第七話 残念少女のトレジャー
「さて、そうと決まったら、早速準備せねばなるまい。竜也、付いて来い」
師匠が立ち上がってフワフワと移動を始めた。
「準備って、何かあるんですか?」
俺も慌てて立ち上がり、師匠を追って歩き出す。
「この世界は何かと物騒なのだ。身を守るための備えは必要だろう。まあ、今の身体なら生身でも大事無いとは思うがな。念のためだ」
確かに、あれ程酷く殴られても生きているのだから、そんじょそこらの相手には殺されたりしないだろう。
師匠に先導されてやって来たのは、部屋の奥にあった巨大な窪みの前である。
「何で、こんな所にクレーターが……」
「ここは、儂の寝床だ。何時の間にか、この様に掘れておった」
「これが寝床って……。やっぱ、恐竜や怪獣みたいだな」
「儂はゴジラか!」
「似た様なものかと」
目の前の窪みは幅20m、深さ3mくらいはあるだろう。
これ程のクレーターを作る金龍とは一体……。想像するだけでも恐ろしい。
「今は、お前の肉体が儂の本体の代わりであるから、ここにあった龍の体は消えておる」
「俺がこのサイズの体の代わりって……本当に大丈夫なんですか?」
器のサイズがあまりにも違い過ぎるだろ。いくらファンタジーでも心配になるぞ。
「言ったはずだ。儂の体は魔力で作られたものだと。故に大きさに意味は無い。単に貫禄を付けるために大きく作られただけでな」
「ただの見せ掛けですか」
「これ!無礼なことを言うでない。上に立つ者にとって、畏れは大事なのだ」
「そんなものですか。それで、何を持って行くんです?」
「あそこに武器と防具がある。どれでも適当に選ぶがよい」
師匠が指差したのは、壁際で山の様になっている何かだった。
「あれか」
薄暗い中近付いてみると、そこには武器や防具が山盛りになっていた。
「すごいなこりゃ。でも、俺にはどれがいいのか見当もつきませんよ?」
「どうせ武器は使えまい。無手のお前に重装備も不要。革鎧とナイフ程度で良かろう」
「革鎧か……暗くてはっきり見えないな」
山をまさぐりながら、言われたように革鎧を探してみる。
そして、何気に拾い上げた物を良く見ると……
「ぎゃー!」
それは紛う事なき人間のドクロだった。
俺は、それを放り投げて、転げる様にその場から離れた。
「師匠!これって遺品の山じゃないですか!」
「そうとも言う」
「他に言い方がありますか!」
「すまぬ。全部焼却したつもりだったが、まだ骨が残っておったか。なあに、ちゃんと浄化してあるから呪われたりせん。儂を倒して名を挙げようとした不届き者達のなれの果てよ」
「そういう問題じゃないですよ。こんな所の物使ったら、毎晩悪夢にうなされるでしょ」
「儂は気にならんがな」
「師匠と一緒にしないでください!」
「ここにある物は、勇者などが使っておった、いずれも逸品揃いだぞ」
「龍退治に来る奴らなんだから、それなりの装備だったでしょうね」
「これらも、ここで朽ち果てるよりは、新たな主に使って欲しいと願っておるはずだ。資源の有効活用、リサイクルというやつだな」
「俺には追い剝ぎか死体漁りにしか思えんのですが」
「まったく、気が小さい男だ。そんなヘタレで仙人になれると思うか」
「いえ、師匠の常識の方を疑ってください」
「この世界は日本のように甘くはないのだぞ。四の五の言わず、死にたくなければ覚悟を決めて選べ」
「また痛い目をみるのは嫌ですからね。仕方ないか……」
死んでしまえば、俺もこうなる運命だ。お仲間にならない為には失敬しておく他ないだろう。
「でも師匠、革鎧でもゴワゴワして動くのに支障がありそうです」
試着すると、剣道の防具を着けている感じだった。
「ふむ。ではどうするかだ……おお、そうだ。あれがあったか」
師匠は何かを探す様にキョロキョロしながら遺品の山の更に向こうまで飛んで行った。
「あったぞ。これだ」
持ち帰ってきたのは、大きな盾のような鱗と巨大な白い牙だった。
「長い間には、不届き者のなかにも儂の鱗を剥がしたり、爪や牙の1本くらいは折った骨のある奴らもおったのだ。防具の素材にはこれが良いぞ。儂の鱗だ。軽くて丈夫。魔法耐性まで含めて、これ以上の素材はあるまい。牙の方は剣になる。聖剣にも劣らぬ剣にな。ありがたく思えよ」
「捨ててあったくせに、何がありがたくですか……って、あれ?龍の牙や爪って、もしかして激レア素材ですか?」
「もしかしなくてもそうだ。特に金龍の素材など、これまで人間の手に渡ったことなどないはずだぞ。これらなら、儂の魔力でいかようにも形を変えることができるしな」
「人類初かー……」
その甘美な響きに感動し、俺は少しばかり金龍美少女、いや、師匠を見直した。
「じゃあ、盾は取っ手だけ付ければ良いかな。それから、気は進まないけど、この板金鎧の裏地を剥がして鱗を貼り合わせるか。でも、それにはボンド・・・は無理でも強力な糊が必要だな」
「糊か……ふむ、あれを使ってみてはどうだ?」
師匠が窪みの横にある巨大な岩の方を指差した。
俺がその場所に行ってみると、そこには鍾乳洞で見るような円錐形の岩があった。
「これって……確か石筍だっけ」
ちょっと手で触ってみると、べたべたした糊のような物が手に付いた。強烈な粘り気がある。
「うん、これなら糊の代わりに使えそうだ」
「そうだろ。そうだろ」
「あれ、だが待てよ……」
見上げると、目の前の岩が何かに似た形をしているように思えた。
「この岩って、師匠の枕ですか?」
「そうだ。なかなか気に入っておる」
「そこが枕で、この位置……って、ひょっとして、これは師匠の涎じゃないですか?」
「そうとも言う」
「だから、他に何て言うんです!あーあ、触っちゃったじゃないですか。きったないなー」
「この気高き金龍に対してなんたる無礼!いくらお前でも許さんぞ!」
「ひとに涎を触らせといて、何言ってるんです」
「ふんっ!まあよい。未熟な弟子のことだ。許してつかわそう」
「へいへい。あーあ、触るんじゃなかった。なかなかとれないな、これは」
俺は、近くにあったぼろ切れで手を拭いた。たぶん遺品の一部だろうが、この際気にしないことにする。
「元はともかく、糊としてはかなり強力だな。……あれ……待てよ待てよ。この色とベタベタは……。ちょっと!これって涎だけじゃないですよね?」
「………………」
「勘弁してくださいよ。何が気高き金龍ですか!涎と鼻水垂らしながら寝ておいて!」
「五月蝿い奴よのー。そんな些細なことで騒ぐでないわ。今、魔法で綺麗にしてやろう」
「綺麗になれば良いってもんじゃないでしょーが。残念過ぎますよ!」
「ふーむ、儂らは排泄をせぬはずなのだが、何故、涎と鼻水は出るのだろうな?」
「知りません!神様に聞いてください!」
――師匠、やっぱりあなたは残念少女だ。
俺が金龍少女に対して少しばかり抱いていた憧れと畏敬の念は跡形もなく吹き飛んだ。人類初かもしれない激レア素材を手にした感動も、すっかり色褪せていたのだった。