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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第4部 クレイジー・スノー

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第4章 散りゆく世界 -1-


「つーわけでさ」


 それから数日後。忙殺されていた東城にようやく出来た休息の日に、彼は朝から地下都市のいつもの喫茶店で西條と美桜のことについて話していた。

 相手は柊、七瀬、神戸の三人だ。


 服装も相変わらず制服、私服、制服と代わり映えしない、いつものそれだ。七瀬に関しては微妙に変わっているらしくそれを東城に指摘されたがっていたようだったが、色遣いなどはだいたい同じであった以上、鈍感で有名な東城が判断出来る訳がない。

 結果として見栄えはそれほど変わらない三人の中で、東城だけがTシャツにジーンズ、上にカッターシャツを羽織るというラフなスタイルに変化しているのが若干目立っていた。


「今から美桜に会いに行かねぇか? 能力のせいで外に出れないし、だったら少しでも友達を増やしてやりたいっていう、おこがましい偽善なんだけど」


 自分の提案が全くの善意から来るボランティアであるなどとは東城も思っていない。

 そういう同情めいた行為は時として相手を傷つけることになるし、何より、元々そんな状況に追いやったのは東城だ。

 東城さえいなければ、どんな犠牲が出たかは別にしても、美桜は普通の人間に戻れていたということは事実なのだから。


「それでも、やっぱり家の中でずっと分厚い本ばっかり読んでるだけっていうのは退屈すると思うし。この前俺と話してたときは結構楽しそうだったし……」


 言い訳をしているときにも似て、東城の言葉はしりすぼみになってしまった。やはり今でもこの行為が正しいのかを思いあぐねているのだ。


「それが所長の代わりになるとは思っていませんわよね。――でしたら構いませんわ」


 しかし七瀬は、その行為に賛同してくれた。


「善か偽善か、などという論争はボランティア番組に対するネットの掲示板にでも任せておけば宜しいのですわ」


「そうね。事情を知っている人がどう考えるかとかは関係ない話だし、その美桜ちゃんが楽しんでくれるならいいんじゃない?」


 柊も東城の意見に同意してくれるようだった。


「……でも僕は、遠慮しておきますよ」


 しかし神戸はそうではなかった。


「……やっぱり、俺の行為は間違ってんのか?」


「それを僕に訊かないでもらえますか? かつて自分の大きな過ちを正してもらった身の僕に」


 神戸は苦笑いするように答えていた。だが、それもそうだろう。

 かつて彼は研究を肥大化させてしまった自身の身を呪い、不死の身体をそれでも殺し尽くせるよう、東城と柊を罠に嵌めて殺してもらおうとした経緯がある。

 今では改心したとはいえ、人のありようという問題は彼に聞くべきではない。――彼には向いていないという意味ではなく、彼だからこそ軽はずみには答えられないという意味だ。


「僕が遠慮すると言ったのは、東城先輩みたく打ち解けられる気がしないからです」


「子供は苦手か?」


「言っておきますけど、僕だって子供ですよ? まだ十三歳にもなってませんし」


 ……マジで?


 そう言いそうになって東城はまじまじと神戸を見つめ直す。

 なるほど。背もさほど高くはなく、サラサラの黒髪などは少年特有のものだ。成長と共に髪質も僅かなりとも変質して硬くなりがちな男子の中では、それだけを取ってもまず間違いなく彼は子供の域にいる。――そもそも、声変わりしていないという重大な点もある。


 あまりにもこの世の闇に触れ過ぎて、そしてそれ故にこの世に絶望するほど達観しているから、つい東城の中では同い年くらいの感覚でいた。


「なので子供が苦手とかはありませんよ。――ただ、たとえ小さい子供であろうともあの所長の娘となれば、僕は自分が何をしてしまうか想像できないんです。一歩間違えば、出会いがしらに彼女の喉を刺して殺してしまう可能性だってある」


「……そうか」


 何のことはない。彼が極悪非道という話ではなく、彼にとって研究所とその繋がりというのは途方もない憎悪の対象なのだ。

 記憶を失くしている東城ですら所長のあの振る舞いには戦慄した。それを間近で見続けた神戸が何を思うかなど、もはや想像すら出来ない。


「なので、今回はパスしますよ。またいつか、僕の中でもしっかりそのことが落ち着いたら考えておきます」


「了解」


 そう答えて、東城はもう出発しようと立ち上がった。


「んじゃ、三人で行ってくるな」


「どうぞ。――……それに、そんな女性だらけの空間に僕は向いてませんから」


 最後の呟きは柊や七瀬には聞こえず、しかし東城にだけははっきりと聞こえていた。

 そうして東城はようやく自分の失態に気付いた。


 柊、七瀬、西條、美桜。

 どれをどう取っても、いつもの如き厄介な絡みの末に過剰なツッコミのフィードバックで東城の生命力がガリガリ削られていくのが目に見えているではないか。


「おいちょっと待って神戸今から考えなおして一緒に行こう――」


「そんな無理強いしてどうしたのよ?」


「……何か、わたくし達だけでは不都合でもあるのですか?」


 ありまくりですよー、などという心の声は絶対に肉声には出来なかった。


「さっさと行きましょうか。――それに、美桜ちゃんに早く会ってみたいし、た、大輝のお姉ちゃんならちゃんと挨拶しないとだし……?」


「そうですわね。例え大輝様の側室がどれほど増えようと、わたくしが第一側室であるという事実だけはしっかりとお伝えせねばなりませんわ」


「俺は一途に生きていく予定だし、そもそも真雪姉も美桜もそんな対象じゃないだろ……?」


 西條はあくまで姉で、美桜にいたってはまだ子供だ。それでどうやって恋愛感情を抱けというのか。


「……駄目だな、立てた覚えのないフラグが回収されていく画が見えてきた」


 そもそもノー接点だった宝仙陽菜すら東城に惚れてしまったのだから、そんな常識とかはとうの昔に壊れている。――何なら、一部の能力者の間で神戸が東城に惚れているという謎の腐った噂が流れている始末だ。

 結局東城は、この四人からいかにして身を護るかという最難関の課題が残されるのだった。




 そんなわけで、場所は変わって地上のマンション(西條宅)前。


「でかいわね……」


「そもそも目の前にあれほど巨大で豪華な公園がある時点で、地価がいくらになるのでしょうか……?」


「気にしたら負けだぞ」


 そのくだりは既に数日前に東城自身が済ませているので、自分はさっさと中に入ってしまう。――と言ってもこの豪華さに慣れたわけではなく、むしろ豪華さに呑まれる前に中に入ってしまえばどうにか普通の広い家の中のように思える、という庶民なりの富豪に対する防衛本能だった。


「アンタ自分の家が豪華だからって慣れすぎじゃない?」


「俺はちゃんと庶民だっつーの。スーパーの特売日とか丸暗記してるぞ」


 実のところ東城の家は保護者が病院の院長ということで紛れもない富豪なのだが、家の中は医学書が煩雑に置かれていてまともに使える部屋はリビング、キッチン、風呂場、洗面所、東城の部屋のもはや1LDKと大差がないのだった。そういう事情もあって、東城の金銭感覚は庶民のそれとちゃんと並んでいる。


「さて。最上階だったな」


 玄関ロビーの扉のロックも、渡された合鍵をマンション内インターホンのようなボックスのカギ穴に差すだけで簡単に外れた。


「……合鍵、ですわね?」


「さぁて、さっさと行くぞ」


 説明や弁解は死亡フラグだと理解している東城は、完全に無視して先へ進んだ。


「……勝手に行っていいの?」


 それが分かっているからか、柊はため息交じりではあるが別の問いにシフトしてくれた。


「この時間で寝てるとかはないだろうし、いいんじゃねぇの?」


「……だから大輝様はデリカシーに欠けると……」


 呆れたように女子二人にため息をつかれたが、いまいち事の重大さに気付いていない東城はエレベーターに乗り込んで、最上階のボタンを押した。


「っていうか、最上階のワンフロアをポンと渡す所長もどうなんだろう……。親バカなんてレベルじゃない気がするんだけど」


「あの顔であの性格であの口調で、親バカなんて似合わねぇけどな」


 どれほど脳細胞をフル動員し想像力を振り絞ろうとも、あの所長が美桜に対して微笑むシーンが「楽しいかァ?」と言って背筋も凍るような笑みを浮かべる恐喝シーンでしか再生されなかった。


「まぁ会ってみればいかに似てないかがよく分かるだろ。正直、美桜を見てあの親を連想するのは百パーセント無理だぞ」


「そもそも、あの方が親であった事自体がわたくしには最早想像の範疇の外なのですが……」


 七瀬の言うことにも同意して頷いていると、相変わらず豪華な鈴の音のような音と共に重厚なエレベーターの扉が開いた。


「さて、適当に入るか」


 このフロアの鍵は統一されているそうで貰った合鍵一つで自由に行き来できるので、東城は適当に一番近くの扉のインターホンを押した。――それも、いつぞやの西條を真似て連打しまくって、だ。


『うるさい! やっぱり大輝くんか!』


 案の定、インターホンから返ってきたのは西條の荒い声だった。


「この前の仕返しだ。――ってことで、とりあえず柊と七瀬を連れてきた」


『ゴメン、全く脈絡が分からないわ。あと、アポを取るという概念はないのかしら?』


「その言葉はそっくりそのままあんたに返すぞ」

 アポなし突撃は既に西條にやられたことだ。何なら通り魔、連絡なしの副会長任命など西條の方が罪を重ねている。


「ま、とりあえず入っていいだろ?」


『え? ちょっと待って……』


「鍵くれたんだから、勝手に開けて入るけど」


『ちょ、ストップ! 今の待っては鍵を開けるとかいう親切心じゃないの! コラ、勝手に女性の部屋に上がり込むのは駄目だってば!』


 インターホン越しの西條の声が徐々に遠くなって、むしろ扉の向こうから聞こえるようになってきた。


「姉弟なんだから別に気にすることもねぇだろ。この数日で部屋が汚くなってたって、笑ってやるだけだ」


 それも気にせず東城は鍵をガチャリと回して平然と扉を開けた。


「待った、今はホントに――ッ!」


 目の前には、西條真雪がいた。

 その右手は扉へと伸ばされて、寸前で開いたせいで空を切っていた。言葉による制止は間に合わないと見て実力で扉を閉ざそうとしたのが、それすら間に合わなかったのだろう。


 真っ白だった。

 美しい白銀の髪は水に濡れ額や首筋にピタリと張り付き、上気した頬や鎖骨、豊満な胸の上の部分の紅さだけがやけに目立つ。

 身に纏うものさえ、真っ白。純白のバスタオル一枚だけだった。


 結論。

 西條真雪はシャワーの途中で慌てて出てきたのだった。


「……た・い・き・く・ん……っ?」


 妙なエロさの中から迸る怒りの冷気。

 視線だけで凍りつきそうなほどの、極寒の怒りだった。


「何か言うことは?」


 恐ろしく低い声だった。

 いかなる返答も、もうバッドエンド一択だ。

 西條の氷の刃で重傷を負い、七瀬の水のランスで止めを刺され、柊の放電で火葬されるシーンまで想像できる。


「……似合ってるよ?」


「殴っていいかしら?」


 人生にすら迷ったようなわけの分からない返事を口走ったときには、東城はもう既に胸座を掴まれていた。


「待って! もう駄目って言ったって殴る気だ!?」


「当たり前、でしょ……」


 西條の言葉は、尻すぼみに消えていった。


 思い出してほしい。

 西條真雪が身につけているのはバスタオル一枚のみ。それを胸元の辺りで巻いたのを折り返して止めていた状態だ。

 その状態で片手での抑えを外し、あまつさえ東城の胸座を掴んで殴りかかろうと両手を何の気なしに動かせばどうなるか。


 はらり、と。

 真っ白なバスタオルが重力に従って落ちていく。


「――――ッ! 本当に、一回死んできなさい!」


 西條の渾身の平手(氷のグローブ装備済み)が、見事に東城の頬をぶっ叩いた。パァン、という乾いた音ではない。メキミシボキッ、というおよそ聞こえてはいけない音が頬骨から頸椎にかけてから発せられた。


 そうして、東城は思う。


「――ゴメンなさい」


 と。



 評価・感想お待ちしてますm(_ _)m


 先日完結した『雷鳴ノ誓イ』も、よろしければぜひ。

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