第八話 旅立ちのマジカルサークル
師匠からもらった鱗は厚過ぎたので、薄く柔軟性のある状態に変えてもらった。さらに、それを細かなパーツに切り分けてもらい、剥がした板金鎧の裏地に貼ることで、スキーに使う様なプロテクターが完成した。隙の多い防具だが、俺としては俊敏性を落とさないことを優先したかったのだ。
師匠に頼んで、ショートソードとナイフも作ってもらった。俺は刀剣類の目利きではないが、それでも惚れ惚れする程のでき映えである。何しろ聖剣並みの逸品なのだ。然もありなん。
盾も取りあえず作ったが、本来、拳法で戦う俺には不要な物だ。でも、せっかくファンタジー世界に来たのだから、剣と盾を持って戦う自分を見てみたくなるじゃないか。
「お前の荷物は、この中に入れておくと良いぞ」
師匠が投げて寄越したのは、大きめのショルダーバッグである。
「これに?」
サイズ的に、盾だけでも入れるのは不可能と思えた。
「これは魔道具だ。儂の異次元コンテナとは比較にならぬが、見掛けの10倍の物が入るようになっておる」
「こりゃまた、凄い便利道具が出てきたな」
盾を持ってバッグの口から入れようとすると、途中でフッと消えてしまった。これで収納したことになるらしい。
出す際には、対象を思い浮かべながら手を入れて、掴んだら引っ張り出す。
「こっちが異次元に引き込まれそうで怖いな……」
「生物は入らぬから安心せい。全部入れておくのだぞ。そうだ、確か装飾品の類もあったな」
師匠がジャラジャラと異次元コンテナから取り出したのは、魔法のアクセサリー類だった。それぞれの効果について解説してくれたが、パワーやスピードアップの指輪、状態異常を軽減するネックレス、魔法ダメージを軽減する腕輪などがあった。
「うーん、間違いなくハイスペックのアクセサリーなんだろうけど、俺の趣味じゃないなー。それに、どれも見るからに高級品なんですが、こんなの着けていたら目立って、かえって危ないんじゃないですか?」
「なるほど。言われてみれば確かにそうかもしれん。どうせ、お前には大して必要ではあるまい。儂が持っておくので、使いたくなったら言うがよい」
「分かりました。その時はお願いします。それに、金に困ったら、それを売ればいいんじゃないですか?」
「金ならあるぞ。ほれ」
そう言うと、師匠は異次元コンテナからドサっと重そうな革袋を取り出した。
「うわ、これ全部金貨や銀貨か。スゲー。初めて見た」
「ふっふっふ。ここに居れば黙っていても集まるからな」
「それって、殺された奴らが持ってたって意味ですか?」
「そうだが」
「強盗殺人の片棒を担がされてる気が……。いくら正当防衛だからって、神様怒らないんですか?」
「儂はただ殺そうなどと思わぬぞ。多少痛めつける事はあるが、懸命に翻意を促しておる。ただ、寝ている間に攻撃されると、無意識に反撃してしまうのは如何ともし難いのだ」
「龍退治に来たら、寝惚けて殺されたとか……情けなくて、あの世で泣いてますよ、きっと」
「あの世のことは、神々に任せればよい」
これ以上の会話は不毛と判断して、俺は出立の準備ができたことを告げた。リュックの中身も移し替えてある。リュックはここへ置いていこう。
「では参るとするか。ところで、この姿では長く飛ぶことができぬ。グランディア大陸に渡るなら、転移魔法を使うしかないな」
「転移って瞬間移動のことですか。便利な魔法があるんだなー」
「確かに便利ではあるが、制限もあるぞ。転移可能なのは予め登録された3地点か、直前に転移した地点と決められておる」
「なるほど。その登録地点から人間の街に行けるんですか?」
「いや、残念ながらグランディア大陸には無い」
「じゃあ、どうするんです?」
「直前に転移した場所がパレント王国の王都なのでな、今回はそこに転移しようと思う」
「パレント王国って、確かグランディア大陸の中央にありましたね。うん。いいんじゃないですか?」
「そうなのだが……まあ、それしかないからなあ……」
「何か不都合でも?気乗りしないみたいですけど」
「本音を言えば行きたくはない。だが、この際やむを得まい」
師匠は溜息をついて言葉を続けた。
「ただし、儂の存在は隠しておきたいので、精神体は出せぬがよいか?」
「まさか、指名手配でもされてるんじゃないでしょうね?」
「そんなはずはなかろう!ひとを何だと思っておるのだ」
「いきなり殴り掛かる暴力少女」
「お前、また痛い目にあいたいようじゃな」
「冗談。冗談ですよ。ははは」
危うく逆鱗に触れそうになり、俺は冷や汗を拭う。金龍相手に冗談を言うのは命懸けである。
「とにかくだ、王都では竜也が主体となって動いてもらわねば困る。よいか」
「分かりました。もう子供じゃないんだから、何とかなると思いますよ」
「そう言えば、竜也は何才になった?」
「もちろん15ですよ。ああ、師匠には3000年前の話でしたね」
「うむ。そうか、15か……。人族で15と言えば、もう一人前だ。お前のような世間知らずが15では怪しまれるだろう。取りあえず、12ということにしておくのだ」
「12ですか。俺、そこまで幼く見えます?」
「見える。この世界では、12でももっと逞しいぞ」
――本当かよ?日本じゃ中学校に入ったばかりの年だぜ?
「まあいいか。この世界のことは分からないから、お任せしますよ」
「儂の言葉に嘘は無いか、行ってみれば分かる」
「そうですね」
師匠は精神体を消して、俺の身体に意識を戻した。
『そうだ、師匠。師匠が主の時、俺は何も分からなくなるんですけど、どうにかなりませんか?』
『そうだな。視覚と聴覚をリンクさせておけばよいか。それと、気は感じられるはずだ』
『それでお願いします』
『了解した』
これで少しは同居生活もマシになるだろう。
そして、ふとある事を思い付いた。
『これから俺が主体の時は竜也モード、師匠が主体の時は師匠モードって呼ぶことにしましょうか』
『儂とお前だけの問題だ。呼び名など必要ないと思うがな。お前がそうしたければ、儂は構わぬぞ』
『決めておく方が、入れ替わりの時なんかに便利だと思いますよ』
これは、変身ヒーロー物のように『チェーンジ、師匠モード!』と叫んでから入れ替わる事を想定しての提案だった。
――だが待て、そんな恥ずかしい台詞、言えるわけねーじゃん。
この後、俺が当初の目的でこの名を使う事はついに無かった。
◆ ◆ ◆
いよいよ準備万端整い、王都へと転移する時がやって来た。
師匠が主体の俺、つまり、師匠モードとなった師匠は、目を閉じて精神を集中する。やがて、足下に直径5m程の円い魔法円が浮かび上がり、白い光を放ち始めた。
『では転移するぞ』
『レディ!』
「転移!」
師匠が叫ぶと、魔法円からの光が次第に上へと立ち上り、やがて俺の全身を包んで視界を奪った。