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アーカイブスの本マニア  作者: マオ
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一章・新しい本見つけた!・2

 ページをめくり、汚れ、シミ、破れ、欠落、切り取り、落書きなどをチェックしていく。読み込んで手垢がついている箇所はエプロンのポケットから紙やすりを取り出して少しこすって綺麗にする。持ち主の保存方法によってはいたずら書きだけでなく線引きもしてあったりするので油断はできない。消しゴムで消せるようなものなら即座に消すが、そうでないペン書きはどうしようもできないので、目を皿のようにして見る。

 一冊の本の表紙が日に焼けて色が落ちていた。日が入る部屋に置かれていたようだ。本に日光は大敵である。同じく湿気にも気をつけなくてはいけない。

 とても綺麗な表紙だったろうに、見る影もなくなっていて悲しい。これでかなりの値段下降だ。次の一冊は湿気ていた。ページがぺらぺら、がびがびになっている。めくりにくいし文字がにじんで読みづらい。これも値段下降の理由になる。酷ければ売り物にもならない。幸いというか、これはそこまで酷くないのだが、かなり安くしないと売れないだろう。持ち主は保存には気を使わなかったらしい。状態を見ていると大体の性格や生活環境もうっすらと見えてくる。この本の持ち主だった人は、かなりがさつだ。

 葉巻やパイプの匂いがしないだけまだマシとも言える。マイヤーはかなり買い叩いただろう。これではまともな値段ではとても売れない。

 しかし、本の内容は多岐に渡り、研究書かと思えば娯楽小説だったり(ルルの欲しい本はこのジャンルだった)風刺物があると思ったら歴史書がこっちにあったり、カレンハイル帝国の観光マップがあったりと、起伏に富んでいて面白い。引越しという話だったし、家族の本をまとめて買い取ったのかもしれない。人の数だけ本の趣味はあるものだ。

 どれにせよ、状態はあまり良くなかった。一家で頓着しなかったと見える。

 状態を確かめて、その中でも手をかけないで店に出せそうなものはよけておく。手をかけなければ店に出せそうにないもの、どうやっても捨て値でないと売り物にはならないもの、なにをしても売り物にはならないもの、と分けていく。

 ルルが分けたあと、マイヤーが目を通して値段を決めるのだ。

 エプロンのポケットから布を出して表紙の汚れを拭う。どんなに綺麗に見えても手垢やホコリで汚れているものだ。そうやって手入れをしていると、マイヤーが戻ってきた。

「仕分けできたかい?」

「はい。こんな感じで分けてみました」

「あ、ありがとう。じゃあ、あとはおじさんがやるから」

 山が四種類出来ている。あとはマイヤーの仕事だ。一応ルルにも本の値付けはできるが、専門的なものの値付けはまだできない。そこまでの知識は経験を積むしかないだろう。

 長く勤めていれば自然と身につくものなので、ルルはあまり気にせず接客と店番に戻った。いつものように客を案内し、会計をし、時に怪しい挙動の客をチェックし、時間がすぎていく。

 それがルルの日常だ。


        ***


 一リーフ半(一月半)後。

「ルルーーーっ!」

 アルバイト店員の名を叫んで『古書の家』に駆け込んできたのはテトだった。

「あ、テト。いらっしゃい。こんにちは」

「こんちは! 本買う! 売ってくれ! 取ってくれてあるか?」

 勢い込んで身を乗り出すようにしている。どうやらうまく仕事が見つかり、無事に帰って来られたようだ。見た限りでは怪我もない。駆け込んできたのだから元気も有り余っているのだろう。彼はカウンターにちょうど本を買えるだけの百リンをぽんと置いた。

「取ってあるよ。冒険行ってきたんだね。お金あるってことはうまくいったんだ?」

 カウンター奥の棚に入れておいた『エンケドラスとエルビナの姫』を取り出し、ホコリを拭いてやってから手渡す。テトは嬉しそうに受け取って抱え込んでから、

「まぁね。今回はゴブリン退治だったんだけどさ。それが――」

 言いかけて、彼は周りを見渡した。店内に客はいない。ちょうどすいている時間帯で、店主のマイヤーも昼食に出ている。店にいるのはルルだけだ。彼女は既にお昼も食べ終わっていて、本の手入れをしていたところだった。そんなに忙しくもない時間帯である。テトが何か話したそうだったので、ルルも先を促した。

「どしたの? 今なら大丈夫だよ、お客さんいないからそんなに忙しくないし」

 促されて安心したのかテトも話し始める。

「それがさ、洞窟にゴブリンが住み着いてしまったから、何とかしてくれって依頼だったんだけど、行って見たらその洞窟が遺跡に繋がってたんだ!」

「へぇ、珍しいね。で、潜ってみたの?」

 本の手入れの手を止めずに相槌を打つ。古刻時代の遺跡だろうか。その時代の遺跡なら、無宗教の国ヒッサークにあるジグラット遺跡が有名だ。もっとも、ゴブリンの住処から繋がっているというのは珍しい。

「ゴブリン退治した後に、調査に潜ってみたよ。なんか危険な魔物とかいたら大変だからな。でも、大丈夫だった。昔の魔術師が使っていた住居が埋まったみたいでさ」

 魔術師。その単語にルルの体がぴくっと反応する。一心に本の表紙の汚れを拭いていたのだが、顔を上げてテトを見る。瞳が、真剣だ。

「……魔術師の、家?」

 ボソリと呟く。テトが頷いた。

「そう。魔術師の家。魔術師の家だぞ? 分かるよな」

 魔術師。知識を溜め込む人種が多い。それは現代に限らず、古刻時代でも同様だ。そして、知識を溜め込むと言うことは、まずいろんな書物を読む、ということで。

「どのくらい!?」

 思わず目の色を変えて叫ぶ。主語を省略してしまっているが、同類のテトには通じているのだ。すなわち『どのくらいの量の本があった? 珍しい本はあった? 持ってきた?』と、訊きたいのだと。テトはにやりと笑って店内の本が入った棚を指す。

「このくらいの本棚が三つ」

 成人男性の背丈を少し越えるくらいの高さで、幅は大人が両腕を軽く広げたくらいだ。棚の数は六段で、これだけあったらかなりの量の本が収納できる。

「三つ!」

 ぴょっとルルは背筋を伸ばす。彼女の心境を表すように、二本のおさげがしっぽのごとく揺れた。彼女の嬉しそうな様子に、テトは少し沈痛な表情になって告げてきた。

「でもさ、保存状態が悪かったらしくて、ほとんど腐ってたんだよなー」

「ええ! もったいない! なんで!?」

 ルルは痛ましそうな表情になり、テトもまた沈痛な表情そのままで頷く。本が愛しくてたまらないのだろうが、まるで目の前で死人でも出たかのようである。

「本当にもったいなかった……きっと面白い本とかあっただろうに、背表紙も読めないくらい傷んでてさ、あれは真剣に悔しくてたまらなかったね」

「くぅ……! そこどこにあるの!? あたし行ってくる! 補修が効くかもしれない!」

 いてもたってもいられなくなり、ルルはこぶしを握り締めていた。今にもそこに駆け込んで行く気満々だ。店番のことも頭から飛んでいる。

「待て。話はまだ終わってない。あのな、傷んでたり腐ってたりしてたけど、大丈夫そうな本もあったんだ」

「持ってきた!? 持ってきたよね、テト!」

 確信しているルルだ。テトは自分のご同類、重度の本マニア。遺跡の中にあった本なんていう、とても面白そうなものを持ってこないわけがない。遺跡の中で発見されたものは基本的に発見した人間に権利があるのだ。持ってきても罪にはならない。そうでなくては冒険者なんて職業が成り立つわけもないのだから。

「はははー、持ってきたに決まってるだろ!」

 テトは胸を張った。やはりルルと同レベルである。ただ、彼は落ち着いた場所で本を読むことが出来ればそれでいいので、その後は手放すことが多い。ルルなら自分のものにして離さない。

「見せて!」

「だめ。古刻語で書かれててさ、内容分からないんだよな。やっぱ古刻時代のものみたいで」

 残念そうなテトに、ルルは手を差し出して断言した。

「あたし読める! 見せて!」

 実は彼女は古刻語が読める。一般生活には必要ないので公言はしていなかったのだ。

「だめ」

 テトは苦笑を浮かべて残念そうに断ってきた。

「なんで!?」

「今、その本俺の手元にないから」

「え」

「ギルドに預けて解読を頼んだんだ。だから俺の手元にはない」

 片手を上げてお手上げポーズを取る彼に、ルルはガックリと肩を落とした。テトは古刻語が読めないので専門家に頼んだのだ。

「翻訳してもらってから読もうと思ってたんだよ」

「ええー、ないのー?」

「ルル、古刻語読めたんだな。知ってたらお前に頼んだのになぁ。翻訳代金取られずにすんだのに……」

 悔しそうに呟いて、彼は懐を押さえている。どうやら翻訳代金にけっこう取られたようだ。稼いできたばかりなのに、本のこととなると豪快に金を使うあたり、本に関しては理性が薄い。知り合いに頼むのだったらタダだったのに、と、後悔している模様。

「今から返してくれって言っても代金は返ってこないよな……」

 寂しく呟いている。貧乏冒険者のフトコロは厳しいのであろう。あまりにもガックリしているので、かわいそうになってきて、ルルは思わず慰めた。

「まぁ、ギルドの人なら、ちゃんと綺麗に清書して翻訳してくれると思うよ。読んだら見せてね」

「おう、貸してやるよ」

「約束ね」

「貸してやるから、次に本買うときちょっと代金まけてほしい」

「それは店長に交渉して」

 それ以上の追求を笑顔でもってかわしておいて、ルルは断言した。店員にそこまでの権限はないし、彼女は商人根性を持っていたのである。


マニアの心、恐るべし。

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