近付く気配
森に入ってからそろそろ1時間くらい経つだろうか。こういう時スマホがないのって不便よね。
鬱蒼と生い茂った陰湿な森なのに、私は迷わず進んでいる。だって、森に入ってからずっと道があるんだもん。正確には、道が作られていく。まるで道案内されるように、私の前に道ができるのだ。そして数歩進むと、また新しく道が追加される。その代わり、歩いてきた道は消えてしまう。これは前進するしかないよね。わざわざ道を踏み外すようなマネはしない。下手なことして魔法使えなくなったら困るもん。
珍しい花が咲いているとか、歌うような鳥のさえずりとか、特に足を止めたくなる景色もないため、周囲に気をそらすことなく歩き続けた。
てくてくてく。
てくてくてく。
てくてくてく。
「……」
すたすたすた。
すたすたすた。
すたすたすた。
「……」
つけられてるな、こりゃ。
微かだけど、誰かがいる気配を感じた。
誰だ?この森に入っているということは、同じように自分の魔力を確かめに来たのかな。確かこの森は15歳の誕生日にしか入れないはず。
てことは、同じ日に生まれたってことか!そうだよね、同じ誕生日の人なんてたくさんいるよね。でもさ、なんでついてくんの?この道はどう見ても私のための道だよね?他の人は自分の道があるんじゃないの?
「それにしても、下手くそな尾行だこと」
呆れて思わず息を吐いた。別にど素人だとは思わない。気配の消し方は中々で、上手く森に紛れ込めている。ただ、尾行することへの意気込みを感じるほど、森の中から熱意が伝わってくるのだ。そして何より、決定的に下手くそな要因がある。
がさがさ!
葉の擦れる音と共に現れたのは、白いウサギ。ピョコンと耳をこちらに向けていた。
「まぁ、可愛らしいウサギさん!ついてきたのはあなただったのね」
「……」
「なぁんて思うわけねーだろ、くそがきが!」
「なっ!」
ガッ!!!
「っ!!」
一瞬で相手の背後に回り、地面に押さえつけた。相手は仰向けになり、私はその腹部に座り込んでいる。
「ハッピーバースディ♪」
笑みを浮かべて言えば、相手は状況が理解できないのか、口をあんぐりと開けて呆けている。まさかこんな愛らしく貧弱そうな令嬢に見つかるとは思ってもいなかったんだろう。さらに上にどかりとのし掛かられるなんて。令嬢が足広げて他人の腹部に跨がるなんて。
これロイとソウシに見つかったら怒られるやつだな。
……見つからなきゃいいんだよ、見つからなきゃ。
相手をよく見ると、やっぱり同じ年くらいの少年だった。鋭い眼光が印象的なその子は、未だ信じられないような顔を向けていた。
「あれですか、トロそうな令嬢はこんくらい気配消しときゃ大丈夫だろって思いましたか。甘いんだよ」
「な、なんで気付いた」
「まず1つ。気配を消すのは上手いんだけど、消しすぎなのよ。気配消してますよーって空気がビンビン伝わったね。そしてもう1つ。これで分かったようなもんだけどね、あれだけ上手く気配消しても、ガンガン視線感じたわよ。視線を追えば一発よ」
「視線……」
悔しそうに唇を噛みしめた。って、あら。この子、なかなかのイケメンじゃない。あれよ、ドS心をくすぐられるような……こう、もっと恥ずかしがる顔や、泣き顔を見たくなるような……。
はっ!ダメだ!何かいけない扉を開いてしまいそうだったわ…。
「ちょっと失礼」
このまま乗っていては危険な気がして、ゆっくりと少年から降りた。少年は上半身を起こしながら、「乗ってる方が失礼だろ」って顔していたけど。
「お前、何者だ?」
「なぁに、誰かも知らないで尾行してたの?私はマナリエルよ。あなたは?」
「ミカエラ」
「ミカちゃんね、オッケー」
「ミカちゃんではない!」
案外素直に名乗ったわね。
「で、なんで私を尾行してたの?」
「別に理由はない。森を彷徨っていたら見つけた。他のやつらと違い、道を作って進んでいたのが気になった」
「他にも今日試練に挑んでる人はいるのね!道って、これのこと?みんなこうなんじゃないの?」
「少なくとも、俺が見つけたやつの中ではお前だけだ」
「お前っていうんじゃねーよ」
「す、すまん」
気迫に思わず謝るミカエラ。
「あなた、これからどうするの?」
「別に、森を抜けるだけだ」
なんか一々ツンツンしてくるわね。泣かせてやろうか……ダメダメ。生意気さがソウシに重なって、どうにも構いたくなる。
「よし、一緒に行こう!」
「は?」
「だってさ、ここはすでにマザーの領域でしょ?私達がこうして森で会ったのも、マザーの思し召しだと思うのよ!さっ、そうと決まれば活きましょう!」
「ちょ、ちょっと待て───」
「うるせーな、いいから着いてこいよ」
「わ、分かった」
なんだかんだ押しに弱いソウシみたいなミカエラをゲットして、私はまた森の道を進んだ。