1 いきなり異世界に召喚されました
(ここはどこだ!)
巧人はあせった。学校の帰り道、不意に目がくらんだと思ったら、いつの間にか真っ暗な空間を漂っているではないか!!
(ライトノベルの読みすぎか?!)
あわてて頬を抓って見ると痛い!
真っ暗と言ったが、よく見ると星が見える空間を高速で飛ばされているような浮遊感がある。
(昨夜、『異世界召喚ものライトノベル』を読んでいたけど、主人公の置かれている状況と一緒だよ!)
そんなことを巧人が思っていると、不意に移動が止まった。
そして、星空の下、テラスのような場所に横たわっていた。
「ごめんなさい、無理やり召喚させられそうになっているように見えたから、『ちょっと干渉』してみたわ。」
優しげな女性の声が後ろから聞こえたので、振り向くと、中世ヨーロッパ風の豪華な衣装を着た金髪碧眼のこの世のものとは思えぬようなきれいな女性が立っていた。
(も、もしかして『異世界の女神さま』?!)
自分よりも背が高く、ふわふわした優しそうな二十歳前後に見えるきれいな女性が笑顔で自分を見ているのに気付き、巧人はどぎまぎした。
「あなたはもしかして、女神さまでしょうか?」
大きすぎる胸元にちらちら目が行きそうになりながら、何とか巧人は口を開いた。
「…女神…とは少し違いますが、多くの精霊たちを統括する役割は持っているわね。
で、仕事中にこの『異空間』を飛ばされているあなたの姿を発見したからちょっと干渉したの。『水晶球で状況を観た』けど、俗にいう『異世界召喚』をさせられているようね。
水守巧人君。」
「…やっぱり、俺は異世界に召喚させられるところだったんですね…。」
ある程度予想されていたこととはいえ、巧人はうなだれた。
「残念なことに私は『一時的にここにあなたを留める』ことしかできないけど、ちょっとした助言と贈り物くらいはできるわ。」
女性は巧人ににっこりほほ笑んだ。
「あなたはいろいろ「視る力」、ゲーム的に言えば『鑑定する力』を持っているようね。
どうやって使うかまでははっきりとは分からないけど、おそらくあなたが自分自身を含めたいろいろな人や物を『視たい』と思ったらいろんなことがわかるでしょう。
それから、この『祝福の腕輪』を差し上げるわ。召喚された世界で魔力を蓄えていって、あなたが必要な時に役に立つ力を発揮してくれると思うわ。
あら、そろそろタイムリミットみたいね。お元気で!!」
ゆるふわ系の女神っぽい女性が笑顔で手を振ってくれると同時に巧人の意識は途切れた。
~~☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆~~
周りのざわざわと人が騒ぐ声で巧人は目を覚ました。
数メートル先には20代半ばくらいかと思われる巫女姿の女性が立っていた。
そして、自分達が白い砂の敷き詰められた庭園のような場所におり、周りを紋付き袴姿の武士たちに取り囲まれているのに気付いた。ところどころ、忍者装束の者や、大奥に出てくるような着物姿の女性、少女の姿もちらほら見られた。
特に身分の高そうな武士の背後には城の天守閣がそびえたっていた。
(さっきのは夢?そして、これも夢?はたまた、時代劇風のドッキリの最中?)
巧人が混乱していると、巫女姿の女性が口を開いた。
「勇者殿、急に召喚するような無礼をして、申し訳ない。だが、我が国は存亡の危機に立っているのだ。できれば、力を貸して頂けるとありがたい。」
巫女さんは巧人に頭を下げた。
「…うーーん…。」
何と返事をしようかと固まっていた巧人の隣で、女性の声が聞こえた。
巧人と同じくらい?に見える黒髪の『ロシア風』と思われる毛布にくるまったネグリジェ姿の美少女がちょうど目を覚ましたところだった。
ちなみになぜ巧人がロシア風と思ったかと言うと、動画サイトで彼女とよく似た美少女の○○動画を見つけて、保存していたからだ。
そして、この少女はその動画の少女よりさらに巧人の好みだったが…。
「こ、この人は一体?!」
「…その方も我々が召喚した勇者だ。ぜひ、協力してわが国、いや、世界の危機を救う手助けをし欲しいのだ。」
“Где я? ”
ロシア風の少女は半分寝ぼけながら周りを見回していたが、周りの状況、自分の姿に気付いて、巧人を睨みながら叫んだ。
“Ничего себе, кто Вы?!”
「待って!!何を言っているかわからないよ!」
巧人は顔を真っ赤にしながら、叫ぶと、毛布を手繰り寄せていた少女は動きを止めた。
「……あなた、日本語を話しているのね…。」
そして、もう一度周りを見回して、きょとんとした表情で巧人に問いかけてきた。
「…そこの少年、サムライ、ニンジャ、ゲイシャ、フジヤマがあるということは…ここは…日本だよな?」
(この人絶対に勘違いしているよ!!)
内心ツッコミを入れた巧人はとある事実に気付いて、少女に問いかけた。
「フジヤマって、どこに?」
「ほら、あそこ」
少女が指さす方を見ると……確かに彼方に富士山のような山が見えた。
「ええ、大江戸の都から確かに富士山が見えるのですよ。でも、それにすぐ気付かれるとは…さすが勇者様です。」
巫女さんが心底感心したように口を開いた。
「勇者?どういうことだ?」
「それは……。」
ロシア風少女の問いに巫女が答えようとした時、城門と思しき方角から騒ぎが起こった。
「賊です!!賊が侵入してきました!!」
何人もの侍たちが外への門から駆け込んでくると同時に、その門が突破されて異様な集団がなだれ込んできた。
「はっはっはーー!!異世界から勇者を呼んで、我らに対抗しようとは小癪なことを考えるものよ!だが、今その勇者どもは私が粉砕してくれる!!」
その集団を見て、巧人の顎が外れそうになった。
(なんじゃ、こいつらは!?)
いかにもファンタジー世界の悪の魔導師風の男に率いられた集団は『頭に金のしゃちほこ』を乗せた、ゆるきゃらの着ぐるみの猫のような『侍?』たちだった。
そして、巧人の頭の中に『データ』が浮かんできた。
名前:しゃちにゃん
召喚獣
レベル:30
スキル:剣技 格闘
称号 ゆる系魔獣
何百匹というしゃちにゃんたちと侍たちが戦闘を始めたが、たちまち、侍たちが圧倒されていく。
「我は『悪の秘密結社・伴天連』の怪人四天王の一人、『召喚術師男』だ!しゃちにゃん達よ、侍や勇者どもを粉砕し、『姫』を捕まえよ!」
「「「にゃーーー!!」」」
しゃちにゃん達は一斉に鬨の声をあげる。
その声に身分の高そうな少女がびくっと震え、女性の忍者、侍たちが寄り添うように防備を固めようとする。
(僕に何かできることはないのか!?)
巧人が思うと再び頭の中にデータが浮かび上がってきた。
名前: 召喚術師男
伴天連怪人
レベル:175
スキル:召喚術
称号 怪人四天王
(侍たちを圧倒するしゃちにゃんよりこいつ、ずっとレベル高いのか?!
そうだ、弱点、弱点とかわからないのか?!)
巧人が懸命に思考を凝らそうとしているとき、ロシア風の美少女は近づいてきたしゃちにゃんの一匹を『殴り倒し』た。
そして、倒れた近くの侍の刀を手にして叫んだ。
「おっさん刀借りるぜ!!」
少女が手にした刀は白い光を放ち、近くにいたしゃちにゃんの一匹を頭から真っ二つにした。
「よっしゃ!!この程度の敵なら『俺一人』で大丈夫だ!」
呆然と見ていた巧人の頭にさらにデータが入ってきた。
名前:しゃちにゃん
弱点:頭のしゃちほこの目
「みなさん、その猫たちの頭の上のしゃちほこの目が弱点です!!しっかり狙ってください。」
巧人の声に追い詰められていた侍たちの目がよみがえった。そして、少女は…。
「少年、大事な情報をありがとう!!君の名前は?」
「…巧人、水守巧人です!」
「…巧人、ありがとう!俺はアナスタシア。アナスタシア・パザロヴァだ!」
アナスタシアは再び敵の方を向くと、刃を振るい始めた。
侍たちは前列が防戦に入りながら、後列から弓でしゃちにゃんの目を狙う戦術に切り替えた。また、忍者たちも手裏剣でしゃちにゃんの目を標的に切り替えた。
おかげで、崩れかけた戦線が何とか持ち直した。
そして、アナスタシアは……しゃちほこの目ごとしゃちにゃんを次々と真っ二つにして屠っていった。
(アナスタシアさんはしゃちほこの目を狙わなくても、単にぶった切ればい いのでは?)
次々にしゃちにゃんをなで斬りにして『怪人・召喚士男』に肉薄していくアナスタシアを見ながら巧人は思った。
「くそう、かくなる上は!出でよ、『モアイガー』!」
『怪人・召喚士男』が叫ぶと、召喚士男の足元の地面が大きく盛り上がった。
そして、地面を割って、巨大な石像と思しきものがせり上がっていった。
イースター島のモアイ像そっくりの頭、そして、その長い顔面に似合った、長細い胴体と手足をもった、高さ五メートル以上の石像が動き出した。
召喚士男はモアイガーの上に乗って、高笑いしている。
名前:モアイガー
召喚獣
レベル:150
スキル: 格闘
称号 ゴーレム系魔獣
「ああ、召喚&送還用の魔方陣が!?」
巫女が真っ青になって、立ちすくんだ。
(ええ?!巫女さんの様子から言って、非常にまずいことが起こったみたいなんだけど!!)
大きな不安に陥る巧人の目の前にさらにぼんやりと人影が浮かび上がってきた。
(へ?まだ、召喚した人がいたわけ?!)
人影は次第にはっきりとしてきた。