(7) The Best I Can Do
ガンジャのネット販売は、順調だった。
丁寧に紙で巻いて、しゃれた箱にきっちり詰めて厳重に包装した商品は、相場よりやや高値だったが、凝ったパッケージが人気を呼んで、またたく間に最初のビニール袋を売り上げた。
箱のデザインは、令奈と由香が担当した。
二人はそれぞれ、ラスタ文化の象徴みたいなイラストを描き、ひそかな人気を集めた。
由香は、箱を何に使うのか知りたがったが、令奈は教えなかった。
由香には、やはりネットで手に入れたMDMAにはまって、友人達の必死の説得でようやく止めた、という前科がある。
それに、気がいいだけに口が軽いところもある。
しかし、何よりも、知らなければ罪にもならない―そう考えて、令奈は黙っているのがベストだと思ったのだ。
第一弾が完売し、第二弾を開始するまで、時間はあまりかからなかった。
その間、令奈は由香から奇妙な話を聞いた。
Q中学の髪決め少女麻衣が、暴行傷害で補導されたというのである。
しかし、麻衣を始め一緒にいた少女達も、主犯格の麻衣の姉も大なり小なり怪我をしていること、襲われた被害者の外国人が逃げてしまったことなどから、結局すぐに釈放されたらしい。
「なんかなあ、麻衣のお姉ちゃんがリーダーになってオヤジ狩りしよったらしいねん。」
「いまどき?」
「でなあ、外人のおっさんボコっとる時になあ、急にケンシロウみたいな男が出てきよってなあ。」
「何やねん、それ!」
令奈は爆笑した。
由香も笑いながら、
「そいつ、めっちゃ強かったらしいねんて、麻衣のお姉ちゃんなんて、鼻の骨は折られるわ、肩とあごは脱臼するわで、大変やったらしいねん!そんでなあ…」そこまで言うと、由香は急にげらげら笑い出した。
「麻衣がなあ、ケンシロウに髪の毛切られよってん、そんで今ズラで学校来てんねんて!」
「ズラなら、ますますアタマ完璧やん。」
「ほんま、それ。」
「髪の毛切るなんて、ケンシロウ変態やん。」
「変態!バンバンやあ!」二人は、ぎゃはははと笑った。
麻衣のグループは、凶暴きわまりない麻衣の姉を、いわば最高顧問のようにして学校内外で好き放題にふるまっていたが、オヤジ狩りも彼女達の重要な収入源であり、エネルギー発散の場でもあった。
そんな彼女達の耳に入るよう、カモがいると、それとなく噂を流したのがアスラだった。
麻衣と仲のいいヤンキー少年のそばで、金を持った外国人がよく通る場所と時間帯があるらしい、とつぶやいたのだ。
彼らは見事にかかった。
ケンシロウのような男、というのは、令の母親が任されている仕事の用心棒で、アスラの父親が殴られている中に割って入り、どさくさに紛れてガンジャを盗み出し、ついでにヤンキー少女共を追っ払ったのだ。
麻衣の髪を切る、というのは令が吹き込んだものだ。
「悪しき恋愛至上主義者への罰さ。」
「恋愛至上主義者?
何だ、それ。」
「要するに、自分がクソだってことに気付かず、傍若無人にしてる女って、たくさんいるだろ。」
「うん。」
「そのくせ、あいつらは、惚れた男の前ではがらりと態度を変える。
で、こいつも女の子だったんだなと思い出した頃には押し倒されて、圧死寸前だ。たまらんよ。」
「お前、うまいこと言うなあ。医者になるよりシナリオライター目指した方がいいんじゃね?」
アスラは笑った。
「とにかく、男と髪の事しか考えない奴は、とことん頭を冷やした方がいいんだ。」
「もう冷えてるさ。
てっぺんを根元から切られてんだ。」
二人は、ハゲタカのヒナのように笑った。
麻衣は、相変わらずアスラに近づきたくて近づけないといった調子で、ウイッグでいっそう完璧になった頭を光らせながら、下層民の少女達にはおなじみの悪事を繰り返していた。
学校では、実力テストの結果が出て、アスラの成績が飛躍的に上がっていた。
令と二人で勉強した効果が出たのだ。
アスラに答案を返した時の、教師の驚きと満足げな表情を見逃さなかった麻衣は、アスラがまた一歩遠ざかったような気がして、面白くなかった。
そんな麻衣に、グループの仲間が、新しく手に入れた物がある、と誘いかけてきた。