二章・誰もが想像するが実現はしないこと・5
四人に増えた一行は、村の西にあると言う魔法使いの館へ足を進めた。途中、やはり怪物に襲われたが、テトの相手にもならない。おかげで武器に不慣れな魔術師二人が戦うこともなかった。草原を行くと、小さな林が見え、村長から聞いた話ではその中に魔術師の館があると言うことだった。特に迷うこともなんの障害もなく、館にたどりつく。
やたらと大きな館だ。一人で住むには大きすぎるが、怪物を改造しているという話なので、研究機器などを考えると広さはいくらあってもいいのかもしれない。
テトが先頭に立ってドアノックを動かした。何度か打ち付けてみるが、中からの返答はない。ややあって、きしみ音を立ててドアが開いた。誰かが開けたわけでもなく、中にも人の姿は見えない。やはり魔石を使った魔道式なのだろうかとルルは考えた。それにしては何の変哲もない普通のドアに見える。ニズがちょうつがいのところを覗いていたので、ルルも真似をして覗いてみたが、そこも普通のちょうつがいにしか見えなかった。別にどこかにコードが見えているわけでも、魔道式の機械が埋め込まれているわけでもない。
「どういう原理なのかな?」
「さぁ……さすが本の中といいましょうか、まったく分からない構造です」
中に入ると、ドアは勝手に閉まった。内側から見ても、手で開け閉めするドアにしか見えない。
「これは描写力がない内容と見なすべきなのか?」
「うーん、幻想絵巻と考えるなら魔術と考えてもいいんじゃない?」
「でも、分からないものを全部魔術のせいにするのはある意味禁じ手だろ?」
「それはそうだけど」
ドアの開け閉めで一通り議論してみたが、結論は出なかった。魔術とも魔道式とも断言できなかったからである。本を書いた作者に直接聞いてみたいところだが、古刻時代まで遡ることは不可能なのでナゾのままだ。
「テトさん、ルルさん、それはいいから魔法使いを探そうよ。文字喰いもいるかもしれないし」
一番年下のオルトに言われたので、仕方なく魔法使いを探すことにした。悪いことを考える存在というものは、物語では大抵地下室をこしらえ、そこで実験をしているものである。そこらへんを熟知しているルルの意見で、四人は地下室を探して回った。ここが怪しいとドアを開けてみれば、生活感のない台所が現れたり、これまた使っている様子のない娯楽室があったり。
何故使った様子がないかというと、テーブルに置いてあったチェスのコマの配置が間違っているとニズが指摘したからだ。作者にはチェスの知識がなかったのかもしれない。
次々とドアを開けていき、地下室を見つけることができないまま一階の最後の部屋になった。テトがドアに耳を当て、室内の気配と音を確認する。ここにも人の気配はないようで、テトはあっさりとドアに手をかけて開けようとした。わずかに音がして、ドアは開かない。鍵がかかっているのだ。
「開けてくれ」
魔術師二人に魔術で開けてくれと指示する。練習がてら見習いのオルトがつっかえながら呪文を唱えた。さすがにこれは本に害をなす魔術ではないので放出はされないはずだ。
鍵穴の部分から小さな音がしたので、やはりこのくらいの魔術は無効化されないようだとルルは実感した。
テトがドアを引き開ける。
そしてそのまま硬直した。
「どしたの、テト?」
彼の背後から声をかけてみるが、返答はない。怪物がいるという感じにも見えなかった。もし、中に怪物がいるというのなら、冒険者であるテトは迷いもせずに剣を抜いているはず。
「テト?」
「あ、ああ。ちょっとびっくりした」
「どしたの?」
「いや、ええと……人が倒れてる」
「え?」
彼の発言にルルはいぶかしげに眉を寄せた。人が倒れている?
テトは少し迷って、それからドアを彼の背後の三人にも室内が見えるように大きく引き開けた。
まず見えたのは、液体だった。
床に広がる、黒っぽく見える液体。生臭い匂いが鼻をついた。一般人ならまず嗅ぐことのない匂いだ。そして、その広がっている液体を視線で辿っていくと、床に倒れている人影にぶつかった。
息を呑む。思わずルルはテトの背にすがるように隠れた。さほど間をおかずに、オルトもテトにつかまっている。
「おい! 二人でつかまるな! 重い!」
「だだだ、だって、死体だよ、テトさん!」
「分かってる! ルルはいいけど、お前は離れろ!」
「性差別!?」
「やかましい! 男にしがみつかれても嬉しくもなんともないわっ!」
重いだけだと叫んでテトはオルトを振り払った。ルルはそのままである。なにやら意味があるのかないのか。
「ねぇ、あれ、本物?」
テトの背に庇われながら、ルルは倒れている人影を指した。長いローブを着た人物は、ピクリともしていない。うつ伏せで倒れているので顔色も判断できないが、見える場所の肌の色から、生きている人間には見えなかった。
「死んでるっぽいよね?」
「そうだな。結構……時間経ってるようにも見えるけど」
「死斑がでていますね。かなり時間が経っていますよ」
あっさりとニズが断言した。その隣でオルトが何言ってんだろうこの人と言いたげに怯えている。
「実は私、推理小説が大好きでして」
さらっとニズは言ってのける。推理小説が好きで、そういう知識も持ち合わせているらしい。
「あ、ニズさんも本好きなんだね。仲間仲間」
「そんな話してる場合じゃないと思うよっ!?」
オルトの叫びを背に、テトが室内に足を踏み入れる。ルルもおっかなびっくり続いた。死体は怖いが、どうせ本の中のことだし、この状況でテトから離れるほうが怖いのだ。魔術師二人も同じ心境なのかついてくる。
「あ」
ルルの背後でオルトの声がした。かつんと音がしたところを聞くと、つまづいたか、何かを蹴飛ばしたか。
次の瞬間。
「人殺しーっ!」
突然女性の声が響き渡った。背後からだ。驚いて振り返ると、さっきまで自分たちのほかには誰もいなかったはずなのに、ドアのところに女性が立っていた。
「「「「誰っ?」」」」
声を揃えて疑問を口にする。女性はオルトを指差してまた叫んだ。
「人殺し!」
一体何のことやら分からずに、ルルは少年を見た。少年は固まっている――血のついた短剣を手に。
「何してるのオルトくんっ!?」
目を見張るルルである。ちょっと目を離したスキにこの少年は何を拾ったのか。
「え、え? だってこれ蹴飛ばしちゃって……」
あわてたオルトが言い訳するが、ルルは目を丸くするしかできない。この状況でそんなものを拾うなんて、そんなマヌケなことをする人間がいるとは。
「お約束なことするなよっ!?」
「そうですよ! どうしていかにも凶器な短剣を拾うのですか!」
テトもニズも同じことを感じているようだ。
「ええ? ぼくが悪いの!?」
悪い、とルルは断言できる。どう見ても殺人現場っぽい場所で、凶器だと主張しているような短剣を無造作に拾うなんて、迂闊すぎる。
わたし怪しい人なのです。犯人かもしれません。どうぞ疑ってくださいと述べているのと一緒だ。
「ああ、もう……とにかくその短剣を元の場所に戻しなさい。現状維持は基本です。殺人かもしれない場所を荒らしてはいけませんよ」
「え、だって、皆勝手に入っちゃってるけど、いいの、ニズ先輩?」
「いいのです。荒らしてはいないでしょう?」
「そ、そうかなぁ……」
どこか納得していないようだったが、オルトはニズの言葉に従って短剣を床に戻した。そのままニズは殺人現場での行動の基本を教え始めた。黙っていられないようだ。その間も女性は叫んでいる。恐ろしくて逃げ出すとかもなく、ひたすら叫んで人を集めようとしているようだ。殺人犯だと指差しておいて逃げないのは、ある意味度胸がある。
「ところで、あの人、誰だろうね?」
「さぁ?」
ルルの問いかけにテトは肩をすくめた。すっかり傍観の体勢だ。一階はすべて見て回ったのだが、女性は一体どこから湧いてきたのだろう。
この女性が悪い魔法使いには、ちょっと見えない。倒れて死んでいる人物の方が悪い魔法使いに見える。
「あたしたち、悪い魔法使い退治に来たんだよね?」
「そのつもりだったんだけどな。なんで死体に遭遇してるんだろう?」
視線を下ろすと、倒れている人物が目に入る。長いローブを着ており、魔法使いと言われれば『ああ、そうかも』という格好である。テトがかがんで死体の顔を覗き込んだ。うつ伏せで見にくいようだが、それでも確認できたようで、首をかしげている。
「まぁ、絵巻に出てくる悪い魔法使いって顔してるな。鼻長くて曲がってるし、顔になんかぶつぶつあるし」
「じゃあ、この人が悪い魔法使い? でも、何でこんなことになってるの?」
「なんでだろうな……俺、この本、子供向けの幻想絵巻だと思ってたんだけど」
「うん。あたしも」
ドラゴンにさらわれたお姫様、悪い魔法使い。これらから導き出される本の内容……子供向けの幻想絵巻としか思えなかったのだが、どうも違うようだ。
本マニア二人が顔を見合わせたとき、誰かが走ってくる足音がした。ドアのところにいる女性がホッとした表情を浮かべている。何故彼女が逃げないのかも、分からない。
「なんで血なまぐさい事件が起きてるんだ?」
「うん。推理小説な展開だよね。ドアに鍵もかかってたし……密室?」
「あーそうかもな……ところで、推理小説なら走ってくるのは官憲か?」
「あたしは探偵に一票」
「じゃあ俺は官憲で。さらにオルトが犯人扱いされるに三千票」
「あはは。あたしはオルトくんが犯人と確定されるに五千票」
乾いた笑みを浮かべているルルたちに、ニズが振り返り、真顔で言い切った。
「あ、私もオルトが犯人と断定されるに一万票かけます」
「ぼく、確実に犯人扱い!?」
推理小説を読んだことがないらしく、オルトは青くなっている。賭けにならない賭けを言い出した三人は、おびえている少年にはっきりと頷いてやった。
「ぼくじゃないよ!?」
「知ってる」
「うん」
「わかっていますよ」
穏やかになだめるように、推理小説読み込み三人は言い切る。
「「「でも、怪しまれるようなことしているから」」」
オルトが見る間に泣き出しそうな表情になったので、先輩のニズが慰めだした。
その様子を苦笑して見つめながら、ルルは内心で首をかしげる。
悪いドラゴンにさらわれた姫君。
怪物を改造する悪い魔法使い。
そして、血なまぐさいこの室内。
……一体この本はどんな内容の本なのだろう?
半分終了して、折り返し地点です。ここからさらにツッコミがっ!!(え)