『流行についていけない』 自殺恐怖症
通学路を歩く。並木道に桜が舞い散る中、道の端には寝ている女性がいた。頭がぱっくり割れ、そこからおびただしい量の血が地べたを這いまわり側溝へと流れている。おそらく、隣のマンションから飛び降りたのであろう。前方にある電信柱を見ると、そこには柱の足場からロープが伸びており、男の首を絞めていた。近くを見渡すと結構な量の死体が散見する。
今日も世界は平和だとみんなは思うかもしれない、だけど、わたしはそうは思わない。
唐突だが、わたしは流行がきらいだ。まぁ、わたしみたいな女子高生なんてもんはそれはそれはミーハーな人が多いだろう。
流行ってもんは大体、人が作ったものだ。誰かが金儲けを、甘い蜜を吸いたくて意図的にブームをつくるものだ。
いつもは流行を目や耳に入れないで無視していた。だが、今回ばかりはそうもいかない。
だって、今世間で流行っているものは……。
やっと授業が終わったぁ。早く帰って今日発売の宮木先生の小説の新刊を買わなきゃね。やっぱり買うんだったら駅前の書店かな? あの店の品揃えはとっても素晴らしい。マイナーな小説もちゃんと置いてあってとっても重宝するんだよね。
さて、帰るとしますかねーって。となりの席うるさいなー。流行の話はキライなのに。
「なんだぁ? アンタも早く流行のっかれよなぁ。ギャハハ、ワタシなんか来週みんなで練炭自殺するんだけどぉ」
となりの席に座る下品な笑いをする女が誇らしげに自殺をすると話してくる。勝手にすればいいのに。
「うおぉ、来週が待ちきれねぇ。今からマジ楽しみだわー」
女の背後に立つ男子が意気揚々と語る。来週逝くんだったら、今すぐ逝きなよ。今いる、わたしたちの教室は校舎二階。ここから頭から飛び降りれば、すぐに逝けるのにさ。
はぁ、こうやって、自殺恐怖症の私をこいつらはすぐにからかう。自分達だって自殺しないで生きているクセに。この世に生きている以上、こいつらがわたしに言う資格はないじゃん。
少し前は自殺なんか全然流行じゃなかった。たまにニュースで、人生に疲れた人がインターネットの自殺サイトなどというものを利用し、自殺したい人が集まって集団自殺をしたとか。イジメを受け、誰も助けてくれない世の中に失望して自殺をした、なんてことはあったけど。
本当、今では考えられないことだと思う。今では自殺したい人があちこちにいるから、一人で自殺する人もいるけど、友達や恋人、家族とするのが普通になっている。
自殺恐怖症なんて言葉も出てくるし。そういえば自殺恐怖症の元々の意味は違かったらしい、“自分が自殺してしまうのではないかと恐れること”だったらしいんだけど。今では“自殺を怖がり、自殺しない人”って意味になっていて、わたしはこの流行をより狂気に感じた。
わたしは学校の図書室を訪れた。さすがに今回ばかりは無視を決め込むことはできないだろう。
すごい目立つところに自殺関連の本があった。学校がこういうのを置いていていいのか?
ふむ、この世界的自殺ブームを作ったのは、一人の青年だとわかった。
一年前、とあるアメリカ人の青年は、ある朝、会社である大手企業に向かう途中。歩道を歩いている際に暴走したトラックに突っ込まれ、吹っ飛ばされたという。レスキュー隊が駆けつけたとき彼はすでに息はなく、頭を強く打って即死であったらしい。完全に青年は死亡したいた。だが、その青年はなんと葬儀中蘇ったのだ。
生き返った青年は死後の世界がどんなものかを本にし、七〇〇ページほどの本を一三冊。それを寝る間を惜しみ、一気に書ききった直後。青年は自宅である高層マンションから飛び降りたという。死後の世界の良さを彼はこの世のものに教えたかったのだろう。
死後の世界の本。わたしはその本を未だかつて読んだことがない。彼の本は日本語に翻訳され、どこの本屋にもかならず置かれていた。どれほどまで死後の世界を美しく、魅力的に書けばこれほど自殺者が出るのであろう。
……いや、案外単純なのかもしれない。この世界より魅力的に書けばいいんだ。この世界に失望してる人なんていくらでもいる。毎日、同じことの繰り返しで退屈だ。
だけど、死後の世界が本当にあるかなんて分からない。だからこそ、私みたいな自殺恐怖症である、この世に未練があったり、自殺する勇気や踏ん切りの付かない人がいるのだろう。
この本に書いてあることが絶対であるなら、もっとたくさんの人間が死ぬであろう。それどころか全員があの世に移住するかもしれない。
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やっと授業が終わったぁ。うぅ寒い。早く帰って今日発売の宮木先生の小説の新刊を買わなきゃ。やっぱり買うんだったらまた駅前の書店かな。マイナーだから他には置いてないかもしれないし。
うー。書店の良い感じの暖房が心地いい。お、あったあった先生の新刊。さーて買おうっと。
レジの近くにはワゴンが置いてあった。そこには分厚い本が一冊一〇〇円ほどで投げ売りされていた。よくもこんなに仕入れちゃって。寂しいねぇ。ブームが過ぎたら在庫なんてただのゴミも同然なんだろうな。
さて、そろそろ帰りますか。帰って新刊読まないと。
通学路を歩く。並木道には枯葉やイチョウが舞い散る中、道の端には寝ている犬がいる。あくびによって大きな口がぱっくり開かれ、そこからおびただしい量のよだれが垂れている。電信柱を見ると柱の足場には、猫がのっていて私にエサをくれと言わんばかりに見つめてくる。エサなんか持ってないよ。近くを見渡すとそこら中には、こないだ少し降った雪がまだ残っていた。
今日も世界は平和だとみんな思うかもしれない、私もそう思う。
今でもあのブームに疑問点がある。なぜ、あそこまで流行したのだろう。
どこの書店でも売られていたし、ましてや学校にまで置いてあるしまつ。もしかして……政府が? 物凄い勢いで人口は年々増え続けているし、もしかしたら……。外で自殺しているように見えた人間も刑務所の死刑囚なのかもしれない……と、色々と勘繰ってしまった。確かめることも出来ないのに、誰がブームを作ったかなんて、普通の女子高生のわたしに分かるワケがない。それにもう終わったことだ。
もし、あの本をわたしが読んでいたら今頃どうなっていたんだろう。本の魅力や周りに流され自殺していたのだろうか。本当に自殺したらあの世ではその本のような世界が広がっていたんだろうか。
END