行ってきます
何事も始まりは緊張と期待が膨らむものだ。学園の制服に袖を通した私も例に漏れず、心拍上がっております。
貴族社会の色が強いこの世界でも、学園に入学した者は皆平等に同じ制服のようだ。全身黒色に包まれた露出の少ないデザイン、スカートもロング丈で、なんか魔法使いっぽい。なんか後で色が分かれる?とかなんとかお母様が言ってたけど…まぁ行けば分かるよね。
「ま、私行くなんて一言も言ってませんけどねー!」
「いい加減観念しろバカ」
「あんたここに住んでんの?」
ふと隣に現れたソウシに思わずツッコミを入れる。あんたシルベニアの王子だよね?他国にひょいひょい顔出すんじゃないよ。もはや同居人レベルの頻度だよ。住んでんのかよ。
うるせーなーとか、いいだろ別にーとかブーブー文句言ってるけど、ロイが学園に入学してから寂しいんだろうなってのは分かる。この子案外寂しがりの甘えん坊なんだよね。
王子としての仕事を怠けていたら、きっとルジークあたりが強引に帰国させるだろう。ルジークをちらりと見れば、特に困った様子もなく壁際に控えている。そういうことなんだろう。
「お姉様、行かなくていいよ!僕離れたくない!」
姉LOVEに育ったアルバートは、目から大粒の涙を流しながらしがみついている。
「おっけーアル。行くのやめるわ」
「おいコラ待てコラ。アル、俺が遊んでやるから泣くな!」
私からアルバートをべりっと剥がし、その頭をワシワシと撫でた。今度はソウシにしがみつくアルバート。
「あー可愛い。一生私にしがみついていればいいのに。死ぬまで」
「お前とアルは離れた方がお互いのためだ」
「そんでソウシは私がいない間もウチに居座るつもりか」
「お前に会いに来てるのかと思ってたのか、バカめ」
ソウシが用があるのは私ではないらしい。まぁこの子、いつの間にかウチの庭師やらシェフやらと親しくなってるからね。ソウシは愛されキャラだと思う。決して器用ではない、なんならスタートは周囲より出遅れるタイプだ。それでも最後にはソウシが登り詰めている。それはただただひたむきな努力のみ。
少年誌で見る主人公のように、諦めない心で強くなっていく。そしてその姿を見ている周囲の人達は鼓舞され、見守り、応援し、時には手を差し伸べたくなる。
言うなれば、私が芸能界を牛耳る悪質なエグゼクティブプロデューサーで、ソウシが何事にも一生懸命なメジャーデビューしたての清純派アイドルって感じだろう。
「って、誰が悪質じゃ!純潔奪ってやろうか!」
「いきなり叫ぶな!しかも卑猥!」
「「お二人ともお止めください!」」
見事なハモりを生んだのは、ナディアとルジーク。突然のハーモニーに、思わず言うことを聞いてしまった。ナディアとルジークは、怒りとも呆れとも判別し難い表情をしている。
「マナリエル様。これからお嬢様が向かわれるのは、同年代の生徒が集まる学舎でございます。勉学に勤しんでいただくことはもちろん、小さな社交場でもあるんです。他国の貴族や王族も多く在籍し、マナリエル様もその様な方々と交流を深めなければなりません。せめて学園では、そのようなお言葉は使わないよう。お嬢様への評価は、ひいてはユーキラス家の、さらにはメルモルト領の評価となるのですから」
「は、はい。分かりました」
ド正論に、ただ返事しかできない。
「ソウシ様」
「は、はあぃ!」
ルジークの普段より低めな声に、思わずソウシの声が裏返る。うわ、だっせ。
「ソウシ様はもう来月で14になられます。ということは、1年後にはマザーガーデンへ行く……ことに……?」
窘めようとしたルジークだが、ふとある人物を見て言葉を濁した。視線の先にはフゥがいる。フゥは視線の意味が分かったのか、ニコリと笑ってみせた。
「私がいなくてもマザーガーデンは機能していますわ。15歳になれば試練を受けられます」
「そうですか、それならよかったです」
ルジークは安堵の息を吐き、ソウシの方へ向き直した。ソウシは身構えている。
「ソウシ様はもう幼子ではありません。女性を丁寧に扱うよう、15歳の誕生日を迎える前に、紳士として学ばなければならないことが多いですね」
「ルジーク、マナリエルは女ではない」
「ソウシ様?」
反応をしたのは、ナディアだ。ピクリと眉を上げてソウシを見ていた。
「我がマナリエル様は、どこを見ても素晴らしくお美しい、完璧なご令嬢ですが」
「え、ナディアだって今──「異論がおありですか」いえありません」
思いきり反論したそうだったけど、ナディアの圧にそれ以上抵抗することはできなかった。ナディアは私のこと心底愛してるからなぁ。
「さて、それではマナリエル様。お支度が整いましたので、これより出発させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、うん、分かった!それじゃぁ、お父様、お母様、アル、みんな──行ってきます!」
「「行ってらっしゃい」」
「「「行ってらっしゃいませ、お嬢様」」」
「絶対早く帰ってきてね!」
「俺には挨拶なしかよ!」
「お前ははよ国帰れ!」
それぞれに挨拶を済ませ、私は馬車に乗り込んだ。




