前編
「そんな格好で、寒くないの?」
ちらちらと雪が舞う寒空の下。
公園のベンチに座って俯いていた僕の後頭部に、聞き覚えのある声でそんな言葉が投げ掛けられた。
「……大丈夫です」
頭を上げてみると、そこに立っていたのは近所に住んでいる女子大生――水上雪さんだった。
背中の中程まで伸ばされた、艶のある黒髪ロングがチャームポイントな、お茶目系美人。
「どうしてこんなところに水上さんが?」
「ちょっと、必要なものを買いに駅前まで、ね」
そんな水上さんが、頭に雪をいくつか乗せながら、そこに立っていた。
「……、大体、そんなに足出してる水上さんの方が寒そうじゃないですか」
膝上五センチくらいのスカートから素足を伸ばす、なんて格好よりはまだ僕の格好(白Yシャツに学校指定のズボン)の方がマシに思える。
「おねーさんは――って言うか女子は、こう言うのに慣れてるから大丈夫なの。マフラーだって巻いてるし」
「だったら、男子だって寒空の下での薄着には慣れてますよ」
言いながら、十年くらい前を思い出す。
言いながら、小学生のころを思い出す。
半袖半ズボンで、暗くなるまで走っていたころを。
難しいことなんて分からず、考えず、考える必要もなかった。そんな、懐かしい日々を。
「……それは体を動かしてるから、でしょ?」
ぶるっ、と僕の体が小さく震えたのをめざとく見抜いた水上さんは、少し呆れたような声色で、ぐるぐる巻いたマフラーを解いて……って、え!?
「マフラー巻いてるから寒くない、とかさっき言ってませんでしたっけ!?」
「言ったよ? だから巻いてあげるんじゃない」
思わず立ち上がりながら叫んだ僕の肩に置かれる、水上さんの両の手。
薄いYシャツ越しに触れる手は冷えていて、水上さんの言葉が強がりだと語っている。
「はい、ちゃんと座る!」
「ぃでっ!」
ぐっ、と両肩に置かれていた手に力が入り、ベンチへと逆戻り。
雪でも踏んだのか、木製のベンチから伝わってくる冷たさに息を飲む。
「これだけでも、無いよりはマシでしょ?」
そして一瞬の隙を突いて、僕の首に素早くグルグル巻かれるマフラー。
しまった。濡れたズボンに気を取られたりしていなければ。
「よし、終わりっ」
ぱんぱんっ、と両手を鳴らし、腕で額の汗でも拭うような――汗なんてかく訳がないのに――仕草。
「うん。アンバランスだけど似合ってる似合ってる。アンバランスだけど」
「なんで二回言ったんですか?」
突っ込んでから、視線を下に下ろす。
安物のスニーカー(白)、安物のソックス(白)、学校指定のズボン(黒)、学校指定のYシャツ(白)、肌触りとかからして恐らく高級品であろうモコモコマフラー(ピンク)。
確かに、二回言われても仕方ない気がしてくるアンバランスさだった。
……何周も何重にも巻かれたマフラーは僕の口元まで積み重なっていて、水上さんのであろう微香が鼻腔をくすぐるる。
「とか言ってみたものの、やっぱり少し寒いかな」
言うが早いか、とんっ、なんて軽い音を立てながら僕の隣に座る水上さん。
「隣、失礼するね?」
そして、こんな言葉。
寒いから、なのかは分からないけれど、僕のすぐ横に座る水上さん。
狭いから、なのかは分からないけれど、
僕のすぐ横に座る水上さん。
腕と腕が触れあったり、なんか良い香りがしたり。ちょっと心臓が早く動いても仕方がないんじゃないかなこれは!?
「えっ!? ちょっ!? 雪あるしスカート濡れますよ!?」
なのになんで僕は、こんなよく分からない言葉で突っ込んでいるの馬鹿なの!?
「放っておけば乾く!」
「いや、座ってる限り乾きませんよね!?」
「中にも穿いてるから冷たさも伝わらないし、大丈夫大丈夫!」
「そう言う問題ですか!?」
「あ、ちょっと借りるね?」
僕の突っ込みを無視しながら、水上さんは僕の首に巻かれたマフラーへと手を伸ばす。
そして、マフラーを三、四周分解いて。自分の首に巻いた。
「これで良し、っと」
一本のマフラーを、男女で巻く。
事情を知らない人から見たら、こんなにま恋人っぽい状況で恋人じゃないなんて考えられないのかもしれない。
でも、違うものは違うのだ。
「さあ、おねーさんにキリキリと腹を割って口を割って頭を割って吐き出してみちゃいなさいよ」
「それ、ただのグロテスクな死体ですよね?」
正直、想像すらしたくない光景になりそうだよそれは。
「……グロテスクな死体が残るような失敗談だとしても骨は拾うよ、って言う意思表示だよ!」
「僕を殺人犯にでも仕立てるつもりですか」
「そんなことをするような子じゃない、っておねーさんはちゃんと分かってるよ! でも一応、念の為、話を始める前に確認と言うか宣言と言うか!」
「頭を割る、って表現があると思ってたんですよね?」
「……はい」
しゅん、と少し落ち込んだような表情。
でも、お陰で空気が少しなごんだ。
でも、お陰で元気が少し出てきた。
だから、誰かに吐き出したかった言葉を吐き出せるのかもしれない。
氷の固まりだった胸のつっかえが、道の端に固められた雪のように、少しずつ溶けていく。
時が経つと、この胸のつっかえも、道の端に固められた雪のように、汚くなっていくのだ。
そんな感じだ。
だから、今しかない。
だから、口をひらく。
「……失恋、しちゃいまして」
十二月二十四日。
クリスマスイヴ。
家族と、友人と、恋人と、ゆっくりと過ごす日――になってしまっているが本来は元来は違う。
そんな日に。
僕の好きな人は、一つ屋根の下、今夜は、彼氏と一緒に夜を越す。
僕の好きな人は、雪降る空の下、今だけ、近所に住む年下と居る。
僕の好きな人――水上雪さんには、彼氏がいる。




