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アーカイブスの本マニア  作者: マオ
17/22

四章・貫くのもほどほどに・1

 姿を現した怪盗アレクセイは、悲しげに息をつき、己を睨み付けている少女に顔を向けた。そして、心底からの言葉を口にした。

「間に合わなくてすまない」

「なにを……父を殺したのはあなたでしょう!」

 緊迫した雰囲気が漂う。開かれたドアの向こうでは、少女の父親が無残な姿をさらしていた。

「信じて欲しい。わたしではない。わたしは、君を」

「白々しい嘘を!」

 怒りと悲しみの入り混じった声だ。無残に殺された親を思う声だ。もっともな態度だ。

 が。

「えーっと、ちょっと待って」

 ルルはそこで少女と怪盗の間に割って入った。

「怪盗さん?」

「そうだが」

「即答してるし……ええと、どこから来たとかはこの際いいや。あの、なにか事情を知ってそうだけど、どういうことなのか教えてもらえる? そうでないと、この子も納得できないと思うから」

 とにかく事情を知ることが先決だ。恋愛怪盗心霊ホラーでもなんでも、これからなにが起こるのかを予想するためには、怪盗の持つ情報がいる。こちらより情報を持っているのならば、聞いておいて損はない。怪盗と向かい合ったルルのさらに前に、彼女を庇うようにテトが出た。剣を向けてはいないが、鞘に収めてもいない。何かが起きる前に即座に動けるような油断ない様子で立っている。貧乏オーラが出ていても、そのあたりはちゃんと経験のある冒険者なのだ。

「ふむ、いいだろう」

 テトの様子にも臆せず、怪盗は説明してくれた。

「ここは呪われた屋敷なのだ。住む者住む者がなんらかの理由で死んでいく。何故ならば、呪われた魂が住むからだ。全てを拒み、呪い、恐ろしい怨念を持つ魂。この屋敷でくらすことを奪われ、無残に殺された女性がその魂の正体だ。そして、その女性は若い女性から殺していく。若いときに殺された自分の痛みを、苦しみを思い知らせるように。だから、わたしは彼女を守るためにこの屋敷から連れ出そうとしていたのだ。もちろん、彼女の家族も避難させる予定でいた。幸せな家族が犠牲になる前に……」

 説明しているうちに間に合わなかったことを悔いたのか、語尾に至るにつれ怪盗の声は悔しげに震えた。

「……ベタベタだ……」

 怪盗の悔恨もどうでもよさそうにテトが呟くのが聞こえた。実はルルも同意見である。悠長に盗むだのなんだの言う前に、とっとと説明すれば良かったのだ。この屋敷は呪われていて、実際に犠牲になっている人がいるとかなんとか。ルルたちの世界で呪いは物語の中の現象に過ぎないが、本の中ならば何でもありだ。呪いが実在する証拠でも何でも探せばいくらでも出てくるはずだろう。

 そもそも、知っていたのなら、どうしてこの家族が住み着く前に言わなかったのか。家具やらなんやら運び込んで落ち着いたあとに、この家は呪われているから逃げろといわれても、簡単に引っ越せるわけもない。

「そんな、そんなこと信じられませんわ!」

 ルルの背後で少女が叫ぶ。至極もっともな反応だ。何も知らない住民からすれば難くせをつけられているとしか思えない。それを恐れて怪盗も行動を起こせなかったのかもしれないが、それにしても、遅い。

 ルルはため息をついた。間違いなくここは呪われた屋敷だろう。怪盗のいうとおりに次々と人が死んでいくに違いない。ほかの部屋を探しても出てくるのは死体だけのはずだ。しかも、人間の力ではどうしようもないくらいの死にっぷりに違いない。

 それがホラーのお約束だからである。

「分かった。信じる。で、どうすればここから出られるのか分かる?」

 少女の嘆きも流して、ルルは怪盗に話しかけた。呪いの女性とやらに襲われるのはさすがにイヤだ。まして若い女から狙われると言うのなら、少女だけでなくルルも危ない。

 すでに父親が殺されており、屋敷の中には他に生きている人はいないはずだ。最後の狙いがヒロインであるというのもまた、お約束。

 主人公たちがやってくる頃に事件がおきると言うのも、お約束。

 連発され、ルルの頭にもう一つのお約束がよぎった。怪盗もののパターンの一つ『幼い頃に無残に殺された両親の姿を目撃していた息子が、悪党に奪われた親の形見の財宝を、復讐を兼ねて集める』というやつ。そして、このホラーな展開から考えると。

「……まさかとは思うけど、その呪いの女って、怪盗さんのお母さんとか親戚だったりしない?」

「何故わたしの母だと分かった!?」

 指摘に怪盗は動揺し、ルルは逆に頭を抱えたくなった。ここまでお約束だとは思わなかったのだ。呪いの女のことに詳しいのは、過去何か関係があったのではないか――親族、近く考えれば母親、姉、妹、あるいは従姉妹。

 そう思って訊いてみたら、どんぴしゃだった。あまりにもお約束すぎて泣けてくる。

「……オチが読めてきたな」

 テトも大体の内容を把握できたようだ。

「多分、屋敷が崩壊して終わるぞ」

「そうでなくても、主人公とヒロインが抱き合って屋敷を見上げて終わるよね。きっと」

「ってことは、心霊じゃなくてホラーだな」

「そうだね。ついでに言えば、えーと、怪盗さん? この子の幼馴染みとかではアリマセンカ?」

「き、君は千里眼の持ち主か!?」

 さらに動揺する怪盗に、ルルは乾いた笑みを浮かべた。

「あはははー、ソウカモネー」

ただ単に、本マニアがお約束の展開を予想しただけだ。ルルからすればたいしたことではない。ルルの横に、少女が一歩踏み出した。

「まさか……あなたなの?」

 さきほどまでの敵意はどこへやら。それもまた、お約束。恋愛ものの王道、幼馴染み。どこまでもグダグダである。少女の相手は婚約者ではなく、怪盗になった幼馴染みのようだ。とりあえず、駆け落ちものではなく、テトも相手から外れたのは確かだ。ちょっとホッとしたルルである。どうしてかは分からない。

 『できれば君には知られたくなかった』『ずっと探していましたのに!』とかなんとか会話を始めた怪盗と少女から、一同は目を逸らした。恋愛ものが苦手なテトは、すでにかゆみを感じているのか首筋を掻いている。ニズは天井のシミを数えていた。オルトはあまり恥かしいと思っていないのか、不思議そうに話しかけてきた。

「ルルさん、すごいね。どのくらい本読んでるのさ?」

「うん、とってもたくさん読んでるよ……」

 オルトにそう答えて、ルルは何度目かの息をついた。さてこれからどうしたらいいだろう。怪盗と少女と一緒に屋敷から脱出する。これが第一の目的だ。しかし、ホラーものだと主人公とヒロイン以外は大抵死ぬ。

 これが心霊ものだと、全員死ぬ可能性があってさらに危険だ。まだホラーでよかったと思うべきか。どちらにせよ、危ないこと怖いことに変わりはない。

 全員生きて脱出するには、とにかくまとまって行動する。別行動を取った瞬間に離れた人は殺される。それがホラーの王道、お約束なのだ。

 お約束から逃れるためにまずするべきことは、乙女の夢がもっさり詰まったような会話をしている怪盗と少女を、どうにかして二人の世界から連れ出すことだった。

「えーっと、幼馴染みの再開はそれくらいにして、そろそろ脱出しない?」

「え、でも、まだ母が……屋敷の者も」

 少女は屋敷のほかの者が心配だという。状況を分かっているのに、先ほどの会話。分かっているのか本当にと、テトが小声で呟いているのは聞かなかったことにして、ルルは説得を開始した。

「多分無駄。探しても見つかるのは死体だけだと思う。時間取られてあたしたちまで危なくなるよ。なんたって相手は若い女から狙うって、怪盗さんが――」

 ルルの声を遮るように、廊下の奥から音がした。何かを引きずるような、そうでないような。とりあえず、二足歩行する人間が立てる音ではない。

 なにが来るのか、考えなくても分かった。

「ルル、お約束だ」

「……うん、うふふ、忘れてた」

 説明を始めると、現れる。これもまた、王道。理解しているテトは苦笑いし、ルルも似たような表情を浮かべ、ニズはひきつり、オルトは声もない。

「はい、走るよー、後ろは見ちゃダメね。あと、はぐれないで。はぐれたら確実にヤラれるからねー」

 幼児に向かって説明するかのように言いながら、徐々に近寄ってくる音の逆方向へ、一同揃って走り出す。

「裏口へ! そこからならば逃げ出せる!」

 いつの間にやら少女を抱えて走っている怪盗が叫ぶ。

「いや、無駄だ! 向こうだってそれくらい考えてるだろ!」

 先頭を走るテトが叫び返す。お約束として、こういう場合、戸口や窓の類は封じられているものだ。最初に入ってきたドアがいい例である。

「こういう場合はどうしたら助かるのですか!?」

「とにかく単独行動は不可だッ!」

「ほかにはっ!?怖い目に遭わない方法ないのっ!?」

「待って、今考えてるからッ!」

 走りながらルルは思い出そうと必死だ。まず真っ先にやってはいけないホラーでの行動は単独行動。次にメインメンバーから離れていちゃつくこと。あとは、無謀に立ち向かおうとする。次に、ほかの人を見捨てて一人で逃げようとする。

 まとまって行動すると、ちょっかいはかけられても殺されるまではいかないはず。一人でいるところを襲うのが恐怖の元だからだ。

 先を行くテトの背に問いかける。

「この屋敷を出ちゃえば大丈夫だと思うんだけど、どう思う?」

「どうかな、最近は呪いもしつこいから、殺すまで追いかけてくるっていうのもあっただろ。読んでないか? 『レゴラジアの呪いのアパート』とか」

「あ、読んだ。そーか、アレは引越ししてもダメだったっけ」

 一旦その部屋に住んだら、死ぬまで亡霊に追われ続ける話を思い出し、ルルは眉を寄せた。もしこれがその手のしつこいホラーだったら、どこまで逃げても気を緩めたときにエライ目にあうだろう。

 本の中の世界とはいえ、死んだらそれまでだ。

 生きて帰ると決めているので、自力でどうにかするしかない。

「怪盗さん! そこのところどうなの!? 屋敷から出てもダメ!?」

「君たちが何の話をしているのか分からないが、屋敷を出てしまえば母は追ってこない! こだわっているのはこの屋敷の中だけなのだ!」

「こだわる理由とか問い質したい気もするけど分かった! 脱出さえしちゃえばいいのね!」

 脱出さえしてしまえばいいと太鼓判を得たので、ルルは迷わず脱出する方を選んだ。亡霊と対決するにはどうしても魔術か魔法が必要なのだ。だが、魔術は発動するか分からず、魔法師はいない。頼りのテトの剣は、確か魔術具ではなかったはずなので、亡霊には立ち向かえない。

「ところで、文字喰いはここにはいないのでしょうか?」

「その前に亡霊の母親から逃げないとどうにもならないだろ!」

 暗く長い廊下を走り、さすがに息が切れてきたので一旦止まる。少女を抱えていた怪盗は息を乱してもいなかった。こっちもある意味で化け物かもしれない。

「はー……とにかく、その辺の壁壊してでも外へ出るよ。文句は聞かないから」

 一応屋敷の住民である少女に視線を向け、ルルは言い切った。

「助かる方法はそれだけだから、いいね!?」

「は、はい」

「あ、ここ壊したら外に出られる?」

「ああ、外に出る」

 壊しても外に出られなかったら意味がないので聞いてみたが、壁一枚隔てて外らしい。

「そういうわけでニズさん、壊して」

「それはいいのですが、魔術が発動するかどうか分かりませんよ?」

 ニズが壁に手を当てる――と、音がした。

「うわぁ! 来た、来たよ!」


執筆中、♪くる、きっと来る〜♪ と、頭の中で昔のホラー映画のテーマソングが回っておりました(笑)

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