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アーカイブスの本マニア  作者: マオ
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三章・貫きぬくのだどこまでも・4

 一度咳払いをして、ルルは再び少女の顔を覗き込んだ。

「ええと、じゃあ、その怪盗に襲われて逃げていたの?」

「いいえ。予告の時間になる前に抜け出してきましたの」

 律儀に予告してきた怪盗が現れる前に家を抜け出してきた、と、そういうことなのだろう。外には怪盗なんぞよりもっと怖い怪物が生息しているのだが、おそらく考え付きもしなかったに違いない。それこそ『世間知らずのお嬢様』だ。

「……じゃあ、さっきの悲鳴は?」

 見える範囲に怪物の姿はない。怪盗どころか、人影もない。少女は一体何に悲鳴を上げたのか。『無邪気』に少女は答えてくれた。

「転んでしまいましたの」

 ルルは全身から力が抜けていくのを感じた。脱力するというのはこういう感じなのかと、頭のどこかで考える。さきほどの『絹を裂くような』悲鳴は単に転んだだけなのだ。

 文字喰いとも関係ない。足場の悪いところを、力を入れて走った疲れがどっと来た。乾いた微笑を浮かべたルルにかまわず、少女はやはりテトから視線を話さない。

「足をくじいてしまいましたわ」

 地面に座り込んだまま『キラキラした』瞳で見上げているが、見つめられている当人は青ざめて顔を逸らしていた。目を合わせたら何かヤられると言いたげである。ルルはちょっと考えた。自分たちは文字喰いを探している。そして、話に添って進まないと文字喰いに会えない。 ここで少女を放っていくのはおそらく話に反することで、文字喰いから遠ざかる可能性がある。

 しかし、少女は足をくじいており、どうも一人で歩けなさそうだ。そうなると、誰かが背負ってあげることになる。テトは対・怪物要員だから手が塞がる少女を背負うことは却下。

 そうすると、テトの次に体力がありそうな人間といえば……ルルかもしれない。女性とはいえ、部屋にこもって研究だけの魔術師と、体力仕事の古本屋で働いている彼女とでは、体力があるのは後者のほうだろう。多分、腕力も上かもしれない。

 そこまで考えて、それでもルルはオルトに手招きした。

「オルトくん、彼女、背負ってあげて」

「え、なんでぼく?」

「テトの次に体力ありそうだから」

「じゃなくて、テトさんがおぶったほうがいいんじゃない? どう見てもあの人、テトさんのことしか見てないよ?」

 オルトの疑問ももっともだ。少女はテトしか見ていない。

「テトが背負うと問題あるでしょ。怪物と戦うの、テトしかいないし。もし怪物に襲われて、オルトくんテト並に戦える?」

「ううん、無理」

「でしょ? だから」

 即戦力はテトのみ。ならば手が空いている者が少女を背負うべきである。だからといって、自分が背負うのはなんだか気が進まないルルだ。なんとなく、少女のことが気に食わないので。

「……ルルさん、ヤキモチやいてるだけなんじゃない?」

 オルトに言われたことに、ルルは動揺しなかった。にこやかな営業スマイルを浮かべて、少年に答えただけである。

「テトはうちに店に来る常連客で、あたしの彼氏ではありません。そこのところ誤解しないようにね」

「はい!」

 何故か、オルトは気を付けをして良い返事を返してきた。心なしか怯えているようにも感じたのは気のせいだろう、きっと気のせいだ。少年の動きがギクシャクしているのも、感じ方の差だ。

「ぼく、背負いますからどうぞ」

 オルトが背を向けて少女の前にかがむ。しかし少女はテトに物説いたげな視線を向けていた。多分、どうしてあなたが背負ってくれないのと言いたいのだ。テトは何も言わずにルルのところに逃げてきた。少女に対して何も言わないのは、何を言っても無駄だと感じているのかもしれない。

 少女は『可愛らしく』頬を膨らませて不満の意を示している。ルルが邪魔をしたとでも言いたげだ。

「ごめんね、この中で怪物と直接戦えるの、この人だけだから。従者のヒトタチはあくまでも魔術師で手助けするだけなの。だからこの人の両手が塞がるのは困るのよ」

 そう説明すると、少女は理解できたのか頷いた。型にはまった『世間知らずのお嬢様』だけあって、素直だ。オルトの背に細い手を伸ばしてふんわりとおぶさった。

「うわ、軽い」

 少女を背負って立ち上がったオルトは、思わずといった様子で呟いた。非力な魔術師でもよろけず背負えているので、少女はかなり軽いようだ。

「それで、この人背負ったけど、これからどうする?」

「送るしかないだろ、家に」

 テトは視線を逸らしたまま断言した。確かに少女を連れて歩くのは無理な話だ。『可憐なお嬢様』が、文字喰いを倒す旅についてくるなどできるわけもない。連れてあるけばその分余計な苦労を背負い込みそうだ。少女当人はもちろん分かっているわけもなく『瞳を潤ませて』抗議してきた。

「そんな……連れて逃げてくださいまし、わたくしの騎士様!」

「デキマセン」

 テトは棒読みで即答している。心の底からイヤなのだろう。

「わたくし……わたくし、怪盗に盗まれるのはいやです!」

「いえ、盗まれると言うより、誘拐ですよ? 偶然ばったり会った我々より、官憲に訴えた方がよろしいのでは」

「いいえ、官憲などあてになりませんわ。いつも逃げられてばかりですもの」

少女はゆるく否定の言葉を口にする。初めてテト以外の男と会話する気になったらしい。

「ああ、まぁ、そうだな」

 ぼんやりとテトが同意すると、少女は『花開くような』笑顔になった。彼が同意してくれたことが嬉しかったようだ。ちょっともやもやしたものを感じたが、ルルは分かっていない様子の魔術師二人に説明した。

「推理小説の官憲と一緒でお約束なの。例外はね、ライバルと認められた官憲くらいかな。それも出し抜かれるのがお約束だけど」

「ははぁ、なるほど。納得しました」

「従者の方々、何を話していらっしゃいますの?」

「あ、なんでもないの、気にしないで」

 本の中の住民の少女には関係のない話だ。あわてて話を逸らす。

「それで、あなたのおうちはどこ?」

「わたくし、帰りません。連れて行ってくださいまし」

 少女はテトを見て再度懇願してきた。

「デキマセン」

 テトの反応は一緒である。どうあっても連れて行くわけにはいかないのだ。その点ではルルの意見も一緒だ。ならば説得あるのみ。

「あのね、この人、実はとても重要な旅の途中なの。魔術師が二人もつくくらいの旅なの。あたしは、その道案内でついてきているだけ」

 男三人がいぶかしげな表情になったが、ルルはかまわず続けた。

「とても強い怪物を退治する旅の途中だから、あなたを連れて行くわけにはいかない。危険すぎるから」

 何一つ嘘は言っていない。文字喰いを倒すために歩いているのは事実で、ついでにドラゴン退治も頼まれている。元の世界に戻るために『重要な旅』だし、『とても強い怪物』と戦う『かも』しれないので、どこも嘘ではない。

「ね? だから一緒に連れて行けないけど、家まで送ってあげる。外は怪物でいっぱいだから、家に帰ったほうがいいよ」

「ですが……わたくし、怪盗に盗まれてしまいますわ」

「だから、窃盗ではなく、誘拐でしょう」

 ニズが小さく事実を述べたが、少女は『不安げな』面持ちでテトを見つめていた。ルルはまた少し考えた。さきほどは駆け落ちものなのかと考えたが、怪盗が出てきたのなら、こちらが考えていたのとはまた違う話なのかもしれない。ひょっとして、流れのままに行けば、自分たちが怪盗と対峙することになるのではないだろうか。怪盗をやっつけてヒロインと結ばれる流れを想像したルルである。

 それなら、テトではなく、ちゃんとした登場人物がいておかしくない。たとえば、少女に婚約者とか、怪盗を追いかけるかっこいい官憲とか。

 とにもかくにも、少女を家に送ればわかる。ルルはテトに囁いた。

「テト、説得して。俺たちが怪盗を退けるから家に帰りなさいって」

「俺が?」

「あんたが一番なの。あの子にとって騎士様なんだから」

 ルルが言うより、頼りにしている『騎士様』に言われた方がてきめんだろう。テトは顔中で話しかけたくない、できれば逃げたいと語りながらも少女に話しかけてくれた。会話の内容はルルに言われたそのままで、彼の思考能力も少女に対すると停止しているようだ。

 少女は彼の言葉に『輝くような』笑顔になった。安心したらしい。

「分かりましたわ。家はあちらの方向です」

途端に帰ると言い出した。ついてくると言わなくなっただけでも、もうけものだろう。これでテトのことをあきらめてくれれば最高だ。少女の案内で歩き始めて、しばらく。

 雷が鳴り始めた。空もどんどん暗くなってくる。雨が降りそうで降らない。誰も雨よけになるようなものを持っていないので、足早に進んだ。

「あそこですわ」

 少女が指差した先、大きな屋敷が見える。視界に認めた瞬間にルルは固まった。

「……ええと、あそこが、あなたのおうち、なの?」

 自分の声が困惑しきっていることを感じながら、それでも口に出さずにはいられなかった。


さて、どんなおうちでしょう?

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