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CROWN   作者: 山木京、
白猫の探偵と黒犬の警察
18/20

エピローグ 

「……ああ、そういうことだ。念のためこの通話は切らずに持っておけ。……ん?俺か?俺は病院でお仕事中だ。馬鹿言うな、すぐには行けない。だから……おい!……くそ。あいつ、切るなって言ったとこだぞ……」

 ツーツーと不通音を鳴らすだけになった携帯を胸ポケットにしまった。

 まったく、あいつは俺を便利アイテムか何かだと勘違いしているな。まあ、なんだかんだで協力している俺も俺か……。

 小瓶の中に入った透明の液体を揺らしながら、俺は自分の甘さに胸やけを起こしていた。

 どうもジャックに頼まれると弱い。口では「NO」と言っておきながら、次の瞬間には心のどこかで少年の姿をした狐が「たすけてあげたら?」と問いかけてくる。何度手で払っても煙のように現れ、じっとこちらを見つめてくるものだから鬱陶しい。そして、その幻想を思い浮かべ、さも自分ではない誰かの所為にしたがるのも自分のこの脳であるから何とも馬鹿馬鹿しい。

 医療用の注射器で小瓶の中の液体を吸い取った。瓶の蓋が少しずれただけで鼻を突く酸い匂いがした。

「ああ、ほったらかしにして悪かったな」

 毛を剃って皮膚に浮き出た首の血管に注射器の針を突き刺すと男はくぐもった声を上げた。

「こら動くな動くな。この注射器の中身が動脈に入ったらどうなるか。お前ならわかるだろう。ホロ」

 ホロは俺と同じ病院に勤めている若手の狼人の医者だ。歳も近い事もあって昔はよく勤務明けに飲みに行ったものだ。最近ではお互い忙しくなって顔を合わせる機会がめっぽう少なくなったが、代わりに彼の評判の良さをよく耳にするようになった。おまけにそのルックスと性格の良さが相まって患者や看護婦の間ではアイドル的存在だったとも聞く。「有望株だよ」と滅多に他人を良く言わない院長の爺さんが言うくらいだ。

 そんな将来有望、前途有為な同僚は今、観葉植物の幹で椅子に手足を縛られ身動きの取れない状態で俺を見上げていた。俺は彼の口を覆い塞いでいたサンスベリアの葉を剥がして話せるようにしてやった。

 ホロはゆっくりと息を吸い込むと静かに口を開いた。

「久しぶりだっていうのにひどいな……」

「ああ、俺もまさかこんな形で話をするとは思わなかったよ」

 彼は平静を装っていたが内心穏やかではないだろう。その理由は彼自身が一番よくわかっているはずだ。

「……何だこれは?お前の《クラウン》は瞬間記憶だったはずだぞフォード。昔俺に話したあれは嘘だったのか?それとも他に誰かいるのか?」

 ホロは自分の身体に巻き付いている植物を見た。大きな耳を動かして部屋の中に俺以外の気配を探している様子だが、ここにはホロと俺以外に人はいない。そもそもここはこいつの家だ。俺一人入り込むだけで大変なのに他に人を連れ込む余裕なんてない。

「そうだな。それは半分嘘で半分本当だ。瞬間記憶は言ってしまえば病気みたいなもんだ。そして俺の本当の《クラウン》は今お前がその身をもって体験している」

「植物を操れるのか?そんなこと、お前ができるなんて聞いたこと無いぞ」

「まあ、誰にも言ってないからな。役所に出してる申請書にもこっちの力のことは書いていないんだ」

「……文書偽造だ」

「お前に比べたらかわいいものだろう。……なぜ病院の薬を横流ししたんだ。なあ?ホロ」

 俺が訊くとホロは口を閉ざした。

「……見た感じ、これから外の国にでも逃げるつもりだったのか?悪かったな荷造り中にお邪魔しちゃって」

「……」

 ベッドの上にはスーツケースが広げられていた。衣類が無造作に詰め込まれている中にパスポートや書類が見えた。

「病院からマシロ・ブランのデータを消したのもお前だろう。持ち出したカルテはもう処分したのか?まさかまだ持っているわけじゃないだろう?」

「……」

「だんまりか。連れないな」

 俺は首に刺していた注射器を引き抜くと彼が腰につけていたベルトに手をかけた。

「おい、なにしてるんだ」

「お、やっと口を開いたか。見ての通り『ズボンを脱がしている』さすがに稼いでるだけあって、いい革のベルトだな」

「違う!そんなことを聞いてるんじゃない!」

 するりと彼の腰から引き抜けたベルトは床にカチャリと音を立てて落ちた。ズボンのホックを外してチャックを降ろした。そのままズボンを引き下げると何とも哀れな姿の狼青年が出来上がった。

「いいねぇ。病院の皆に今の君の姿を見せてやりたいよ」

「お前、一体……」

「ああ、見えてた方が話しやすいと思ってな」

「……!!」

 俺がホロの内腿に乱暴に注射針を突き刺すと、彼はくぐもった声を上げて顔をしかめた。

「やめろ」

「お前次第だな」

 注射器の押し子を人差し指でトントンと叩くと彼の息遣いが徐々に荒くなっていった。

「ほんと何なんだお前。警察にでも雇われたのか?」

「そんなわけないだろう。……いや、似たようなもんか」

「じゃあなんでだよ!俺がどうしようがお前に迷惑はかけてないだろう!」

「…………まあ、強いて言うなら個人的な興味だな」

「個人的な、興味?」

 ホロは俺の言葉を復唱して困惑していた。興味でこんなことをするのか、と理解に苦しんでいる様子だった。

 ジャックに頼まれた。それも一つの理由ではあるが他にも理由はある。

「お前、こんなことする奴じゃなかっただろう」

「……」

 ホロは俺から目線をそらした。

 昔の話だ。俺たちがまだ研修医だった頃。ろくに休みもなく朝から晩まで働き詰めで、およそ人の働き方を超えて疲労困憊の日々を送っていたあの頃。喫煙所で一服していた時に、目の下に濃い隈をこしらえたお前は頼んでもいないのに勝手に語っていたじゃないか。医者を志した理由を、熱い想いを。お前が見据えた医療の未来に俺は興味があった。だからこれまでやって来れたんだ。それなのに今のお前は正反対の方向を向いている。

「一体何がお前を変えたんだ?」

 俺がそう訊くとホロは鼻で笑った。

「ふん、何も変わってないさ。あの頃から何一つ。なぁ、フォード。俺たちは無力だ。救える命なんざほんの一握り。この手からどんどん零れ落ちていく。そう思わないか?」

「ああ、だが救えた命もあったはずだ」

「そんなもの、高が知れている。……ある時、突然嫌になったんだ。毎日毎日やってくる馬鹿な患者の診察をして、偉い方のご機嫌とって、自分の事は後回しな毎日に……」

 ホロはそこまで言って言葉を詰まらせた。

「病院への腹いせのつもりか?」

「……さぁな。今となってはもうどうでもいい。だが、そのおかげでマシロ・ブランは本来なら受けられない治療を受けられたんだ。何も悪いことばかりじゃない」

 彼はまるで自分がした事を正当化しようとでもするかのように言った。

「……そうか」

 ホロは知らないのだ。そのせいで一人の命が奪われたことを。残されたわずかな余命さえ全うできなかった彼のことを知らないのだ。そして何よりその兄と友人にこの上ない苦痛を与えたことをこいつは知らない。

「お前は――」

 俺が口を開いたと同時に胸ポケットに入れていた携帯が鳴動した。電話に出ると声を震わせながら助けを求める少年の声がした。

「何があった?ちゃんと説明しろ。…………そうか、とにかく傷口を抑えて出来るだけ出血を止めろ。……大丈夫だ、すぐに車を向かわせる。それまで意識を保たせろ、いいな」

 電話の向こうから「うん」と言う返事と鼻水をすする音が聞こえた。

 俺は注射器の押し子を最後まで押し込んだ。中の液体が全てホロの体内に注入されたことを確認すると針を抜いてその辺に捨てた。

「何すんだ!」

 ホロは目を見開いて俺に噛み付こうとしたが、縛られているせいでその牙は一切届かない。

「うるさい。ただの発情誘発剤だ。心配することはない、植物から抽出した俺特製のオーガニックな薬だ。体内で数時間後には完全に分解されるさ」

「は?発情?」

「ああ、そうだ。そのうちここに警察が来る。自分のした事と、そのみっともない姿を白日のもとに晒せ」

 俺はデスクに置いてあった車の鍵を手に取り部屋を後にした。

 医者を目指した理由なんて、とうの昔に忘れた。ホロの言う通り今までこの手で救えた命なんて、溢れて逝った命の数に比べると多くはない。それでも俺は手の届く範囲の命は助けたい。それが今まで救えなかった命に対する贖罪でもあるのだから。


               ♢



「じゃあ、そろそろ行くね」

「……うん」

「『うん』って何さ。もっと引き止めてくれてもいいんだよ?」

「…………うん、そうだね」

「ふふ、なんで泣いてるの。可愛い顔が台無しだよ?」

「うるさい。…………もう行かなきゃダメなの?」

「うん、もう時間だから。残念だけどもうお別れ」

「これは現実?それとも僕の頭の中で作られたただの夢?」

「さあねぇ。僕もイマイチよくわかんない。そんな事どっちでもいい事だよ」

「……ユウらしいね」

「そうかな?でも、僕は現実だと嬉しいかな」

「…………また、会えるかな?」

「君は不思議なことを訊くね。僕はもう死んじゃったんだよ?……いつでも会いに来て。こうして会話する事は出来ないかもしれないけど、僕はずっとそこに居るから」

「うん、会いに行く。ヒロも首輪つけて引っ張ってでも連れて行くよ」

「はは、君に出来るかな?…………ヒロのこと宜しくね」

「それは、大変だなあ」

「ごめんね、唯一心残りがあるとしたら兄さんのことくらいなんだ。ヒロを一人にしちゃった。だから、そばにいてあげて」

「……うん」

「ありがとう。あっ、そうだ。今君に頼んだことと同じことをあの子にも頼んであるんだ」

「……あの子?」

「そう、あの子。きっとすぐに分かるよ」

「あー、うん、分かった」

「…………じゃあ、そろそろ」

「うん、またいつか」

「弟ができたみたいで楽しかったよ」

「……僕も、お兄ちゃんができたみたいで楽しかった」

「ハグしていい?……ってもうしてるけどね」

「……うん。さようなら、ユウ」

「じゃあね、シュトレンくん」



                    ♢


 窓から差し込む朝日で目を覚ました。あれだけ雨を降らし続けた梅雨は過ぎ去り、開けた窓からはカラッとした空気と蝉の大合唱が入り込んできた。部屋の温度計に目をやると、まだ早朝だというのにもう三十度を越えようとしている。どうりで暑いわけだ。

 目をこすると目尻の毛がぱりぱりに乾いていることに気が付いた。まだ腕に残っている感触を布団を抱きしめて確かめる。きっとこの安心感は何者にも代えられないだろう。

「……さようなら」

 まだ眠っていたいという自分と、逝ってしまった兄なような友人に別れを告げてベッドから足を降ろした。

「独り言とか……きもっ」

 声が聞こえてドアの方に目をやると、扉の隙間から半分顔をのぞかせてこちらを見るシオリの姿が見えた。心なしか不機嫌そうに見える。

「ご飯、早く食べちゃいなよ。後食器洗いよろしくね」

 シオリはそれだけ言うと姿を消した。階段を勢いよく降りていく足音と玄関の扉が閉まる音が聞こえてきた。

 ……今日仕事じゃないんだ。まだ六時にもなってないのにどこ行ったんだろう。

 最近のシオリの僕への風当たりが強い理由はなんとなくわかっている。着信を幾度となく無視したことも原因の一つであるが、僕が事件に巻き込まれたことを病院の人からの電話で聞いた事がどうも気に入らなかったらしい。

 僕はもう子供じゃないのだからそんなに心配しなくてもいいじゃないか。そう思うだけならよかったのだが、あの夜はいろいろあったせいで普段なら胸の中で思いとどまる言葉も口をついて出た。後からその場にいた看護師さんに聞いた話だが、夜の静かな病院の待合室に鈍い音が響いたそうだ。シオリは僕の頬を力一杯引っ叩いたらそのまま帰ってしまった。今思えばあの時ぶたれた頬の痛みが生きてる実感を思い出させてくれたのかもしれない。

 冷めた朝食をレンジで温めている間にテレビをつけると朝の情報番組が放送されていた。狸人の天気予報士が梅雨明けと共に今年の最高気温の更新をハンカチ片手に汗で毛皮を濡らしながら伝えていた。日よけ対策と水分補給は必須らしい。

 食べ終わった食器とシンクに溜まった大量の洗い物を片付けて、僕も出かける準備を整えた。

「よう!シュトレン!仕事か?」

 玄関で靴を履いていると小麦粉の粉袋を抱えた少年が通りかかった。彼の名前は知らなかったが、見かけるたびにいつも声をかけてくる子だ。いつも思うが粉置き場が加工場を離れて家の中を挟んであるのはどう考えても設計ミスだ。

「あー、仕事というか……怒られに?」

「は?何言ってんだか。何したか知らないけどちゃんとシオリさんに謝っとけよ。昨日仕事中大変だったんだからな」

 ジェフは迷惑そうな表情を隠さずに言うと加工場の方へ消えてしまった。

 シオリ「さん」か……。

 僕は粉袋に背負われた年下の小さな背中を見送りながら靴を履いて家を出た。

 雲一つない青空の下、直射日光がじりじりと鼻を刺す。

「よし、行くか」

 僕はセミの大合唱を背に両脇に雑草の生い茂る砂利道を下って、まずはササキ姉弟の道場へと向かった。


 個人的な、それでいてかなり身勝手な稽古をつけてもらったのに、約束を破って道場に通わなくなったのも僕の勝手な理由だった。このまま通わないという選択肢もあったが、無理を言って稽古をつけてくれた二人に顔を合わせないままとなると、この胸のモヤモヤが晴れることはないだろうと思って謝りに行く事にした。そして稽古は必要無くなった事と、約束通りもう道場の門をくぐらない事を話そう。かなり怒られるかもしれないし、友達として縁を切られるかもしれない。もしかしたら最後だからとボコボコにされることも想像しておこう。剣が握れなくなっても僕は構わないし……。

「……何これ。デスノート?」

「書いたら分かるんじゃない?いいからここに名前を書く」

 門下生たちが竹刀を振るっている道場の隅っこで、長方形に切り取られた封筒を前に僕は正座させられていた。対面にはサクラが笑っても怒ってもいない何とも言えない面持ちで座っている。

 僕は道場まで謝りに来たものの、門をくぐってもいいものかと立ち往生していた所を塀周りを掃除していたヤマトに見つかった。どうしたらいいかと聞く前にヤマトが背中を押すものだから半ば強制的に僕は道場の門をくぐる事になった。

 通された先ではサクラが門下生を指導している最中だったが、彼女は僕の姿を見るなり稽古場を出て行った。やっぱり怒っているんだろうか、とヤマトの顔を伺うと「いいからいいから」と稽古場の床に座らされた。そして僕は何をするでもなくそわそわしながら待っていると、サクラが例の茶封筒一式を持ってきて今の状況に至る。

 その空白に名前を書くことは一瞬ためらわれたが約束を破った僕に拒否する権利はなかった。

「ハンコ無いだろうから拇印でいいよ」

「……はい」

 いくつかの書類にサインを書き終えて朱肉のインクで湿った指の腹を名前の横に押し付ける。朱い指紋が白い紙の上に捺印された。

 僕がインクで汚れた指をどうしようかと思って自分の指を見ている間に、サクラは封筒から書類を取り出して一纏めにしていた。それを一枚一枚確認すると「よし!」と言ってサクラは顔に満足げな表情を浮かべた。

「ちなみに何が『よし!』なの?」

 僕が恐る恐る尋ねると「じゃじゃーん」と彼女はその書類を広げて僕に見せた。その書類の中に『佐々木剣道場入門申請書』と書かれている一枚を見つけた。

「これは……つまり?」

「そう!シュトレンはこれから正式なうちの門下生になりました!」

 いぇーい、と小さく拍手するサクラを尻目に後ろにいたヤマトに目やると、ぷいと視線をそらされた。

 ……こいつ、知ってて何も言わなかったな。

「じゃ、こっちが控えだから持って帰ってね。道着はうちで使ってたのあるから……竹刀はどうする?新しく買うか、今まで通りうちの使うかだけど―――」

「え、ちょっと待って」

 僕はサクラが入門の説明を始めたから口を挟んだ。

「……いいの?」

「いいよ。道具の貸し出しは昔っからやってるから」

「いや、そうじゃなくって」

「じゃなくって?」

「約束破ったことだろ?べつに誰も気にしてねぇよ」

 僕の後ろで立っていたヤマトが僕の言いたいことを先に言ってしまった。

「……ほんとに怒ってないの?」

 そう訊くとサクラは少し考えて「ちょっとだけイラっとした。でもそれだけ」と言った。

「まだ友達でいてくれる?」

「ふふ、何それ。そんな事で縁切るわけないじゃん」

「……うん」

 僕は友達の優しさに涙が出そうになった。こんな身勝手な僕でもまだ友達を続けてくれるそうだ。

「そんな事より今日は練習してく?」

「うん。あ、いや、今日はこれから用事があって……」

「あ、仕事だった?」

「いや……ちょっと怒られに」

「は?なんだそりゃ」

 今朝聞いたばかりのセリフをヤマトが言った。。

「ふーん。ま、いいや。契約書、ちゃんと読んどいてね」

 サクラはそう言うと立ち上がった。

「ねぇサクラ」

 僕が行ってしまおうとするサクラを呼び止めると彼女は束ねた髪を揺らして振り向いた。

「ありがとう」

 僕がそう言うと彼女はニコッと笑って稽古中の門下生の元に戻っていった。

「ヤマトもね」

「俺はなんもしてねえ。見送りだけしてやるよ」

「うん、ありがとう」

 僕はヤマトに見送られてササキ姉弟の道場を後にした。

 『次』は簡単には行かないだろうな。

 蝉の鳴き声にも負けない塀越しにも聞こえる門下生たちの声に背中を押されながら、僕は探偵事務所に向かった。


「今回の事件はお手柄だったな、ヌーウェイル」

「……はい」

「お前が倒した牛人の男が全て吐いたぞ。そのおかげで芋蔓式に麻薬の売人を捕まえることができた。面白いことに警察の上層部にも関与している人物が多数いた。彼が所持していた銃もその警官が横流ししていたものだと後の調査で発覚した。びっくりだなヌーウェイル」

「はい……ほんとに」

 僕は探偵事務所の堅い床の上に正座しながら、ボスから事件のあらましを聞かされていた。

 僕とヒロが接触した二人は麻薬の運び屋とその買い手だった。匿名の通報によってユウとマシロ・ブランが入院していた病院の医師が一名、自宅内で麻薬所持の現行犯で逮捕された。その医師がマシロ・ブランの姉、シロエ・ブランに運び屋の仕事を持ちかけた。麻薬の運び屋をする代わりに妹の治療費を免除するというものだったらしい。

「運び屋をしていた猫人の女だが、彼女は現在警察病院に入院中だ。撃たれどころが悪かったんだろう。出血が酷かったこともあって未だに意識は戻っていないそうだ」

「……そうですか」

 シロエ・ブラン。彼女は妹のために犯罪に手を染め事件に巻き込まれた。自業自得だと言ってしまえばそれまでなのだが、彼女もまたこの事件の被害者の中の一人だ。彼女の努力も甲斐なくユウに気づかれたことで妹の入院は途中で打ち切られた。ほとぼりが冷めてから治療が再開される予定だったかどうかは今となっては分からない。

「あの、ボス。質問いいですか」

「なんだ、言うだけ言ってみろ」

 僕はボスから許しを受けてポケットから新聞紙の切り抜きを取り出した。

「これだけですか?」

 その切り抜き数枚をボスに渡した。それらはここ数日の事件に関する記事の切り抜きだ。そこには麻薬の取引に警察が関わっていたことや、売人に撃たれた犬人や猫人の事は書かれていなかった。

「いろいろ足りなくないですか?」

「……」

 ボスは新聞の切り抜きをデスクの上に広げてため息をついた。

「世の中そういうものだと言う事だ」

「そういうもの……」

 ボスは切り抜きをまとめて僕人渡しながら言った。

「つまりはこうだ。本来ならば取り締まらなければいけないはずの警察が、あろうことか麻薬の売買に多数関係したこと。これが世間に知れ渡れば警察の威権や信用を失墜させることになる。市民に余計な心配や恐怖を与えてはいけないという配慮だ」

「……でも」

「『でも』も『くそ』もない。こうして世間は平和を装っているんだ。お前の知らない所でいつも行われてきたことだ」

 ボスはそう言って今日の新聞を広げて僕に見せた。指で一つの記事を指すと「これもまたその一つだ」と言った。

 その記事を見るとあの病院のことが記されていた。今回の事件に関わっていた狼人の元医師は個人で取引を行っていたとして病院側は麻薬の売買に一切関与していないと発表したらしい。取引していた薬物の中にはその病院で使用されていた医療用の麻薬は含まれておらず、その医師は逮捕直前に病院を解雇されていたとも書かれている。つまり病院側は逮捕された元医師の男をサックリ切り捨てたと言う事だろう。

「……これも事実とは異なる記事ってことですか?」

「さあな。どれだけ裏で手を回したことやら」

 そう言うとボスは僕の手から新聞を取り上げた。

「そうですか……あ」

 僕が足の痺れに我慢できずに立ち上がろうとすると、ボスに丸めた新聞紙で頭を押さえつけられた。

「あの、まだ何か……」

 僕は開いた口をそっと閉じた。ボスの目は半開きだったがまっすぐ僕のことを見下ろしていた。

「『何か?』じゃあない。連絡の一つくらいよこせなかったのか?」

「……すみません」

 ボスは僕が捜査中一言も連絡を入れなかったことに腹を立てているようだった。丸められた新聞紙が僕の頭の上を何度も弾む。

「自由にしろと言ったが連絡くらいよこせ。仕事の基本だ。連絡がないと進捗が分からなければ手助けのしようもない」

「はい」

「それに聞いたぞ。警備中の警察官を数人眠らせたそうだな。一歩間違えれば公務執行妨害でお縄を頂戴するとこだ。そうなっていればうちの事務所だけじゃなく家族にも迷惑がかかる。言っている意味わかるな?}

「はい、すみませんでした」

「それなら結構。以後、報連相は欠かさないこと。あとそれから今日から三日間、お前に出勤停止を命じる。その間に今回の一件で迷惑をかけた人には謝っておくこと。助けてもらった人にきちんとお礼をすること。その他やることがあったら済ませて来い。以上、説教は終わりだ!」

 ボスはそう言って立ち上がると僕の頭をぐしゃぐしゃにした。

「˝ニャ」

「仕事に行ってくる。ハル!留守頼んだぞ」

 ボスが炊事場に向かって言うと「はーい。行ってらっさい」といつもの調子でハルさんの返事が返ってきた。スーツのジャケットを腕にかけ事務所のドアから出て行くボスを見送ると、僕は感覚の鈍った足を支えて立ち上がった。けどやっぱりすぐに歩けるわけはなく商談用のソファへ仰向けに倒れこんだ。両足のふくらはぎを襲う不快な痺れを感じながら天井を眺めていると、視界にガラスのコップを持ったハルさんが入り込んできた。

「色々大変だったらしいねぇ」

「はい、それはもう色々と……」

「銃で撃たれたんだって?さすがに私も経験ないなぁ。はい、スムージー」

 上半身だけ起こすと丁度ハルさんが机の上に僕の分のコップを置いているところだった。

「うお!びっくりした。急に動かないでよ」

「……ジャックさんか。余計なことを……」

「はい『余計なこと』とか言っちゃいけませーん」

 キンキンに冷えたコップに口をつけるとバナナの甘ったるい味が口の中に広がった。

「シュトレン君が思ってるより、周りの人は心配してるんだからね。連絡はちゃんとするんだよ」

「はい、さっき聞きました」

「そ。…………久々にパンケーキ食べに行かない?そこのカフェでさ、最近新作ができたみたいでさ、一人で行くのもなんだし」

「行きませんよ。さっきボスに留守番頼まれたところでしょう。忘れたんですか?」

 ああ、そうだった。ととぼけながらスムージーを飲むハルさんを見ながら僕は自分のスムージーを一気に飲み干した。

「じゃあ、僕も行きますね」

「何?君も用事か」

「はい、今日は約束があって」

「はーい、また三日後ね」

 僕は自分の鞄を手に取って事務所を後にした。キーンとする痛みを頭に感じながら腕時計に目をやると時刻は正午を過ぎようとしていた。

 ちょっと急ぐか。

 約束の時間までには時間はあるけど早いに越したことはない。鞄を斜めにかけて階段を駆け下りた。


 ここ数日で何度この病院に足を運んだのだろう。思えば正面の玄関から入るよりも裏口から入ることの方が多かったような気がする。玄関で荘重に構える石碑には『アシナガ総合病院』と彫られていた。繁盛という言い方は違うのかもしれないが、この大きな白い建物には今日も人の出入りが頻繁に行われていた。

 受付の猫人の看護婦さんに目的の病室の場所を訊くと「調べますので、こちらに記入を」と言われ、紙とペンを渡された。その紙に必要事項を書いている間、少し世間話をした。「この辺りで麻薬の売買が行われていたみたいなので、お気を付けくださいね」と僕の記入した用紙を彼女は優しい大人の笑顔で受け取った。

「……フォードさんの午後からの予定ってわかりますか?」

 僕の突然の質問に彼女は一瞬怪訝な表情を浮かべたがすぐに笑顔を取り戻し、腕に付けた小さな時計を確認すると「今の時間ですと回診が終わったところですね。その後の予定はちょっと……」と申し訳なさそうに言った。「……そうですよね、ありがとうございます」と僕はお礼を言って受付を後にした。受付の看護婦さんは座ったまま軽く会釈をするとまた元の事務作業に戻り、電話の受話器を首と肩に挟みながら手元でペンを走らせていた。

 老若男女の行きかう病院のロビーを抜けて僕は看護婦さんから聞いた病室を目指した。病室の番号を聞いた時は少し驚いたが、あの人ならやりかねないと妙に納得した。僕はその場所へ何度か訪れている。階段を数階上がった角の病室。電球の切れかかった廊下を早足で歩いた。時々現れる姿見に小さな花束を持った僕の姿が映っては消えた。

 病室の前で扉の取っ手に手を掛けてネームプレートに書かれた名前を確認した。

 そして二度見した。

 ……あの人のやりそうなことだ。

 名札を見る限りこの病室には二人しかいない。窓際のベッドで向かい合わせ。

 いったい彼はどんな表情で向き合っているのだろうと想像したが、脳裏に浮かぶのは眉間に皺を寄せた不機嫌な顔だけだった。今思えばユウと顔のパーツは同じなのにあの笑顔を見たことがない。……同じように笑うのだろうか。

「おい、用がないならさっさとそこどけ」

 後ろから声がして振り向くと、そこには今しがた想像していた通りの仏頂面をしたヒロが立っていた。あれからまだ一週間も経っていないというのに、その身に銃弾を二発も受けたことを感じさせないような立ち居振る舞いだ。病衣の胸元から覘く包帯だけが痛々しさを物語っている。

「やあヒロ、もう動いて大丈夫なんだね」

「当たり前だ。そうじゃなきゃ今日お前を呼んでない」

 ヒロは僕を鼻で笑うと、待ち切れないとでも言いたげにドアを開けて病室に入って行った。僕もその後に続く。

「お邪魔します」

 後ろ手に扉を閉めて室内を見渡すと何度か見た同じ景色がそこにあった。シーツの整えられたベッドが並び、その間に白いパーテーションが立てられている。中庭を臨む開いた窓から聞こえる子供の声がカーテンを揺らしていた。

 ただ違うのはヒロが自分のベッドに向かって腕を組んで佇んでいる事くらいだろうか。

 何をしているんだろうと寄ってみると、ヒロの目線の先には丸椅子に座りながらベッドに突っ伏している猫人の少女がいた。

「チッ」

 舌打ちが聞こえたと思ったらヒロはベッドの脚を蹴った。

 粗暴とはこの事だろう。別に寝てる人を起こすだけなら他に幾らでも方法はある筈なのに。

「そんな起こし方……」

 僕がその行動を咎めようとすると寝ていた彼女の耳がピクリと動いた。ヒロの雑な起こし方の割に彼女はゆっくりと上半身を起こすと、これまたゆっくりと伸びをすると大きく欠伸をした。丸い目をパチクリさせると、ヒロ、そして僕の順に顔を見た。そして僕と目が合うと慌てた様子で手元にあったスケッチブックで顔を半分隠した。

「えっと、マシロさん。ですよね」

 僕がそう訊くと彼女は頷いて手元の紙に何か書いて僕に見せた。そこには『はじめまして』と書かれていた。彼女は欠伸を見られたのが恥ずかしかったのかスケッチブックで口元を隠してこちらを見ていた。

「はじめまして」

 彼女はマシロ・ブラン。今回の事件で麻薬の運び屋をし、犯人に撃たれ現在警察病院に入院しているシロエ・ブランの妹だ。事件後、彼女らの自宅でいるのを発見された。今は喉の手術をするために検査入院中らしい。

「こいつも連れて行く」

 ヒロはベッドにどかっと腰掛けると指差して言った。するとマシロさんも『私も行く』と紙に書いて僕に向けた。

「大丈夫なの?ヒロはともかく、マシロさんは……」

『明日手術☆』

「……」

 余計ダメじゃないかと思っていると横から「そういうことだ」とヒロは口を挟み病衣を脱ぎ出した。

「……着替えるならトイレ行けば?マシロさんも居るんだし」

「大丈夫だ。ちゃんと隠してる」

 マシロさんの方に目をやるとヒロの裸体が見えないようにスケッチブックで顔全体を隠していた。そこには『大丈夫』とだけ書かれていた。

「知らないよ怒られても」

「今更誰に怒られんだよ」

 スキニーのパンツに脚を通しながらヒロは言った。

「それに、見つかって面倒くさい狐野郎は学会に行っていて今日はいない。行くなら今の内だ」

「んー、まあそうだけど……」

 と僕は言いながら、ちょっと待てよ、とヒロの言葉を反芻した。

「学会に行ってる?」

「あ?」

 ティーシャツの首から顔を出したヒロと目があった。

「僕が聞いたのは回診が終わったとこだって……」

「ああ、終わったとこだ。それも今さっき」

 ギョッとして声のする方を振り返ると見覚えのある耳の先がパーテーションの上から見えていた。

「よっ、お前らほんと仲良いな」

 パーテーションの向こうからひょっこり白衣姿のフォードさんが現れた。

「なんで居るんだ、この変態医師は」

 ヒロはすかさず悪態をついた。

「いやー、優秀な部下がいると色んな情報が耳に入るんだ。絶対安静の患者が歩き回っていたり、俺の予定を訊いた少年が訪ねて来たってな」

「……止めに来たのか?」

 飄々と話すフォードさんを睨みながらヒロは言った。しかしフォードさんはそんな事を微塵も気にせず鼻で笑い飛ばした。

「ふん、出血多量で瀕死だった割に元気だなぁまったく。別にお前はいいんだ。俺が手術してそこまで回復した。傷が開こうが知らん自業自得だ」

 そしてフォードさんは「ただ」と続けた。

「彼女を長時間連れ出させるわけにはいかない」

 それを聞いたマシロさんは一瞬驚いた顔をして、そのまま残念そうに俯いてしまった。




「え、何で」

 僕はガタついた軽自動車の助手席に座って待っていると疑問が自然と口から出てきた。

「俺が今日昼から休みでよかったな」

 車の外で煙草を吸っていたフォードさんが言った。開いた窓から煙草の臭いが漂ってくる。

「彼女の手術は別に難しいものじゃないが本人の精神状態によって回復に差が出るもんなんだ。だから今のうちにな」

「はぁ、そういうものですか」

 マシロさんは自宅で発見された当初、ユウが事件に巻き込まれていたことを知らなかった。恐らく彼女の姉によって意図的に情報を遮られていたのだろう。今はそんな風に見えないが事実を知った時、ひどく落ち込み悲しんでいたという。もしかしたら今もそう見えないように振舞っているだけかもしれない。

「そういえばフォードさんって何科の医者なんですか?この前小児科にいた気がするんですけど、マシロさんの手術もするってことは外科医なんですか?」

僕が車内から身を乗り出して訊くとフォードさんは「全部だ」と答えた。

「…………え?」

「よし、来たな。迎えに行くぞ」

 フォードさんはさらりと凄いことを言ってのけると煙草の火を消して車のエンジンをかけた。

「あの二人、お似合いじゃないか?」

 何度か鍵を回してやったエンジンがついた。

 裏口の方に目を向けるとヒロとマシロさんが居た。マシロさんは病衣から着替えてワンピースにツバの大きな帽子という出で立ちだった。

「この歳になると自分の赤い糸を手繰るよりも、誰かの指に糸を括り付けてその端っこを他の誰かに結びつける方が楽しかったりするんだよ」

「……そういうものですか」

「そのうち分かるさ。それに彼女とユウ君はそういう仲なんじゃないかと、看護婦たちの間では噂になっていた」

「ふーん」と僕が適当に相槌を打つと車はゆっくりと動き出した。

 やっと動き出した車を二人の前に横付けすると、フォードさんはタクシーの運転手よろしくマシロさんをエスコートした。

「じゃあ狂犬くんナビゲートよろしく」

「誰が狂犬だ」

 そうぼやくヒロの横で『よろしくお願いします』とマシロさんがスケッチブックを掲げていた。

「それではフォードタクシー発進致しまーす」

 フォードさんがアクセルを踏み込むといつもより三人多く乗せた車はエンジンを吹かせながらゆっくりと走り出した。


 石階段でできた急こう配な坂道を僕たち三人はマシロさんのペースに合わせて歩いていた。フォードさんは「お邪魔虫はここで待ってるよ」と言って着いてこなかった。今頃煙草でも吹かしていることだろう。

「マシロさん大丈夫?花持とうか?」

 僕とヒロの間を歩いていたマシロさんの方を振り返ると、少し息は上がっているようだったが彼女は首を横に振った。「大丈夫」とでも言いたげに僕を追い越して坂道を歩いて行った。

 歩き始めて数分だったがかなり見渡しのいいところまで登って来ていた。「この丘を少し登ったところだ」ヒロが麓でそう言ってからずいぶん歩いた気がする。

「もうちょっと上?」

「ああ、そこの祠を右に曲がったところだ」

 一番後ろを歩いていたヒロに声をかけると彼は指をさして言った。もう片方の腕には途中で立ち寄った花屋で買った向日葵の花束が抱えられていた。「大きすぎない?」と僕は花屋で言ったが「あいつが好きな花だったから、これでいい」と店に置いてあった向日葵を一纏めに花束にしてもらった。

 生い茂っていた木々のおかげで昼過ぎにもかかわらずそこまで暑くはなかった。木の葉を揺らす風が心地良い。

 ヒロに言われた通り祠を曲がった先に墓石の一群が広がっていた。そこだけ木々が開けていて街全体を見渡せた。

「いいところだね」そう言って振り返ると、さっきまでそこにいたヒロの姿が見当たらず思いがけず独り言になってしまった。

 どこへ行ったのかとヒロの姿を探すと、黄色い花束を抱えた後ろ姿はすぐに見つかった。一つの墓石の前で立ち止まっている。僕とマシロさんもその場所に向かった。ヒロがしゃがんで花束を手向けた墓石を見るとそこには『シバ家の墓』と彫られていた。

「……親父の家系の墓だ。俺たちはもう純血じゃあない」

 誰に話すでもなくヒロはぽつりと呟いた。何も答えないのもあれだったから「ふーん」とだけ相槌しておいた。

 持ってきていた線香に火をつけると特有の香りと一緒に細い煙が立ち上った。ゆらゆらと煙をくゆらせる線香を香炉に立てると、僕らは三つの花束が置かれてずいぶん賑やかになった墓前で三人揃って手を合わせた。

 約束通り来たよ、ユウ。

 目を閉じて心の中でそう言ってもやっぱり返事は帰ってこなかった。その代わりに頬を撫でてゆく柔らかい風が吹き抜けていった。まるでユウが「よく来たね」とでも言っているかのように。

「またな……」

 暫くしてヒロが墓石に向かって話しかけると僕らはユウとお別れをした。

 もと来た坂道を歩いている最中に僕はフォードさんが言っていたことをふと思い出していた。

「ねぇヒロ。坂道って上る時よりも下るときの方が負担大きいんだって」

 先頭を歩くヒロに耳打ちするとヒロは「なんだ急に……」と立ち止まって振り向いた。きっとその時僕の姿と一緒に後ろにいたマシロさんの姿が目に入ったのだろう。僕が何を言いたいのか察したように「チッ」と舌打ちするとヒロはマシロさんのもとに向かった。彼女は突然折り返してきたヒロに不思議な顔をしていたが、次の瞬間には驚きと恥ずかしさを合わせたような不思議な表情をその顔に混在させていた。

「何してんだ、早く進め」

「あ……、うん」

 僕はてっきり手を貸すか背負うものだと思っていた。まさか、いきなり……。フォードさんが見たらどんな表情をするのだろうか。

 思っていたよりも数段大胆なヒロの行動に、僕は笑いを隠すのに必死になりながらゆっくりと坂道を下って行った。

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