なつのこい
ホラーものは投稿したことがないので初になります。何気なく読んで、なんだこれ? となってくれると幸いです。
私は好きな人がいる。中学の時、一目惚れ。初めての恋は、なんだか胸が苦しくて。あの日は、一晩中眠れなかった。
同じ高校に進学するために徹夜で勉強して、受かった時はすごく嬉しくて、涙が止まらなかった!
高校生になっても、なかなか距離は縮まらなくて。1年生の時は、言葉を交わすこともできなかった。当然だった。私って臆病者だ。女友達と、益体のない会話ばっかりして、自分と向き合わない私。
彼は人気者だった。私なんかじゃ釣り合わないくらい。だから、誰にも言い出せなかった。彼のことが好きだなんて。
でも2年生の修学旅行の時。宿泊先の旅館で過ごす一夜、私は舞い上がっていたのかもしれない。グループのリーダーの女の子が中心になって、好きな人を告白しあおうということになった。私はつい勢いで、どうにでもなれ! と、彼の名前を口にした。
結果はサイアク。
リーダーの女の子も、彼のことが好きだったのだ。
「ふざけないで!」
いつもヘラヘラと笑ってばかりの彼女が、すごい剣幕で私に詰め寄った。私は言葉を失った。同じ部屋にいた子たちは、呆然とその光景を眺めていた。
「あ、あたしだって、あたしだってアイツのこと.........!」
泣き崩れる彼女に、やっと我に返った女の子たちが駆け寄った。何がなんだかわからなくて、けれど、恋をするって、こういうことなんだろうなって、他人事みたいに考えていた。
その一件から後、周りの人たちは私に対して冷たくなった。あからさまに避けるようになった。友達だった子たちも、よそよそしくなった。私が一方的に友達だと思っていただけなのかもしれない。なんだか馬鹿らしくなった。
私が好きな人は彼だという噂は、瞬く間に広がっていった。
周りから孤立する私を見兼ねて、先生は何度も心配そうに話しかけてきた。私は何も答えなかった。私の恋は、もう終わったも同然だった。今頃、色んな人たちの会話のネタにされているに違いない。彼にも、きっと。
どんな顔して彼に会えばいいんだろう。私が好きだって聞いて、彼はどう思ったんだろう。わからない。わからないことばかりが、わからないままに頭の中を埋め尽くしていく。
わからない。私は、彼と話したことがない。彼の好きな食べ物も、好きな曲も、好きなテレビ番組も、得意教科も、苦手なことも。私が見たことのない、色んな一面も。眺めていただけの私には、わからない。
こんな臆病な私に、彼を好きになる資格なんて、あったのかな。
私は悩むと、よく高い所に行く。学校では屋上だった。珍しいのかわからないけど、ウチの高校では屋上は開放されている。けれど、あんまり人は来なかった。よくない噂もあるらしくて、気味悪がって近寄らないのだとか。私にとっては、それが好都合だった。
見上げると、空が近い。吸い込まれそうな青が、私を包み込むようにして頭上に広がっている。私は、そこに浮かぶ綿雲になりたかった。悠々と流れ、風に溶けゆく真白の雲に。
そうして私の悩みも一緒に、風に溶けて消えてしまうのだ。素敵な考えだった。
高校生3年生の夏。
その日も私は屋上に向かった。
先客がいた。女の子だった。
私が心中で、誰だろう、またいつもの嫌がらせだろうか、と訝しみながら前を通り過ぎると、彼女が口を開いた。
「もしかして、あなたですか?」
身体が強ばるのを感じた。二人しかいない屋上。私宛ての問いかけだった。
「ワタシ、■■■の妹です」
彼の妹。それを聞いて、私は逃げ出したくなった。そこにいてはいけない気がした。
この一件で迷惑を被っているのは、なにも彼自身だけではない。少なからず、家族の人たちにだって迷惑はかかっているはずなのだ。
彼に会わせる顔がないのなら、同じくらい、家族の人たちにも会わせる顔はないだろう。
でも、いつかは会うことになるかもしれない。そんな予感はしていた。そしてその時は、ちゃんと謝らないといけないことも。
私は、うん、とぎこちない声で答えた。
すると彼女は、そうですか、と俯き気味に呟いた。
きっと、次に来るのは捲し立てるような罵詈雑言に違いない。そう思った。
けれど、違った。妹さんは柔らかな笑みを浮かべて、
「兄のこと、好きでいてくれてありがとうございます。それから」
忘れないであげてください。
そう言い残して、屋上から立ち去った。
この間みたいに、この間以上に、魂でも抜かれたみたいに、私はただ呆気に取られて立ち尽くしていた。
グラウンドから聞こえる運動部のガヤも、喨々と響くトランペットの音も、照りつける日差しも、肌にまとわりつくような熱気も、風に軋むフェンスも、傾ぐ木々の枝も、透き通るような空の青も。
私がひとりきりなんだと、雄弁に物語っていた。
「忘れないであげてください」
彼女の言葉の意味はすぐにわかった。
明日、彼の家族は遠くに引っ越すのだそうだ。
詳しいことはわからなかった。ただ、あまり名前も知られていない僻地なのだそうだ。
突然の別れだった。ともすればあの真白の綿雲と一緒に溶けてしまいそうなくらい、儚い別れ。
「忘れないであげてください」
忘れたくなかった。何もしないまま思い出にしたくはなかった。でも、私には勇気も覚悟もなかった。告白する勇気と、振られる覚悟。
せめて、勇気が欲しかった。どんな形であれ、彼を私に刻むために。
振られるのは目に見えていた。私も彼も、お互いのことを何も知らない。万が一にOKをもらっても、その先に待つのは遠距離恋愛だ。
それでも、一歩踏み出さないと、何も変えられない!
変わらないんだ!
次の日、私は彼に告白しようと決意した。
考えが甘かった。彼の家族は数日前から引越しの準備で忙しく、昨日はたまたま妹さんだけ用事があって来ていたのだそうだ。当日、つまり今日の朝、彼の家族はこの街を発つとのことだった。
形振り構っていられなかった。彼の住所を訊くと、一目散に学校を飛び出した。授業なんて、どうだってよかった。
前のめりになって、何度も足が縺れそうになった。
夢の中にいるみたいに、何だか身体が上手く動かせなくて、もどかしくて。それでも、抜き手を切って、澱んだ空気を突き進んだ。
夏の熱れがべっとりと肌にまとわりついて、汗なのか涙なのかわからないものが頬を伝う。目に滲む。視界が歪む。
どこに進んでいるのだろう。どこに向かっているのだろう。ずっと不思議だった。幼稚なこの片想いも、私の人生そのものも。
中学生の時、彼のことを知ってから、私にとっての全ては彼だった。夜空に輝くポラリスのように、私の進むべき道を照らしてくれた。
今の私は、暗闇の中。
月も、星も、私を独りぼっちにして。
私は。
もぬけの殻になった家を、ただじっと見上げていた。息せき切って辿り着いた先に待つ光景がいつも美しいとは限らないんだな、と独りごちていた。涙は、道中で既に枯れ果てていた。
彼の家は、私の初恋の終わりを告げていた。
それは同時に私の終わりでもあった。
私という空箱を埋めていた、彼という内容物の喪失。生きるという行為そのものに直結していた彼という存在。彼≒私。私は彼の為に生きていた。彼の為に息をしていた。彼の為に食事していた。彼の為に排泄していた。彼の為に笑っていた。彼の為に友達を作った。彼の為にイジメに耐えた。彼の為に■■■■した。彼の為に■■■■■■した。彼の為に、彼の為に。彼の為に......彼の為に?
彼の為だ。
だからきっと、彼も私の為に生きている。当然だ。
私は見事に結論を導き出し、ホッと安堵の溜息をついた。いつまでもここにいたって仕方がない。私はそそくさとその場を去ろうとした。
だが、ふと視界に入った彼の家の郵便受け。そこに挟まる一通の手紙。まるで、誰かを待っていたかのようだった。
私は気になって、おずおずとそれを手に取った。そして、驚きに目を見開いた。
『放課後、屋上で待ってます』
宛名は、私だった。
夕暉が屋上と、そこに佇む彼女を紅く染め上げている。グラウンドはいつもより少し、騒がしいようだった。飽きるほどリフレインされていた吹奏楽部の課題曲は、今日に限っては聞こえてこない。
いつもと違う放課後。いつもと同じ景色。
それは、変化を受け容れることを覚悟した彼女を、優しく後押ししてくれているようだった。
ぎゅっと、手紙を握り締める手に力が込められる。祈るように目を閉じて、永遠のようにすら感じる時間を、ただひたすらに待ち続けていた。
眼下の喧騒をかき消すくらいにうるさく鳴り響く心音を抑えつけて、ゆっくりと息を吐き、そして、
振り返った先には、彼がいた。
ここまで走って来たのだろうか。息は荒く、肩を上下させている。全身汗ばんで、カッターシャツが薄く透けている。彼女は目をまん丸にして、彼を見つめていた。
「ご、ごめん......」
「う、ううん。そんなに、待ってない。から」
「あ、いや......そっか......」
「うん......」
ぎこちない会話だった。二人の、初めて。
すぐに沈黙が訪れる。
探るような視線が、ぶつかっては離れて、ぶつかって、離れて。そんな遣り取りが繰り返される。お互い俯いたまま、時間だけが過ぎていく。
しかしやがて、彼女が意を決したように顔を上げた。
「■■、くん。わ、わた、私、ずっと」
「■■■」
そう彼女の名前を呼ぶ彼の顔は、彼らしからぬ、気恥ずかしそうな笑顔だった。
「オ、オレ、さ。よくわかんなくて。その、お前がオレのこと好きだって話きいて。でも、オレ、お前のことロクに知らなくて、あのさ......」
「.........ごめん」
「謝んなくていいって!」
「でも!」
堰を切ったように、想いが溢れ出す。
「■■くんに、すごく、迷惑かけたと思う。ごめん」
「迷惑なんて、思ってない」
ずっと聞きたかった言葉があった。
「オレ、■■■のこと、もっと知りたい」
どうやっても届かなくて、諦めていた。
「オレのことが好きなお前のこと、知りたい」
「.........うん」
でも、やっと答えが見つかった。
「だから、えっと............」
「と、」
もう、迷わない。
「友達からで、いいですか?」
「.........!」
鉄網越しに見た彼の顔は、すごく驚いてて。
こんな顔もするんだなって、私も驚いて。
「あ、う、うん。友達から。友達から、よろしく」
「ふっ......あはは! あっははは!」
なんだか、笑いがこみ上げてきた。
「な、なんだよ」
「ご、ごめん、なんだかね」
馬鹿らしくなったんだ。今まで悩んでた私が。
もっと早くこうなっていたらなって。
「.........よろしくね、これから」
私は、彼の元へと一歩、踏み出した。
それは、新しい私への一歩。踏み出せなかった勇気の一歩。
(大好きだよ、■■くん......)
徐々に暮れなずむ空が、夜の訪れを告げていた。
あれからひと月経った。
とはいえ、状況に劇的な変化があるわけでもなく。相変わらず私は、みんなに無視されていた。大方、例の元リーダーさんが嫉妬して裏からどうこうしているのだろう。くだらなかった。
元々、その程度だったってことだ。私と、あの友達との関係というのは。
それと、最近きづいたことだけど、私は結構、というか、かなり他人に対して素っ気ないのだ(もちろん■■くん除く)。以前から私を快く思ってなかった人も大勢いるらしい。そういう意味では今は、本来のあるべき形なのかもしれない。なんて。
あ、変化といえば、残念な変化があったのだった。
生徒の屋上使用禁止。聞いたときは、あまりのショックに寝込みそうになったほどだ。
なんでも、ちょっとしたトラブルがあったらしいのだが、何と言うはた迷惑。私のくつろぎと安息の楽園は呆気なく崩壊した。
でも、嬉しい変化だってある。
「ん、メール......」
差出人を見ると、案の定■■くんだった。
『昼休み、話せる?』
私はそっと携帯を閉じて、微笑んだ。
昼休み、私は建て付けの悪い鉄扉を抜けて、屋上に来ていた。
バレなきゃいいのだ。
とはいえ、そんなに頻繁には来ていない。別に見つかる確率がどうというわけではなく、気分の問題だけど。
「どう? そっちは」
『まあ、ぼちぼち。慣れてきたほうかな』
「そか。よかった」
購買のジャムパンを頬張りながら、近況報告をし合う。私たちが「友達」になってからの日課だった。
『そっちはどうだ?』
「ううん、相変わらずかな。よくない噂とかは聞くけど、実際に何かあったわけじゃないから」
『何かあってからじゃ遅いだろ』
「.........」
『つらいことがあったら、遠慮なく言えよ』
「......うん。ありがと」
■■くんはすごく優しくて。いつも私を励ましてくれる。
でも、いつまでもこのままじゃダメなんだ。
私もいつか、■■くんを支えられるようになりたい。それはいつになるかわからないけど。いつか、きっと。
「ねぇ、■■くん」
『なんだよ』
「私、■■くんの彼女になる」
『ばっ......なんだよいきなり!』
きっと顔を真っ赤にしてるに違いない。かわいい。
「いつか、■■くんが認める彼女になるから。それまで、待ってて」
『......お、おう。待ってる』
「うん」
『......ぐす』
「ど、どうしたの? もしかして、泣いてる?」
『あ、いや。泣いて、泣いてないぞ!』
「うそ、だって今」
『聞き間違いだ! 絶対!』
「え〜、うそ!」
『ホントだって! ホントに!』
「あはは! もうかわいいんだから~」
『だから!』
くだらないやりとり。でも、■■くんとなら、何よりも価値がある気がして。
きっと、それは本当のことで。
幸せすぎて涙が止まらなかったのは、ここだけの秘密。
この幸せが、私と同じように悩んでる子みんなにも訪れるといいなって、そう思う。
みんな勇気を持っている。きっと、上手く引き出すことができないだけだ。
私はそのせいで、一生後悔することになりそうだった。でも、誰かが支えてくれているって知ったから。
「忘れないであげてください」
私は、忘れそうになっていたのかもしれない。大事なことを。
それは、私にとっては勇気だった。
さあ、あなたは?
「■■くん」
『今度はなんだ』
「あのね―――」
end.
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