破天荒な者達1
……何だか騒がしい。
学園に到着すると、囁き声で話す生徒が目に入る。そしてそれは奥へ進むほどに増えていき、時折こちらに視線が向けられる。
なんだ?眉間にシワを寄せて思考を巡らせるが、噂話のネタになるような事は何も―――いや、家格が家格だから、常に注目はされているのだろう。が、今日のそれは違うように感じる。視線から感じるのは普段の憧憬や嫉妬だけではなく、驚きと興奮が含まれている。まるで芸能界のビックニュースが流れた時のような。
疑問は解消されぬまま、視線や声に苛立ち生徒達をデリートしようとするイリスの腕を掴みながら長い廊下を歩く。「バージンロード!?」なんて、他の生徒よりも騒がしい声は無視に限る。
「あ。姫様、あそこが原因かもしれないぜ」
レイビーが顎で示す場所を見れば、確かにそこには生徒が塊となっている。まるで自分の番号を探している受験生のように密集し、壁を見ていた。
「何が貼ってあるんだろう?」
「俺が見てきます」
そう言って颯爽と輪へ突き進むレイビー。背が高い故に、後ろから覗き込む形でも壁に何があるのか確認できたようだ。数秒覗き込んだあと、くるりと向きを変えこちらへ戻ってきた。
「みんな何を見てたの?」
「大丈夫です」
「え?どういう――」
「姫様は気にしなくてもいいやつでした」
「いやだから――」
「で、このあとどうします?」
「内容を――」
「あ!俺たちの村行きません?あそこなら誰も手出しはできませんよ!」
「聞、け、よ」
「うっ」
胸ぐらを掴んでやりたいところだが、ここは視線の多い場。然りげ無く足を踏みつけておいた。イリスが期待に満ちた顔でそっと片足を前に出しているであろうことは、いちいち確認しなくても分かる。踏まないからね。
「みんなが何を見ているのか気になるじゃない。教えてよ。教えろ」
短気?せっかち?ええそうですよ。これ以上の押し問答は面倒だ。
「それは俺が教えてやるよ」
声のする方へ顔を向ければ、そこには得意気に眉を上げるソウシがいた。相変わらず生意気そうな、思わずハエたたき(電気が出るタイプ)で頬をペチリとやってしまいたくなるような表情をしている。
「え、あの方はもしかして……」
「お隣にロイ殿下がいらっしゃるわ、じゃぁやっぱり……」
先程のざわめきが色を増す。得意気に眉を上げて笑みを見せるソウシは、自信に満ち溢れた美少年に見えるのだろう。中性的な色気のあるロイとはまた別の色気が、ソウシにはある。並んで立っているだけでこの品格。何だかんだこの兄弟は王族なのだと実感する。それが妙に腹立たしい。脳内で一発ペチリしておいた。
「ロイ殿下、ソウシ殿下。シルベニアの若き太陽は本日も輝いておりますわね」
嫌味を込めてそう呟けば、ソウシは眉を顰めて嫌悪感を露にする。
「は?俺に惚れるなよ、まじで。一生のお願い」
「あなたの一生のお願いは、ユカリちゃんを遊びに誘ってやったことで使い果たしてるけど」
あまり周囲に聞こえないよう、声のボリュームを抑えてスピードを上げる。
「は?それは一回死んでリセットだろ」
確かに。そういえば死んだわ。だけどソウシの一生のお願いは、これだけじゃないんだよね。
「動物園から脱走した虎。あれから守ってあげた時も一生のお願い使ってたわよ。それが今世の分ね」
「あぁ、あれはホント助かった」
コクコクと頷くソウシに、でしょ?と返す。どこからか「マナリエル、虎とも張り合えるんだね」とロイの呟きが聞こえた。
私のペースに飲まれそうになるソウシは、不満げに口を強く結ぶ。
「ふん、まぁいいさ。マナのその口の悪さも、もうすぐ聞けなくなるんだからな」
「は?どういう――」
そう言いかけて、すぐに口を噤む。大勢の生徒がこちらを見ている。期待のような、羨望のような眼差しの理由は不明だが、視線が集まる今、また余計な言動をして不必要な噂を立てらたれたら面倒だ。
「どういうことかしら?」
軽く咳払いをし、言葉を直してもう一度問う。ソウシは待ってましたと言わんばかりにニヤリと口角を上げた。
「正式に決まったんだよ、王妃教育がな」
……なんだって?
「ごめんなさい、よく聞こえなかったわ。なんの教育ですって?」
「王妃教育。まぁつまりは花嫁修業だな!」
ニカッと大きな笑みを見せるソウシ。そんな彼が誇らしげに掲げる紙に顔を寄せて見る。恐らく壁に貼られているものと同じ内容なのだろう。レイビーが見るのを阻もうとしたが、ソウシの圧がそれを遮った。レイビーが私以外の制止に従うなんて珍しい。よほどウマが合うのか、やはり私の弟だった前世の繋がりが残っているのだろうか。
掲げられたものに目を通せば、
『我、フラウディア・コール・オルセイン・シルベニアの名の下、マナリエル・ユーキラスがシルベニアの次期王妃として必要な教養を身につけるべく、シルベニアの全てをもってそれに見合った環境を与えることを命ずる。
尚、彼女はすでに相応しい』
……フラウディア様。権限フル活用じゃん。確か言ったからなぁ。使えるものは使え、って。きっとソウシに唆されて嬉々として書いたんだろうなぁ、コレ。そんでロイはそんな破天荒な行動する二人をいつもみたく微笑ましく見守ってるんだろうなぁ。父ちゃん何やってんだ。
「シルベニア王はこの事はご存知なのかしら?」
本音を装飾させて声に出せば、ソウシが答える。
「シルベニア王はロイみたいな性格だからな、王妃のやりたいことは絶対に止めない」
「傾国かよ」
「まだ新婚の頃、王妃が家出した時はシルベニアの全土を封鎖して仕事投げ捨てて号泣しながら探し回ったらしいぞ」
「傾国かよ」
なるほど。ロイはシルベニア王に似ているのね。それなら王妃がこれを出せるのも頷けるわ。だけどね、この破天荒な二人のペースに巻き込まれたら終わりよ、マナリエル。
私がロイの婚約者である以上、その道の先にソレがあることは理解している。しかし、現時点では時期尚早だろう。こっちにも付け入るスキはある。
「おかしいですわね。シルベニアの王族の歴史は一通り学んでいますが、王妃教育に入るためには候補者を集めて試験があるはずですわ」
そう。ロイ本人とシルベニア王妃の強い意向により、現在彼の婚約者は私しかいない。がしかし、この二人だけでは私を次期王妃にすることは不可能なのだ。シルベニアはティスニーよりも実力主義と言える。ティスニーは貴族のテッパンのようなシステムで、その家の嫡男が爵位を継ぐ形となっている。
対してシルベニアは魔力の高い一族が貴族として名を馳せ、それぞれ最も優れた者が一族の後継者となる。たとえそれが嫡子でなかろうとも、だ。
つまり、私がティスニーの公爵令嬢であるということはシルベニアにとってあまり意味をなさない。いくつかの試験の中で審査が行われ、そこで初めて王妃候補が決定するはずなのだ。審査は国の重鎮達によって執り行われるため、いくら王族といえど、愛だの恋だの本人達の感情だけでは決められないのだ。
「試験も終えていない私が王妃教育など、他の候補者であるご令嬢に申し訳ないですわ」
候補者いないの知ってるけど。
嫌味に見えないように、けれど嫌味と伝わるように、渾身の悲壮感を漂わせる。
さて、ここからは私がこの場を支配させていただきますよ。




