反対に維持されているもの、何も理解していない。
ちゃんと知っていこう、この世界では。改めてそう感じた。
「───で、いつまでこのままなのかしら?」
「ん?何がかな?」
「恍けない!」
そう、私は抱かれているのだ。ロイに。お姫様抱っこされたまま普通に会話しちゃってた私もアレだけど、いい加減降ろしてほしい。恥ずかしい気持ちもあるけど、一番はロイの腕の心配だ。私も前世で人を抱えた経験は何度もあるけど、正直小さな子供だって30分も抱けば肩が張ってくる。
「自分で歩けるから!」
「あははは」
「ロイ!」
「マ、マナリエル様!」
苛立ちを含んで声を張らせれば、慌ててナディアが制止した。
「ロイ様は、ここシルベニアの王太子殿下であらせられます。誰かに聞かれる可能性のある場では、ロイ様とお呼びください」
「イヤ」
「マナリエル様……」
ナディアが眉尻を下げる。だけど、私はこの要求を聞くつもりはなかった。
「だって私にとって、ロイはロイだもの。それ以上でもそれ以下でもない」
王子だからロイと友達やってるわけじゃない。もちろん、ソウシの兄だからってわけでもない。ロイと過ごす時間はとても心地いい。それは王子だからじゃないよね。
私はロイが好きだから、ロイといる。そしてロイもまた、この関係を望んでいるはず。だから、王子として扱うことは敬意でも何でもなく、ただロイを傷付けるだけのような気がする。
「あと、場所や人によって態度変えるのは嫌い。面倒だし」
こっちも本音。そんな面倒なこと一々考えてられないわ。
だけど、ロイの気持ちはどうなんだろう?気になってちらりとロイの顔色を伺えば、心配する必要のないほど頬が綻んでいた。ふむふむ、このままで良さそうだわ。
「だって、ロイは私の婚約者だものね?」
腕をするりとロイの首に絡める。
「そうだよ、私の全てはマナリエルのものだ」
挑発に乗ったイタズラっ子のような笑みを浮かべて、こつんと鼻と鼻を合わせてくる。超絶至近距離、ロイが喋ると唇まで当たってしまいそうで心臓バクバクいってるけど、平静を装い笑っておく。
「そして、君の全ても俺のものだよ」
ワントーン低い耳への囁きは、腰が砕けそうなほど甘い。ていうか、抜けるわ、腰。この人、普段は女みたいに柔らかい物腰のくせに、私を口説く時だけ急に男らしくなるの、自覚しているのかしら?計算されているのなら、恐ろしい王子様だわ。
「自分で歩きたい?マナリエル」
こいつ。腰が抜けたの気付いたくせに。今降ろされても歩けんわ!
「やっぱりもう少しこのままでいようかしら」
「畏まりました、プリンセス」
とても満足げに笑うロイ。きっと、周囲の視線より、公爵令嬢としての立場より、こいつが一番めんどくさい。ため息を一つ吐く。諦めてロイの肩に寄りかかり、全身を預けることにした。




