三章・貫きぬくのだどこまでも・3
「勘違いだ! 俺はただの冒険者で騎士じゃない!」
「いいえ、あなたはわたくしの騎士様ですわ……わたくしの危機に颯爽と駆けつけてくださいましたもの」
心底からの彼の絶叫を、少女は『夢見る瞳』で流してのけた。駆けつけたのはルルも一緒で、最初に声をかけたのは彼女なのだが、同性だったせいか、少女の視界からは除外されたようだ。決して逃さないと言うように、少女は『星の宿るような』瞳を潤ませる。思春期の女の子が好む、恋物語のヒロインそのものの少女は、テトを見つめて『うっとりと』言った。
「わたくしを連れてどこまでも逃げてくださいまし……!」
「ひぃ」
テトが喉の奥で呻くのを、確かに聞いたルルである。怪物にも怯えないテトが、年下の少女に真剣に怯えている。このままだと心中一直線なのだから、嫌がるのも無理はないのだが。
「すいません。何がどうなっているのかサッパリなのですが」
「うん。ぼくも分からない」
魔術師二人が置いてけぼりになっているので、ちょっと説明した。
「なんか、心中恋物語みたいよ?」
「え、なんで?」
「駆け落ちものって、最後に幸せな終わり方するものが少ないの。恋人たちが一緒に死んで終わりって言う話が多くって。さっき言った『テリス皇子とリヒエンヌ皇女』みたいな感じで」
「なるほど。『テリス皇子とリヒエンヌ皇女』の話は概要だけなら知っています。確か服毒するのでしたね」
何故か話のスジより心中の方法を覚えているらしいニズは、推理小説好きがモロに出ていると言えよう。
「え、じゃあ、テトさん……その子と心中!?」
素直に信じ込んでオルトが声を上げた。
「勝手に決めるなッ!」
テトの叫びも考えてみたらもっともだ。本の中の世界で登場人物と心中なんて、笑えない。もし、ここにいたのが男で、ルルに一緒に死んでくれと言ってきたら、いくら本マニアの彼女でも拒否する。恋愛なら現実世界でしたい。たとえ、今は恋より本で、そもそも相手がいなくても。
「オルト、代われ!」
「えっ、いやだよ!」
ルルがそんなことを考えている間に、男性陣の間では押し付け合いが始まっていた。
「ニズ!」
「丁重にお断りいたします。わたしは一従者ですので」
ニズも即答で拒否している。誰だって心中はイヤだろう。
「ルル、助けてくれ!」
さすがにルルに代わってくれとは言ってこないテトに、ルルは苦笑する。テトがきっぱりと拒否しても少女の方は聞く耳を持っていないので、話は平行線のままだ。まず少女の意識をテトから逸らすことが先決である。
テトが一緒でないとこの世界から出ることは難しいので、彼と心中されると困るのだ。
心の中で結論が出たので、ルルは助けてあげることにした。少女の横に座り込む。
「あのね、どうして逃げたいの?」
「え……」
連れて逃げてと言うだけの理由があるはずだ。まずはそれを知ることから始めないと、説得もままならない。
「逃げたい理由は何? お父さんに無理矢理婚約でも押し付けられた? それとも継母にいじめられてたりする? おうちにものすごい借金があって、成金のおじさんと結婚させられそうになってるの? もしかして兄弟と禁断の恋愛に落ちそうになった? あとは、身内に虐待されてるとか? ほかには、素敵な恋がしたくて家出してきた、とか?」
ずらずらと原因になりそうな事例を述べてみる。このくらいならよどみなく言えるルルだ。少女は最初『きょとんとした』表情で聞いていたが、全部聞いてから首を振った。
「いいえ、わたくしはそのような理由で家を出たいわけではないのですわ、従者の方」
「じゃあ、どうして?」
首をかしげるルルである。ほかの理由とはなんだろう。
少女は『悲しげに』瞳を潤ませて告げた。
「わたくし、このままでは盗まれてしまうのです――怪盗アレクセイに」
……一拍置いて。
「恋愛ものかと思ったら怪盗ものなのっ!?」
「心中関係ないんじゃないか!?」
「それは、盗みではなくて誘拐というのでは?」
「かっこいい! 怪盗だって!」
それぞれの反応はバラバラだった。まっとうな感想を口にしたのは誰かというと、非常に判断が難しいくらいに。
真人間は誰だ!?(いないかもしれないw)