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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第4部 クレイジー・スノー

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第3章 桜花 -5-


「ふぅ。美味しかったわ」


「自画自賛もいいとこだな。――まぁ、確かに美味しかったけど」


 夕食を終えて、東城は一息ついた。


「当たり前だ。西條の料理の腕はこの私が満足するほどだぞ」


 何故か美桜が胸を張って威張っていた。――幼いから張るほども胸はないが。


「……でもお前ってカップ麺も食ったことないタイプだろ?」


「馬鹿にするな。食べたことくらい――あれ?」


「ないわよ。わたしはそういうの食べさせない主義だもん」


 西條がきっぱりと断言した。

 それに、半身を犠牲にするほど愛を注ぐ所長がそんな簡素で栄養が偏りそうなものを美桜に与えるとは考え難い。

 要するに幸せな境遇かどうかは別問題としても、彼女は間違いなく温室育ち、というわけだ。


「カップ麺……。美味いのか?」


 興味心身に美桜は東城に問いけていた。


「それなりにな。たまにかなり食いたくなるけど、二日も食ったら俺は飽きる」


「そうか……。今度食べてみたいな」


「駄目ですー。美桜ちゃんにはわたしのお手製の料理しか食べさせてあげません」


「っく。だからといって普通にラーメンを手作りできるほどの実力者の西條には何にも言えないんだな……」


「無駄にスペック高いな、真雪姉……」


 ラーメンを家で手作りするとなると、どれほど大変かなど考えるまでもない。――それが出来るということは、このポトフ風スープのコンソメも手作りなのではなかろうか。

 だとしたらどれだけ女子力――というよりシェフ力が高いのだろうか。

 七瀬や柊が知ったら涙目になって逃げ出しそうな気がした。


「しっかし、疲れたな……」


 美桜と会ったことも少なくない衝撃だったが、それ以前に放課後の文化祭の話し合いや生徒会の初仕事など、学生にとっては決して楽には終わらないことばかりで、かなりの疲労を抱えていた。


「……泊まっていく?」


「バカ言うなよな。そんなことしたらいくら姉の家でも柊に殺されるっての」


 翌日、時間帯をずらして登校しようとする東城を押し切って一緒に腕でも組んで登校する西條と、それを目撃し放電してブチ切れる柊の姿が目に浮かぶようだった。


「うん? 泊まっていけよ東城。そして私にもっと面白い話を聞かせてくれ」


 残念そうに美桜が言う。

 だがそれもそうだろう。彼女の能力を考えれば、外出することは出来ない。万が一何かに触れてしまったら。もしもそれが人だったら。彼女の能力は確かにそれを破壊していく。

 目に見えないほどの規模で、ごく僅かずつ、しかし、確かな速度で。

 気を抜いてしまえば、瞬く間に全てが消え去っていくのだろう。

 それがどれほど危険かなど分かりきっている。だから彼女はこの本の山に埋もれて生きているのだ。


「――でも、そんなにネタがねぇよ。せいぜいあとは文化祭の話くらいか?」


「文化祭、だと?」


 身を乗り出すように美桜が食いついてきた。


「本で読んだことはあるぞ。学校のお祭りだな?」


「そうだよ。今度それがあるんだ」


 そう説明すると美桜は目をキラキラと輝かせて、けれどすぐにどんよりと俯いてしまった。


「――お祭りか……」


 行きたいのだろう。

 彼女は能力がある限り外に出られない。あの所長の傍にいなければ、彼女はまともな生活など遅れない。


「……じゃあ、行くか」


 思わず、東城はそんなことを呟いていた。


「……何を言っているのだ、東城。私の能力はお前も知っているだろう。こんな力で外に出たら、何が起こるか分からないぞ」


 確かに、祭りに興奮して能力の制御に集中できなくなれば、触れたものを一瞬にして壊してしまうだろう。

 もしそれが何かのオブジェの支柱であったり、もっと直接的に人体であったりしたなら、大惨事に繋がりかねない。


「方法が何にもないわけじゃないだろ。――例えば、危険だから実際は無理だろうけど俺の能力で低温の炎をずっとお前の掌に灯しておいて、俺がお前の手を引くとかな」


 まだ検討していないだけで、まだ他にも手は残されているはずだ。

 彼女が所長の望んだように普通に生きていく道は、まだ潰えてはいないはずなのだ。


「……いいのか、西條」


「弟くんが決めたことだしねぇ。――それに、美桜ちゃんは行きたいんでしょう?」


「もちろんだ!」


 力強い肯定だった。

 その言葉が聞けるだけで、こんな行き当たりばったりだろうと提案した甲斐もあるというものだ。


「じゃあまた詳しい話は後で決めていこう」


「では、東城。今日は泊まって私の為にアイディアを出し尽くせ」


「……お前は感謝や遠慮を知らねぇのか」


「感謝しているぞ、東城。だからもっと私に尽くせ」


「殴るぞ、お前……」


 東城はため息交じりに呟いて、時計を見る。時刻はもう九時を過ぎていた。


「もう泊まっていきなよ。こんな夜遅くに一人で帰るのは危ないわよ?」


「塾に行ってる高校生はもっと帰り遅いだろ。帰るよ」


「そんなにおねーちゃんの家に泊まるのは嫌なのかしら?」


 恨みがましく、さっき同様「よよよ」とでも泣きそうな雰囲気で西條は言った。


「風呂を借りたら『姉弟なんだし一緒に入りましょう』とか言って裸か水着かで突撃してきそうだし、寝る場所も床に水ぶちまけたりして無理やり同じベッドにしようとするんだろ?」


「そ、そんなこと、し、しないわよ……」


「もういいよ、そのリアクションだけで十分に状況証拠だ」


 これで東城は完全に泊まる気を失くした。そんな馬鹿みたいな王道パターンにはまるほど東城も安くはない。


「というわけで今日は帰るよ。また今度、ちゃんと予防線張ってから、泊まるときが来るかもしれないけど」


「ちっ……」


「舌打ちすんな。聞こえてんぞ、真雪姉」


 東城は答えて、カバンを手に立ち上がった。


「なら、これをあげるわ」


 そして西條は、東城の手を取ってそっと冷たい何かを握らせた。


「何だ?」


「あ・い・か・ぎ・よ。これから、好きなときにおいで」


「言い方がもう駄目なヤツだ!」


 どこかの昼ドラの色っぽい魔性の女性のような口ぶりに、思わずその鍵を床に叩きつけそうになった。


「まぁ口調は冗談としてもさ。弟くんなんだしいつでもおいでよ」


「いいのか……?」


 そんな事実を知ったら柊や七瀬から白い目で見られる――どころか高位能力者の本気の制裁が待っている可能性すらある。そうなったときに東城がスプラッタな姿になっていない保証は全くもって出来ない。


「あら。少なくとも高校生までの姉弟は同じ屋根の下で暮らすものだと思うけど?」


 確かにそう言われればそうかもしれないと納得しかけてしまう自分も自分だ、と東城は非日常に慣れ過ぎたその体にため息をつく。


「でもたぶん一緒に暮らすのは嫌がるでしょ? だから合鍵は預けておくわ」


「まぁそんなに使うときもねぇだろうけどな」


「あん。いつでもお風呂を覗きに来ていいのよ?」


「あんたは俺を弟にしたいのかただのいじりがいのある年下男子にしたいのか、どっちなんだ?」


 どうせ返ってくる答えは「んー。両方?」に決まっていると分かっていたし、その予想通りの返答ではあったが、東城もそろそろ訊かずにはいられなかった。


「じゃあ今日はこれで帰る――っと、洗いものくらいは俺がやってから帰るか」


「いいわよ、帰るんだったら本格的に遅くなる前に帰りなさい。片づけはわたしがやっておくから」


 カバンを下ろしてキッチンに向かおうとする東城を西條は引きとめていた。


「でもご馳走になったわけだし――」


「ご馳走だと思ってくれているならそれで十分よ。いいから今日はお帰りなさい。これはおねーちゃん命令で、生徒会長の命令よ」


 びしっ、と人差し指を立てて西條は言った。


「はいはい……。じゃあ俺は素直に帰るとするよ。――またな、美桜」


「じゃあな東城。文化祭のことを忘れるなよ。約束を守れない男は駄目だぞ」


「分かってるよ」


 そう言って東城は出勤前の年配サラリーマンのように疲れ切った動きで玄関の扉を開けた。



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