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アーカイブスの本マニア  作者: マオ
12/22

三章・貫きぬくのだどこまでも・1

 どこからか現れた女性の悲鳴に導かれるようにして、こちらもまたどこから湧いて出たのか、あまり特徴のない男性が四人と、ぱりっとした身なりのキザな印象の男と、いかにも頼りなさそうな少年が部屋の中に入ってきた。

「引き分けかもね、テト」

「かもな」

 テトは来るのが官憲だと言った。ルルは探偵だと言った。どちらも正解だったようだ。四人の男は官憲の制服のような同じ衣服を身にまとっていたし、キザな男は十人中七人が『あ、探偵?』と言い出しそうな雰囲気だったからだ。ちなみに、ルルの予想では頼りなさそうな少年は、探偵助手。

 どちらにせよ、子供向けの幻想絵巻ではない。絵巻では死体の描写などありえないのだ。

 チラリと視線をやると、動かない魔法使いらしい男の姿。よく考えると、この男が怪物を改造していたというのなら、むしろ放っておいてもいいのではないかとも思った。悪い魔法使いの退治を引き受けたのだから。

 それに。

「あのさ、これ、そもそも殺人とは限らないよね?」

 ルルの疑問に、推理小説マニア・ニズが乗ってきた。

「あ、そうですね。自殺という可能性もありますね」

「うん。ドアに鍵がかかってたし、凶器らしい短剣も室内でしょ?」

「あとは傷の具合ですか。自分で刺せる角度や場所かどうか」

「ニズさん、そこまで考え付くってことは、相当いろんな本読み込んでるでしょ?」

「ええ、まぁ。それなりには」

「今度おすすめ貸して? あたしも貸してあげるから」

 殺人なのか自殺なのか。官憲らしい男たちが調べている横で、そんな会話をしている自分が、なんだか不思議だ。血の匂いも先程よりは感じない。これは慣れなのか、それともほかの要因なのか。

 官憲らしい男二人が一行を見張り、残りの二人と探偵っぽい男が現場を調べ、助手のような少年が女性を椅子に座らせてなだめている。

 その様子を眺めて、テトがボソリと呟いた。

「探偵には必ず助手か、それっぽい存在がいるよな。なんでだ?」

 即座にニズが答える。

「『うわぁ、なんて凄い推理なのだ』と驚く役が必要だからですよ。場が盛り上がりますし、探偵のやる気が上がり、自尊心も満たされます。そして、読者の共感も得られる、と」

「あ、ならあたし『事件が起こるところにたまたま都合よくいる』っていうのにも突っ込みたいな」

「それはたまたま事件に遭遇する例ですね。依頼されて調べに出る例もありますよ。昔はそっちが王道だったようですが、近年は『たまたま遭遇』が多いですね」

 そんな会話をしていると、官憲たち(?)が死体をひっくり返した。傷を確認するようだ。 あまり死体を眺めたくないので、ルルは視線を逸らした。いくら本の中といっても、それなりに気持ちが悪い。視線の先に、たまたまオルトがおり、この状況がかなり怖いのか、少年は蒼白になっていた。状況を直視できないと表情が語っている。さっき、思わず血のついた短剣を拾ったこともショックだったのだろう。オルトはかなり気が弱いらしい。最初出会ったときの印象、小動物っぽいというのはあながち外れていなかったようだ。

「オルトくん、大丈夫?」

「う、ううん。あまり大丈夫じゃない、かも」

 ぴるぴる震えている。小動物っぽい。思わず頭を撫でてあげたくなり、弟がいたらこんな感じなのかもとチラッと思った。同時に、故郷の妹のことを少し思い出す。

 ルルの妹は、オルトよりもっとずっとしっかりしているのだが。故郷を思い出したルルの横で、テトとニズが会話を続けている。

「ローブの胸部分に傷があるってことは、指したのは胸か……自分でも刺せる場所だな」

「傷の角度が問題ですね。凶器らしい短剣は少し離れた場所に落ちていたようですが、即死でなければ放り投げることが可能です」

 他殺か自殺かで盛り上がっている。それでも死体に近寄らないのはやはり抵抗があるのか、官憲に怒られるからか。

「そこも気になるけど、あたしはあの人たちがどこから出てきたのかも気になる」

 女性を始め、官憲、探偵、助手。ルルたちが館の中を探ったときは姿もなく、気配もなかった。二階から降りてきたにしては、音がしなかった。女性一人ならともかく、男が六人も連れ立って歩いて、少しも音を立てないのはおかしい。

「お話の展開に脈絡がなさ過ぎだと思わない?」

「……ないな。メチャクチャだ」

 ルルの指摘にテトも同意してくれた。彼も同じことを感じているのかもしれなかった。ルルも彼も、たくさんの本を読んで、いろいろな知識を持っていけれども、この本の内容が予想できないのだ。

 最初は幻想絵巻だと思っていた。悪いドラゴン。悪い魔法使い。さらわれたお姫様。困っている村人。

 しかし、一転して血なまぐさい事件が起こり、悪い魔法使いっぽい男が死んでいる。自殺か、他殺か。

 他殺なら、犯人は?

 幻想絵巻で推理小説。珍しい展開だが、脈絡もない。

「大体さ、幻想絵巻ならわざわざ武器使わなくても殺人なんて簡単でしょ。殺傷能力の高い魔術を使えば、どこからでも狙い打ちできるんだもん」

「ああ、俺らの世界でもたまにあるな、そういう殺人事件」

 ルルたちの世界では、ごくマレに、魔術を使った殺人事件も起こる。その場合疑われるのは魔術師に限られるので、ある意味犯人も分かりやすい。

「で、魔術で犯行に及んでないってことは、犯人は魔術を使えない。あるいは、これは自殺」

「その二つ、か? でも魔術師が自殺するときにわざわざ短剣使うか? ニズならもし自殺するときどうする?」

「私なら魔術でラクになる方を選びますね。刺しどころによっては即死しないでしょう。魔術なら強いものを使えば簡単に即死ですから」

「だろ? 俺としては、これは他者による殺人だと思う」

「んー、そっか。そう考えると他殺のセンが強いね」

 確かにそう考えると納得できる。それが一番効果的かどうかは置いておいて、とにかくラクになる手段を持っているのならば、真っ先にそれを使うのが人間心理だ。

「怖い会話しないでよ、三人とも……」

 ひきつってオルトが言ってくる。三人の会話が怖かったようだ。

「何を怯えているのですか、オルト。ただの推理ですよ?」

「それが怖いって! 真顔で言ってるし!」

 少年が叫んだとき、不意に押し殺した笑い声が起こった。

「なかなか鋭い意見ですね、君たち。素人とは思えませんよ」

 探偵らしき男が、強気な微笑を浮かべて話しかけてきた。こちらを観察するかのような視線だ。感じ取ってルルは苦笑した。

 確かに怪しい四人組みだろう。どう見ても戦士なテト、どう見ても町娘なルル、どう見ても魔術師なくせに鉄の槍を背負っているニズと、トゲ鉄球のモーニングスターを下げているオルト。

 どこをどうひっくり返しても関連性がない。冒険者としてもパーティー編成に問題がありすぎる。そもそも一般市民のルルが入っていることがおかしい。

 そんなおかしな四人組を、

「殺人事件だと言うのならば、間違いなくお前たちが犯人だろう! 怪しすぎる!」

 官憲が指摘してきた。動じず、しれっとニズが言い返す。

「私たちが来たときには死んでいましたよ。そもそも、全く知らない人物ですし」

「ならば何故この館に来た!」

「村人を困らせている悪い魔法使いの退治を頼まれましたので」

「そら見ろ! やはりお前たちが犯人だ!」

「聞きました?」

 ニズは何故だか嬉しそうににやりとした。

「官憲に犯人だと疑われていますよ? いやぁ、自分がこんな立場に立つなんて、想像しかしたことがなかったですよ」

 こんな立場になったら、と、想像することはあったようだ。気持ちは分かる。ルルも昔は探偵助手に憧れたものだ。今は、犯人の言い訳や行動に、あたしならこう言う、こうする、と想像することが多い。

「うんうん、分かるよ、ニズさん」

「官憲が能無しっていうのもお約束だよな!」

 テトも妙に嬉しそうにそんなことを言う。

「なんで喜んでるのさ……」

 オルトだけが沈んだ表情だ。マニアな会話についてこれていないのが、ひどく寂しそうにも見える。元の世界に帰ったら、彼におすすめの本を貸してあげようとルルは思った。一人でも本を好きな人が増えてくれたら嬉しいのだ。蛇の道に引っ張り込む本マニアといったところか。

 そのオルトを指差して、椅子に座っている女性が叫んだ。

「わたし、見ました! あの人、あの人が血のついた短剣を持っていたんです! あの人が犯人です!」

 女性の証言に、官憲たちは我が意を得たりと勝ち誇った表情になる。

「そーら見ろ! やっぱりお前らが犯人だ! お前が主犯だろう!」

「ぼぼぼ、ぼくは違うよ! 短剣蹴っ飛ばしたんで、なんだろうと思って拾っただけで!」

「お約束で迂闊なことをするから疑われるのですよ?オルト」

「助けてくれないのニズ先輩!?」

 泣き声になりつつあるオルトの声に、ルルはもう一度苦笑する。オルトが犯人ではないことは一緒に行動していたルルたちが一番よく知っているし、少し考えれば分かることなのだ。

「あのね、おじさん」

 接客するときの愛嬌ある笑顔で、彼女は声を出した。

「死斑出てるよね? 死んでからかなりの時間が経っているってことでしょ? それくらいは分かるよね?」

「そ、それがどうした」

「オルトくん、あ、彼のことね。彼が短剣を持っているのをあの女性が見たのはついさっきでしょ。あたしたちが来たのもついさっき。で、ついさっき来たばっかりのあたしたちがあの人を殺したんなら、死斑が出ているのはおかしいって思わない?」

「ぬ、う、そ、それは……」

 ルルの指摘に官憲の男たちは一瞬言葉を失ったが、ニズとオルトを見て再び勝ち誇ったような顔になった。

「魔法でなんとかごまかしたんだろう! そこに魔法使いがいるではないか!」

 ルルはにこやかな表情のまま、同行者に振り返った。

「忘れてた。推理小説の官憲って、よく道理とか理屈を捻じ曲げるんだったね」

「そうだな。だから探偵の推理が目立つんだ」

「推理小説の官憲は大概が能無し……テトくんの認識は正しいです」

「落ち着いてないで何とかしてよーっ!」

 オルトだけが焦っている。犯人扱いされているのは四人全員なのだが、オルト以外はどこか当事者だと思えていないようだ。直接死体に触ってもいないし、凶器にも触れていないからだろうか。やはりどこかで、ここは本の中の世界で、現実ではないと考えているのかもしれないと、ルルは思った。本当に死体がある部屋の中に入っていたら、冒険者で修羅場を潜り抜けているテト以外は、きっとこんなに冷静にはいられないだろう。

 そんな四人を眺めていた探偵が、また、押し殺して笑った。

 面白い人たちですね、と前置きしてから、探偵は言い切る。

「彼らは犯人ではありませんよ」

 それはもう、キッパリとした確信に満ちた声だった。どこでそう判断したのか、聞いてみたいルルである。自分たちは怪しすぎる。死体のある現場におり、内の一人は凶器を手にしていたところを目撃され、残りの三人は死体と同室にいるというのに、のん気に会話をしていた。

 これを怪しまずに何を怪しめと言うのだろう。

 しかし、同時に彼女は自分たちが犯人ではないことも知っている。

 そもそも、これが自殺なのか他殺なのかの判断もついていない。そのあたり、探偵の意見はどうなのだろう。じっと見守ると、探偵は椅子に座っている女性に視線を向けた。

 単なる目撃者だと思っていた、女性。


ツッコミ、始まりますよ〜。

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