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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第4部 クレイジー・スノー

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第3章 桜花 -2-


「……それでファンデーションとリップをして登場したのかしら?」


 生徒会室の専用の豪奢な席についている生徒会長は、クラスで起きたことを説明する東城を見て苦笑いしていた。


「そうだよ、だからとりあえずメイク落としシート? とかいうのを貸してくれ。水じゃダメだってクラスの女子が言ってたし」


 下準備とか言って女装もどきで散々遊ばれた東城は、生徒会の仕事があるので途中で抜け出して来た。

 そんなわけで、生徒会室に着た東城は薄めのメイクをした状態だった。とは言え気持ち悪い仕上がりではなく、むしろ今の格好の方が男装しているのでは? と思わせるような出来になっているのだが。


「……似合っているんだし、そのままにしたらいいんじゃないかしら?」


「やめろ、他の執行部のメンバーが来たらどうするんだ」


「それはそれで面白そうなんだけど、まぁ弟くんの頼みは聞いてあげるから、こっちおいで」


 西條が手招きをしていた。


「いや、シートだけ貸してくれれば――」


「自分の顔のどこまでメイクされているかは分かってるのかしら? それとも、わたしの大切な私物を無駄に使いまくる気なのかしら?」


 西條は咎めるような言い方で東城を少しばかり睨んでいた。

 確かに、慣れない東城が使えばそのシートを何枚か無駄に消費してしまうかもしれない。それに、この手の製品は一枚当たりに換算するとただの濡れた紙切れとは思えない高価な品だったりする。小さな節約も日用品となれば大きな節約になりうるだろう。

 しかし。

 確かに理には適っているのだが、それを口実に東城で遊ぼうとしているのがありありと分かるくらいには、彼女の口元の笑みは消えてはいない。


「……分かったよ、大人しく座っているからメイクを落として下さい」


 とは言え、勝手に水で洗って下手にメイクが残って気色悪いことになるのも困るし、それで肌が荒れたりしたら、文化祭前までにクラスじゅうの女子から非難されること間違いなしだ。元から東城には選択肢などない。


「素直な弟くんは大好きよ」


 クスッと笑って、西條はカバンの中からメイク落としシートを取り出した。


「椅子に座って」


「はいはい」


 東城が素直に西條の前にパイプ椅子を拡げて、そこに座る。

 西條が立ち上がって東城の頬に手を当ててシートを当てようとした、そのときだった。


「こんにちは、会長先輩」


「会長、来ましたよー」


 ガラリと、扉が開いた。

 やってきたのは二人の少年と少女。片方は眼鏡をかけた真面目な男子の先輩(学年章や上履きのカラーで判断可)と、お下げ髪の同学年の女子だ。――おそらく、会計と書記の残りの生徒会メンバーだろう。


 そして。

 現在の東城と西條の姿はこうだ。

 鼻先がくっつくような距離で、互いに見つめ合って、あまつさえ西條の手は東城の頬に触れている。

 詳細を知らないものがこれを見てどう思うか?

 満場一致でキスシーンだ。


「「失礼しました!」」


 大きな音を立てて扉は閉められ、二人の執行部メンバーは猛ダッシュで廊下を駆け抜けていく音だけが残った。


「ちょ! 何か重大な誤解が生じてるぞ!?」


「……これはこれで面白いわねぇ」


「あんたも何言ってんの!?」


 それから十五分は捕獲と事情説明に時間を割かれた東城だった。



「――と、いうわけで。彼が新副会長の東城大輝くんよ」


「どーも、始めまして」


 深く頭を下げる東城。それに合わせるように、形ばかりの拍手が二人のメンバーから送られる。


「えっと、この男の子が二年書記の伊福部(いふくべ)くん。お下げの女の子が一年会計の吉田(よしだ)ちゃんよ」


「よろしくな、副会長」


「よろしくね、副会長ちゃん」


「……ちゃんづけはやめてもらえるか?」


 事情の説明のせいで、会計の彼女には女の子のイメージが早くも定着したらしい。人は第一印象が肝心というから、もう立て直せない気もする。


「――ところで会長。なんで彼を任命したんです?」


「ふっふっふ。訊きたいかしら?」


「いやただの社交辞令的な質問ですけど。正直会長の思いつきとかマジで興味な――」


 カァン、と乾いた音がした。


 見れば西條の机の上にあった赤ボールペンが消え、副会長のすぐ横の扉に棒状の何かが突き刺さっていた。


「訊きたいかしら?」


「ぜひとも」


 無意味な脅しにあっさりと乗った書記先輩だった。


「……力関係がもう見えた気がするんだけど」


「たぶんその想像でだいたい合ってるよ、副会長。あと、会長は結構面倒臭いときがあるから黙々と仕事をして目を合わせないことをお勧めするね」


「……慣れてんな、お前」


「まーねー。っていうか、会長は変な人だし書記先輩はクズ――じゃなかった役立たず――じゃない。頼りないから必然的に一番後輩の私が頑張らないとねー」


 さらっと敬う気の欠片もない発言が飛び交っていた。


「……お前、腹黒いな」


「なに、お魚のサヨリみたいにスリムだって言ってるの? あれってお腹が黒いから御祝いの席では出さないらしいけど」


「サヨリなんて魚を初めて知ったよ。あとお前のその解釈の広さには驚きだ」


 東城は現状に深いため息をつく。

 生徒会執行部など真面目ちゃんの集まりだとばかり思っていたが、こうも個々の個性が強くてちゃんと働いているのか不安になるものだったとは驚きだ。


「――で、副会長は何で副会長職に任命されたの? あ、私の質問は書記先輩とは違ってちゃんと興味はあるよ?」


「うーん。あの会長の思いつきに理由なんてないんじゃねぇか?」


 会長が書記先輩に「おしん」ばりの超生き別れ物語の作り話を聞かせて泣かせているのを見て、本当の姉弟であることはお茶を濁しておくことにした。

 おそらく、西條の方も校内では「そういう設定で弟みたいに可愛がっている」として定着させたいのだろう。


「というわけで、わたしの大切な弟くんなの」


「いい話ですね……。うぅ……」


 書記先輩は眼鏡を外してハンカチを濡らしまくっていた。――オレオレ詐欺とかにすぐ引っかかるんじゃなかろうか、と東城としても心配になるほどの感情移入っぷりだった。


「さて。話は尽きないけれどとりあえず仕事をしましょうか」


 西條がパンパンと手を叩いて促すと、自然と書記も会計も席に着いた。

 生徒会長専用の机とは別に、長机が三つ、隙間がT字になるような形で並べられている。その縦の二つに書記と会計が座っていた。


「大輝くんの席はそこね」


 残った横の一辺、窓際の西條と五メートルほど開けて向い合せになるような席に東城は座った。

 そして、目の前に既に置かれていた書類の束は、軽く三十センチほどの高さを誇っている。


「……これ何?」


「副会長、つまり大輝くんの仕事だよ」


 優雅に一人席に座っている西條は、にっこりとほほ笑んでいた。


「……冗談きついぞ?」


「副会長、周りを見てみ」


 会計の言葉で視線を落とすと、書記の席にも会計の席にも同じだけの書類があった。


「……なんでこんなに書類あるんだ?」


「全クラスと部活の企画書と機材の貸し出しの書類とその他諸々。一店舗当たり五枚くらいの書類も三十を超える企画があると、それだけでも単純に百五十枚になるわよね。他にも色々、過去の分の集計とか会計予算の申請書とか細かく教えてあげた方がいいかしら?」


 西條は歌うように軽やかに、むしろ楽しげに語っていた。


「……塵も積もればってヤツか……」


「おまけに保健所への対応とか金券発行とか、まだまだ仕事は尽きないわ。だいたい書類をコピーして先生側に回したりファイルにまとめたり、どんどん紙束はかさむシステムよ。次第に目当ての書類を探すことさえも一時間以上かかる仕事になるわね」


「なるほど、何となくものすごい修羅場に引き込まれたことだけは理解した」


 何せ、さっきまでは気付かなかったが二人のメンバーをよく見れば眼の下に濃いクマを作っていて、ゾンビのように東城を手招きして引き込もうとしていた。


「ふっふふーん。とにかくさっさと仕事を片付けないと今日は帰れないわよ?」


「あぁ、よく分かった。――で、何であんたは呑気にお菓子食ってんだ!」


 うがーっ、と怒鳴る東城だが、対して一人でクッキーを頬張っている西條は涼しい顔をしていた。


「わたしはほら、昼休みに自分の分の仕事は片づけたし」


「だったらまだ残ってる他の人の仕事を手伝ったりするもんだろ」


「無駄だよ、副会長」


 死んだ目をして、会計は呟いていた。


「私たちがどれだけ言っても会長先輩は……」


「そうだよ、副会長。ここに来た時点で君も詰んだんだ。それはもう極悪非道、冷酷非情、絶対零度の如き冷たさで会長は部下を使い潰していくんだ……」


 死んだ目どころか、さっきまで健康に見えた二人も急にやつれたように見えた。これが演技力なのか、それとも膨大な仕事を目の前にした心労なのかは判断しかねるが。


「分かったわよ! 手伝ってあげるからそんなゾンビみたいな目で見ないでくれるかしら!?」


 西條は投げやりに言って、会計や書記から半分ずつくらいの書類を引っ手繰った。


「……あれ、俺の分は?」


「大輝くんはまだゾンビになってないでしょ?」


「さいですか……」


 東城ももう諦めて自分の分の仕事に着手する。だいたいのやり方は西條がメモを用意しておいてくれたので、それを見れば一人でも出来た。

 そうして東城が十枚程度の書類をこなす間に、西條は三、四十枚の書類を、それも楽しそうにこなしていた。


「ってか、これなら会長一人で回せるんじゃないのか……?」


 東城は一人ぼやいていた。ちなみに、西條の故障が会長になっているのは、公私混同を避ける為で、学校にいる間は会長と呼ぶように取り決めたからだ。


「何を言ってるの、大輝くん。大輝くんほどの頭があったらわたしと同じくらいの仕事はこなせるはずなのよ?」


「それ柊にも勉強のときに言われたな……」


 そういう器用さが頭にないから、東城はたまに馬鹿扱いされるのだろう。

 軽く凹む事実に気付いて、東城は仕事の手を止めて当たりの真っ白な紙束に蛍光ペンで落書きして僅かにストレスを発散する。ほとんど見えないようなピンクの線一本を束の側面に書いただけなので、大して心は軽くはならないが。

 と言うよりも、普段なら帰っている時間にこうして学校に残って素直に仕事だけをしていられるほど東城も優等生ではない。その現れの落書きだろう。


「コラ大輝くん、遊んでいないで仕事しなさい」


「へいへい」


「あ、副会長。コピー機の紙少なくなってきてるから補充よろしく」


「さりげなく雑務を押し付けてんじゃねぇよ、書記」


 と言いつつもちゃんと言われた通りにコピー機横の紙束から紙を補充する。紙はもう残り少ないらしく、補充用の棚の紙はこれがラストだった。残っているのは机の上にある束くらいだろう。


「文化祭準備だけでどんだけ使ったんだ……?」


 その東城の問いの答えが、辺りに積まれている書類の山である。

 それを眺めて、仕事が尽きないことを再認識した東城はまた深いため息をつく。


「さーて、仕事よ。今夜は下校時刻までに帰れるといいわね」


「おぉ……」


 西條の掛け声に帰した三人の声は、誰も彼も生ける屍のように生気の欠片もないものだった。



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