四章・貫くのもほどほどに・3
北へ。北へ。ひたすら北へ。いつの間にか空は真っ暗になっていた。視線の先にはとんがった頂上の山がある。どんな道筋を辿ればこんな場所に出るのか、実際に歩いているのに分からなかった。巧妙に場面転換が行われたらしい。気がついたらここにいたとしか表現のしようがなかった。暗い空に、時々雷光が走る。雨は降っていない。ひたすらに雷が鳴るだけである。
いかにもこの先に強くて悪い強敵がいそうな感じだ。
「分かりやすいよね」
「あー、迷わなくていいよな」
ここまでやられると、もはやそんな感想しか出てこない。山道を登っていくと、途中に大きな岩があり、そこに立派な剣が刺さっているのを目撃したときは、もはや突っ込む気力もなくなっていた。宝玉のはまった、いかにも特殊能力をもっていそうな剣だ。
「……王道、だよね、うん……使い古されてるけど」
使いまわされてカビが生えていそうな展開だ。
「なんつーか、ここまできたら、いっそ最後まで貫いてくれとか思うのは俺だけか?」
テトは遠く違う場所を見ているようだ。ニズは興味深そうに、オルトは目を輝かせて剣を調べている。研究好きの魔術師らしい態度だ。
「すごい! 伝説の剣とかってやつかな?」
「かもしれませんね。かなり立派な装飾が施されていますし。テトくん抜いてみてくれませんか?」
「はいはい……きっとドラゴンスレイヤーだよ。竜殺しの剣だよ。魔剣だよ。伝説の剣だよ。賭けてもいいぞ」
やる気なく返して、テトは豪奢に作りこまれた青い柄に手をかける。
「っ!」
触った瞬間に彼は小さく息を漏らした。
「どしたの? 大丈夫?」
「ああ、ちょっとびりっとしただけだ。やっぱりただの剣じゃないな。ま、触れるだけマシか」
呟いて、彼は力を込めた。そのまま引き抜こうとしているようだが、剣は動かない。お約束として、ただ岩に刺さっているだけではないのだろう。
「力じゃダメっぽいね」
「そうだなー、ここはアレか。いっぱつ叫ぶしかないか」
呟いて、テトは棒読みでこう言った。
「俺は勇者だー、ドラゴンを倒し、姫を救うために力を貸してクレー」
とてもやる気がない。それでも剣は少し動いた。
「お? んー、抜けそうで抜けないな」
「それじゃもう一押し」
ルルは剣に近寄って、両手を祈るように組み合わせ、剣に語りかけてみた。
「お願い、力を貸して。あなたの力がどうしても必要なの」
どこかで読んだようなセリフだけを見ると可憐なヒロインだが、かなり棒読みで感情もこもっていなかったので、ルルにヒロインの資格はなさそうだ。
それでも、剣は抜けた。あんなセリフでも認めてくれたようだ。いい加減極まりない。
「抜けるし」
「グダグダだな、本当に」
「あたしでももうちょっとひねるよ……どんな人が書いたの、この本」
「俺でももう少しまともなもの書けそうだよな……」
文才がなくても、この展開よりはマトモなものがかけそうな気がしてきた。内容で判断するなら『古書の家』での買い取り価格は間違いなく最低だろう。お人よしのマイヤーだって買取に関することには厳しい。
「そろそろ文字喰いに会いたいね」
「真剣に帰りたくなってきたな」
脈絡のない内容のわりに、王道が続くので、食傷気味になってきた。さすがにここまで続くとイヤになってくる。
「ひょっとして……こんなに歪んだ内容なのは、文字喰いのせいなのではありませんか?」
ニズが指摘してきた。
「あ、そっか。文字喰いのせいで力を失ってるって精霊は言ってたし、文字を食うくらいだから、本の内容をメチャクチャにしている可能性もあるね。さすがニズ先輩!」
オルトが賛成している。確かにここまで脈絡のない内容はおかしい。文字喰いが本の内容を歪めているという仮説は、正しいかもしれない。
「許せないっ!」
ルルは猛然と立ち上がった。こぶしを握り締めてテトに顔を向ける。
「テト! 絶対に見つけて倒すのよ!」
「おうっ!」
本好きとしては、面白いかもしれない本の内容を歪めるような怪物は宿敵、天敵。存在を許してはいけない。必ず滅ぼさなければいけない敵である。
「とっととドラゴン倒して文字喰いを見つけて倒すぞ!」
「うん!」
目の色を変えて山頂を目指すルルたちを、魔術師たちの声が追う。
「すごいね……本当に本、好きなんだ」
「まさしくマニアですね。すでに称号ですよ」
人が来るとは思えないのに、何故かちゃんと道がある急勾配の斜面を、息を切らして登り、開けた場所に出たとき、ルルたちは息を呑んだ。
ドラゴンの巣だったのだろう。財宝好きの伝説を持つドラゴンらしく、辺りには黄金色に輝く山がいくつもあった。金色の山の中心に、赤い体皮のドラゴンが倒れている。方向をあげて暴れているものの、その場から逃れることができないようだ。
その、ドラゴンの巨体に大きな黒いドラゴンが喰いついている。目を見張り、よく見てみると、その黒が蠢いているのが分かった。中には青や赤の色も少し混じっている。
黒いドラゴンは、蠢く文字でできている!
「あれが、文字喰い?」
ドラゴンに喰いつき、巨体を崩していくのは、間違いなく文字の塊だった。硬いものを無理やり削り取るような異音をたてながら、ドラゴンを分解していくように喰らっていく。文字喰いが喰いつく箇所は黒く染まり、口腔にあたる場所から吸収されていった。
呆然とその様子を見ていて、ルルはほかのことに気がついた。ドラゴンと文字喰いの後ろに、何かが転がっている。
華奢な腕。断面は黒く染まっている。指先には可愛らしい指輪がはまっていた。
「あれ、お姫様!?」
ドラゴンにさらわれたはずのお姫様。文字喰いの犠牲になってしまったようだ。
今、ドラゴンも喰われようとしている。巨体はもう半分近くが文字喰いの口に収まり、ドラゴンの抵抗も弱くなってきていた。
「テト!」
「おう!」
テトが走り出す。さっき手に入れたばかりの伝説の剣っぽいものを振りかぶり、迷わずに文字喰いに振り下ろした。切れ味の良さそうな刃が文字喰いの黒い体に当たる瞬間、文字喰いの体を形成している文字が、刃に絡みついた。
削られる音を立てて刃が崩れていく。
「のわっ!?」
声を上げてテトが手を離す。文字喰いから伸びた文字は、鋭い刃だろうとかまわず喰らっていった。大きな力を持つだろう伝説の剣でも関係ないようだ。
「テトくん、離れてください!」
ニズが叫んで詠唱を始める。あわててオルトも詠唱し始めた。ルルだけは難しい表情で状況を見守っている。
文字喰い。文字を喰らうもの。
大層強そうな剣でも食べている。傷を負った様子はない。刃が当たる前に喰らいついたのだろう。柄まで綺麗に食べてしまった。
「刃風弾!」
「烈氷球!」
ニズとオルトが同時に叫ぶ。早く唱え始めたニズと同時だったのは、オルトの唱えた呪文が初級のもので簡単だったからだ。
魔力が具現化した瞬間、音を立てて霧散した。そよ風と多少の湿気が残っただけだった。
「……ダメですね。風系ならいけるかと思ったのですが」
「氷でもダメかぁ」
彼らは様子見で放ったのだろうが、属性に関係なく無効化されることはルルにも分かった。本の精霊の言ったとおり、本を傷つけるような魔術は例外なく無効化されるらしい。
やっとこ文字喰い登場! ですが、どうやって倒すのか?