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アーカイブスの本マニア  作者: マオ
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二章・誰もが想像するが実現はしないこと・4

「あの、お二人はどうやってここまで?」

「あ、こっちの彼が戦士なので、頑張ってもらいました」

 何せルルは町娘。戦えるような武器など何も持っていないし、戦闘技術も持っていない。

「頑張った。でもそんなに強い怪物はいなかったぞ。頑張ればあんたたちでもどうにかできるだろ」

 テトの言葉は確かに真実だ。それでも魔術師二人には辛い言葉だったようで、青年の方が重い声音で言ってきた。

「ご一緒させていただけませんか。私たちだけではとても脱出できそうにありませんので」

「置いてかないでほしいな……ぼくら、怪物と戦う自信ないよ」

 テトは困ったように頭をかき、ルルのほうを見てきた。どうする? と目が語っている。置いて行くのは寝覚めが悪くなりそうで気が引けるのだろう。ルルとしても置いていくのはかわいそうな気がしている。

 しかし、魔術師。この世界ではものの役にも立たない。結局頑張るのはテトになる。

「テト、どうしたい?」

「んー」

 もう一度頭をかいて、彼は魔術師二人に視線を向けた。

「魔術以外に何かできるか?」

「いえ、特には……私はもっぱら研究一辺倒ですから」

「……できない。だってギルドに入ったばっかりだし」

 魔術しかできない、らしい。

「……なんか武器振り回すくらいは、させるぞ」

 テトは半眼でそう告げた。戦士、魔術師、魔術師、町娘(論外)……バランスが悪いにもほどがある。ルルは苦笑した。これではテトばかりが苦労することになる。せめてもう一人くらい武器を持って戦ってくれる人間が欲しいと思うのは、決して贅沢ではないはずだ。

「う、はい」

「が、頑張るよ」

 魔術師二人はひきつりつつ、頷いた。断ると置いていかれると感じたのかもしれない。

 同行者が二人増えたが、自己紹介もしていなかったことを思い出し、改めて名乗りあう。

「私はニズ・ミングウェイといいます」

「ぼくはオルト・トリングスだよ」

 青年はニズ・ミングウェイ、少年はオルト・トリングスと名乗った。ニズのほうは序導師、オルトはまだ見習い魔術師だという。どちらも冒険に出た経験はほとんどなく、当然武器を持ったこともないらしい。

「あたしはルル・ホートントで、こっちはテト・ペタヘイト」

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 挨拶をかわして、それからニズはルルに視線を向けた。

「あの、どこかでお会いしたことがないでしょうか? ルルさんのお名前に聞き覚えがあるような気がするのですが」

「え! な、ないと思うけどっ?」

 焦りながらもルルはそう返した。彼女とニズに面識はない、はずだ。ニズは少し考え込んでいたが、思い当たらなかったのか、ルルに関する話はそこで終わった。

 とりあえず、何か武器を手に入れなくてはならないのだが、通貨を持っていないのでルルたちは買い物もできない。

 ところが、ニズはこの世界の通貨を持っていた。そう大金ではないようだったが。

「どこで稼いだんだ?」

「稼いだのではないのですよ。村長から依頼を受けたら、前金をくれたのです」

「依頼?」

 テトの疑問に、ニズは暗い表情で答えた。

「悪い魔法使いを退治してくれと頼まれましてね」

 さきほど住民に聞いた悪い魔法使いとやらが、ここで出てきた。

「退治……『魔法』使いを?」

 ルルは心底から疑問を感じていた。住民から聞いたときも感じていたことだが、ルルたちの世界では『魔法』というものは『魔術』のように攻撃的なものではない。医療をかねた治癒術だ。したがって、魔法という単語から連想するのは、人畜無害な印象でしかない。

 魔法師というのは、医師でもあるのだ。悪い魔法使いといわれても、どうにも実感できないのである。

「あ、この世界の魔法使いというのは我々のところの魔法師とは違うようですよ。どちらかというと、魔術師と同位と考えた方がいいのでは」

「ちなみに、ぼくらの世界での魔法師をこっちでは僧侶って呼ぶみたいだよ」

 ルルたちより若干先にこちらに来ていたので、ニズとオルトは少しだけ情報を持っているらしい。ルルは頷いた。

「世界が違うと形容も違ってくる……面白いよね、テト! やっと違うところが見られたよ!」

「そーだな!」

「何で喜ぶの……?」

 オルトの声はとりあえず無視して、話題は悪い魔法使い退治のところに戻る。

「村長からの要請でしたが、私たちではどうにもならないと思いまして、一旦断ろうとしたのですよ。しかし、何度断っても話が戻るのです。引き受けるまで延々と続きましたよ……」

 繰り返される会話でとても疲れたとニズは言う。オルトもうんざりした表情で頷いていた。

「ひょっとして、本の中だから『断る』って選択肢がない、のかも」

 ふと気がついてルルは言う。一般的な本の中には選択肢などない。話が決まっていて、最初から最後までそのまま続くのだ。

「あー、じゃあ、俺たちも城で断ってたら、王様に延々と同じ話されたのか?」

「そうかもね」

 あのときは何も考えずに即座に引き受けてしまった。やっぱりできませんと答えていたらどうなったのか、今更ながらにちょっと惜しい。テトも同じ考えらしく、残念そうに唸っている。そこへ、

「あの、城ってなに?」

 オルトが不思議そうに言ってきた。ルルは首を傾げて問い返す。

「お城、あったでしょ?」

「え、どこに?」

 互いに首をかしげた。かみ合わない会話に、疑問が湧く。

「ひょっとして、ニズさんとオルトくん、お城に行ってないの?」

「城なんてあったのですか? 私たちはこの村の近くの草原に現れて、それからしばらく怪物に追い掛け回されて、逃げ回っているうちに村に辿り着いたので」

 出発地点がルルたちとは違うようだ。魔術師にはかなり過酷な出だしだったのではないだろうか。

「変ね。話の出だしが違うって、おかしくない? あたしたちはお城の近くに出て、さらわれたお姫様を助け出すためにドラゴンを倒してくれって、王様に頼まれたの」

「ドラゴン!? 本気で戦う気!?」

 オルトは真剣に怖気づいているようだ。確かに強敵である。ルルたちの世界でも怪物の王とまで称される存在なのだ。

「いや、でも俺たちの目的は文字喰いだろ。無理に戦うこともないよな」

「うん。このメンバーでは絶対無理だと思うし」

 戦士と魔術師二人に町娘。これでドラゴンに挑むなど、はっきりと正気の沙汰ではない。

「それより重大なのは、この本、なんだか変だよね。ドラゴン退治に魔法使い退治でしょ。あたしは最初にドラゴン退治を受けてから、違う事件に巻き込まれて、解決していくうちにドラゴンまで辿り着くのかなって思っていたんだけど、ニズさんたち、最初の地点からあたしたちと違うし」

「ですね。おかしいです。始まりがひとつではないということでしょうか?」

 そんな本、ありえない。少なくともルルは読んだことがない。

「うわ、この本どんな内容なんだ? すげえ読んでみたい!」

「絶対文字喰いやっつけて帰って、この本読もうね!」

「おう!」

 今まで見たこともない本に出会ったようだ。これはなんとしてでも無事に帰って本を読まなくては。

「あの、何故嬉しそうなのですか。ここは怪しむところでは?」

「なに言ってるんだ? 面白いところだろ!」

「そう、喜ぶところなの!」

 面白そうな本に出会ったのだから、喜ぼうという理屈。本マニアのルルとテトにしか通じない理屈だろう。現に、ニズとオルトは理解できないといった様子で困惑している。

 マニアと常人の間には、深くて流れの早い川のようなミゾがあるのだ。

「……それはともかく、これからどうしたらいいでしょうか?」

「うん。帰りたいよ……無事に」

 魔術師コンビの声は元気がない。同僚が大ケガをして放り出されたのを知っているのだから、余計に怖いのだろう。

「とりあえず、武器だな。あとは……どっちがいいか」

 武器を購入してから、ドラゴン退治に赴くか魔法使い退治に出かけるか。相手をするならどっちがマシか。

「それ、選択しなくても魔法使いでしょ」

 ルルはあっけらかんと断言した。ドラゴンは化け物だが、魔法使いは人間だろう。ドラゴンの方に文字喰いがいると限ったわけでもないし、魔法使い退治に行ってもいいはずだ。

 魔法使いがいる場所も魔術師コンビが知っていた。村長は丁寧に説明してくれたらしい。

「場所が分かってるならさぁ……」

「うん、テト、言いたいことは分かってるから」

 勇士を募るなり大きな町に退治を頼むなりできたのでは、という話は置いといて、村の雑貨屋に魔術師コンビの武器を探しに行ってみた。不慣れな武器に戸惑いながら、ニズは鉄の槍、オルトはトゲ鉄球つきのモーニングスターを選んだ。二人とも重さによろめいており、どう見ても不安だが、ないよりはマシだ。不慣れなのにモーニングスターなどというテクニックの要る武器を選んだオルトは、撲殺武器だときいて青くなっていた。あまり深く考えずに、当たったら痛そうだからという理由で選んだらしい。

「基本的には俺が前に出るから、俺に当てないように気をつけてくれ。くれっぐれも! 俺に当てないように!」

 テトが強く念を押すのも無理はないことだろう。この分では誰もあてにはできないと考えているかもしれない。実際その通りなのでルルは苦笑しただけだった。

「ルルさんは何も買わないの?」

「ルルはいいんだよ。前に出してケガでもさせたら大変だろ」

「女性びいきですね、テトくん。それともルルさんだからですか?」

「ルルがケガしたら後で困る!」

「あ、ひょっとして二人って付き合ってる? 恋人だったんだ」

「違う! 俺のなじみの店の店員がルルなんだ!」

「出会いはそれですか。いやぁ、青春ですねぇ」

「違うってぇの!」

 ……男たちの会話がもれ聞こえていたが、ルルは知らんフリをした。頬が熱く感じるのは気のせいだと思う。今はとにかく、文字喰いを倒すことが先決なのだから。


青春……(遠い目)まだまだ続きます。

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