第4章 散りゆく世界 -3-
「あの……」
「何かしら?」
しれっと西條は答えた。
「いや、何でこんなところに連れてきたんですか……?」
柊がそう問うのも無理はない。
昼食の買い出しに出かけたはずが、連れてこられたのはなんと地下都市、それも第4階層の鍛錬場だ。
辺りはただの灰色のコンクリートの塊。食材を買いに来て道に迷った、などと言うお茶目な超絶方向音痴ではないだろう。
「んー? 美里ちゃんがむくれてるからかな」
「むくれてるからって鍛錬場ですか……? それに、別に私はむくれてなんか」
「鏡見る? 当社比一五〇パーセントくらいでむくれてるよ?」
変わらない適当な調子に、柊も思わずため息をついた。
「ため息の多い女性はミステリアスって言うけれど、美里ちゃんのはちょっと違うかな」
「それで何の用ですか? お昼ごはんの買い出しもしないといけないんですよね?」
柊に少し睨まれたが、西條は気にせず笑っているばかりだった。
「――やっぱり、大輝くんがおねーちゃんとは言え女の子と楽しそうにしているのは、見過ごせないのかしら?」
「……そうだとしたら、何なんですか?」
「そうねぇ。もしそうならきっちり宣言しておこうかと思って」
にやり、と彼女は笑う。
「大輝くん、わたしにちょうだい」
唐突な言葉。
意味など、レベルSになるほどの頭脳を持つ柊が分からないはずがない。だが、それでも彼女は問うてしまった。
「どういう、意味ですか……?」
「ん? 大輝くんって格好いいしね。このわたしに見合うような人はいないと思ってたけど、大輝くんなら問題ないよね」
西條はそう答えた。
つまり、誰よりも強い能力者であり、おそらくこの世界で最高峰の頭脳を与えられた彼女だからこそ思う、世界の限界。
自分の住む場所と他との世界に、絶望的なほどの差異を感じてしまったのだろう。
「何を言ってるんですか? 大輝と真雪さんは姉弟だって――」
「それを全面に押し出しておかないと、いきなり距離を詰めるのなんて無理じゃない?」
はっきりと彼女はそう言った。
そう言われればそう思えてきてしまうほど、彼女の飄々とした態度は裏がまるで読めない。
「本当に、それが目的なんですか?」
「なぁに? 他に目的が欲しいならいくらでも作ってあげるけど。――そうね、例えば同じイクセプションを倒したという霹靂ノ女帝を倒すことで、わたしは自分の最強性を示せる、とか?」
確かに、かつて柊は一度だけ東城に勝利している。
神戸が神ヲ汚ス愚者だと判明した直後の出来事。まだ東城が所長と戦う前のことだ。
その時の戦いはただの一方的な八つ当たりでしかなかったし、実際に東城を倒したわけではない。
だが、そのまま本気で続けていれば間違いなく柊が勝利を飾っていただろう。
「……だからって、それでも私と戦う理由は分かりませんけど」
「だろうねー。言っててわたしもこれじゃ理由にはならないかなって思ったわ」
たはは、と笑いながら西條は答えた。
「ふざけているんですか?」
「八割方ね」
「――つまり、二割は本気だと?」
ピリッと、空気が変わる。
「察しがいいわね。その通りよ」
二歩、三歩と歩いて、西條は柊と距離を取る。
「大輝くんをちょうだいっていうのは本気よ。理由まで本当かどうかは想像に任せるとして。――でも、姉として接するにしても美里ちゃんは気分が良くないでしょ? それで大輝くんがヤキモチで攻撃されたら可哀そうだし、あらかじめ予防線を張っておこうと思って」
つまり、先程の風呂上がりの裸騒動のように、柊まで無関係に怒るという可能性を彼女は排除しようというのだ。
――排除した結果、自分と東城がより濃密な時間を過ごせると理解して。
「……私一人ですか?」
「七海ちゃんは言葉で分かってくれるタイプでしょ」
それは暗に、柊は言葉よりも先に手が出るタイプだと言っていた。
「つまり、勝負で勝つことで自分の弟には手を出すな、ということでいいですね」
「だいたい合ってるわね」
そう答えた瞬間、柊は全身から紫電を撒き散らした。
「――ということは、ここであなたに勝てば、大輝にべったりするのはやめてもらえるんですよね?」
「勝てないから関係ないかな」
柊と西條の視線が正面から衝突する。
ベクトルは多少違えども、どちらも愛する者を賭けた勝負だ。
手を抜くことなどあり得ない。
「いつでもどうぞ」
西條がそういうと同時、柊は跳んだ。
西條の能力のレクチャーは既に彼女自身の口から受けている。彼女の能力は確かに優秀だが、唯一、移動性という点に欠けている。
それに対し柊の霹靂ノ女帝が特化しているのは、応用力、破壊力よりも群を抜いて『速度』の一点である。単発の攻撃速度は発光能力者の次席、自身の移動速度などを含めれば総合的な速度で一位に君臨する、最速の能力者だ。
「一撃で終わらせますよ」
柊の右手に、紫電が収束される。
そしてそれを頭上から振り下ろすと同時、全方位を灰色のコンクリートに囲まれたこの場所で落雷が生じた。
――だが。
「甘いわよ」
西條は無傷で立っていた。氷を頭上に展開し、そこから氷の回路を繋げることで柊の電流を受け流したのだ。
「舐めないでほしいわね。大輝くんに聞いたでしょう? わたしは彼に三回連続で勝利している。その時点で実力を推し量れないようじゃ、美里ちゃんに勝ち目はないわよ」
「そうかもしれませんね」
柊はポケットに手を入れ、パチンコ玉のような小さな金属球を取り出した。
「ローレンツ力による投射――さながらコイルガンかレールガンかしら?」
「喋ってる間に、打ち抜きますよ」
バチッ、と紫電が散る。
それと同時、二十個近い金属球はオレンジ色の尾を引いて射出された。
だがそれも、分厚い氷の壁に阻まれる。
「――なるほど。その手の防御は三田芽依に似てるわね……」
誰に喋りかけるでもなく、柊は呟いて確認していた。
三田芽依。地形操作能力者のアルカナ、大地ノ恋人だ。彼女は大地(正確にはコンクリートなどの人工的な地面も含まれる)を操り、それを壁や柱状にして対象を圧殺、あるいは敵の攻撃の防御を得意としていた。
それに一度は柊も苦しめられている。
だが、それでも柊は彼女を撃破している。
「防ぎきれない膨大な電力で吹き飛ばせば、それで終わりです」
突如として柊の全身から落雷級の放電が始まる。――しかし、それらも全て次の一撃に欠ける充電のようなものだ。
たった一撃。だがそれは絶対の強者であったあの研究所の所長すらねじ伏せた実績のある、単純にして最強の槍だ。
「短期決戦ね。そのアイディアは悪くない――というより、初めから長期戦に持ち込まれそうになっていた大輝くんがどうかしているんだけど」
実力の分からない相手、あるいは自分よりも強い相手とは戦闘を長引かせるべきではない。むしろ相手が体勢や陣形を整える前に奇襲のように攻め立てるのが定石だ。
「――でも、残念」
ふっ、と。まるでろうそくの火を息で消すかのように軽い動作だった。
直後。
けたたましい爆音が鳴り響き、熱風と共に凄まじい圧が柊の全身を叩きつけた。一瞬で柊の全身を取り巻く紫電の渦は、激しい爆発音と共に消失したのだ。
「――ッ!」
超至近距離で爆弾をばらまかれたような柊は、とっさに高速移動で後方へ退避していたとはいえ、目を剥いて驚かざるを得なかった。
あり得ない。
――そのたった一瞬のうちにこの鍛錬場全域を、舞い散り舞い上がるようにして、雪が埋め尽くしていたのだ。
「わたしの能力でも特に特化しているのは、その生産性。この程度は造作もないの」
西條は笑って、柊に近づく。
とっさのバックステップで柊は後方へ跳ぼうとするが、それもままならない。
柊の高速移動は靴底の金属板に電流を流し、同時に空気中への放電を捻じ曲げて作ったレールの上を滑らせて初めて成立する。
つまり空間全てを埋め尽くすようなこの雪が、柊の作った放電のレールを勝手に拡散させてしまうのだ。
「さぁどうする? この空間はわたしの雪に支配されている。それはつまり、放電と同時に水蒸気爆発を起こして美里ちゃんが大ダメージを負うっていうこと。逆にわたしは、いつでも雪を氷の塊へと変化させて美里ちゃんの首を掻き切ることが出来る」
西條からはもう戦う意志が感じられない。――もう彼女は、勝負は決したと思っているのだろう。
隙を突くなら、今しかない。
「――ッ!」
だがこの状況を逆転するだけの手段が、柊にはなかった。だから、彼女は小さく舌打ちするしかなかった。
能力による攻撃の全てを封じられた以上、西條がこの雪を氷の刃に変化させる前に勝負をつけるだけの速度が、柊にはどうしたって得られないのだ。
認められない。
たった数手での出来事だ。
それで最強の発電能力者の柊が、敗北したのだ。




