門番1
わざわざ移動中に何度も念押しされなくても、爵位ある令嬢としての立ち振舞いは今日までみっちり叩き込んできた。叩き込んだなんて言い方をすると自ら率先して学んだみたいに聞こえるけど、んなはずないから。あるわけないから。
ナディアを中心にお父様やお母様、執事のグレイ、様々な分野の講師など大勢の協力を得て、日常の挨拶から会話の運び方、食事のマナーからダンスまで、想像を絶するほどの追い込み学習をさせられた。そう、させられたの。何度脱走を試みようとも、ナディアの方が一枚上手だった。
でもその特訓と向き合う代わりに、ちゃんと息抜きという名のご褒美として剣の稽古をする時間も作ってくれたんだよね。さすがナディア。私の転がし方をよく分かっている。剣を握れるとなれば、そりゃもう、ソウシで憂さ晴らしよ。ルジークは未だに剣の稽古には付き合ってくれない。絶対ソウシよりいい相手になりそうなのに。「女性に剣を向けない!」なんてポリシーでもあるのかしら?
そんなレッスンとストレス発散を繰り返した日々の賜物が、今である。
どうよ、この立ち振舞い。上から糸に引き上げられているように真っ直ぐ伸びた背筋。あ、もちろん首は前に出てないから。耳と肩は直線上だもんね。知ってる知ってる。キョロキョロと視線を泳がせることはせず、初めは少し俯き加減。口は開かず、けれど口角は下げない。睫をゆっくり持ち上げ、初めて前を見る──
「って、誰もいないんかーい!」
「マナリエル様!」
あ、やば。思わず叫んじゃった。だって、馬車を降りたら生徒がいて、視線を浴びまくるっていう想像をしてたのに……木って。
「木しかないじゃん」
目の前には、木。もうそのまんまの意味で、木しかない。右見ても木、左見ても木、その端がどこにあるのか目視できないのは、私の視力のせいではないだろう。果てなき森とでも名付けよう。
「クックック」
「え、鳩がいる?」
「笑ってんだよ!」
「うわ!ビックリしたー!」
コッコだかクックだか鳩の鳴き声が聞こえたかと思ったら、誰かの笑い声だったみたい。突然の見知らぬ声に驚いて視線を送れば、そこにはダンディなおじさんがいた。そしてその後ろには、大きな門。あれ?そこに門なんてあったっけ?同化してたのかな?まぁそれは魔法が使える世界なら不思議に思っても仕方がないのかもしれない。
と、いうことで─。
「おじさん誰?」
「俺はおじさんじゃねぇ」
「じゃぁ名乗れよ」
「……お前二重人格なのか?さっきと雰囲気が……」
「は?何ブツブツ言ってん──「マナリエル様?」─っと」
いつの間にか素に戻っていた私を笑顔で威圧してくるナディアに、慌てて口をつぐんだ。習ったように姿勢を正し、習ったようにスカートを軽くつまみ、小さく膝を折った。
「お初にお目にかかります。本日よりカルヴィナータ魔法学園へ入学することとなりました、メルモルト家長女、マナリエル・ユーキラスと申します」
そして、これまた習ったように淑やかな笑みを見せる。
「今さらそれやってもさっきのイメージは消えねぇぞ」
「忘れてください」
淑やかな笑み。
「いや、そう言われても──」
「お手伝いいたしましょうか?」
いつでも気絶させる準備は万端だ。あくまでも、淑やかな笑みは忘れずに。
「マナリエル様、そこまでです」
ため息を吐いたナディアが制止する。その言葉でようやく頬の筋肉を緩めた。まぁ確かに、今さら取り繕ってもどうしようもなさそうだわ。おじさんのビックリ顔なんて萌えないわ。
「ユーキラスってことは、お前スタンレイとリリーの子供か」
「え、お父様とお母様を知ってるの?」
「当然だ、あいつらはここにいる頃から有名だったからな」
何この人、お父様とお母様が学生の時からここで働いてるの?おじさんじゃなくておじいさんじゃん。そうなるととんでもない若作りだな。思わずまじまじと肌の張りを確認する。
「おい、今失礼なこと考えてるだろ」
おじさん、もといおじいさんが低く唸る。
「いえ、そんなことは。あ、立ちっぱなしで大丈夫ですか?話が長くなりそうなら少し座れる場所を──」
「俺は年寄りじゃねぇ!──ったく。いいか、俺はお前の両親の先輩なんだよ」
「誰が?」
「俺が」
「誰の?」
「お前の両親の「嘘よ!!」食いぎみに喋るな!」
おっと、ついノリすぎてしまった。こうも的確にツッコミが入ると気持ちよくて。
「ったく、こんな貴族のお嬢様は初めてだぜ。お前本当にあいつらの子供か?」
ピクリ。その言葉で思わず体が強張る。マナリエルがスタンレイとリリーの子供なのか。これを改めて聞かれると、果たして大きな声でYESと答えてよいものか悩んでしまう。
【前世の記憶が蘇った者は、それまでの者と同一人物なのか】
この問いは、もはや哲学になるのかもしれない。前世の記憶がないまま成長したマナリエルは、果たして私みたいな人格だったのだろうか?もしかしたら、もっと立派な令嬢として成長していたのかもしれない。剣術なんてやらずに、花や動物を慈しみ、宝石に目を輝かせていたかもしれない。
「分からない」
「は?」
マナの記憶が戻る前も、マナリエルとして過ごしてきた記憶はしっかりある。私はマナリエルだ。でも、マナの記憶があるマナリエルと、何も知らなかったマナリエルは果たしてイコールなんだろうか?そんなの───
「分からないもん」
思わず俯く。こんな顔見られたくない。今さらこんな、答えを持たない子供みたいな顔を見せられるほど幼くはない。
「え、おい」
「死にますか」
ナディアが隠していたナイフを取り出した。じい(敬称略)は訳も分からず混乱しているようだ。あと少しでナディアが攻撃にかかる。それを分かっていても止めるつもりのない私は、ただ俯いていた。
泣いてる?んなわけない。膨れっ面してるのよ。やっちまえナディア!
パン!
「はい、そこまで」
空気を弾くような音が聞こえた。顔を上げれば、両手を合わせている見知った姿。
「ロイ」
「どうやら学園でもこの役目は私みたいだね」
何でかよく分からないけど、すごく安心した。




