(6) Working Overtime
アスラは呆れて、しばらく絶句していたが、
「血は争えん。」
と言って、笑い出した。
「DNA恐るべし。」
笑い続けるアスラに、令は携帯を見せて筆談を始めた。
「で、どうする?」
「どうしたいんだ?」
「売れば金になる。」
「金に困ってるのか?」
「いや。まあ金はいくらあってもいいけど。」
「そうだな。」
「Z高来いよ。」
「高校、募集しないんだろ。」
「二月に編入試験があって、一人か二人とる。」
「金、払いきれない。
三年分も稼ぐのはムリ。」
「一年分稼いで、後は奨学金で。」
「試験通らない。」
「お前ならやれる。俺が手伝ってやる。」
アスラは顔を上げて、令を見た。
令はうなずいてみせた。
二人は目立たないように、立ち上がると、楽屋を目指した。
従業員がうろうろしていたので、トイレに行くふりをし、いなくなったところで令が見張りをつとめ、アスラは楽屋に忍び込んだ。
ライブは盛り上がっていた。
令にはよくわからなかったが、ベテランのミュージシャン達がくつろいで、楽しみながら演奏している、そんな感じだった。
しかし、時間の経つのが遅い。遅すぎる。
しだいに胸の中に不安が広がり、口の中が渇き始め、心拍数が上がるのがわかった。
自分でも情けないくらいに、心音が大きくなり、冷や汗まで流れ出てくる。
この時、令は、今まで自分がいかに悪い事をしたことがなかったかを自覚した。しかし、もう後戻りは出来ない。
罪悪感はなかったが、危険な賭けに出ている事だけを痛いほど感じていた。
アスラが戻ってきた。
手ぶらだったが、令は何も聞かず、別々に戻ろうとだけささやいて、客席に戻った。
席につくと、アスラは
「うまくいった。」
とだけ言って、一気に水を飲み干した。
「これからが厄介だけどな。」
「販売方法とルートの開拓なら」
令は、横目でアスラを見て言った。
「あてがなくもないよ。」
「ネットを使うか。」
「しかないだろ。
ただ、万一の事を考えて、打つべき手は打っておいた方がいいな。」
「どうするんだ?」
「俺のおふくろに話を通す。お前がいいと言えば、だけど。」
「なるほど。
そっち方面には顔がきくってことか。」
「たいしたことないと思うけどな。」
「何もないよりは、はるかにましだ。」
二人はやっと、安心したように笑った。
ライブが終わると、アスラは令の家に泊まると母親に告げ、自転車の後ろに令を乗せて、家に向かった。
到着すると、早速、戦利品のチェックが始まった。
「結構あるな。」
「巻いてあるやつは残して、草だけ持ってきた。」
「賢明だ。」
「品質はそう悪くないと思うよ。」
「あれだけラリってりゃな。それより、腹減ってない?」
「減った。」
二人は、令の母親が用意しておいた料理を平らげ、明け方まで、一眠りすることにした。
「あのさ。」
「何だ?」
「後悔してない?」
「乗ったのは俺だ。
あんな事を言い出したのは、意外だったけど。
俺のためだけでもないんだろ。」
「そんなこともないよ。」
「…ま、いっか。
とにかく、下手打たないようにしないとな。」
「ああ。」
そのまま、二人は眠りに落ちていった。
目がさめると、初夏の太陽は早くから部屋中を照らし始めていた。
台所では、令の母親が朝食のしたくをしていた。
毎日明け方に帰り、弁当と朝食を作ってから、一眠りするのだ。
「おはよう。
アスラ君泊まったの?」
「うん…あのさ、相談がある。大事な話。」
「大事な話。」
母親は繰り返した。
「食ってから話すよ。」
令はアスラを起こしに行き、朝食を済ませると、例の大量の草が詰まったビニール袋を持ってきて見せた。令の母親は驚いて令の顔を見つめ、次いでアスラの顔を見て、また令に視線を戻した。
令は、昨夜のあらましを説明した。
「いきさつはわかったけれど、目的は?」
令の母親が尋ねた。
「もちろん金。
これを売りたいんだ。」
「稼ぐ目的は?」
「俺の学費です。」
アスラが答えた。
令の母親はうなずいた。
「よくわかりました。
でも、これを全部売っても一期分くらいにしかならないわ。」
「わかってる。
だから相談したんだ。」
「あたしに何を聞きたいの?」
「販売は俺達でやる。
ネットを使えばリスクはかなり減るだろうし、こいつのPCの腕は確かだよ。
ただ、邪魔が入るとまずいよね、だから情報と保護が必要なんだ。」
「つまり、ボランティアをやれと言うわけね。」
母親は、二人の少年に向かって、にっこり笑った。
「ママいつも言ってるよね、教育が全てだ、でも、金がなければ教育は受けられない、チャンスすら金で買う時代だって。
こいつにはチャンスが必要なんだよ。」
「リスクは俺がかぶります。」
アスラはけなげに言った。
「ブツも、もっと取ってきます。」
と言い、
「近いうちに親父がこっちに来るんだ。
きっとたくさん持ってくる。」
と、令にささやいた。
「駄目よ、危険だわ。
それより何かいい方法は…」
「オヤジ狩りするとか?」
「それ、いいかも!」
令の母親は、ぱちんと指を鳴らした。
「アスラ君のお父さんにはお気の毒だけど、少しだけ殴られるのを我慢してもらって、後はこっちで何とかするわ。」
そう言うと、母親は、計画の詳細を話し始めた。