破天荒な者達2
「兄さんの婚約者がマナしかいないのは知ってるだろ?」
呆れたように、けれど少し警戒するようにソウシが問う。
私は上がりそうになる口角を堪え、しっかり眉は下げておく。見えないように欠伸をして瞳は潤ませておいた。あくまでも私は慈悲深き深窓の令嬢。そう、深窓の令嬢なの。出せるか、じゃない。出すのよ!か細い声を!
「ええ…もちろん存じておりますわ。けれど私、本当にそれでいいのか、ずっと考えておりましたの」
レイビーの「始まったよ、姫様劇場」という呟きが聞こえる。無視。
「今、この学園には魔力と教養を兼ね備えた令嬢がたくさんおります。もしかすると、私よりも殿下の隣に立つに相応しい方がいるかもしれません」
これには、予想通りの反応が現れた。
私の言葉を聞いていた女生徒達のざわめきが強まったのだ。ハッと目を見開き驚く者もいれば、口元に手をあて歓喜を堪える者もいる。
そう。よく思い返してほしい。
ロイの婚約者はマナリエルに確定しているような雰囲気だが、正式にはまだ婚約者候補に過ぎないはずだ。候補者である以上まだ婚約者ではないし、いくらでも立候補できる機会はあるのだ。その空気をロイ達があの手この手で消しているだけで、実際は全然手を挙げていただいて構わないのだ。
ロイがあまりにも婚約者扱いするため、私もつい自分が婚約者だと思っていたし、錯覚していたけれども。書面上では、あくまで私は候補者なのだ。
「お前……まだ自分が悪役令嬢とか思ってんのか」
ソウシが呆れたように片眉を上げる。
「悪役?なんのことかしら。私はもしロイ殿下が他の方と結ばれるようなことがあれば、潔く身を引く覚悟はあります、とお伝えしたかっただけですわ。……あとお前って言うなっつってんだろ」
最後の言葉は声には出さず、オーラに乗せて圧で伝える。ソウシには届いているだろう。そして、彼からの圧もひしひしと伝わってくる。
お前はまだロイを信じきれないのか、と。
ロイからの愛情はちゃんと届いている。それはもう僅かな恐怖を感じるほどに。最近二人になったタイミングで、久しぶりにステータスを見せてもらったことがある。自分のステータスを見せる時点で信頼されている証になるが、さらにそこに表示された好感度を示すバラ。それはそれは真っ赤に染まり、さらに血が溢れているように滲み、バラという枠を超え、滴り落ちていた。
多分私が本気で婚約から逃げようとすれば、ロイはあの柔らかい笑みを浮かべたまま、気付けば私は監禁されているだろう。あっという間にヤンデレルートの完成だ。それもいいかもしれない、と思えてしまう私もだいぶ絆されているのかもしれないが、この世界を知らないまま城の中に納まるのは、あまりにももったいなく感じる。
なにより、私はこの世界を楽しみたいんだ。
「お話は伺いましたわ」
カツンとヒールの音を鳴らし、前へ歩み出る女性が一人。
きっちり束ねた黒髪は少しくすみ、立ち姿から滲み出る品性。けれど宝飾は主張が強め。マダムな雰囲気満載なその女性は誇らしげな笑みを向ける。友好的でないことは一目瞭然だ。
「スラスター夫人」
ロイがそう呼ぶと、その女性は定番のような台詞を述べて頭を下げた。
スラスター夫人……スラスター……スラスター……。
シャルロッタの母親か!!
そう叫ぶ手前で踏みとどまった。スラスター夫人は私には目もくれず、ロイとソウシに視線を向けている。
「殿下、いかがでしょうか。この学園で一番優秀な生徒を婚約者とするのは」
「優秀な生徒……」
ロイの反復の声に頷く夫人。
「ええ、そうですわ。シルベニアの王族に嫁ぐ女性に求められるのは、何よりも高い魔力。より強い御子を生まねばなりませぬもの」
そう告げ振り返る夫人の先には、静かに佇むシャルロッタがいた。その周囲には、アイーシャとビスタ、そして初めて見る女子生徒と男子生徒が彼女を囲うように立っていた。
よく見ると、彼女の頬が赤い。腫れているようにも見える。なぜ?叩かれた?誰が?
駆け寄ろうと動いた体は、イリスによって制止された。行くな、そう目で訴えられる。てか力強いな。優しく止められているはずなのに、ピクリとも動けない。
ロイと目が合う。私が不安な時、いつも彼は優しく微笑んで安心させてくれる。けれど今はどこか楽しげに見えるのは気のせいだろうか。
ロイは私から視線を逸らし、スラスター夫人に向け口を開いた。
「その通りです。私の妻となる女性には、共にシルベニアを支えていく力が求められます」
「ええ、ええ、そうですとも。もちろんですわ」
ロイの言葉に、満足げに何度も強く頷くスラスター夫人。なぜこんなにも夫人が誇らしげなのかなんて、私じゃなくても分かる。彼女は自分の娘、つまりシャルロッタとロイを結ばせたいのだ。
けれどシャルロッタはそれを望んでいない。それは日々の言動から確信している。
彼女はいわば、ロイ✕私というカップリング推し。二人を眺めて飲むコーヒーが何よりも美味だと、以前呟いていたのを聞いたことがある。余談だが、アイスミルクコーヒーはシルベニアで大ヒット中であり、私の懐はホカホカだ。
側妃を話題に出すだけで苛立ちを顕にする彼女が、この話に納得するわけがない。ゆえに頬が腫れ、あのフォーメーションなのだろう。まるで籠の中の鳥だ。あの生徒達は何者なのか、アイーシャがスラスター夫人とどういう関係なのか、さっぱり分からない。
シャルロッタのケガさえ見なければ、ナイスタイミングだと夫人側についたかもしれない。がしかし、友人を苦しめる存在は例え親であろうと許さない。
というより、むしろ先程からシャルロッタが「もしこっちサイドについたら、絶対許しませんわよ」と言わんばかりの睨みをこちらに向けている。籠に閉じ込められた鳥の圧じゃないよ、あれ。本気出せば自分でこじ開けて出てきちゃうタイプのやつだよ、あれ。オウギワシとか。
さて、どうしようかなぁ。相変わらずイリスは私の腕を掴んだままだし。ロイは何やら目論んでる表情をしているし。なんかどう動いても面倒なことになりそうだし。
脳内で【メンドクサイ】の割合が8割ほどを占めたところで、私は考えることを放棄した。どうにでもなーれ☆
ソウシを見れば、同じくどうにでもなーれ☆の顔をしていた。元を辿れば大方の元凶あいつなのに。




