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アーカイブスの本マニア  作者: マオ
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四章・貫くのもほどほどに・2

 オルトが青ざめる。ニズは動揺を抑えて、呪文を唱え始めた。彼を守るような位置にテトが立つ。なんの魔力もない剣で亡霊に立ち向かえるわけもないのだが、それでもやらないよりはマシだと思ったのか。怪盗も少女を腕からおろし、腰にさしていたレイピアを抜いた。

 レイピアを見て、ルルは重く息をつきたくなった。銀のレイピアだったのだ。亡霊の弱点をビンポイントで突っつくような武器である。テトが剣を振り回すよりよっぽど効率がいい。思わず、それをテトに貸してあげてと言いそうになり――暗い廊下に現れたものを見て、思考が止まった。


「げ」

 テトは自分が呻くのを確かに感じた。最悪だ。背後で息を呑む気配がする。当たり前だ。

 彼の同類本マニアが、唯一読まないジャンルの本が、視界に現れてしまった。

「い」

 背後から、彼女の声が。

「いきゃああぁあぁあああっ!!」

 いや、すでに絶叫だ。


 ぎちぎちぎち。


 彼女の悲鳴に合わせて亡霊だと思っていた相手は顎を鳴らした。

「亡霊じゃないよ!?」

 オルトが驚きの声を上げ、ニズもおそらくは固まっているのだろう。詠唱が止まってしまっている。さすがに衝撃が大きかったのだろう。テトでさえ驚いたのだから。

 いたのは、虫だった。

 巨大な、カミキリムシだった。

 人の身長を軽く越え、六本足のくせに何故か二足歩行で、しかし猛烈な勢いでこちらへ向かってくる、虫。

「よりにもよってなんで虫だっ!?」

 叫んでテトはルルに走り寄った。彼女は顔面蒼白で立ちすくんでいる。

「母は恨みのあまりにその身を虫の化身に変えてしまったのだ!」

「強引すぎるだろその展開っ!」

 解説してくれるのはありがたい気もするが、この状況ではどうでもいい。テトはとにかくルルの手をつかんで走り出す。残りの連中もあわててついてくるのが背中で聞こえる。母親の亡霊の化身、でかい虫の足音もついてきているが、これは要らないと思った。

「くそぉ、なんで虫なんだよ! ルル、大丈夫か!? しっかりしろ!」

 叫ぶが、返答はない。ついて走ってはいるものの、多分彼女は茫然自失状態だ。

 テトが恋愛ものを避けるように、ルルにも苦手を通り越し、決して目にしない本がある。

 それが、虫もの。昆虫記とか、あるいは虫に襲われるパニックものとか、図鑑とか、なんでもいい。とにかく彼女は虫が出てくる本を嫌う。現実の虫は平気で叩き落すのに、話に出てくる虫はダメという、変な娘なのだ。

 予想もしていなかったこともあり、彼女の受けた衝撃は最大のものだろう。

「ルルさん、虫が苦手なのですか?」

「ダメもダメだ。実際の虫は平気なのに、話に出てくる虫はダメなんだ。ルルはそういう本は絶対に読めない」

「はぁ、想像力が立派なのですね」

「本物は大丈夫なのに、話に出てくるのはダメって、変じゃない?」

 オルトは心の底から不思議そうだった。言いたいことは分かるが、聞いている状況でもない。後ろからは微かな足音がついてきている。アレに捕まったら頭からカジられるのだろうか。それはとてつもなく痛いような気がした。気絶くらいで済むのならまだいい。本から出られる。しかし、頭をカジられると、気絶くらいではすまない気も、する。

 燃え尽きているルルの手をつかんで走ってはいるが、このままではジリ貧だ。さきにこちらの体力が尽きる。特に、体力のない魔術師二人が真っ先に音を上げるはずだ。

 ここは踏ん張りどころか。覚悟してテトはルルをニズのほうに押しやり、追跡者の前に出た。

「ああ、くそ! いつか絶対魔術師になってやる!」

 絶叫と共に剣を抜く。

 ぎちぎちぎちっ! と虫(母親)も絶叫なのか顎を鳴らして前足を振り上げてきた。そのままテトを抱きしるように捕まえようとしてくる。襲い来る前足を剣で薙ぎ払い、そのまま切り上げようとして、テトは即座に後ろに飛んだ。直前まで彼の頭が会った空間を、薙いだはずの前足が轟音をまとって通り過ぎていく。

 剣に手ごたえが伝わってこなかったから、おかしいと感じて咄嗟に身を引いて正解だった。この虫、ただの巨大な虫ではないのだ。

 怪盗が言っていたではないか。

『母が恨みのあまりに身を虫の化身に変えた』と。

 ようするに、この虫は亡霊なのだ。そして、テトの剣は亡霊に効果のあるものではない。切れ味はやたらと良いが、魔術のかかっている武器ではないのだ。ホラー話のくせに、こんなところは現実と似通っているなんて泣きたくなってくる。

 剣に補助の魔法をかけてくれる魔法師でもいれば、とも思った。ないものねだりである。

 虫の前足を避けながら、テトは怪盗に声を張り上げた。

「お前も手伝えよ! 何のための銀のレイピアなんだ!?」

 亡霊に対する武器を持っているのは怪盗だけだ。しかし、怪盗は葛藤しているようだった。ヤツにとっては虫でも母なのだ。

 例え足が六本、顎をぎちぎちいわせて、あまつさえ背中の羽で飛ぼうとして天井に引っかかっていても、母は母なのだろう。

「殺虫剤ないですかね?」

「熱湯はどうかな?」

「じゃあ台所でお湯を沸かしてきましょう。テトくん、もう少し頑張ってください」

「ちょっと時間かかるかもしれないけど」

 魔術師二人はのん気にそんなことを言い出した。熱湯を待つほど気は長くないし、その前に命がなくなる気がしてきたテトである。背後のルルからはまだ反応はない。

「待ってられるか! おい、そのレイピア貸せ!」

 虫(母親)のスキを見て怪盗に走りより、その手からレイピアを強奪して駆け戻る。勢いのまま懐に飛び込み、レイピアを押し出した。

 固いクッションを何枚かまとめて貫いたような感触が手に伝わる。確かな手ごたえを感じる前に、頭のてっぺんまで来るような嫌な予感が駆け抜けた。冒険者としての直感だったのか。テトはレイピアにこだわらず手を離し後方に飛び退った。

 彼の目の前を前足が掠める。もう少し遅かったらゾッとする展開になっていたはずだ。

 虫母は何か喋るかのように顎を鳴らし、それから壁の中に消えていった。残されたレイピアが床に落ちる。

「……逃げた、か?」


 視界からもっとも苦手なものが消えて、ようやくルルは我に返った。正気に返るなり彼女は口を開く。

「逃げよう今すぐここから出るのもう今すぐホラ早く出るったら出るの裏口はどこッ!?」

 一息で言い切った彼女の剣幕に、少女と怪盗は目を丸くしながらもアッチだと指をさした。 すぐさまそちらのほうに足を向け、見えたドアから外に出る。

 亡霊はテトの一撃でかなりのダメージを受けていたらしく、ドアを封じることもできなかったようで、アッサリと脱出できた。

 敷地内を出、何故かある小高い丘の上から屋敷を見下ろした。視線の先で屋敷の屋根が崩れた。

「……ああ……!」

 少女が『泣き出しそうな』声を上げる。屋敷は崩壊の兆しを見せていた。

「母だ……最後の力で屋敷を……そこまで、あの屋敷にこだわるのか……」

 怪盗も辛そうにそんなことを呟いている。

「テトさんルルさん、あれもお約束ってやつなの?」

「うん、そう」

「王道だ」

「なるほど……」

 シリアスな空気を漂わせている怪盗たちの横で、本マニアたちに教えを乞うている魔術師たち。こちらには緊張感より脱力感が漂っている。

 そんな微妙な空気に気がついているのかいないのか、怪盗がこちらに顔を向け、ありがとうと言ってきた。

「おかげで、母も解放されただろう……」

「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」

 少女と怪盗はすっかり恋人同士のような印象である。

「あ、気にしなくていいから」

「そうそう。俺たち急ぐしな」

 乾いた笑みでこたえて身を引くルルと、同じくテト。

「そういえば……重大な任務の最中だとおっしゃっていましたものね」

「そうなのか。それは悪いことをした」

「いえいえ、気にしなくていいから」

「そうそう。じゃ、俺たち急ぐから」

 手を振って、ルルはテトと一緒にニズとオルトを引っ張ってその場を離れた。

 怪盗と少女はいつまでも一同を見送っていた――完。

「何故そこまで急ぐのです? まぁ、アレに付き合いたくない気持ちも分かりますが」

「お礼くらいはもうちょっと言わせてあげてもいいような気がするけど」

 ニズとオルトは亡霊から逃れた安心感からか、寛容な気持ちになっているらしい。ルルはそれどころではない。虫の一件もあるが。

「だって、突っ込みたくなるから。ね? テト」

「ああ、そーだな……」

「え、何を?」

「どんなことをです?」

 訊かれたので、心置きなく言葉を口にした。ここからならば怪盗と少女に聞こえないだろうし。

「あの子の家族を怪盗さんの母親が皆殺しにしたんだけど、いいの? とか、家族を皆殺しにされても怪盗さんのこと好きでいられるの? とか、母親が亡霊になってるの知ってて、あの子が危ないの知ってて、なんでのんきに盗むって予告なんかしてたの? とか、家なくなったんだけど、これからどうするのかなー、あの子絶対生活能力ないよね、怪盗さんちゃんと弁償するかこれからの人生面倒見てあげるの? とか、恨みが残るような壮絶な事件のあったような場所、調べないで住み着いたの? とか、先に犠牲者出ていたっぽいのに何も知らなかったの? とか、なんで虫なの!? とか」

 一気に話して、静かに息を吐いた。無論、一番言いたかったのは、最後の一言だ。

「もろもろこんなことを言いたかったの」

「同じく」

 テトも同意した。似たようなことを考えていたのは、さすがに同類といえよう。

「とりあえず、忘れようと思ってるんだけど、どう思う?」

「忘れよう」

「忘れて正解だと思います」

「うんうん」


 そして、ドラゴン退治に話は戻る。


あ、戻るんだ(オイ)

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