キミだけなのに1【episodeロイ】
あの場に居続けては他の生徒達が鎮まらないだろうということで、マナリエルとシャルロッタ、そしてソウシを連れ、生徒会室へ場所を移した。深い話になりそうなため、他の者は遠慮してもらうことになった。
そして今。マナリエルは部屋の隅で床に座り、姿勢を正している……のは、なぜだろうか。恐らく彼女自身も無意識にそうなってるのだろう。とりあえずシャルロッタから圧を感じたため、空気を読んで謝意の態度を見せてみた、といったところか。
シャルロッタは怒っているわけではないと思う。彼女にそう伝えてやりたい気持ちもあるが、それ以上にこの展開がどうなるのか、という好奇心が勝る。しばらく見守ろう。
そもそもあの姿は王妃として許容されるのだろうかと疑問だが、シャルロッタは必要な時間と判断しているのだろう。指摘することなくマナリエルを見下ろしている。しばらく経ち、先に口を開いたのはシャルロッタだった。
「マナリエル様、まずは一言だけ。私とロイ殿下を結ばせようとする思考は、今すぐ脳内から消去してください。今すぐ。跡形もなく」
あ、怒っているかもしれない。
マナリエルはしばらく目を瞑った後「消えました」と報告をしている。なんて素直なんだ。彼女の瞳からは、シャルロッタへの抵抗の意志など微塵も感じられない。全面降伏とはこういうものなのかと教えてくれているようだ。
「何度も申し上げておりますが、マナリエル様はシルベニア国の王妃となるべきお方。何度も申し上げております。何度も」
「はい。私は王妃になるべき人間です」
「あなた様の力は全てロイ殿下、ひいてはシルベニア国を照らし、導くためのものです」
「はい。私の力は全てロイとシルベニアに捧げます」
洗脳は教育の一環なのだろうか。
一通り復唱させた後、シャルロッタも膝を曲げ、マナリエルと同じ高さまで腰を落とした。
「マナリエル様。シルベニアは魔力が全てと言っても過言ではありません。特に我がスラスター率いる一族、サネルは……魔力のない者を人間として扱いません」
シャルロッタが声を詰まらせる。
シルベニアは精霊と共存する国だ。高い魔力を持つということは精霊からの加護を受けやすいということになり、やはり就職や結婚など、様々な場面で優遇されるという事実はある。言い方を変えれば、シルベニアは精霊に依存した国であり、隣国のティスニーのような文明の発展がない。
もちろん豊かな自然を守ることは精霊と共存する我々の使命だと感じているし、歴史深いシルベニアを誇りに思う。しかし、魔力による貧富の差や待遇の差を縮めていくという課題がなかなか進まないのがもどかしいところだ。
その理由の一つと言えるのが、サネルの存在である。魔法界にはサネル、クローリエ、オールディンという三つの派閥が君臨している。それぞれの思想や理念に基づいて活動しているが、中でもサネルは異質と言える。
「サネルは、魔力持ち至上主義なのです」
シャルロッタの声に、マナリエルは黙って耳を傾ける。
「魔力である程度の優劣がつくのは、どの派閥でもあります。けれど、サネルはその傾向が強すぎるのです。サネルの長は世襲制ではありません。いかに黒い髪を持っているか……それが全てなのです。私の髪はご覧の通り、漆黒です。間違いなく、次期当主は私が選ばれるでしょう」
「なぜ黒い髪が優れるの?髪色で魔力に差があるようには思えないけど」
「ええ、確かに髪の色で魔力に差があることは立証されておりません。それでも、黒はサネルにとって特別な色なのです」
特別な色、とマナリエルが復唱すれば、シャルロッタが一つ頷いた。
「黒は、魔王の色です」
魔王についてはマナリエルも学園である程度学んでいるだろう。なぜか魔国に興味があるようで、魔族に関する授業は一切居眠りすることなく、真剣な様子で聞いていると報告を受けている。彼女を見れば、やはり瞳の光が増していた。あれは好奇心が芽生えた時の顔だ。
「シーちゃ――魔王は黒髪なの?」
「ええ。現魔王シークハランはもちろん、初代魔王アルガデルより全ての魔王は黒い髪をしていたそうです。魔王はその圧倒的な魔力から恐れられている存在ですが、サネルの人間にとっては崇拝に値するものなのです。人間よりも高い魔力を持つ魔族の全てを束ねることができる。強さが全てのサネルにとっては、魔王は何より尊い存在なのです」
「なるほど……魔王にはいつか会いに行くつもりだけど、シャルロッタが私を王妃にしたがる理由って、サネルのことが関係してるの?」
「はい。先程もお伝えしましたが、サネルは必ず私を当主にします。そしてもう一つ、シルベニアの王妃となる計画も企てておりま―――ちょっとお待ち下さい。今、魔王に会うと?」
「大丈夫、続けて」
目を丸くするシャルロッタに、眉を上げて続きを促すマナリエル。その飄々とした表情に、私は吹き出しそうになる笑いをぐっと堪えた。
「……サネルの狙いは、シルベニアの統一です」
シャルロッタも問い詰めたい感情を抑え、会話を続ける。顔は未だ引き攣ったままだが。
ほうほう、とさらりと頷くマナリエル。ソウシの「あ、これもう絶対頭入ってないわ」という呟きに、堪えた息が僅かに口から漏れた。危ない。
しかし、先程のシャルロッタの発言は捨て置くことはできない。
シルベニアの統一。
それは、ストレートに言えばサネルからの宣戦布告である。前々から怪しい行動は見えていたが、これといった情報は得られていなかった。が、今回彼女から色々聞き出せそうだ。
魔王の話が終わると同時に好奇心が消失したマナリエルとは反対に、今度は私が身を乗り出した。
マナリエル、君もちゃんと聞くんだよ。




