表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アーカイブスの本マニア  作者: マオ
9/22

二章・誰もが想像するが実現はしないこと・3

 隣の椅子には着飾った若い女性が座っている。ルルは見るなり横のテトに囁いた。

「姫が若くて可愛くても、絵巻の王様って初老だよね。絶対口ひげとあごひげで、赤い服かマント着てるし」

「謎だ。あと、王妃は何故か若いよな」

 王の横の椅子に座っている女性はおそらく王妃だろう。確かに若くて美しい。王に比べると、年の二十は違っているのではないかと感じるくらいだ。ヘタをすると、娘の姫と変わらないくらいに見えるのではないだろうか。

「後妻? あと、可能性としては……連れ子」

「昔話か? 『リンゴ姫』とかの」

 子供のときによく聞いた、継母からもらったリンゴを食べて眠りに落ち、素敵な王子様のキスで起きて、めでたし、めでたし、な話をたとえに出し、テトは苦笑している。

「聞いてみようか、後妻ですかって」

「多分答えてもらえないんじゃないか?」

 そんな会話を小さく交わしていても、謁見の間の誰もが不審に思っている様子はない。王も平然と声をかけてきた。

「よくぞ参った、勇者よ!」

「お約束なセリフ出たぞ」

「しぃ」

「姫が悪しきドラゴンにさらわれて、はや一アーグ(=一週間)! わしと王妃は夜も眠れぬ毎日を過ごしておる。どうか、どうか姫を救い出してもらえぬか! 褒美ならば何でもやろう! 姫と結婚したいと言うのならばかなえよう! だからどうか娘を救い出してくれ!」

 眠れない毎日を過ごしているらしい王様は、ふくふくつやつやの血色よろしい顔を二人に必死で向けている。言葉と声音と表情は切羽詰っているのだが、顔色はとても良かった。

 子供向けの絵巻なのかもしれない。顔色悪く恐ろしい形相の王様を表現したら、それだけで幼い子供なら泣くだろう。

「あ、はい。分かりました。尽力いたします」

 さらっとテトは引き受けた。彼はおそらくこの場面を導入部だと思っているのだ。対応にも抵抗がない。

「そうか! 引き受けてくれるか! 悪しきドラゴンは北の山奥に潜んでいる! どうか姫を頼むぞ!」

「はい」

 力の抜け切った返答だったが、王は気にしていなかった。そのまま謁見の間を辞し、二人は長い廊下を門に向かって歩く。王の態度を思い出して、ルルは乾いた微笑を浮かべた。

「褒美ならなんでも、姫と結婚したいならさせる、かぁ。絵巻の王様、ギャンブラーだよね。普通の父親ならどこの馬の骨とも分からない男に『娘と結婚させてやる』なんて言わないよね。あと、ドラゴンから助けて勇者に嫁に出すって、なんか矛盾してない? 姫、厄介払い? いき遅れだったとか?」

「俺はドラゴンがなんで姫をさらうのかが気になる。喰うわけでもないし、ドラゴンが嫁にするわけでもないのに、さらう理由が分からない」

「それはね、悪者の王道だから。お姫様はさらっておかないと」

「おお、なるほど……って納得していいのか、それ」

 城の外に出、城下町を歩きながら、二人は楽しそうに会話を続けた。

「ドラゴンのいる場所分かってるなら、軍隊を組織して退治すりゃいいのにな」

「軍隊動かしたら国費がかかっちゃうでしょ。そうなると国民に増税を強いることになるから、娘の命より税金なのかも。国庫を枯らしたくない、とか。ただ単にケチだったりするかもしれないし」

「……絵巻の世界なのにそう考えると泣けてくるな。何一つ幻想的じゃないぞ。むしろ夢がない。世知辛い」

「あ、でも貧乏な国の可能性もあるよ。娘を助けにも行けないくらい」

「城、立派だったぞ」

「……そうだね」

 城は立派だったし、歩いている人たちも身なりはいい。国の財政が悪いとは思えない。絵巻の王様、実はケチ説が有力かもしれない。

 露店を通り過ぎて、ちゃんとした商店が並んでいる区画に出た。どんな商品が売られているのか覗いてみたくて何件か覗いてみたが、一様に住民の表情が暗く、かえって気が重くなった。テトが見る限りさほどいい武器なども扱っていなかったようだ。彼が持っている剣のほうがよほど上物だったらしい。

 そもそも、通貨が違っていた。リンではない。手持ちのリンでは買い物すらままならないことに気がついて、二人は苦笑いをして店を出ることになった。姫が心配して夜も眠れないといった王様は、援助の『え』の字も言い出さなかったのだ。

「あれって、期待してないって取れるよな」

「あたしたち、どうせ途中で倒れるだろうって思われてる?」

「世知辛い」

「そう考えると、お姫様のことも実はどうでもいいのかなーとか思っちゃうね」

「夢がないぞー」

 反・幻想物語的な会話をしながら、城下町からも出る。たいした準備もできなかったが、先立つものがないので仕方ない。

 目指すは北。悪いドラゴンの住む山である。

「悪者って、大抵北にいるよな。何でだ?」

「そういえば、今まで読んだ本の中で、南にいる悪者って見たことないかも」

 ルルは想像してみた。南国の光溢れる開放的な海辺で、お姫様と戯れている悪いドラゴン……どうひっくり返しても悪役には思えない光景になる。北の、寒く厳しい環境で立てこもっている方が悪役っぽいことは間違いない。悪役にはイメージが大事だと、彼女は痛感した。


 たまに湧いて出てくる小さな怪物をテトに小突き倒してもらい、北へ向かう。やはり架空の物語の中だろうか、怪物は見たこともないものが多かった。気絶するようなことにもならず、かすり傷すら負わなかったテトである。彼が強いのか、怪物が弱いのか……おそらくは双方だろうとルルは思った。貧乏くさそうに見えてもテトは結構強いのだ。珍しい怪物が多かったので、見物気分で戦闘を重ねていたが、それも回数を重ねると飽きてきた。

 そろそろ何か新しい展開が欲しいと思い始めた頃、ちょうど良く村が見えてきた。計ったかのようである。

 休憩もかねて、寄ってみることにした。どうやら農村のようで、家畜が放牧されているのが窺える。

「あ、あんたたち!」

 ところが、村に入るなり近くにいた住民らしき人物に驚かれた。

「外を歩いてきたのか!?」

「え、そうですけど」

 徒歩で来ることがそれほど珍しいことなのだろうかと、きょとんとするルルに、住民は感心したようだった。

「悪い魔法使いが魔物を強くしているのに、よく歩いてこれたな! よっぽど強いんだな、あんたたち!」

「は?」

 先に聞いたドラゴンだけでなく、魔法使いとやらもいるのか。

「え、ええと。どういうことか教えてもらえます? あたしたち、この辺りには不慣れなもので」

 実際にはこの辺りではなくこの世界そのものに不慣れなのだが、そこまで説明しなくてもいいだろう。

「なんだ、知らないで歩いてたのか? よく無事でいられたなぁ。いや、おれもそんなに詳しいことは知らないから、村長に聞いたほうがいいだろう。村長の家は村で一番大きな家だよ、ほら、あそこに見えているのがそうだ」

 指をさして教えてくれたほうには、確かに大きな家がある。しかし、意味深なことを口にしておきながら『詳しいことは知らない』というのも不思議なものだ。もっとも、重大なことを説明するのは王様、領主、村長……その地区で一番偉い人、というのもお約束である。会話をしていると、ルルの腕をテトがつついた。こそっと囁いてくる。

「なぁ、ドラゴン退治の話じゃないのか、これ?」

「あたしも単純な退治話だと思ってたんだけど……とにかく行ってみよ?」

 住民に礼を言って別れ、村長の家に向かってみることにした。幻想絵巻の王道、ドラゴン退治だけではないのかもしれない。ひょっとしたら、数々の困難を乗り越えてドラゴンまで辿りつく話なのか。そうだとすれば、これはまだまだ序盤の序盤だろう。

 文字喰いに辿り着くまで一体どのくらいの時間がかかるのか、予想もできなくなってきた。

 教えられた家は、見えていたくらい近かったのですぐついた。ドアをノックしようと手を上げたとき、ちょうどドアが開く。

「あ」

 中から出てきた人物を危うく叩くところだったので、ルルはあわてて手を引いた。

「ご、ごめんなさい!」

「いえ、大丈夫です……よ!?」

 大丈夫と口にした人物は、ルルを見て驚いたようで、硬直している。魔術師風の青年だった。長い黒髪に黒い瞳の落ち着いた雰囲気の青年である。テトとルルより年上だろう。彼の背後で、銀髪に緑の瞳の、どことなく小動物を連想させる魔術師風の少年が、こちらも目を見開いている。少年のほうはルルより年下に見えた。彼らの視線はルルとテトの全身を眺めている。どこか汚れでもしているのだろうかと、一瞬不安になったルルの手を、青年がつかんだ。

「あの! もしかして!」

「はは、はい!?」

 勢いに押され、ルルは身を引く。なんだか怖い。

「あなたたちも本の精霊に引き込まれたのではありませんか!?」

「え」

 本の精霊。その単語にルルはハッとする。精霊の存在を知っているということは、本の中の住民ではないはず。彼らが二人を眺めていたのは、農村らしいこの村の住民には見えない服装だったからだろう。

 思い出してみれば、魔術師が二人行方不明になっていた。もしかして彼らは当人か。確認したいが、村長の家のドアを塞ぐのも常識としてまずいので、そのまま場所を家の脇にずらし、改めて問いかける。

「ええと、あの、あなたたち、魔術師ギルドの人ですか?」

「そうです!」

 長髪の青年が声を上げる。彼の隣で少年も首をネンザしそうな勢いで頷いていた。やはり当人なのだ。本の研究をしようとして姿を消した魔術師。

「良かった、助けが来た!」

 少年がテトを見て嬉しそうに声を出す。

「いや、助けっていうか……」

 せっかくの喜びように水を差すのも悪いが、テトたちは助けの手ではない。彼らの同類だ。

「あたしたちも引っ張り込まれたんです。出るには文字喰いって怪物倒さないといけないって、説明されませんでした?」

 小首を傾げて問うと、魔術師二人は肩を落とした。

「聞いています……」

「でも、ぼくらは魔術師だから……」

 うなだれる彼らの状況を察し、ルルは苦笑した。魔術師が本領を発揮できないこの世界で、彼らが無事に脱出できる可能性は低い。本の精霊も引き込む相手を選べばいいものを、とも思ったが、本が置かれていたのが魔術師ギルドだったのだから、仕方がないといえば仕方がない。

「今までよく無事でいられましたね」

 見たところ、二人ともケガはなさそうだ。

「逃げ回っていましたから」

 青年はキッパリと言い切った。命に代えられないので正しい選択だろう。


ツッコミ開始(笑)そして行方不明の二人を発見。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ