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アーカイブスの本マニア  作者: マオ
13/22

三章・貫きぬくのだどこまでも・2

 女性に向かって、探偵は言った。

「これは殺人事件です。あなたが殺したんですね? そして、そこの少年に罪をかぶせようとした」

 ルルは、自分の目が点になったことを自覚した。この展開は、ありえない。

 推理とか捜査とか、そんな展開の何もかもをすっ飛ばしている。

 探偵はかまわずに語り始めていた。

「貴女は、魔法使いと恋仲だった。そうですね? 結婚も間近で幸せな日々の中、彼のしていることを知った……怪物を改造し、人々を苦しめていることを。そして、貴女は彼を止めた。おそらくは何度も。しかし彼は聞いてくれなかった。思い悩んだ末に貴女は自分の手で彼を止めようとした……」

 まるで女性本人のようにトクトクと語った。探偵が語り終えるとほぼ同時に、女性が椅子から立ち上がる。

「殺すつもりじゃなかったんです! ただ……わたしは、彼を止めたくて……」

 うめくように女性が吐き出した言葉に、目が点をすっ飛ばしたルルである。開いた口が塞がらないとはまさにこのことか。捜査どころか証拠もなく、誰かから証言を聞いたわけでもないのに、探偵は女性を犯人だと断定し、そして女性は即座に自供した。

 早すぎる。脈絡がないにも程がある。脳裏に突っ込みたい言葉が次々によぎっていくのも感じている。ルルの心境を知らない探偵は、ありえないことにトリックの披露まで始めた。

「貴女は彼を刺したことで恐ろしくなって逃げ去った。しかし、貴女に刺された彼はまだ生きていたのですよ。貴女が去ったあとに立ち上がり、ドアに鍵をかけ……落ちた短剣を拾おうとして力尽きたのです」

 室内にいた人物が鍵をかけていたのなら、確かに、密室のトリックは解明できる。他にもいろいろと必要なことが抜けているだけで、密室それ自体は解明できる。

「そうか! それでなんだね、鍵がかかってたのは!」

 素直に感心しているのは、推理小説を読んだ経験がないオルトと、登場人物である官憲、助手だ。

 ルル他二名は遠い目になっていた。

 口には出していないが、テトもニズも自分と同じことを感じているだろうとルルは確信している。

 すなわち――なにこの浅い展開、と。本の中の世界でルルたちの常識が通じないといえばそうなのかもしれない。けれど、ルルから見たならばこの展開はありえなさすぎる。トリックも浅ければ、話の展開も無理がある。

 逆に言えば、無理しか(・・)ない。

 彼女の視線にも気付かず、女性と探偵は会話を続けている。

「どうして……どうして彼はそんなことを? 助けを呼べば、助かったかもしれないのに」

「貴女を愛していたからですよ。密室にして、あわよくば自殺に見せかけようとしたのでしょう。非道な実験を繰り返す魔法使いでも、貴女への愛は本物だったのです……」

 隣でテトが体をかきむしっている。ルルはぼんやりと窓の外を眺めながら、そういえばテトは恋愛小説が苦手だったなぁと思い出した。体が痒くなるので読めないと言っていたことがある。あれは本当のことだったようだ。

 さらに横では、ニズがうつむいて何か呟いていた。耳をすますと数を数えているのが聞こえてくる。どうやら、床の節目を数えているらしい。

 いろいろと耐えている彼らの横で、オルトだけが目を潤ませている。感受性が豊かなのか、濡れ衣を着せられかけたことも忘れて感動している。

 女性が顔を覆った。低い嗚咽が続く。官憲たちも同情のまなざしで女性を見守り、助手も鼻をすすっていた。

「いや、いいのかそれで。悪い魔法使いだろ。人に迷惑かけまくってた男だろ。大体外見からして悪い魔法使いそのもので、やってることも悪い魔法使いなのに、どこを好きになったんだ。どこが良かったんだ。なんで純愛を貫いたような話になってるんだ。どうして誰も突っ込まないんだ。探偵だって結論早すぎるだろ。推理や捜査はどうなった。物的証拠はどうした。女もなんで即座に自白するんだ」

 小声でテトが呟くのを聞き、やっぱり同じことを考えていたと苦笑するルルだ。

 確かに、納得はできない。でもここで迂闊に探偵たちに突っ込んだら、もっとややこしいことになりそうなので、それもできない。

「推理ものとしては、とんでもなく駄作ですね……」

 ニズはそんな感想を呻いている。

「え、そうなの?」

 オルトだけが平和だ。

 なまぬるく状況を見守っていると、官憲が女性を連れ出した。探偵と助手がその様子を見送っていた――完。

「……ええと、終わったみたいだから、行こっか?」

 なんとか立ち直り、ルルは男性陣に声をかけた。

「そーだな……」

「ええ、行きましょう……」

「どしたの、みんな?」

 脱力しきったルルたちを、分かっていないオルトの声がさらに脱力させる。説明してあげる気力もないルルは、先をいくテトの背について歩き出した。

 悪い魔法使いは愛に死んだのだ。それでいい。

 これ以上かかわりたくない。全身を覆う脱力感に負けないうちに、館を脱出するべきだ。

 それでも――ひとつだけ我慢できずにルルは呟いた。

「止めるって……短剣持って会いに行った時点で殺す気満々だよね……」

「ルル。もういい。突っ込むな。忘れよう」

 ある意味での悪夢な館を、未練もなく後にした。


 魔法使い退治を頼まれた村には戻らないことにした。倒したのは自分たちではないし、何よりも忘れたい。報酬も自分たちの世界とは違うお金で、持って帰れるとも限らない。よって、全て忘れて爽やかにドラゴン退治に向かおうと、四人の意見は見事に一致した。


 湧いて出てくる怪物をテトに殴ってもらい、たまにニズとオルトに代わってもらったりしながら、ルルたちは北へと足を進めた。どのくらい歩いているのか分からないが、地形は草原からゴツゴツとした岩肌に変わりつつある。相当な距離を歩いているようにも感じ、それほど歩いていないような気もする。体に疲れがあまりないのだ。

 無理は禁物と時折休憩を交えながら進み、幾度目かの休憩をしたときだった。

「きゃあああああっ」

 『絹を裂くような』悲鳴というのはこのことか。女性の悲鳴が耳を突いた。ルルは思わずテトの顔を見る。ゴツゴツとした岩場で足場が悪く、ここで怪物と戦闘になるのはなるべく避けたいところ。今までもテトは足場に苦労しながら怪物を倒していた。怪物そのものに苦戦はしておらず、あくまでも足場が悪いことに困っていたのである。

 しかし、何か悲鳴を上げるような状況に陥っている、女性。

 だが、ここは本の中の世界で現実でもない。

 助けるべきかどうか、非常に悩むところだ。

 ルルの視線を感じ取って、テトは肩をすくめた。あまり乗り気ではないらしい。ルルはちょっと考えた。

 本の中の世界。悲鳴。女性。自分たちの目的。

 ――文字喰い。

「……ひょっとして、文字喰いに襲われてたりするかもしれない、よね?」

「あ」

 気が進まないとか言っている場合ではない。もし文字喰いがいるのならば倒さなければ帰れないのだ。手がかりがありそうならば危険に飛び込む必要だってあるだろう。

「行くぞ!」

 そのあたりの判断はテトが一番早かった。さすが現役冒険者だ。走り出した彼に遅れてルルも走り出す。悲鳴はそれほど遠くではなかったような気もするので、いくら足場が悪くても、テトの足ならさほど時間はかからないと思った。問題はついていくルルと魔術師二人。軽装なルルはともかく、魔術師二人は重たい武器を背負っている。一生懸命走っていても、どうしても遅れるようだ。

 先行したルルたちが見たものは、怪物の群れではなかった。

 地面に座り込んで、くすんくすんと泣いていたのは、豪奢で重たそうなドレスを身にまとった女の子だ。髪はカレンハイル帝国の貴族のように巻いてあり、一目見た印象だけで『お嬢様』と断言できそうな格好である。

 少女のほかには何も見当たらない。彼女が悲鳴を上げたのは間違いないだろう。しかし、泣いている理由も判断できなかった。

「あのー、どうしたの? 何があったの?」

 ルルが声をかけると、少女は顔を上げた。年はルルより少し下くらいだろうか。『可憐』という言葉を実体化させて固めたような少女だった。端的にいえば、可愛い。

『蜂蜜色の髪、すみれ色の瞳、薔薇色の頬、紅を塗ったかのような小さな赤い唇』……とりあえず、ルルが思い出せた美少女のありきたりな表現はそのあたりか。

 ただし、どこか浮世離れしたものも感じさせる。その雰囲気が余計に少女を『世間知らず』の『お嬢様』に見せていると感じた。

「助けてくださるの?」

 『祈るように』手を合わせ、少女は『鈴を鳴らしたかのような』か細い声で言う。

「え?」

「わたくしを助けてくださるのね! ああ、騎士様!」

 少女は、ルルをよけて、テトに視線を向けていた。周囲の警戒をしていたテトは、言われている意味が分からないのか、剣に手をかけたまま固まっていた。

 騎士様。風来坊な冒険者のテトに一番縁遠い単語だろう。理解した瞬間、ルルは笑い出しそうになった。どう見ても貧乏な冒険者にしか見えないテトを、どこまでの勘違いをしたら騎士に見えるのか。

 少なくとも、ルルには無理だ。テトを騎士だと誤解するには、一般常識をも喪失するくらいの、重度の記憶喪失にならないと無理だと思った。笑いをこらえていると、ニズとオルトが追いついてきた。

「テトくん、ルルさん、こちらの女性はどなたです?」

「何があったの?」

 状況が分からない二人に、ルルは手を振って分からないと合図した。口を開くと本当に笑い出しそうだったのだ。

 少女はテトから視線を離さず『すがるように』見ている。非常に庇護欲をかきたてる様子だ。守ってあげたいと思わせる何かを放出している。

 テトには通じていないようだったが。

「ちょ、ちょっと待て。何か勘違いしてないか?」

「いいえ。何一つ勘違いなどしておりませんわ。わたくしの騎士様」

『きらきらと輝く』瞳で、少女はテトを見つめ、視線を受けているテトは二の句が告げずに絶句している。恋愛小説が苦手な彼が、どこまで耐えられるだろうとルルは思った。

 瞬間、テトは機械的な動きでルルに振り返った。脂汗を流しそうな表情が、助けてくれと語っている。やはり耐えられないようだ。

 彼の視線を追い、少女は『にこやか』にルルに笑いかけてきた。

「まぁ、従者の方ですわね。さすがは騎士様。三人も従者をお持ちですのね」

 従者扱いされた。要は召使い。少女にとって、テト以外はどうでもいい人物だと断言されたようなものだ。町娘、魔術師、魔術師――三人のどこを見て従者と思ったのか、ちょっと聞いてみたい気もした。

「……次はあれかな。世間知らずのお嬢様と騎士の恋物語」

 そんなことを言ってみる。ドラゴンとお姫様、悪い魔法使いと推理ときて、これ。この本の内容が真剣に気になる。

「俺は騎士じゃないぞ!」

 分かりきったことをテトが叫んだ。恋物語と聞いて鳥肌が立ったのか、二の腕をさすっている。

「世間知らずお嬢様と騎士なら、駆け落ちオチかな?なら悲恋が多いけど。心中とかするから」

 さらりと聞き流してルルは呟く。

 世間知らず同士の駆け落ちものというのは、悲恋が多い。主人公とヒロインが心中したり、心中したりするのだ。ルルが読んだ駆け落ちものはそういうオチが多かった。勿論、幸せに暮らしてめでたしめでたしという話も読んでいるのだが、今、彼女の頭の中にあるのは心中ものの有名どころ。従者扱いされて少し腹が立ったとかではなく、この本の内容が気になるからだ、と思う。意識せずに半眼になりながら、ルルはテトに言ってやった。

「やったね、テト。主人公格みたいだよ」

「嬉しくない! なんだよ心中って!」

「言葉のまま。この恋が報われないなら、せめて一緒に死のうって。知らない? 『テリス皇子とリヒエンヌ皇女』とか有名だよ?」

 一般にかなり有名な、血の繋がらない兄皇子と妹皇女の話を例に出すと、テトは悲鳴のような声を上げた。

「俺がそういうジャンル読めないの知ってるだろ!」

 有名どころなら、読んだことがなくてもあらすじくらいは知っていると思ったのだが、この様子では知らないらしい。テトの苦手意識は相当なものだ。


はい、トンデモ推理の次は恋愛ものらしいですよw

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