第3章 桜花 -4-
ユニークアクセス数10000突破記念ということで、本日2話目の投稿となります。前話を見ていない方はお間違えのないようお願いします。
「大輝くん、食器並べるの手伝ってくれるかしら?」
そうして話しこんで一時間もしない内に、西條がエプロン姿で呼びに来た。
「りょーかい。じゃ、また後でな」
「うむ。私はあんまり食器に触れると摩耗が激しいからな。従僕のように働くのは東城に任せて、私は優雅に本でも読むとしよう」
「……意外と楽しんでるだろ、お前」
ため息交じりに言いながら、東城は西條の後ろをついていく。
「ところで大輝くん、エプロン姿のはわたしはどうかしら?」
「普通」
間髪いれない即答だった。
「……そのリアクションは地味に傷つくのよねぇ……。やっぱり裸エプロンの方が良かったかしら」
「姉が本気でそんな思考回路をしてるんだったら、俺はあんたの頭を殴るところだ」
ため息交じりにそんな返事をして、東城はじろりと西條を見た。
ダイニングについて、東城は食器を並べ西條が料理をよそう。
簡単ながらも量も栄養も取れるようにかポトフ風のスープらしく、コンソメのいい香りが鼻腔をくすぐる。
その背中を見ながら、東城は問いかけた。
「それで、どういうつもりだ?」
「……美桜ちゃんと何の説明もなしに会わせたことよね」
西條は、スープをよそう手を止めた。
「最初に全部言っていたら、きっと大輝くんは無意識の内に警戒していたかもしれないでしょう?」
「まぁ、な……」
否定は出来なかった。
黒羽根の苗字をあらかじめ聞いていたら、東城は所長のイメージや彼に対する嫌悪や憎悪を思い出して、美桜に普通に接することはなかっただろう。
不意打ちのようにその名を出されたからこそ、東城は彼女と僅かなりとも打ち解けたのだ。
「だから先入観を全部取っ払って、美桜ちゃんと一度話してほしかった。――それで、話してみてどうだった?」
「……普通の子だったよ。父親がアイツとは、失礼だけどとても思えねぇよ」
東城の知る所長は、自らの目的の為に多くの命を犠牲にすることを是とし、そのことに一切の罪悪感を覚えないような非道だった。
だが美桜はまるで違う。
自身の能力に不自由を感じながら、外の世界に出ることが出来ないと知りながら、それでも楽しんで生きようとしているのが痛いほど分かる。
父親には愛されていたのだろう。たとえ祖父が父を罠にはめる為だけに生み出されたとしても、彼女が歪むことなく生きてこられたのはその愛があったからだ。
「……美桜ちゃんは、研究所を潰されることを予期した黒羽根大輔がわたしに預けたのよ。大輝くんの思惑はどうあれ、研究が潰れたときに自分や研究員、そしてその家族がどんな報復に遭う可能性があるかを考慮してね」
その可能性は、確かにある。
紛争地帯などでは罪もない人間を並べて銃殺する、なんてことをネットや何かで中継放送して報復することだってある。
東城がどれほど善悪の境を決めて自由を得る為だけに研究を潰そうと、九千人の内の悪の側に属した能力者が似たような行為に出ないとは限らない。
それだけの悪意が渦巻いていることは、暗黒期という時代があったことが証明している。
「外での生活をしていて、暗黒期で襲われながら無傷で能力者をあしらい続けたわたしなら、美桜ちゃんにそういった危害が加えられても無事だろうと考えたの。その対価に今のこの生活とあらゆる情報を提供してね」
「……そうか」
それは所長にとっても賭けだっただろう。
能力者は全て敵だ。万が一西條がこのような性格ではなく、研究自体に深い憎しみを抱いていたとしたら、その瞬間に殺されていたかもしれない。
それでも彼は西條に頭を下げた。あらゆるものを提供してでも、美桜を護らせたのだ。
想像すら出来ない。
あの男にそんな面があることが今でも東城には納得できない。
彼に殺されかけたのは、二週間も前のことではないのだ。あのときの彼の狡猾にして極悪非道な行いのどれを取っても、それほどの優しさがあるとはとても思えないだろう。
それでも。
たとえ東城には理解できないとしても、美桜は誰よりも理解している。与えられた愛は絶対に彼女の中で生きている。
それを奪ったのは、東城だ。
記憶を奪い終わらせたのは神戸だとしても、柊を殺されそうになった東城が怒り結果として所長という人格がこの世から消失したのなら、それは東城が背負うべき罪だ。
「――自分の罪だ。ちゃんと、償うよ」
「それは、美桜ちゃんに全てを話すっていうこと?」
それはやめなさいと、言外に彼女は言っているのだろう。
「しねぇよ。俺の罪云々以前に、美桜をそういう闇に引きこむことを、あいつは何よりも嫌悪していたからな」
東城はかつて所長に問うたことがある。
『……そんなことをして、テメェが護ろうとしてる奴が喜ぶとでも思ってんのか……っ!』
その言葉に、彼は即座に答えた。
『教えなきゃいいだろォがァ。ンな闇に、アイツを引きずり込む必要がどこにある?』
たとえ自らの娘を欺くことになろうと、彼は彼女を護る為だけに全てを捨てる覚悟を持っていたのだ。
それを阻止した東城だが、それでも無関係な部分で彼の覚悟を踏み躙りたくはなかった。
方法はどうあれ、たった一人の大切な存在を護りたいと思うその気持ちを、東城は誰よりも共感していたから。
「……でも、いずれは償わなきゃいけないわよ? 欺ききれない嘘が出て、やがて彼女は真実を知るでしょう」
「分かってるよ。所長が柊を殺そうとしたからって、俺のしたことは許されることじゃない。――たとえ所長がどれほど間違っていたとしてもさ。美桜の前ではきっと俺には想像も出来ないくらい優しい親だったんだろう。それを奪っておいて、自分を正当化するなんて出来やしない」
所長が無効化能力を模索していたのは、全て美桜の為だ。
美桜が安心して触れられるように、当座の予備策でしかないはずの自身の半径五十センチしかない無効化能力を、半身を犠牲にしてまで身に付けたほどだ。
それほど大切な相手を、名前しか知らないような西條に預けた彼の心情など想像してもしきれない。
「……父親と美桜を別れさせたのは間違いなく俺だ。それがどれほど辛いのか、俺でも分かっているつもりだよ。つもりなだけで、きっとほんの僅かも分かっちゃないということも」
それでも東城は、後悔はしていない。
あのときはそうしなければ柊を護ることは出来なかった。それは間違いない事実だし、比べたくはないが美桜と柊のどちらかしか選べないのなら、今でも柊を選べてしまう気がした。
だからこそ、東城には罪を償うことしか出来ない。
謝罪も反省も、どんな状況になろうと意味を成さない。
ただ彼女から父親を奪ったという事実を受け止めるだけで、彼女からの糾弾を受け入れる以外に東城には何も出来ないのだ。
「……どうするつもりなのかしら」
「俺は何にもしねぇよ。それは美桜が決めることだ。――そして俺はその全てを受け止めなきゃいけない。たとえそれが糾弾であろうと復讐であろうと、俺は逃げることも許されない」
「それでいいの?」
「構わねぇよ。って言っても所長の覚悟をくみ取ると美桜にこんな話は出来ねぇから、その糾弾される機会も俺には先の話なんだけどな。でも所長が美桜の前に顔を出さなくなった時点で遅かれ早かれバレるだろ。そのときまでにはどうするか考えとくよ」
そうやって笑って答えて、東城は西條がよそい終えているスープをテーブルに運んだ。それからようやく、西條も残りのスープをよそう手を動かし始めた。
そうして、目を合わせることなく西條は東城に問いかけた。
「……その結果、自分が死んでもいいのかしら?」
「やられたらやり返すし、やったらやり返される。世の中ってそういうもんだろ。死にたくないと思ってたって結果はそうなるかもしれないな、とは思ってるよ」
素直に答えて、配膳を終えた東城は美桜を呼びにいった。
「……そうなる前に、どうにかしないとね」
小さく最後に呟いた西條の声は、東城には届いていなかった。




