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アーカイブスの本マニア  作者: マオ
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二章・誰もが想像するが実現はしないこと・2

「魔術が外に放出される、か……だから本が置いてあった部屋が凍ったり焼けたりしてたんだな」

「そ、そうだね」

 何せ中に引き込まれたのが魔術師だ。魔術を使うエキスパートが、戦う(すべ)を無効化されると言うのはつらいだろう。はっきり言って、魔術を封じられた魔術師は役立たずだ。ごくマレに武器を持って戦うことが出来るエリートもいるが、そんな存在は本当にマレである。

「テト、頑張ってね」

「あー、まぁ、頑張る」

 おざなりな返答に聞こえるが、テトはやる気満々だ。瞳が輝いているのでよく分かる。彼の意気込みも分かるので、ルルは何も言わなかった。本を救うのは、二人にとって既に義務なのだ。

「あ、ところで文字喰いのいる場所って見当つかないの? この本のどこかって言っていたけど」

『おそらく、話が進めばどこかに出現するかと思われます……ですから、本を読み進めるように進んでください。どこかで出会うと思います……』

 精霊にも文字喰いがどこら辺にいるのかは感知できないようだ。近付けば食われるのだから当然といえば当然か。

 ひたすら進んで、どこかで出会うのを待つしかないようである。

「そっか。本を読むようにね。そういえばこの本結構分厚かったと思うんだけど、総ページ何枚?」

 ルルは、本を手に取ったときのずしりと重い感触を覚えている。精霊はキッパリと答えてくれた。

『三百枚ほどです』

「「分厚っ!」」

 思わず叫んだ声にはテトの叫びも重なった。おそらく、同じことを考えている。

 戻るまでどのくらいの日数がかかるのか、と。

「あたし明日も仕事があるのに……」

「文字喰いに会うまでにどのくらいかかるんだ……」

 頭を抱えたくなったが、抱えてもどうにもならない。それでも念のために聞いてみた。

「ねえ、精霊さん、一応確認しておくけど、あなたの力では戻せないの? あたしたちを呼んだんだから、帰すこともできるんじゃないの?」

『すいません……文字喰いに巣食われる前ならばお帰しすることもできたのですが、ヤツがいる以上、私には人を引き込むのがやっとなのです……』

 呼び込むことはできるが、文字喰いの力が邪魔をしていて帰すことはできないとのこと。一方通行なのだ。現実世界に帰るためには文字喰いを倒すか、気絶するか死ぬしかない。強引な究極の選択である。

 ケガなどで気絶もしたくないし、無論のこと死にたくもないので、ルルたちが選べるのは文字喰いを倒す道だけだ。

「テト! 頑張って!」

 ルルは先ほどの応援とはうって変わって真剣に叫んだ。一刻も早く文字喰いを倒して元の世界に戻らなくては、明日の仕事に差し支える。仕事に差し支えるということは、給料に響き、果ては生活できなくなる。実家から遠くはなれて暮らすルルには死活問題だ。もちろんテトにとってもそうだろが、彼は本を売り払った金でフトコロが暖かいので、ルルよりは差し迫っていない。

「はいはい。じゃ、行くぞ」

『お願いします……お気をつけて』

 煙が引いていくにつれ、精霊の光も遠くなっていく。いざ本の世界、と言ったところか。プロローグが終わり、ここから本編が始まると考えると正しいかもしれない。

「……なぁ」

 煙が引いていくのを眺めていると、テトが声をかけてきた。

「これ、こういう内容の本だったりしてな」

「え。あぁ、文字喰いって言う怪物を倒すお話ってこと?」

「そうそう。だったらさ、ありがちだよな。幻想絵巻でも良くあるだろ、怪物退治の話って」

「そうだね。本としては内容浅いね、確かに」

 たくさんの本を読んでいるだけに、辛口批評である。読めば読むほどに似た内容の本を見るとがっかりしてしまうのは、(さが)だろうか。

「斬新な物語じゃないよな。誰が書いたんだろう、この本。俺としては、もう少し頑張りましょうって感じだ」

「でも、物語じゃないよ。ケガするし、死ぬかもしれないし。実際一人大ケガしてるから。本のせいって言うか、そうじゃないって言うかは難しいところだけど」

 思い出すのはケガをした魔術師。強引に引っ張り込まれ、あげく魔術を無効化され、結局ケガをして放り出された人に、心の中で同情の祈りを捧げていると、視界が急変した。

 場面転換をしたようで、二人は草原のような場所に立っている。景色はまだ揺らいでいて安定しておらず、じっくり見ると草の判別もつかなかった。『緑色の草のような何か』にしか見えない。

「さ、俺たちも頑張るか」

「うん。文字喰い退治して、ちゃんと帰らないといけないね。あたしがいないと店長泣くことになりそうだから」

 マイヤーひとりであの膨大な書物の管理は難しいだろう。まして、ルルがいなければ買い取りに出かけることも満足にできない。彼女が来るまでは奥さんが手伝っていたのだが、奥さんは本のことに詳しくないので接客が難しいし、娘たちはそもそも古本屋に関心がない。ここ一トーム、あの店はマイヤーが買い取りに行き、ルルの接客で運営されているようなものだった。

「だな。俺が手伝わないと、マイヤーさん寂しいだろうし」

「本目当てでしょ。たまに店長の持ってる珍しい本借りてるの、知ってるよ」

「ななな、なんのことかな」

 動揺するテトに、さらに追求をしてやろうかと口を開いたルルの視界の端に、何かが映った。気を取られてそっちに視線を向けると、揺らいでいた景色が固定されており、何かの入り口らしい門のような建築物が見える。門の両脇からは高く厚い壁が続いており、街なのかどうかまではちょっと判別できなかった。

「あそこに行けばいいのかな?」

「行ってみないと話進まないよな、きっと」

 物語の始まりはいつも行動からだ。テトはルルを守ろうと思ってくれているのか、彼女の先に立って歩き出そうとし……ふと止まる。

「どしたの?」

「いや……」

 呟いて、彼は自分の体を見直し、それからルルを見つめた。

「ど、どしたの?」

「いやほら、格好変わってないなと思って」

「え」

「お約束で、格好も話に適した装備とか服に変わるかなーっと思ったんだ」

「ああ、なるほど」

 言われて確かにと納得した。異世界に迷い込むと言う話も、それなりに読んだことがある。

「でも、そのままっていう話もあるよ。ほら『異世界に迷い込んだ』感を出すために」

「そっちもアリか。ま、使い慣れた武器のほうがいいし」

「そうだよ。文字喰いと戦うんだから、へんな武器よりいつもの自分の剣のほうがいいでしょ」

「でも、どんな武器とか売ってるか、ちょっと気にならないか?」

「……ここが街で、中で売ってたら見てみればいいじゃない」

「そうか。そうだな」

 楽しむ気てんこ盛りで門に歩み寄った。二人が門につくなり、音を立てて勝手に開いていく。開いた門の奥には小さな家屋が連なっているのが見えた。その奥には巨大なお城が見え、通りにはちらほらと人が歩いているのも見える。ここは王城の城下町らしい。ちなみに、門を動かしているような人影はない。

「自動?」

「ということは、魔道式? 原動力に魔石使ってる? あたしたちの世界と変わらないね、それじゃ」

 ルルは背伸びをして門の周りを見てみたが、魔石が内蔵されているのならば、当然こんなところからでは確認できない。

「つまんねぇ! もっと違う感じが良かった!」

 テトは文句を言っている。ルルもちょっとだけ同感だった。せっかく本の中の世界に入り込んだというのに、現実世界とまるきり同じ構造なら確かにつまらない。どうせなら、全く違う世界を味わいたい。

 異世界に来た不安より、期待と楽しみの方が大きいのだ。本の中なので浮かれているのだろう。

「中は違うかもしれないよ」

「よし、行こう」

 ルルの指摘に、テトは即座に頷いた。門を通り、中に入る。見た感じではアーカイブスほどではないにせよ、そこそこに大きな町のようなのに、活気は薄かった。

 町の中央らしい場所には露店がいくつか出ていたが、そこもやはり活気はない。人の姿は見えるが、誰も元気がないのだ。うつむき、悩みの深そうな表情で歩いている。

 これは何かあるに違いない。文字喰いに関係したことかもしれないので、ルルは露店店主のひとりに声をかけてみた。

「すいません、あの、この町で何かあったんですか? みんな元気がないようなんですけど」

「ああ、悪いドラゴンがこの国のお姫様をさらってしまったんだ。この国は今、悲しみの最中なのさ」

 ルルたちの素性も聞かずに、聞かれたらこう答えると決められているかのように、店主はすらすらと答えてくれた。そうして、言うことは言ったといわんばかりに仕事に戻る。

「……これはアレだ。城に行くと姫を助けてくれって言われるぞ、きっと」

「アレね。勇者よ、よくぞ参ったとか言われて、ドラゴンを倒してくれたら姫と結婚させてやるとかいうタイプね」

「幻想絵巻の定番だよな」

「うん。王道」

 子供向けの絵巻物でよくある物語の一例だ。物語の始まりは、大抵お城からなので、これもそうなのではないかと予想して、とりあえず城に向かってみることにした。目立つ建物なので迷うこともない。取り留めのない話をしながら歩く。

「ああいう話ってさ、助けてくれっていうわりに援助しないよな。姫を連れさられて困ってるんだろ? 普通はできる限りの援助をするもんじゃないか?」

「そうだね。国の軍隊出したりしないもんね。貧乏なのかも」

「貧乏……身にしみる言葉だ……」

 赤貧冒険者がしみじみと呟いたあたりで城に着いた。大きな城門の左右に、槍を持ち、鎧を身にまとった、これぞ衛兵というような人間が立っている。常識的に考えて、一般市民が王族にいきなり面会を求めて通るはずもないし、簡単に王城に入れるわけもない。少なくとも、ルルたちの世界ではそうだ。

 それでも、話しかけないと進まないだろうと見越し、声をかけてみる。

「あのぅ、ドラゴンにお姫様がさらわれたと聞いて、何かお力になれないかと思ってまいりました。王様に謁見願えますか?」

 エプロン姿の街娘が王に謁見を願い出るなど、平和なコルトローグでもありえない申し出だ。まして、剣を下げた冒険者が横にいる。どう考えても一笑に付されるだろう。

 ――普通なら。

「おお! 腕に自信がおありか! 少々待たれよ!」

 しかし、物語の中では通るようである。衛兵の一人が走って城内に消えていき、もう一人に待つようにと促された。

「……大抵、アッサリ面会できるんだよな」

「まぁ、ドラゴン退治できる勇者と思われてるんじゃない?」

「無理。いくらなんでも俺一人じゃ無理だ」

「うーん。でもほら、あたしたちの世界のドラゴンとは違うかもしれないよ」

 ルルたちの世界にもドラゴンはいる。火を吹いたり氷を吐いたりと、種によっていろいろと違うが、どれにしたってたった一人で立ち向かえる相手ではない。

「ドラゴンはドラゴンだろ。どんな話だって強敵だぞ」

 どこのどんな物語でも、ドラゴンが一番弱い敵だったなんて聞いた事はない。大概一番の強敵だ。テトの言い分ももっともなので、ルルは曖昧に笑っただけだった。

 もし戦闘になっても、彼女は役にはたてないだろうから。

 そのうち、衛兵が顔を輝かせて戻ってきた。

「お待たせいたしました。王がお会いになられるそうです。こちらへどうぞ。ご案内いたします」

 重要人物扱いである。百歩ゆずってテトが百戦錬磨の勇者に見えたとしても、ルルは町娘以外の何者でもない。

「ワラにもすがるって気分なのかも」

 小さく声に出すと、横でテトが笑みを浮かべた。広い廊下を歩き、イメージする王城の謁見の間そのものといった場所に出ると、部屋の両脇にはずらりと兵士が並び、少し高い場所の大きな椅子に、王冠をかぶり、立派な口ひげとあごひげをたくわえ、赤いマントを羽織っている初老の男性が座っていた。


お姫様救出なお話になるのか!?(ヒネリがないぞー)

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